冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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ストーカーと冤罪令嬢

神は人まで堕ちれない(2)

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「…それにしても」

 と、一息言葉を置いたのはディードリヒであった。
 リリーナから一度離れた彼の表情は、どこか寂しげに見える。

「…ちゃんと好きになってくれたんだよね? リリーナ」

 ここで疑問系になってしまうのは彼の自信の無さだろうか、その点がやや気になりつつも、リリーナは質問に答える。

「えぇ。何か問題がありまして?」
「嬉しい、ありがとう」
「なんです、急に」
「ううん、約束を守らないといけないなって思ったんだ」
「…約束?」

 何かそんな約束をしただろうか、とリリーナは考えた。彼があんなに寂しい顔をするような約束をした記憶はない。

「…?」

 顎に手を当て記憶を逡巡する彼女を見て、ディードリヒはふと、この反応はと考えた。

「まさか、覚えてないの?」
「えぇ…貴方を傷つけるような約束をした覚えはないですわ。強いて言うなら私の冤罪の話くらいで…」
「…まぁその、冤罪の話なんだけど」
「あら、そうでしたの」
「僕が傷つくって思ったの?」
「それだけ苦しそうな表情でよく言うものですわ」

 ディードリヒははっと自分の頬に触れる。そんなに苦しいような顔をしていただろうか。

「ですがすっかり抜け落ちていましたわ…私としたことが、いけませんわね」

 しかしそんな自分をおいておいて、困ったと言わんばかりの表情をする彼女に、ディードリヒは呆気に取られた。

「…リリーナって物忘れとかするんだ」
「失礼な、私だって人間でしてよ」

 少し怒る彼女に、ディードリヒは少し気が抜けてしまったのだろう。

「…っぷ、ふふ」

 吹き出してしまった。

「な…!」
「あはははははっ!」
「貴方…!いつかも同じように笑いませんでしたこと!? つくづく失礼ですわ!」
「あはは、ごめん。ごめんリリーナ。ちょっと気が抜けちゃって、あははっ、ごめんね」

 いつかのように笑うディードリヒは、いつだって一番人間らしい表情を見せる。しかしリリーナはそれをわかっていても怒ってしまう。失礼なタイミングで笑っていることに変わりはないと。
 そこからまたひとしきり笑って、ディードリヒは落ち着いた。

「いや、リリーナも人間なんだなって」
「…私をなんだと思っていますの」
「女神様?」
「イメージの押し付けですわ!」

 過ぎたるイメージの押し付けは危険である。その押し付けが、また一つ諍いにつながっていくのだ。

「もう、私は確かに気高いですが、貴方が思うほど崇高な存在でもありません」
「僕にとっては代え難い女神様だけどなぁ」

 なんて言葉を流そうとするディードリヒの頬を彼女はつねった。

「私が女神では、貴方といることができないではありませんか」
「…」
「なんですその間抜けな顔は」

 つねられた頬をさするディードリヒは、リリーナの言葉にまた目を丸くした。そんなに驚くことは言っていないと不服な彼女を彼は呆気に取られたまま見つめ続けている。

「気高い神であることと、気高くあろうとするのは別のことです。私は貴方の隣に立つ『人間』としてここにいるんですのよ」

 彼女の言葉にディードリヒは、何かいけないことをしてしまったような、そんな考えに至った。
 彼にとってリリーナは女神である。光を差す存在であり、空をかける鷹なのだ。

 それがどうだ、自分と同じ“人間”などと。
 あっていいはずがない。

 足元が、急に崩れ去っていくようだ。

「そんな、リリーナ」
「?」
「『人間』は、醜いよ」
「何を言っていますの?」

 震える手が彼女の肩を掴む。
 リリーナにも彼の豹変はわかって、正直これは思い出される記憶の数々と同じものを感じた。

「君は、『女神』でいてよ。人間なんて醜いから、いらないんだよ」
「…」

(あぁ、ですから、イメージを押し付けるなと再三言ったではありませんか)

 リリーナは淡々と内心で所感を述べる。相手を諭すように、叱りつけるように。
 確かに人間は醜い。それはきっと貴族でなくても同じなのだろう。
 何が原因で相手を変えたのか明確にはわからないが、このままでいいはずがない。

 だがそれでも、貴方の愛は、

「…ディードリヒ様」

 真っ直ぐで、綺麗だから。

 リリーナは相手の頬に手を伸ばす。震える相手が反応することはないが、それでも視線は外さなかった。

「大丈夫です。私はここにいますわ」
「…リリーナ」
「生憎女神ではありませんが、鷹のように空を飛ぶこともできませんが、それでも貴方のそばにいます」
「…」
「私が本当に女神であるならば、貴方といるために人まで堕ちましょう。そうでなければ貴方には見合いません」

