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ストーカーと冤罪令嬢
思い出と憧れと渇望(2)
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始めてみると、思ったより捜査は難航する。
それらしい本は見当たらず、通りかかったミソラに話を訊いてもはぐらかされてしまう。かといって本人に堂々と訊くのも憚られてしまって…。
どうしたものかと思いつつ廊下を歩いていると、そこにディードリヒが通りかかってしまった。
「やぁリリーナ。こんなところでどうしたの?」
ディードリヒの本日の挨拶は実に平和で、少し気まずい気持ちと、いつもこの調子なら平和なのに、とまだどこかで考えてしまう気持ちが両立する。
やはりあの変態行動は少し控えてほしいのだ。もう少しだけでいい、なんとかなったら普通の恋人同士でいれるはずなのに、そう考えてやまない。
せめて公衆の面前でだけはやらないでほしいと心から願う。まぁ本人も立場があるのを理解しているようなのでやらないとは思うが。
しかしそんなことを考えても目の前が変わるわけではない。気まずさに視線を逸らす。
「あぁ、いえ…散歩のようなものですわ」
おず、と返事をする彼女に、ディードリヒは近づいてくるとふっ、とその目を見開く。
「…なにか隠してる?」
「!」
張り詰めた糸のような相手の声に驚いて口を噤む。これは相手が鋭いのか自分が嘘をつくのが下手なのか。
それにしてもやや反応が過剰なような気がしないでもない。やはりあの雨の日、勝手に出ていってしまったのが相手を警戒させるのだろうかと考えてしまう。
「そういう、わけではありません。ただ少し調べ物をしていますの」
「…」
そこで、ディードリヒはすんと表情を戻す。
リリーナは僅かに緊張の糸が少しだけ解れたように感じた。
「こんなところで話すことじゃなさそうだね。僕の部屋においでよ」
「…わかりました」
***
リリーナとしては、もう少し確証を得てから話をしたかったのだが、こうなっては仕方ない。
丁寧に紅茶まで出されたディードリヒの部屋に昼間の時間来たのはなんだかんだと初めてだ。夜に訪れた時は暗くて何も見えなかったな、となんの気なしに周囲を見渡す。
部屋の作りは自分の部屋を似ている。しかし色調や家具の置き方が異なった。
「調べ物、してるって言ったよね?」
「は、はい」
聞こえた声に体が跳ねる。そもそももって他人の部屋をまじまじと見るなど、はしたないことをしてしまったと反省した。
「また急だね。必要な資料があれば取り寄せるけど」
ディードリヒから向けられる疑惑の視線はまだ解けていない。しかしここまで来てしまったなら隠すのも難しいと判断して腹を括った。
「でしたら、この国の文化について書かれている書物が欲しいんですの」
「文化?」
「できうる限りローカルな…地方の伝承のようなものが好ましいと思っています」
リリーナの言葉に驚いたのか、ディードリヒはきょとんと毒気を抜かれてしまう。そのまま素直な疑問を口にした。
「それこそ本当に急な話だね。この国に興味をもってくれるのは嬉しいけど」
目的はそんな安易な興味ではないのだが、流石にそれは言いづらい。リリーナは視線を一つ落として紅茶に手を添えた。
「…少し、昔のことを思い出しまして」
「…昔のこと」
少しだけ、言葉を返すディードリヒの声が低くなったような気がするが、気にしないふりをする。
「四歳の頃ですわ。私、大衆小説が大好きでしたの。その中には弱きものを助ける英雄の物語があって、その姿に憧れていました」
「…」
「あるパーティのことです。ある女の子がドレスを馬鹿にされていたところを、その英雄よろしく助けたことがありました。勿論決めポーズまでしっかり決まっていました」
「…決めポーズとか気にするんだね、リリーナ」
「勿論です。格好つけるなら指の端までですわ」
そう話すリリーナは涼しい顔で紅茶を一口飲み下す。ディードリヒにとっては意外な一面ではあり、ややにやけそうになったが耐えた。
「助けた女の子は言葉が片言で、外国の方だとすぐに気がつきました。水色の透き通った瞳が印象的で、アリアと名乗っていました」
