冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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ストーカーと冤罪令嬢

貴方と並ぶための

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 招待状が届いてから数日が経っている今日、リリーナの部屋には一人の女性が訪ねている。

「こちらの生地はいかがでしょうか? 最近若い女性の間で流行っております」 

 そう言いながら女性は分厚い本のページを一枚めくった。ページの一枚一枚には綺麗に整えられた生地の切れ端がアルバムのように貼られている。
 女性はどうやら洋裁店の人物のようだ。リリーナのドレスのイメージを掻き立てる手伝いをしている。

「マチルダ、こちらはどういった生地なんですの?」
「こちらですと、色は良いのですが生地そのものが少し重たいものでして…長距離の移動を考えるとあまり向かないかと」

 リリーナが指を指したのは深い紺の生地。滑らかな風合いだが確かに少しばかり厚い生地のようだ。

「シルエットはどうされますか? リリーナ様でしたら文字通りなんでもお似合いになると思います」

 マチルダと呼ばれた女性はリリーナとの対話に慣れた様子を見せる。それもそうだろう、彼女こそリリーナがこの屋敷に来てからずっとリリーナのドレスを扱ってきたのはマチルダだ。最初はディードリヒからの注文でドレスを製作していたが、リリーナが屋敷を闊歩するようになった少しあとからリリーナ自身がドレスを注文するようになっている。

「舞踏会用ですからやはり見栄えのいいものがいいですわね。マーメイドラインで髪を上げるのもいいですし、バッスルをつけて上品に仕上げるのもいいですわ」
「マーメイドならば濃いめのお色はいかがでしょう? リリーナ様の金の瞳を際立たせる赤がおすすめです。バッスルならばこちらの柄物も捨てがたいですね」

 生地のサンプルをパラパラとめくりながらあれやこれやと話を広げていく。同時にマチルダは話を聞きながら、何枚もの紙にデザインラフを素早く描き上げそのイメージを固めていっているようだ。

「どちらも悪くないですわね…少し悩みますわ」
「今回は殿下もご出席なさるとお聞きしました。殿下とお話し合いになるのもいいかもしれません」
「殿下と…」

 言われてみれば、と言う話ではあるが確かにそれも一理ある。いかんせんディードリヒとペアでどこかに出席するのは初めてだが、故郷のパーティではペアで出席する相手とある程度デザインの方向性を合わせるのはマナーだ。マチルダの言葉から察するにそれはこの国でも変わらないのだろう。
 そうとなれば話は早い、とディードリヒに声をかけようかと思ったが、生憎彼は執務中だ。易々と声をかけるのは憚られる。

 そこへノックの音が入ってきた。返事をするとドアの向こうからミソラが現れる。

「お紅茶のおかわりをお持ちしました」
「あら、ありがとう」

 ミソラは部屋の中に持ってきたカートを持ち込むと、素早く空いた茶器を片付け新しいものに温かい紅茶を注いでいく。その様子を眺めていたリリーナがふっと閃いた言葉を口にした。

「そうですわ、ミソラは何がいいと思うか意見をくれないかしら?」
「ドレスの話でしょうか」
「えぇ、今はバッセルかマーメイドで悩んでいるの」
「…」

 作業を終えたミソラは静かに佇み、わずかに思考を巡らせる。彼女は少しの間を置いて答えた。

「ディードリヒ様は愛らしいものがお好きですよ」
「!」
「リリーナ様は綺麗なシルエットのドレスがお好みのようですが、ディードリヒ様がご注文したものはどれも愛らしいものでした」

 確かにそうだったような、と顎に指を添えたリリーナは思い出す。
 この屋敷に連れてこられて最初の頃といえば混乱が強く未だに鮮明な記憶とは言い切れないが、着せられていた服にはどれもリボンやフリルの装飾が付いていた気がする。とは言ってもしつこいものではなく、文字通り“女の子らしい”にとどまる程度のものではあったが。

「確かにそうですわね…」
「たまにはディードリヒ様の好みに立ち返るのもよろしいかと思われます」
「それも一理ありますわ」

 それにしても、ディードリヒの好みが愛らしいものとなるとドレスは最初から考え直しだ。シルエットも締まった印象より裾の広がった甘い雰囲気のものがいいかもしれない。

「どうしましょう。むしろ話は混迷に入りつつあります…」
「では私に考えがあります。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「それは構いませんけれど…」
「では失礼致します」

 短い言葉でミソラは去っていった。リリーナは彼女の言葉を理解できないままだが、ひとまずマチルダに向き直る。

「それにしても、殿下の好みは視野の外でしたわ…」

 確かにディードリヒは“好きにドレスを作っていい”と言っていたので、すっかり自分の好みのことを考えてしまった。
 故郷にいた頃は用意されたドレスを身に纏って行事に出ることしかなかったので、正直に言うと公式の場に出るドレスを自分で選ぶというのは慣れていない。

「殿下との仲は如何ですか?」
「へ!? あ、それは」

 正面から思わぬ言葉が飛び込んできて動揺する。しかし仲もなにも、という話だ。

「何か、ということもありません。つ、付き合ったって…平行線と言いますか」

 リリーナは少しばかり顔を赤くして視線を逸らす。しかし未だ物語で見るような仲睦まじい二人かと言われれば、相変わらず変態発言に振り回される毎日である。

「というか、なんですの急に…」
「いえ、以前こちらにお邪魔した時随分仲睦まじいように見えましたので」

 本人にとっては予想外だったが、マチルダはどこから風の噂で聞きつけたか二人の関係をあっさりと知っていたのだ。もしくはリリーナは普段通り過ごしていたつもりが、何か雰囲気が変わっていてそれを見抜かれたのかもしれない。

