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しおりを挟む物語の舞台である18歳となり毎日ソワソワとした気持ちで過ごしているとき、遂にそのときが訪れた。
「火急の用にて失礼いたします!テオファルド殿下!大聖堂にて謎の少女が突如現れました!至急お越しください!」
「――っ!」
いつものように殿下と昼食を共にし、食後のお茶を飲んでいるときのことだった。
聞きたかったような、いや聞きたくなかったその言葉に私は凍りついた。
少し口をつけただけの微かに波紋を残す紅茶には、悲痛の表情の自分が映っていた。
ついにこの時が来てしまった……
わかっていたのに、わかっていた未来なのに。
歯噛みするような、胸を抉られるような、居ても立っても居られないような、グチャグチャな思いが自分の中で駆け巡っているのがわかる。
「エリシアはどうする?僕は行かないといけないけど、一緒に行く?」
「私は、行けません……」
声が震えた。
顔を上げることができず、膝の上に置いた拳は皺が強く寄る程ドレスを掴んでいた。
行きたくないわけではなく、プロローグの場面に私はいないから、物語に齟齬がないようにしたいのだとそう伝えたかったけど喉が震えて声が出なかった。
「わかった。僕だけ行ってくる。待っててね」
「っぁ……」
「ん?」
思わず呼び止めてしまったが、行かないで、なんて言えるわけがなかった。
だってこのあと殿下はマイカちゃんに選ばれるのだから。そうしないと死んでしまうかもしれないのだから。
「い、いえ……」
「心配しないで、エリシア」
「はい……」
“ちゃんと選ばれてくるから心配しないで”と、そう言われた気がした。
今の殿下の体つきは、昔のことなど無かったかのように頑健だ。
私の倍はあるのかと思うほど広い肩幅に、厚みある胸板。長い手足でさえもしっかりと筋肉がついていることがわかるほどに逞しい。
特段筋肉が好きだと思っていなかった私ですらかっこいいと見惚れてしまうほどだ。筋肉好きのマイカちゃんなら絶対他の人じゃなくて殿下を……
そういえば、私は他のルートの人達を一度も見たことがない。
いや、見ようとは思っていた。何度も。
イセキンの王子ルート以外は一度しか読んでおらず、王子ルートの本でも他のヒーローはほとんど出てこなかったから名前すら思い出すことはできなかった。
だから殿下に聞いた。攻略対象になりそうな人を見てみたい、と。
殿下はいつものように優しい笑みを浮かべて「僕も目星をつけている人はいるんだけど、候補がかなり多くてね。もう少し絞れたらエリシアに言うから待っててもらえるかな?ごめんね」なんて言われたら頷くしかなかった。
もし、彼らが殿下より逞しかったらどうしよう。
――殿下はマイカちゃんに選ばれず死んでしまうかもしれない。
もし、彼らが殿下より逞しくなかったらどうしよう。
――マイカちゃんは殿下を選んで、そして2人は結ばれて…………
「――――……っ」
耐えられない。
耐えられるわけがない。
何故、今の今まで自分は気付かなかったのだろう。
殿下のことを好きな自分が、殿下が他の女性を愛す未来に嘆かないと、苦しまないと、胸が痛まないと、泣かないと、何故思っていたのだろう。
想像するだけでもこんなに恐ろしいのにその光景を目の当たりにしたら……なんて、何で思わなかったのだろう。
バカだ。
私は大バカ者だ。
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