「…そっか」
「最後はその子と共に城を駆け回って、お父様には怒られましたが楽しかったですわ」
少し俯くディードリヒに、リリーナは何かの確信を得ながら話を進める。
「でも私、あんな格好つけたことをしたのは後にも先にもあの時だけですの。ですから…」
「…」
「その子の事情が知りたくて、あれこれ調べていたというわけです。この国ことには詳しくありませんし、何かヒントがあるかもしれないでしょう?」
そう言ってリリーナは少し考えるような仕草を取った。
「まぁ、その子がこの国に関わっているとも言い切れないのですが」
なんて、慌てて言い添える。
確かに相手をディードリヒだと思って調べてはいるが、万が一にも間違っていたら話にならない。
しかし、そこでディードリヒは深いため息をつく。
そして部屋まで紅茶を淹れに来たメイドをはけさせると、ふと表情に影を落とした。
「なんだ、思い出しちゃったのか」
そう言って彼は諦めたように紅茶を飲み下す。
「…アリアが僕だって気付いたんだね」
「それしか、貴方と私の出会いに交差するようなことは思いつかなかっただけです」
「まぁ、そうだよね。それ以外は外交のパーティくらいでしかお互いちゃんと顔も見てないし」
「…そんなこと言って、本当は私の隠し撮りでもあるのではなくて?」
「たくさんあるよ。見せないけど」
「見たくもありませんわ」
予想が当たってしまい若干背筋が凍った。
「まぁ、そうだね。確かにフレーメンには宗教的な文化がある。それは『子供に性別が逆転した服を着せて育てる』というもので、七歳までが一般的かな。子供を悪魔から守るんだって」
「そうなんですの、世の中広いですわね…」
「まぁ僕も例に漏れずやってたわけ。それ自体が嫌だったわけじゃないんだ。“そういうもの”と思って育ってきたからね。でもあのパーティの時は心底それが嫌だったよ」
そう話すディードリヒの表情は嫌悪にも後悔にも見えてしまう。リリーナは話を聞きながら、かける言葉を失っていた。
「母上が選んだドレスが悪かったんだ。ドレスのデザインだけで選んだから髪色と合わなくて、それを馬鹿にされてた」
「…そういう話でしたわね」
改めて記憶を掘り返す。確かに、そんな話だったと。
「悔しかった。ドレスも何もそうだけど、自分は男なんだって言えなかったのが一番悔しかったよ。周りを見れば誰も女装なんてしてないからね、自分がおかしいってすぐわかった」
そこで、ディードリヒの瞳にわずかに艶が戻ってくる。
「でもその時君が颯爽と現れて…僕をあいつらから守ってくれた」
「…」
「君は神様なんかより余程気高くて美しかった。助けてくれたことも、ドレスを気遣ってくれたのも、城を探検したことも…どれも嬉しくて、どれも忘れられない記憶なんだ」
「そんな、大したことはしていませんわ」
「僕にとっては輝かしいよ。あの背中が、差し伸べてくれた手が、僕は嬉しい」
「…」
リリーナから見れば、ただ他人に自分の正義を押し付けただけだ。子供やることだから、と言ってしまえばそれまでかもしれないが、本当は第三者として相手を宥めるべきだったと今なら思える。
「君を忘れられないまま育ったよ。ドレスを着なくなっても、時折思い出しては心の中であの手を握っていた。それが支えだったから」
「支え、ですか…」
「そうだよ。いつだって君が今何をしているか気になってた。それで十歳の時かな、新聞でストーキングの犯罪記事を読んで、そういうのもあるんだって…知ってからすぐミソラを送り込んだ」
「…」
(それは…行動力がありすぎではないかしら…)
リリーナは若干引いたが黙っていることにした。今は流石にそんな無粋なことを言う気持ちにはなれない。
ちなみにミソラがリリーナの侍女になったのはリリーナが十二歳の時である。それ以前の情報をどう得ていたのかは、訊く勇気がない。
「情報をもらうようになって、嬉しかったことと、悲しかったことがあった。嬉しかったのは、君がずっと気高さを忘れず生きていたこと。どんなに苦しい教育も毅然と受けて、日々の努力を忘れず、多芸を身につけていく…僕も教育は苦しかったから、すごく励みになった」
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