冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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ストーカーと冤罪令嬢

このままではいけない

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 ********
 
 
「もう、このままではいけませんわね…」

 就寝前のベッドの上で、やはり考えてしまう。

 このベッドに横になるようになってなんだかんだと三ヶ月は経ってしまった。
 三ヶ月…経ってみて起きた変化と言えば、自分にとってよくない変化ばかりに思う。変わってほしいところは変わらないし、変わって欲しくない部分が変わってしまった。

 そう、主にディードリヒに対して。

 ディードリヒがこちらに向けてくる過剰な行動は変わらない。何一つ変わらないというのに、自分がそれに慣れつつある。ふと向こうがこちらを見つけた拍子に抱きついてくるのをスルーできるようになってきてしまっていることも、変態発言を放置できるようになってきてしまっていることも、全ては警戒心が薄れている故の行動としか言いようがない。

 これではいずれ相手の行き過ぎた行動に対して“そういう人だから”と諦めがついてしまうのも時間の問題だ。これからも警戒は怠らず、向こうの過剰な接触は阻止しなくてはならないと固く心に誓う。

「…」

 そしてもう一つ、このままというわけにはいかないことがある。

 今後の身の振り方だ。

 己の罪が覆ることはない。王国、というのはある種究極の独裁を指す。それ故に王として求められるのは公平性と誠実さ、知能、知識、統率力にカリスマと…多岐に渡るわけだが。それでも王の発言が、その息子の発言が早々簡単に覆ることなどない。そうでなくても、公爵家として名高い家名に恥を塗るためならその場で協力するような家だってあっただろう。どう見たところで、自分があの家の門をもう一度潜ることはない。

 ならここにいても良いと言う自分がいないわけではないが、それが一番悪手だと言っていいだろう。

 相手は王太子なのだ。はっきり言って現状は綱渡りであると言える。

 国の顔として示しをつけなければいけない立場の人間が、一ヶ月の半分はこんなところで惨めな女に現を抜かしているなど、スキャンダル極まりない上、自分は曲がりなりにもパンドラ国の人間、それは今自分が不法入国をしていることを指す。そうでなくても誘拐など人としての道を違えているのに、相手は嬉々としてこちらの相手をしている。

 立場さえなければ、好きだなんだと宣うのは自由だが、落ちぶれた囚人と歴とした王太子と言う立場が変わるわけでもない。
 それがいつ、どこで、何がきっかけでばれるかわからない綱渡りなど危険にも程がある。

 そんな負担を、これ以上かけるわけにはいかないのだ。

「自分の立場を思い出しなさい、私」

 ここはあくまで止まり木に過ぎないということを忘れてはいけない、そう思って布団を強く握る。

 あれだけ伝えてくる歪な愛に対しては少しばかり不義理かもしれないし、ディードリヒを傷つけない保証はないが、かといって彼女の中に“なにもしない”という選択肢はない。

「良いのです。これが正しい」

 そう口にして、少しだけ言い訳じみてると感じた。

 それでも今は正しくない。今の自分では、あの“愛”と呼ばれる何かを捧げられる価値もなく、受け取れようはずもないと考えるのには容易く思える。

 しかし本当にやるのであれば、入念に準備をしなくては。
 
 ***
 
 ディードリヒにも避けられない予定はある。というか、避けられない予定ばかりのはずなのだが、とにかく四六時中この屋敷にいるわけではない。

 月に一度、一週間…長いと二週間ほど彼は必ず城へ帰る。この国の情勢がわかるようなものは一切この屋敷に無いので外の状況がどうなっているのかはわからないが、これは確かにチャンスと言えた。

 手錠が外れてしばらく、すっかりこの屋敷の敷地は間取りは覚えている。さすれば、このタイミングを逃す手はない。

「じゃあ行ってくるね、リリーナ」
「…はい、行ってらっしゃいませ」

 屋敷の玄関前で交わされる挨拶に少しだけ緊張した。相手は自分を抱き寄せて頬に挨拶程度のキスをすると、雨降る中の外へ出かけていくのを見送る。

 脱出は、今日にしようと決めていた。閉まるドアに向かって静かに手を振りながら、まだ慌ただしい屋敷の中を確認する。

 普段の静かな屋敷では誰かに見つかってしまいかねないが、この慌ただしさであれば多少監視の目も薄れるはず。正直手錠もなければ玄関まで見送れるなど幸運であるというよりなく、それでも思惑がバレないよう普段通りのフリをして部屋に帰った。