「彼の方に振り回されているだけです。勘弁願いたいものですわ」
「ふふ、それにしては楽しそうに見えましたので」
「…!」

 そんなことはない、と返したいところではあったが何故か返せなかった。自認としてはどちらかというと“大変”が正しいのだが、側から見ているとそういうものなのだろうか。

「仲睦まじいようでして何よりです」
「か、揶揄わないでくださいませ!」

 小さく笑うマチルダに慌てて怒ると、彼女は「申し訳ありません」とまた少し笑った。

「それにしても、近頃殿下は変わったように感じます」
「変わった?」
「えぇ、私共の店も王家とのお付き合いをさせて頂いて長いですが…以前はもっと、心の拠り所がないような、そんな雰囲気の方でした」
「心の拠り所…」

 リリーナからみれば、普段のディードリヒというのはテンションが高く若干調子のいい、それでいて変態であることをやめない困った人間だが、その裏には強い絶望と寂しさを抱えていたことを彼女は知っている。

 彼が自分のいない時期をストーキング以外でどう過ごしていたのかは知らないが、そんなに寂しい人間だったのだろうか。

「不思議だな、とは思っていました。王家の方は仲が良くて有名ですから…でも」

 不意に窓の方を見たマチルダはすぐリリーナと視線を合わせなおす。

「殿下は、リリーナ様を探していたのかもしれませんね」
「!」

 図星をつくような発言に目を見開く。確かにディードリヒはずっとリリーナを探していて、求めて求めて、今があるのだから。
 マチルダという女性は何か、鋭い観察眼のようなものがあるのかもしれない。

「この間見かけた殿下の表情は本当に柔らかくて、正直驚いたくらいでした。あぁ、本当に大事な場所を見つけたんだな、とも」
「…」
「でも、リリーナ様もですよ」
「え?」

 不意な言葉に首を傾げる。

「初めて会った時のリリーナ様も、どこか寂しそうでした。私が深く事情を知ることはありませんが、リリーナ様も随分と柔らかくなって、勝手に嬉しくなっているんです」
「マチルダ…」
「ってすみません自分の話をしてしまって。ミソラさん遅いですね」

 困ったように笑うマチルダにリリーナは笑いかけた。

「いいですわ、そんなこと。そう言って頂けるのはありがたいことです」
「リリーナ様…」
「私が殿下の居場所になれるならば、それは喜ばしいことですわ。彼の方は、私自身を好きだと言ってくださった方ですもの」

 身分でも、役割でもない。“リリーナ”という一人の女性をディードリヒは愛している。それはここにきてから日毎に明らかになっていって、その思いは確かなのだと何度も思い知らされた。

 それを今は、幸せに思う。

「では、ドレスはますます気合いを入れて作りたいですね!」
「えぇ、そうですわね」

 そこで、またノックが聴こえた。返事をするとミソラと、もう一人部屋に入ってくる。

「…殿下?」

 ミソラに連れられるまま入ってきたディードリヒはどこか困った表情であった。

「リリーナが呼んでるって言うから来たんだ。何かあったの?」

 きっと執務中急に呼びつけられて困惑しているのであろう。少なくともリリーナ自身が彼を執務中に呼びつけたことなどない。

「そうですわね…」

 しかし月並みだが、確かにこの場には来て欲しかった。二人で着るものならば二人で決めたいという結論に至った上で、何より。

「…?」

 彼の瞳を見ていたら、何か思い浮かびそうな気がした。リリーナはそんな思いで、運ばれた椅子に腰掛けるディードリヒを見つめる。

「どうしたの、リリーナ。照れるよ…」
「そのままでいてくださる? 何か思いつきそうなんですの」
「えぇ…」

 今までにない熱視線にディードリヒは動揺していた。彼女がこんなに熱心に自分を見つめてきたことなどない。対してリリーナは真剣そのもので、しばし彼を見つめてからはっとした顔をする。

「そうですわ、この色です」
「色、ですか?」
「殿下の瞳の色をドレスに使いましょう。似た色の生地はあるかしら?」
「探してみましょう」

 真剣な表情の二人にディードリヒは置いて行かれてしまっていた。そわそわと気まずい表情で大人しくしていると、リリーナが彼の服を軽く引く。

「ほら、殿下も」
「?」
「貴方も一緒に選ぶのですわ。貴方は私にどんなドレスを着て欲しいのかしら?」
「…僕が選んでいいの?」
「普段使いではありませんから、二人で決めましょう」

 リリーナの言葉にディードリヒはやや驚くも、すぐに彼女の言葉へ頷き返した。

「わかった」
「では案を出してくださる? 今回は貴方の好みに合わせて差し上げます」
「じゃあ愛らしい感じがいいな。シンプルだけど甘い感じがいい」
「ではこちらの生地は如何でしょう? 色味も勿論ですが、軽くて過ごしやすいです」
「シルエットにリクエストはありますの?」
「そういうのはわからないから任せるよ」
「では…」

 三人の話し合いは続く。
 そのままデザインラフやディードリヒの衣装のイメージも固めて、入念な会議の後マチルダは帰っていった。

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