72 / 159
彼女の好きなこと
甘えを知らない鷹(1)
しおりを挟む********
パーティの翌日。
リリーナは両親と久々の休日を過ごしていた。
ショッピングもランチも、観光をするのも両親と共にとは、どれだけ久し振りであろうか。しかし楽しい時間は早く、最後は家族三人水入らずでディナーに舌鼓をうち解散となった。
両親は明日には帰らなくてはならないため、早めの解散であることは仕方ない。
そんな、少し寂しい夜のこと。
「やぁリリーナ」
寝支度を整えたリリーナの元にディードリヒが現れた。
入れ替わるようにミソラが帰ってしまったので、部屋の中にはリリーナとディードリヒのみになる。
「何かご用でして?」
ひとまずリリーナがディードリヒをソファに促すと、彼はソファに腰掛け質問に答えた。
「大事な用事だよ。こっちきて、リリーナ」
「?」
両手を広げるディードリヒに疑問を思いつつも近づくと、そのままディードリヒの広げられた両腕に捕まり姫だきにされる。
「!」
リリーナはやや驚きはしたものの、どうせ部屋には二人きりなのだから、と諦めてそのまま腕の中に収まった。
ディードリヒはリリーナを抱えたまま立ち上がって彼女のベッドに移動すると、縁に腰掛け彼女を膝の上に乗せ、そのままじっと彼女を見つめる。
「な、なんですの?」
リリーナが照れて視線を逸らすと、ディードリヒは口を開いた。
「婚約発表も終わって、リリーナは名実ともに僕の婚約者になってくれたね」
「? えぇ…」
「リリーナが頑張ってる香水店の開店ももう直ぐでしょ?」
「そうですけれど…」
そしてディードリヒはにこりとわらう。
「何かとキリもいいし、今日は僕が君を甘やかそうと思って」
「…?」
しかしディードリヒの言葉に、リリーナは理解できない様子で小首を傾げた。
「いつもは僕が甘えさせてもらう側だから返したいと思って…嫌だった?」
「いやといいますか…」
リリーナは目をぱちくりとさせる。
「『甘える』とは何をしたら良いのでしょう…?」
とりあえず、リリーナの言葉にディードリヒは一旦言葉を失った。
リリーナは簡単に言ってしまえば“ストイック”な女性と言える。自分を甘やかさず、常に律し続けるのがリリーナ・ルーベンシュタインという女性だ。なので、“わざわざ甘える”という感覚がわからない。
自分のやっていることが他人の寛容を得て結果を出しているのはわかっている。それが彼女の中の“甘える”であるが、なんとなくそれが正しくないこともわかってはいるのだ。
かといって“なら具体的にどうしたらいいのか”がわからないだけで。
そもそもリリーナは“他人の期待に応えよう”という一心でここまで来てしまっているので、自分から自分に褒美を渡すようなことをしたことがない。
しかしディードリヒは彼女がそう言うだろうというのは予想済みである。
「屋敷にいた時みたいにゆっくりしてみるのはどう?」
「今しているではありませんか」
「そうかもしれないけど…もっと僕といる時くらい自分勝手でいいと思うんだ」
「? 今でも十分にそうだと思いますが」
リリーナは不思議そうに眉を顰めた。
「貴方が嫌がるのをわかっていて私は自分のことを優先しましたわ。それは甘えであり何よりも自分勝手ではなくて?」
彼女はわかっていない様子である。ディードリヒは少し言葉を変えようと決めた。
「そうじゃなくてね」
「? 違うのですか?」
本当にまるでわかっていない様子のリリーナに少しばかり苦笑いをしながら、それでもこうなるような気もしていたので乱れた心を落ち着ける。
「僕と二人の時くらい背筋正すのやめたら?」
「…」
リリーナはまた目をぱちくり、とした。今度はもっと驚いた様子で。
「僕、リリーナのストイックなところ大好きだよ。でもさ、これからは二人で歩くんだから、背筋を正さないといけないような相手に僕を含めて欲しくないんだ」
「…そんなにリラックスできてないでしょうか?」
「リリーナは“僕の隣に立てる自分”でいてくれようとしてくれるよね。確かに外向きはそれでもいいと思うげど…僕がみたいリリーナは“立場”の向こうなんだって、言ったでしょ?」
ディードリヒは優しく彼女の頭を撫でる。
「そういう意味でも屋敷に戻りたいよ…また“秘密基地”で膝枕でもしてもらいたい」
「…」
そこまで話しても、リリーナは少し考えているような様子だ。顎に手を添え視線が合わない。
「どうかした?」
「その、なんと言いますか…殿下の言いたいことは伝わってくるのですが、やはり何をしたらいいのものかと…」
「あ、あとそれ」
ディードリヒがリリーナの額にこつん、と自分の額をくっつける。リリーナは驚いて顔を赤くするも、動くこともできなくなってしまった。
あの宝石のような瞳が、あまりにも近い。
「二人の時くらいもっと名前で呼んでよ。寂しいよ」
「あ…その…」
リリーナは緊張のあまり視線を逸らした。そうすると今度は耳元で声が響く。
「ほらリリーナ、僕の名前は?」
「…っ」