「荷物は…これだけ、ですわね」

 そう言って机に置かれたままだった香水を手に取る。
 そのあと部屋をぐるりと見渡して、改めて自分のものなどないと気づき、それもそうかと納得した。身の回りのものは全て与えられたもので、ここに来た時のドレスも捨てられてしまったと聞いたし本当に自分のものなど何もない。この香水を除けば。

 それにしても、と脳に余計な思考が過ぎる。

「縛られなくなりましたわね、私」

 縛ってほしいというわけではないが、そこまで信頼を勝ち取ってきた証明でもあると思うと、誇らしいような、少しだけ寂しいような。

 ともあれこの機会だけは逃せない。リリーナは部屋の小窓に手をかけた。
 この部屋に大きな窓はないが、彼女が頑張ればぎりぎり潜れる小窓ならある。そこを潜ると、下にはゴミをまとめておく場所があった。下を覗く限り今日のゴミの積まれた具合を見ると衝撃を受け止めてくれそうだと判断して飛び降りる。少し痛かったがなんとか怪我はないようなので飛び出してそのまま走り出した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

 すぐ先の森へそのまま入っていく。その先にある柵も下部分ならなんとか潜り抜けられるので、急いで抜け出しその先へとにかく進む。

 走って、走って、走って、走るしかない。

 その後ろから彼女を見ている人影も知らずに。
 
 ***
 
「っいた!」

 木の根に引っかかったのか、盛大に前へ転けた。それでも騒ぎになる前に町に辿り着かなければとすぐ起き上がる。
 きちんと確認する暇もないが、服はもう汚れてしまっているのだろう。

(この森をまっすぐ抜けることができれば、いつもあの窓から見えていた町に繋がるはず…!)

 大雨の中の森、視界が開けているはずもないが、うろうろと走り回るわけにはいかないのでとにかく進行方向に向かって進む。
 何度か転けたうちにできてしまった擦り傷は、気にしないようにしていても痛むが、それすら今は気にしてもいられない。

(これでいい、これでいいはず…)

 何度も心の中で唱える。
 あの屋敷は温かかったから、いることはできない。

 実家のように両親の優しさがあったわけではないけれど、城のように張り詰めた空気はなくて、役目を求められない新鮮な温もりがあった。あそこで自分は“自分”というありのままでいられて、それを誰も咎めたりしない。

 曲がりなりにも「愛してる」と言っていたあの人の本心は、どこにあったのだろう。もし本当に、自分があの言葉を信じられていないだけだったらいいのに。

 優しくて、暖かくて、少しだけ…幸せで。
 どこかで好きになれたらよかったのかもしれないなんて、それは、醜い後悔ばかりだ。

 だから忘れてはいけない。
 何度だって自分の立場というものを思い出さなくてはいけないのだ。

 いつもおかしいことをしているようで、存外優しいあの人のことだから、自分のことを一生抱え込んでしまうかもしれない。それはだめだ、そんな傷になるために自分は生きているんじゃない。

 今ではもう遅いかもしれない、でもまだ間に合うなら、自分が市井に降りれば向こうも目が覚めて何か変わるかもしれないから。

 何か自分でも役に、立てるかもしれない。
 自分に本当に運があるのなら、このまま町に降りても生きていくことはなんとかできるかもしれないのだから、そう考えれば希望はある。

 たとえ死んでも、それはそれで、今よりはずっと良いに違いない。

「はぁ、はぁっ、はぁ、はぁ、は…っあ!」

 激しい水音と尻もちをついた痛みで、何かに弾かれたのだと気づいた。見上げると黒いローブを被った人間が目の前に立っている。

「あ…」

 嫌な予感がした。それはなんでもいい、命の危険かもしれないし、人攫いかもしれない。なんでもいいから、逃げなければと咄嗟に踵を返す。

「っ!」

 しかしそれをするにはとうに遅い。あっさりと捕まった腕は引き寄せられ、身動きが取れぬよう腹を抱かれるとすかさず口に布を強く当てられる。

「むぐ…!」

 花とも言い難い、甘い香りがした。その匂いを嗅いでいるだけで体が弛緩していく。

 やっぱり人攫いだったのだと思いながら、なぜか走馬灯が駆け巡る。その中に見えた温かさにマッチの小さな火を感じながら、あんなに幸せな日々などもう来ないのだろうと諦めて意識を手放した。


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