冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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ストーカーと冤罪令嬢

矜持(2)

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「…できないのです、そのような世迷いごとは。わかっているでしょう、身分も何も違うどころかそもそも私をいつから好きだなどと宣っているかわからない人物とそのようなことなど!」

 掴まれていた手を振り払って距離をとる。

 “本当に?”とどこかから聞こえて、何も聞こえなかったふりをした。今はそれどころではない、それも事実だから。

「いつからなんて…あの日からだよ! 僕と君が初めてあったあの日、確かに君は気高い光になった!」

 相手は高らかにそう言った。
 満足そうに、満面の笑みのはずなのに、普段宝石のような瞳はもう澱み、濁り、色を変えて、まるで泣きながら笑っている。

 自分が、どんな理由であれ彼の元から離れてしまうだけでこんなにもこの人は崩れてしまうのかと、確かに感じた。

 自分がいなかった今までをどう生きていたのかまるで想像もできない。そしてそれと同じだけ、なにが彼をこんなに壊してしまうのかがわからなくて、正直に言ってしまうと怯えてすらいる。

「初めて…?」

 それでも、気になる項目もあった。
 彼女が彼と出会ったのは、少なくとも記憶では社交デビューの後だったはず。考えうる限りそこで衝撃的な出会いをした記憶はないし、挨拶程度の仲でしかない。どこにそんな要素があるというのだろうか。

「覚えてないよね。そのまま忘れていて」

 その言い草も気になるが、どちらにせよ今の論点はそういうことではない。

「…それは、できませんわ。ですが今は目の前の問題を解決するべきでしてよ。貴方は今一度ご自身のお立場を思い出すべきです、ディードリヒ・シュタイト・フレーメン王太子殿下」

 リリーナはディードリヒを強く睨みつける。
 それを虚な目で見つめているはずの相手は、相変わらずとてもこちらを見ていると思えない。それでも彼女は睨むことをやめなかった。

 王太子、何度でも言うがそれは国王の子息の中でも既に王位継承が決まっている立場の者を指す。
 その重みのなんたるかを、リリーナは少なからず推し量れるつもりだ。王位継承の決まっていない王子という立場を見ただけでさえ、常に重圧と陰謀の最中に身を置かなければいけなかったのだから。それが隣に座ることが決められていた人間の立場だったし、そう教え込まれてきた。

 それがどうだ、この王太子ときたら。何度でも言うが自分はとっくの昔に落ちぶれた罪人でしかないというのに現を抜かして。娼婦のように慰み者にも使えやしないというのに。何をもって自分を好きだと宣う以前にこの遊びは危険なのだと気づいてもらわなくては。

 だからと言って慰み者になろうという気もない。どこまで落ちぶれようが心まで堕落するのであれば舌を噛み切ったほうが、同じ死でも余程納得できる。

「それは…」

 ふと、ディードリヒの顔から落胆したように表情が消えた。その姿に身構えると、空虚で悲しい感情が溢れでてくる。

「リリーナも、僕の立場しか見てないってこと?」
「…?」
「リリーナはあの日、“僕”を助けてくれたのに。“僕”はリリーナの中でも“僕”じゃないの?」
「急に何を…」

 思わず狼狽える。
 貴族という生き方である以上、相手を立場で見るのは当たり前のことだ。むしろそれは礼儀でもある。貴族の子供なら誰しもがそれを教え込まれ、徹底させられ、成長と同時に重みを理解していくもの。そういうある種の尺度と言っていい。

 それを何故、しかも急に拒もうと言うのか。

「リリーナ…聞いてよ。僕はそんな立派なものじゃない。大層な人間じゃないんだよ。君が、リリーナがいないと生きていけないよ。もう無理だ、我慢するのは疲れてしまった」

 あまりの動揺に、相手が抱きついてくるのを拒むことすらできなかった。

「リリーナ…僕を助けて。ここで笑って、僕のそばにいてよ。僕だけ見てよ…」
「貴方は、何を…伝えたいというの…?」

 心臓から嫌な音がする。緊張のような、怒りのような、そんな音が。

 貴族の在り方に個人など、弱さなどありはしない。
 貴族として在るのならば、常に下の立場の人間に対して誇り高く模範的であらなければいけないのだ。それが人の上に立つと言うことなのだから。

 それなのに、自分は弱いだなんて。
 
 今この時に、位の向こうを見てほしいなんて。
 
「…っ」

 リリーナは強く拳を握って、相手を突き飛ばした。

「…なんですの、そのものの言い方は!」

 呆然とする相手の表情に目を向けている暇などない。

「“全て”を持っている貴方が! その何もかもを失った私にそれを言うというの!?」

 堪えていた涙がもう限界だと言っている。

「私には矜持があった! 規律があった! 守るべきものがあった!」

 耐えられない。感情が抑えられないでいる。

「家族に、『ルーベンシュタイン』の家名に恥はかかすまいと好きでもない男と許嫁になって、耐え難い日々の教育を死ぬ気で駆け抜けて!」

 自分では考えつかないほど大きな声を出していた。こんなはしたないこととわかっているのに。

「その矜持が、積み重ねが、私にはあったというのに!」

 そこでぼろり、と雫が頬を伝った。

「あの日奪い取られた全てを片付けるにはあぁ言うしかなかった…っ、誰が、誰が好き好んで家名に恥を塗ると言いますか!」
「…」
「あの女がしゃしゃり出てこなければ全ては順調に、私の人生は家族のためであれたのに!」
「リリーナ」
「それも知らない貴方が立場を捨てて自分を見て欲しいなどと恥を知りなさい! 人に自分を見て欲しいのなら礼儀というものがありますのよ!」

 そこまで叫んで、そうしたらもう全て崩れ落ちる。

 全部がぐずぐずになっていく、涙も何もないなんて嘘に決まっているのだ。
 後悔してもしきれない。自分の浅はかな行いが災いを呼んで、家名に恥を塗り全てを失って、あんなに恩を返したいとそれだけを支えにしていた両親には縁を切られて。誰がそんなことを受け入れられるものか、あの日足掻いても醜いだけの自分が許せなかった。
 だから何も言わなかったのに、本当はそれでいいなんて少しも思っていなかったのに。

 王子がどうなろうが知ったことではない。互いに世間話をする程度で最初から愛なんてなくて、きっと立場さえ違っていたらあの女性との関係を祝福していただろうと考えるのには容易いほどのこと。

「っ…ふぅ…っ」

 それでも、許せなかった。
 “あの日まで頑張ってきた自分”が、あの女性を許せなくて。ここまでを、自分をあっさりと否定されたと思ってしまった時、悔しさが込み上げてきて、何か感情の糸が少しずつ切れていった。

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