心臓がうるさくて言葉など出しようがない。痛いほど締め付けられる胸だけが強く主張している。
「言えないの? 僕のこと嫌い?」
「そ、うでは…ないの、ですが」
「ならどうして? 僕の目を見てよ」
「~~~~~っ!!」
思わずもう目を閉じてしまった。まずいと思ってすぐ目を開けても、やはり顔は見れない。
おかしいとは思う。自分はディードリヒの中身を好きになったはずで、しかしこう、心臓がうるさくなるのはこういった場面ばかりだ。これでは見た目が好きなようではないかと。
それでは他の婦女子と変わらないようで申し訳が立たない。確かにディードリヒという個人が好きなのにそれを伝える術がないのだから。
それでも、すぐに目を合わせるのは無理だ。
「僕はリリーナが好きだよ。大好き、愛してる。リリーナは?」
「さ、最初はそんな話ではなかったような…」
「全部繋がってるよ。好きだからもっと甘えてほしいし、好きだから名前で呼んでほしいし、好きだから好きを返してほしいだけ」
「あう…」
「できるよね? リリーナ」
求められていると、わかっている。
ならば期待には応えなければと思うのに、これだけはいつも思うようにいかない。
「なんといいますか、その…っ」
「?」
もう頭と心臓が弾け飛んでしまいそうだ。
ディードリヒは香水をつけていないというのに香りがいいし、見目は美しく、声はいつだって耳に残る。
(いつもあれだけふざけてて変態で、こんなことありませんのに…!)
心の悲鳴が力のない手となって現れた。彼女の両手はディードリヒの胸板に当てられ、なんとか押し返そうと必死になっている。
「か、顔が近いんですのよ…っ! 貴方顔だけは絵に描いたようなのですから少しは自重なさい!」
「!」
「瞳なんて宝石のようで…あぁもう私は何を言っていますの!?」
混乱しているリリーナに、むしろディードリヒは表情を輝かせた。
「それはもっと近づけないといけないなぁ!」
「やめなさい! 私の心臓を壊したいんですの!?」
「大丈夫だよ僕しか見えないようにしてあげるね!」
「何を言っているんですの!?」
リリーナはもう半泣きである。
必死にくっつけられた額を離そうとするが、相手がしつこくついてきてままならない。
「このまま名前呼んでほしいな! ほらリリーナ、こっち見て!」
「お断りですわ!」
リリーナは再び目をぎゅっと閉じた。今度はもう絶対見ないという意思を込めて。
「なかなか頑固だな…じゃあこうしちゃおう」
ディードリヒは流れるようにキスをした。しかしすぐ離れると、驚いて目を見開いたリリーナと視線を合わせる。
「あは、やっとこっち見た」
満足そうに笑うディードリヒに、リリーナは完全に言葉を失う。そのままわなわなと震え始めると、顔を茹蛸のようにしながら目尻に涙を溜めるものだから。
「…リリーナ?」
少しふざけ過ぎただろうか、とディードリヒが心配していると、
「~~~~~~~っっ!!」
リリーナは彼の胸板を拳で殴り始めた。しかしその様子は“ぽこぽこ”といった擬音が似合う具合で、まるで力など入っていない。
「あぁっごめん、ごめんねリリーナ! リリーナが可愛くて仕方ないんだ!」
「そんなこと知りませんわ! 本当に私を振り回すのなんて貴方だけでしてよ!」
「あっひどい! 名前で呼んでって言ったのに!」
「この状況で言うことですか! お馬鹿!」
顔を真っ赤にしたまま怒り散らすリリーナにディードリヒはご機嫌である。
そう、今ディードリヒは彼女のこういった顔がもっと見たいのだから。
「あと僕の顔好きなんだよね? もっと見てもらえるように頑張らないと」
「おやめなさい!」
「それなら…」
ディードリヒはそっとリリーナの手を取ると、じっと彼女の目を見る。
「意地悪しないから僕の名前呼んで?」
そしてにっこりと笑顔を作った。
対してリリーナは彼を強く睨みつける。
1
あなたにおすすめの小説
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。
aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。
ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・
4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。
それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、
生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり
どんどんヤンデレ男になっていき・・・・
ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡
何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる