8 / 12
8
しおりを挟む「で、でん……キャッ!」
急に足が床から離れたと思ったと同時に体のバランスが崩れた、
殿下に抱き上げられているのだ。しかも軽々と、片腕で。
「殿下、なんでっ……」
「待ってて、って僕言ったのに、エリシアはどこに行こうとしていたの?」
「そ、れは……」
「まぁこの服と鞄を見たら、大体はわかるけどね。……あれ、手紙があるね」
「あっ」
「“楽しい時間をありがとうございました。お暇させていただきます”か。……ッハ!」
僅かに暴れる私の事など意に介さず片腕で抱き上げたまま手紙を読んだ殿下は乾いた笑みを浮かべた。
赤い瞳に宿る今まで見たことがない鋭さに、彼が怒っているのだと身に染みてわかる。
怖い。
殿下が怖い。
だけど殿下への純粋な恐怖じゃない。
テオファルド殿下に嫌われてしまったと、そう考えることすら、怖い。
出て行こうと身勝手なことをしたのは私自身なのに、殿下に嫌われることがこんなにも怖い。
じわりと涙が滲んだのを皮切りに、それは容易く溢れ返った。
「で、んかっ……ごめ、なさっ……」
「なにが、ごめんなさい、なのかな?」
初めて訪れた殿下の寝室へとたどり着き、殿下は私を抱えたままベッドの淵に腰かけ私を膝の上に置いた。
私に向ける声はいつもと変わらず優しい。
溢れる涙を拭う指先も優しい。
だけどその眼光だけは、ひどく冷たいものだった。
「わ、たし、黙って、ここを出て、いこうと、思って……」
「なんで、黙って出ていこうとしたのかな?」
「だって、殿下が……っ」
「うん、僕が?」
「マ、マイカちゃんに……選ばれ、たらって、思って……」
涙も、しゃくりあげながら思いを吐露することも、止められない。
拭う指先から逃げた涙が、顎先に溜まってポタリと落ちていく。
自分の感情なのに、自分の涙なのに、どうやって止めればいいのかわからなかった。
「僕があの女に選ばれたらって思って、出て行こうと思ったの?」
「っ、は、はいっ……」
「でもエリシアは、あの女に僕を選んでほしかったんでしょ?」
「……っそ、れは……」
「うん、それは?…………教えて?エリシア」
なんて優しく苦しい尋問なのだろう。
なんて甘く強い尋問なのだろう。
抗えない。
逆らえない。
歯向かえない。
この眩しい金髪を
この鋭い赤い瞳を
この優しい低声を
この強い腕の力を
この逞しい肉体を
――――……殿下、あなたを、
「好き、なんですっ……。テオファルド、殿下が……」
滲む視界に映る赤い瞳に柔らかさと、何か違う熱が灯ったのが見えた。
「マイカちゃんにも、誰にも……殿下を、取られたくない、って……思ってしまうん、です……」
「うん」
「私と、ずっと……これからも、ずっと、一緒に食事を摂って、ほしい……」
「うん」
「私にだけ、優しい目を、向けてほし、い……」
「うん」
「エリシアって、優しく、名前、呼ばれ続けたい……」
「うん」
「マイカちゃんと、殿下が、一緒にいるところなんて……見たく、なくて……」
「うん」
「でもっ……っでも殿下に、死んでほしく、なくて……この気持ち、抑えなきゃって、そう思って……だから、ここを出よう、って……」
「ねぇ、エリシア」
涙を拭いすぎて濡れている私の手を、殿下が恭しく持ち上げて自身の頬へと導いて、その手を覆うように自分の手を重ねた。
殿下の頬は滑らかで、手のひらが気持ちいい。
殿下の手の平はかさついていて、手の甲が気持ちいい。
「ヒロインが僕を選べばそれでいいんだよ」
「……っ、はい」
「だから僕のヒロインであるエリシアが、僕を選べばいい」
「え……ち、ちがっ……ヒロインはマイカちゃんで……」
「ううん、違わない。僕の体を育てて、僕の気持ちを奪って、僕の心を作った僕のヒロインはエリシア、君だよ」
「でも……殿下も私も、死んでしまうかも、なのに……」
「エリシア、僕を選んでよ。陳腐なその物語に書かれた筋書きよりも、今目の前にいるここまで育った僕を、エリシアが育ててくれたこの僕を選んで、信じて?」
「……っ」
少しずつ、本当に少しずつ距離を縮めていく。
先ほどの冷たい眼差しは消え失せ、その色の通り熱く私を見つめる殿下がいる。
その瞳に宿る強さが、私が憂うものを一掃してくれるようでコクンと大きく頷いた。
すると殿下は嬉しそうに破顔して頬に触れている私の手に擦り寄った。
「ちゃんと、育ってくれていたんだね……」
感嘆のように漏れたその言葉の後、殿下はさらに顔を近づけ、そうしてそっと唇が触れた。
「んっ……」
触れて、触れ合って、食んで、食み合って、舐めて、舐め合って、――そっと離れた。
「テオファルド様っ……愛してます……」
「僕も、エリシアよりもエリシアを、愛しているよ」
今行ったキスも、向けられる熱い眼差しも、触れられる手のひらの熱も、囁かれる声も、――すべてが私を法悦とさせる。
引き寄せられるようにテオファルド様の胸に顔を当て、その体の逞しさを全身で味わっていく。
それが本当に気持ち良くて、マイカちゃんが誰を選んだのかなんて頭の片隅にもよぎらなかった。
「エリシア。僕に、食べさせて?……………君のことを」
77
あなたにおすすめの小説
愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢オフェリアはラティスラの第二王子ユリウスと恋仲にあったが、悪事を告発された後婚約破棄を言い渡される。
国外追放となった彼女は、監視のためリアードの王太子サルヴァドールに嫁ぐこととなる。予想に反して、結婚後の生活は幸せなものであった。
そしてある日の昼下がり、サルヴァドールに''昼寝''に誘われ、オフェリアは寝室に向かう。激しく愛された後に彼女は眠りに落ちるが、サルヴァドールは密かにオフェリアに対して、狂おしい程の想いを募らせていた。
鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
天才魔術師から逃げた令嬢は婚約破棄された後捕まりました
oro
恋愛
「ねぇ、アデラ。僕は君が欲しいんだ。」
目の前にいる艶やかな黒髪の美少年は、にっこりと微笑んで私の手の甲にキスを落とした。
「私が殿下と婚約破棄をして、お前が私を捕まえることが出来たらな。」
軽い冗談が通じない少年に、どこまでも執拗に追い回されるお話。
【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました
えびのおすし
恋愛
瘴気を祓う任務を終え、聖女の務めから解放されたミヤ。
同じく役目を終えた聖女たちと最後の女子会を開くことに。
聖女セレフィーナが王子との婚約を決めたと知り、彼女たちはお互いの新たな門出を祝い合う。
ミヤには、ずっと心に秘めていた想いがあった。
相手は、幼馴染であり専属聖騎士だったカイル。
けれど、その気持ちを告げるつもりはなかった。
女子会を終え、自室へ戻ったミヤを待っていたのはカイルだった。
いつも通り無邪気に振る舞うミヤに、彼は思いがけない熱を向けてくる。
――きっとこれが、カイルと過ごす最後の夜になる。
彼の真意が分からないまま、ミヤはカイルを受け入れた。
元聖女と幼馴染聖騎士の、鈍感すれ違いラブ。
燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる