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彼女の好きなこと
婚約発表
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「本日の主役のご登場です!」
号令係の大きな声がパーティ会場に響く。
今日は待ちに待ったリリーナとディードリヒの婚約発表パーティである。
夜会の形式で夜に行われた大規模なパーティにはフレーメン高位貴族や王室関係者、リリーナの故郷であるパンドラ王室からも出席者が集まっていた。もちろんリリーナの両親も顔を見せている。
会場は国境を越えた面々の集まりからか、祝いの場であると同時に重要な外交の場にもなっている状況。
ディードリヒにエスコートされて入場したリリーナは、清楚な印象を思わせるスレンダーラインの淡い黄色のドレスを身に纏い、アクセサリーもシンプルで嫌味のないものを選んだ。髪は控えめに巻き後ろ髪を上げて首回りのスッキリした印象に。
ただ忘れなかったのは、アンムートの作る香水だ。やはりパーティほどの伝播力のある場所で宣伝しないと言うわけにはいかない。
アンムートの…つまり異性の作った香水を纏うとなって若干ディードリヒと揉めかけたが押し通した。
会場に足を踏み入れるとたくさんの拍手が二人を迎える。冤罪をかけられ全てを失ったパーティや、その冤罪を晴らすために参加したパーティと違い、今度こそ祝福されているのだと安堵した。
周囲を軽く見渡すと両親の姿が目に入る。実は控え室で事前に会ってはいたのだが、やはり会場で改めて温かい拍手を送ってくれる二人を見ると一気に現実味が強くなった。
そのほかには自分が招待したアンムートとソフィアの姿が。
香水店の開店に合わせて二人には都市部に引っ越しをしてもらった。もちろん家賃など発生しないよう、家や引っ越しの代金はリリーナの個人資産から一括支払いで。
しかし二人はこういった場に合わせた服装を持ち合わせておらず、都市部で暮らすには今のくたびれた服では生活しづらいだろうといくつかの服と合わせてプレゼントした。そうは言っても貴族から見ればお安いものだが。
ほかにも二人が気を使い過ぎない範囲で家具などできうる限りの歓迎はしたつもりだが、二人は喜んでくれただろうかと思いつつ、拍手を送ってくれる二人に心の中で感謝を述べる。
さらに高位貴族の娘としてヒルド、ディードリヒの親戚としてファリカ、リリーナの侍女としてミソラの姿も見かけ、自分のをエスコートしているのが最愛の人であるということも含め、リリーナは自分が人に恵まれているのだと、改めて感じた。
この結果を出すための積み重ねこそが努力であり、己の証なのならば、これからも気を引き締めねばと改めて背筋を正す。
円状に開かれた会場の中心に立つと、エスコートのため絡めていた腕を解き、互いに向き合って礼をする。
ここからは舞踏会を兼ねている故のファーストダンス。
そのため互いにワルツの構えをとり、王国お抱えの楽団の奏でる優しくも軽やかなワルツに沿ってダンスは始まった。
繋いだ手が決して離れないように、足捌きは羽根のように軽やかに、鹿のようにしなやかに。
リリーナのステップは完璧と言っていいだろう。一糸乱れぬ足捌き、女性らしい柔軟さを思わせながらまっすぐと伸びた背筋、軽やかで喜ばしい表情。正しく隙のない、芸術のようなダンス。
かといってディードリヒがそれに見劣りするわけではない。リリーナが無意識に持つ癖にさえ完璧に合わせられたステップは、誰かに真似することなどできないだろう。繋いだ手は離れぬように、それでいて彼女を傷めることがないように。腰に回された手が必要以上に相手を引き寄せることもない。
ただそれ以上に、会場はざわついていた。
それは、ディードリヒが笑っていたから。
それは本来一部の限られた人間だけが見れたはずの、“仮面の殿下”の本当の笑顔。
愛しいリリーナとのダンスの中で、公衆の面前にありながら彼女を独り占めできる瞬間を、誰よりも愛する笑顔。
その表情を、ディードリヒは決して自覚してやっているわけではない。漏れ出てしまうのだ、この代え難い時間の喜びが。
