冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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彼女の好きなこと

口喧嘩(2)

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「ですが少し難航しおりまして…」
「聞いてるよ。職人本人とほとんど会えてないんだって?」
「そうですわね。ソフィア…妹さんとお茶をする方が多いですわ」
「男に会われるよりよっぽどいい…このままその妹を丸め込んで契約結んじゃおうよ」
「それは無理です。交渉の何たるかがわからない貴方ではないでしょうに」

 リリーナが眉を顰めるのに対して、ディードリヒもまたむくれた表情で返す。互いの立場上もちろん交渉の場に立つということはどういうことかわかっていても、彼としてはやはり嫉妬が勝る。

「私の店にあの才能は不可欠ですから」
「話は聞いてるけど…」
「そもそも駄々を捏ねたのは貴方ではありませんか。これ以上は先日お話しした通りです」
「ていうか!」

 そう言ってディードリヒは声を張るので、リリーナは少し警戒した。

「男に向かってアプローチするってなに!? それこそ浮気!?」
「商売をするのなら盲点をつくのは当たり前でしょう! 浮気などする暇があったら貴方とデートするための服を買いに行きますわ!」

 再び言い合いになっている。正直眺めている使用人は暇を持て余している中、特にミソラは“今日の痴話喧嘩は長い”などと考えながら傍観していた。このままでは昼食はいつになることやら。

「…っ、僕だけ見てって言ったのに!」
「有象無象と貴方を同じにしろと!? 寝言は寝て言いなさい!」
「言葉でなら、いくらだって!」

 そう言い放ったディードリヒに、リリーナは感情を昂らせたまま静かに語る。

「それは貴方も同じではありませんか。言葉でなら、いくらでも私を否定できますもの」
「否定なんて、そんな」

 焦るディードリヒに、リリーナは畳み掛けていく。

「私を信じてくださらない貴方は、私の在り方を否定している。ですが私は信じています、貴方ならいつまでもそばにいてくださると」
「…っ」

 ディードリヒは言葉を返せなかった。それどころか、驚いて少しばかり呆然としてしまっている。

「他人を監視するというのは、本来そういうことです。やめろという話ではありません、ただ私の努力まで否定しないで欲しいのです」
「僕が…リリーナを?」

 そんなはずがない、ディードリヒは確かにそう思って、思考ができなくなった。
 自分は確かに、リリーナの努力を重ねる姿を愛したはずなのに。彼女は自分がそれを否定すると、言っている。

「自分で言うことではないかもしれません。ですが店舗を構えることも、人間関係を少しずつ広げていくことも、貴方に見合う私であるためだと思わなくてはできない」
「…」
「だってもう、あの屋敷からは出てしまったんだもの」
「!!」
「二人でいるために、他人をこれまで以上に巻き込まなくてはいけない。貴方の『隣』であるために、人形ではいられない」

 こんなに長く喧嘩をしたのは初めてなように、リリーナは感じた。それでも向き合わなくては、互いをまっすぐ見なければ前には進めない。

「貴方は私を見ています。だからいつまでも私は『私』でいられる、貴方を信じられるのです」

 それがどんな形でも、それは瑣末なことだった。たとえ羞恥に身を焼くような場面を撮られていようが、己を失いそうになった時であろうが。

 今までは、それを押し込むことを“正しい”と思わなくてはできなくて。
 でも今は、彼が見ているから自分でいようと思える。

「貴方が、私の努力まで否定しなければ私を信じられないなら、私は貴方の願いを叶えて死んでもいい」

「「「!!!」」」

 リリーナの言葉に驚いたのは使用人たちやミソラも含まれているが、リリーナはわかっていたと言わんばかりにそれを気にしたそぶりも見せない。

 もう言葉遣いを気にしている余裕などなかった。ただ伝えたくて、吐き出すように声を放つ。

 “死ぬ”と言った自分に動揺した全てを差し置いて見ているのは、他の誰でもない、違う意味で動揺している“彼”のこと。

「…」

 リリーナはまっすぐと彼を見ながら「これ以上は」と人払いをした。動揺を隠せないまま出ていく使用人たちに混ざって部屋を出るミソラの視線に、リリーナは少し申し訳ないとは思っても、彼女の方に振り向くことはない。

「どうしますか? ディードリヒ・シュタイト・フレーメン」

 リリーナの言葉に、ディードリヒは答えなかった。ただ震えたまま、強く目を見開いて、自分の衝動と戦っている。

「あ…、だって、僕は…」

 対してリリーナの目は本気だ。
 強い意志がそこにあるだけに、ディードリヒの心はぐらりと揺れる。

 なんて魅力的な、ディードリヒはリリーナの誘いにそう感じた、感じてしまった。
 生きたまま人形に、あの視線を独り占めできないなら。髪は束にして、骨は抱きしめて、肉は一つになって、血は瓶に詰めて、内臓は一つ一つ保管して。

 魂は腕の中にあるのだと…錯覚してしまえば。

 手が震えるほど、それは甘美だ。どこまでも退廃的で、短い破滅だというのに永遠を感じてしまうから。

 ただそれをするなら、自分がいい。

「だめだよ、自殺なんて……勿体無い」
「…」
「!」

 言葉が溢れてから気づいて、はっと口を塞いだ。本当に言うつもりなどなくて、慌てて相手に視線を向ける。

「…」

 リリーナの視線は変わってなどいなかった。
 強い、強い金の瞳は、ずっと自分を見ている。

「では貴方が私に触れると? 今の貴方が?」
「え…?」
「私に触れていいのは私が認めた方だけです。それは私自身でも変わりません。だからこそ『今』貴方が私に触れられるとでも?」

 リリーナは脚を組みながらディードリヒを見ていた。ディードリヒはその視線に応えられないまま瞳を右往左往としている。

「…ここは、そんな話じゃなくて…『気持ち悪い』って言うところじゃ」
「気持ち悪いですわ。今すぐ頬を叩きたいくらいに」
「僕は君を殺すかもしれなくて、その」
「それが貴方でしょう。殺したいなら殺せばよろしいのですわ」
「…? …!?」

 彼は明らかに混乱してしまった。
 先ほどは軽口を叩いたが、実際自分が普通などと思ったことはない。本当は、受け入れてもらえるなど、思っていないのに。

(リリーナは、何を、言って…)

「どうせ揺れでもしたのでしょう。死体はものを言いませんもの」
「あ…」

 申し訳なさで下を向いた。
 それが本当だったから。

「貴方が如何に脆い人間かなど、ここ半年だけで明け透けなのですわ。安易に退廃を選べるほど弱いから…私を、己を否定する」
「…」

 そうではないと言いたいはずなのに、図星を突かれたような気持ちになる。それが心底悔しくて、でも表情に出すのを拒んだ。

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