 それでも震えは止まらない。
 一つ相手は喉を鳴らし、口を開いた。

「そんな、リリーナ。だめだよ。僕は、醜いから」
「どうしてそう思いますの?」
「僕は、リリーナみたいになれなくて、リリーナのかけらを集めることでしか生きていけなくて、リリーナを自由にしてあげられない」

 どうしても人間は、自分は醜いと思わないでいられないのだろう。きっと彼は、自分のやっていることがどこかでわかっているのかもしれない。

「リリーナ、僕と同じになったらだめだ。君はずっと気高くいて、僕から、離れて」
「なにを言っていますの?」
「…え?」

 震える声が、一つ間をおく。
 その沈黙を埋め合わせるように彼女は声を上げた。

「なんですの、その言い様は。私が人間になったら醜いような言い方をして」
「だって」
「だってもそってもありません。私はたとえ女神から人間になったところで気高くあろうと生き続けます。鷹の様に空を飛べなくても自由を見つけて貴方を連れて行きますわ」
「…!」

 リリーナはご立腹である。しかしその怒りが、いつだって彼を照らすのだ。

「私は言ったはずです、私を愛してくださる貴方に報いて生きたいと。それは人でなくてはできません」
「…リリーナ」
「イメージの押し付けはやめてくださいと言ったでしょう。立場の向こう側の私が見たいのであれば、ありのままの私を受け入れて欲しいものですわ。人としての私の全てを」

 そこまで言ったリリーナはまた相手の頬をつねる。できうる限り思い切りの力で。

「いはぁい…」
「まったく、また情けないことを言うのはこの口かしら。私は嫌ってほど貴方のいろんなところを見せられていますのに」

 つねった頬を開放すると、ディードリヒはまたそこをさすっている。そしてリリーナを見て、また堂々と胸を張る彼女を目に焼き付けた。

「如何かしら? ありのままの『人間』の私は。貴方には醜く見えますの?」
「それは」
「どうなんですの?」
「それは、違うよ。リリーナはいつだって気高くて…綺麗なんだ」

 未だ震えた声で言葉をこぼすディードリヒに、リリーナは笑いかける。いつの間にか時間は少しずつ夕暮れに近づいていて、夕陽が彼女の背中を照らした。

「ほら、人間も悪くないでしょう?」

 そう笑う彼女に、ディードリヒは手を伸ばして、その手をリリーナが捕まえる。

「!」
「捕まえましたわ。もう離しません」

 彼女の、自分より小さい手が、自分の手を掴んで、つながって。

「…っ」

 また泣きそうになった。

「また情けない顔をして…私の隣にいるならもっと胸を張りなさい」
「…うん、リリーナ」
 
 ***
 
「それにしても、なのですけれど」

 と、リリーナが口にしたのは夕食の時。本日のメインディッシュである牛肩ロースのワイン煮を食べながら共に机を囲むディードリヒに問う。

「なあに?」
「貴方、私との約束を守るのはいいのですけれど、そんな機会がありまして?」
「機会だけならいくらでもあるよ。ただ待ってるんだ」
「待っている?」
「向こうが動き出すのをね。君は一応貴族の娘だし、向こうとしては取り戻したいだろうから」
「…」

 そうだ、自分は誘拐されてここに来ている。それは立派な脱獄で、故郷では指名手配されているかもしれない。
 しかし故郷に帰ることになったら、ここに来てからのおおよそ半年の日々も失われてしまう。それはどこか、避けたい気持ちが大きい。

 それでもディードリヒはさも平然と言葉を続けた。

「まぁ、何もしなくても向こうは動くよ」
「そうですか…」

 静かに肩を落とすリリーナをディードリヒは楽しむような、悲しむような、複雑な感情で見ている。
 ディードリヒの持っているグラスに注がれたワインが、また一つ揺れた。

「リリーナ」
「?」
「“その時”までは、僕の君でいてね」

 寂しげな彼の表情に、リリーナはまた少しむくれていく。

「何を言うかと思えば、私はずっと貴方のものでしょう」
「っ!?」

 リリーナの言葉にディードリヒの顔が赤くなる。原因がよくわかっていないリリーナは怪訝な表情を示した。

「な、なんですか」
「いや、その…急にそんな口説き文句言われると思わなくて」
「ただ事実を言っただけだと思いますけれど…」

 なにがそんなに口説き文句なのか、と言う顔をする彼女に、ディードリヒは軽く咳払いを挟んで赤い顔を抑える。

「んんっ…ありがとうリリーナ。信じてる」
「改めて口にするような言葉ですの…?」

 この、当たり前のように自分を好きだと言う女性が自分の憧れで、自分の隣にいる。
 こんなに幸せなことはない、とディードリヒは改めて思い知らされた。
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