リリーナもまた、その笑顔に返すように微笑む。
時間が止まればいいのに、ディードリヒは確かにそう願った。
対してリリーナはこのダンスに運命の歯車を感じていた。
同じステップを踏んでいても、同じようにダンスの中でくるくると回っても、決して全く同じになることはない。巡り合わせとその時の自らの行いが、あの牢の中で生涯を終えるとさえ思っていた自分の人生を変えた。
こんなに幸せなことはない。
まだ婚約発表だというのに、もう人生の絶頂のようだ。そう考えてしまう、思ってしまう。
まだ人生はこれからなのに。
やがて時間は訪れて、二人のファーストダンスも終わる。互いに再び礼をして音楽は一度止まり、拍手の中で二人の時間は終わった。
音楽が変わると会場の雰囲気は一気に変わり、歓談の席となる。
リリーナとディードリヒも来場したゲストたちに挨拶回りをしていると、ふと視線に両国の国王の姿が目に入った。二人はそれぞれ妃を連れ、笑顔の中で会話をしているのがわかる。
リリーナたちはそれぞれにもう挨拶をしたのでその中に割って入ることはないが、両国の関係が末長く良いものであることを願った。
「ルーベンシュタイン様、殿下、記者がお待ちです」
一人の使用人が二人にそう声をかけると、リリーナたちは一度会場を後にする。今回の婚約発表を取材しにきた新聞記者が待機しているのだ。
王族の行事を取材できる新聞記者は限られている。そのためか会場の様子も含め写真に収めるなら是非一言もらいたいと向こうから申し出があったことに応えることになっていた。
使用人に案内され別室に入ると中には写真機を持った三人の記者が。それぞれ扱っている新聞が違う会社の記者で、入ってくるなり“写真を一枚”と要求された。
部屋の中には護衛なのか騎士が数名待機している。
「この度はご婚約おめでとうございます」
一人の記者が言う。祝福の言葉に短く礼をして応えると、早速質問が始まった。
「お二人の出会い…馴れ初めなどお聞かせ願えれば」
やはり来たか、とリリーナは苦笑いになるのを必死で耐える。実際ありのままを話すわけにはいかないので、周囲に話している“パーティでの逢瀬”やその他当たり障りのない内容に少しだけ本当のことを混ぜて話す。
ディードリヒは「そこまで嘘つく必要ある?」とやや作り込んだ話に苦言を呈していたが、少なくともディードリヒのストーキング行為がばれる隙だけは作りたくないとリリーナは話を作り込んだ。
「お互いのことはなんと呼ばれていますか?」
「!」
記者の質問にリリーナが少し顔を赤くする。照れた様子の彼女に記者は畳み掛けた。
「ルーベンシュタイン様からお願いできますか?」
「!!」
リリーナははっと目を見開くと指を祈るように絡ませ視線を逸らす。そして顔を赤くしたまま呟くようにその名を呼んだ。
「ま、まだ恥ずかしくて…『殿下』とお呼びすることが多いですわ…」
そしてその姿をディードリヒは目に焼き付けるように見ている。あくまで王太子である仮面は外さないよう気をつけながら。
「では殿下は?」
「僕はリリーナ、と」
そう彼女を呼ぶ声は柔らかい。
ほかにもいくつか質問をされ、「最後に何か伝えたいことは?」という質問にリリーナが反応した。
「では私事ですが一つ宣伝を。来週なのですが、私がオーナーを務める香水店がオープンします。場所はエーデル通りにありますイェーガー洋裁店の二階ですわ。ご興味がありましたら是非お立ち寄りください」
その一言で取材は終わり記者たちは退席していく。やがて騎士と二人だけが部屋に取り残された時、リリーナはわずかに安堵のため息をこぼした。
「珍しいね」
ディードリヒの言葉に、リリーナはそのまま安心したように笑って返す。
「流石に少し緊張しましたわ。何事もなくてよかったです」
「そっか。安心できたならよかった」
リリーナが緊張していた点は主に馴れ初めの話と急に振られた呼び名の話ではあるが、なんとかなったと安堵しているようだ。
その後二人はパーティ会場に戻り、閉場でゲストを見送るまで役目を果たした。
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