冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

文字の大きさ
11 / 210
ストーカーと冤罪令嬢

矜持(2)


「…できないのです、そのような世迷いごとは。わかっているでしょう、身分も何も違うどころかそもそも私をいつから好きだなどと宣っているかわからない人物とそのようなことなど!」

 掴まれていた手を振り払って距離をとる。

 “本当に?”とどこかから聞こえて、何も聞こえなかったふりをした。今はそれどころではない、それも事実だから。

「いつからなんて…あの日からだよ! 僕と君が初めてあったあの日、確かに君は気高い光になった!」

 相手は高らかにそう言った。
 満足そうに、満面の笑みのはずなのに、普段宝石のような瞳はもう澱み、濁り、色を変えて、まるで泣きながら笑っている。

 自分が、どんな理由であれ彼の元から離れてしまうだけでこんなにもこの人は崩れてしまうのかと、確かに感じた。

 自分がいなかった今までをどう生きていたのかまるで想像もできない。そしてそれと同じだけ、なにが彼をこんなに壊してしまうのかがわからなくて、正直に言ってしまうと怯えてすらいる。

「初めて…?」

 それでも、気になる項目もあった。
 彼女が彼と出会ったのは、少なくとも記憶では社交デビューの後だったはず。考えうる限りそこで衝撃的な出会いをした記憶はないし、挨拶程度の仲でしかない。どこにそんな要素があるというのだろうか。

「覚えてないよね。そのまま忘れていて」

 その言い草も気になるが、どちらにせよ今の論点はそういうことではない。

「…それは、できませんわ。ですが今は目の前の問題を解決するべきでしてよ。貴方は今一度ご自身のお立場を思い出すべきです、ディードリヒ・シュタイト・フレーメン王太子殿下」

 リリーナはディードリヒを強く睨みつける。
 それを虚な目で見つめているはずの相手は、相変わらずとてもこちらを見ていると思えない。それでも彼女は睨むことをやめなかった。

 王太子、何度でも言うがそれは国王の子息の中でも既に王位継承が決まっている立場の者を指す。
 その重みのなんたるかを、リリーナは少なからず推し量れるつもりだ。王位継承の決まっていない王子という立場を見ただけでさえ、常に重圧と陰謀の最中に身を置かなければいけなかったのだから。それが隣に座ることが決められていた人間の立場だったし、そう教え込まれてきた。

 それがどうだ、この王太子ときたら。何度でも言うが自分はとっくの昔に落ちぶれた罪人でしかないというのに現を抜かして。娼婦のように慰み者にも使えやしないというのに。何をもって自分を好きだと宣う以前にこの遊びは危険なのだと気づいてもらわなくては。

 だからと言って慰み者になろうという気もない。どこまで落ちぶれようが心まで堕落するのであれば舌を噛み切ったほうが、同じ死でも余程納得できる。

「それは…」

 ふと、ディードリヒの顔から落胆したように表情が消えた。その姿に身構えると、空虚で悲しい感情が溢れでてくる。

「リリーナも、僕の立場しか見てないってこと?」
「…?」
「リリーナはあの日、“僕”を助けてくれたのに。“僕”はリリーナの中でも“僕”じゃないの?」
「急に何を…」

 思わず狼狽える。
 貴族という生き方である以上、相手を立場で見るのは当たり前のことだ。むしろそれは礼儀でもある。貴族の子供なら誰しもがそれを教え込まれ、徹底させられ、成長と同時に重みを理解していくもの。そういうある種の尺度と言っていい。

 それを何故、しかも急に拒もうと言うのか。

「リリーナ…聞いてよ。僕はそんな立派なものじゃない。大層な人間じゃないんだよ。君が、リリーナがいないと生きていけないよ。もう無理だ、我慢するのは疲れてしまった」

 あまりの動揺に、相手が抱きついてくるのを拒むことすらできなかった。

「リリーナ…僕を助けて。ここで笑って、僕のそばにいてよ。僕だけ見てよ…」
「貴方は、何を…伝えたいというの…?」

 心臓から嫌な音がする。緊張のような、怒りのような、そんな音が。

 貴族の在り方に個人など、弱さなどありはしない。
 貴族として在るのならば、常に下の立場の人間に対して誇り高く模範的であらなければいけないのだ。それが人の上に立つと言うことなのだから。

 それなのに、自分は弱いだなんて。
 
 今この時に、位の向こうを見てほしいなんて。
 
「…っ」

 リリーナは強く拳を握って、相手を突き飛ばした。

「…なんですの、そのものの言い方は!」

 呆然とする相手の表情に目を向けている暇などない。

「“全て”を持っている貴方が! その何もかもを失った私にそれを言うというの!?」

 堪えていた涙がもう限界だと言っている。

「私には矜持があった! 規律があった! 守るべきものがあった!」

 耐えられない。感情が抑えられないでいる。

「家族に、『ルーベンシュタイン』の家名に恥はかかすまいと好きでもない男と許嫁になって、耐え難い日々の教育を死ぬ気で駆け抜けて!」

 自分では考えつかないほど大きな声を出していた。こんなはしたないこととわかっているのに。

「その矜持が、積み重ねが、私にはあったというのに!」

 そこでぼろり、と雫が頬を伝った。

「あの日奪い取られた全てを片付けるにはあぁ言うしかなかった…っ、誰が、誰が好き好んで家名に恥を塗ると言いますか!」
「…」
「あの女がしゃしゃり出てこなければ全ては順調に、私の人生は家族のためであれたのに!」
「リリーナ」
「それも知らない貴方が立場を捨てて自分を見て欲しいなどと恥を知りなさい! 人に自分を見て欲しいのなら礼儀というものがありますのよ!」

 そこまで叫んで、そうしたらもう全て崩れ落ちる。

 全部がぐずぐずになっていく、涙も何もないなんて嘘に決まっているのだ。
 後悔してもしきれない。自分の浅はかな行いが災いを呼んで、家名に恥を塗り全てを失って、あんなに恩を返したいとそれだけを支えにしていた両親には縁を切られて。誰がそんなことを受け入れられるものか、あの日足掻いても醜いだけの自分が許せなかった。
 だから何も言わなかったのに、本当はそれでいいなんて少しも思っていなかったのに。

 王子がどうなろうが知ったことではない。互いに世間話をする程度で最初から愛なんてなくて、きっと立場さえ違っていたらあの女性との関係を祝福していただろうと考えるのには容易いほどのこと。

「っ…ふぅ…っ」

 それでも、許せなかった。
 “あの日まで頑張ってきた自分”が、あの女性を許せなくて。ここまでを、自分をあっさりと否定されたと思ってしまった時、悔しさが込み上げてきて、何か感情の糸が少しずつ切れていった。

感想 1

あなたにおすすめの小説

兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした

こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】 伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。 しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。 そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。 運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた―― けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった―― ※「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

お人形令嬢の私はヤンデレ義兄から逃げられない

白黒
恋愛
お人形のように綺麗だと言われるアリスはある日義兄ができる。 義兄のレイモンドは幼い頃よりのトラウマで次第に少し歪んだ愛情をアリスに向けるようになる。 義兄の溺愛に少し悩むアリス…。 二人の行き着く先は…!?

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。