冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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彼女の好きなこと

甘えを知らない鷹(1)

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 パーティの翌日。
 リリーナは両親と久々の休日を過ごしていた。

 ショッピングもランチも、観光をするのも両親と共にとは、どれだけ久し振りであろうか。しかし楽しい時間は早く、最後は家族三人水入らずでディナーに舌鼓をうち解散となった。
 両親は明日には帰らなくてはならないため、早めの解散であることは仕方ない。

 そんな、少し寂しい夜のこと。

「やぁリリーナ」

 寝支度を整えたリリーナの元にディードリヒが現れた。
 入れ替わるようにミソラが帰ってしまったので、部屋の中にはリリーナとディードリヒのみになる。

「何かご用でして?」

 ひとまずリリーナがディードリヒをソファに促すと、彼はソファに腰掛け質問に答えた。

「大事な用事だよ。こっちきて、リリーナ」
「?」

 両手を広げるディードリヒに疑問を思いつつも近づくと、そのままディードリヒの広げられた両腕に捕まり姫だきにされる。

「!」

 リリーナはやや驚きはしたものの、どうせ部屋には二人きりなのだから、と諦めてそのまま腕の中に収まった。
 ディードリヒはリリーナを抱えたまま立ち上がって彼女のベッドに移動すると、縁に腰掛け彼女を膝の上に乗せ、そのままじっと彼女を見つめる。

「な、なんですの?」

 リリーナが照れて視線を逸らすと、ディードリヒは口を開いた。

「婚約発表も終わって、リリーナは名実ともに僕の婚約者になってくれたね」
「? えぇ…」
「リリーナが頑張ってる香水店の開店ももう直ぐでしょ?」
「そうですけれど…」

 そしてディードリヒはにこりとわらう。

「何かとキリもいいし、今日は僕が君を甘やかそうと思って」
「…?」

 しかしディードリヒの言葉に、リリーナは理解できない様子で小首を傾げた。

「いつもは僕が甘えさせてもらう側だから返したいと思って…嫌だった?」
「いやといいますか…」

 リリーナは目をぱちくりとさせる。

「『甘える』とは何をしたら良いのでしょう…?」

 とりあえず、リリーナの言葉にディードリヒは一旦言葉を失った。
 リリーナは簡単に言ってしまえば“ストイック”な女性と言える。自分を甘やかさず、常に律し続けるのがリリーナ・ルーベンシュタインという女性だ。なので、“わざわざ甘える”という感覚がわからない。

 自分のやっていることが他人の寛容を得て結果を出しているのはわかっている。それが彼女の中の“甘える”であるが、なんとなくそれが正しくないこともわかってはいるのだ。

 かといって“なら具体的にどうしたらいいのか”がわからないだけで。

 そもそもリリーナは“他人の期待に応えよう”という一心でここまで来てしまっているので、自分から自分に褒美を渡すようなことをしたことがない。
 しかしディードリヒは彼女がそう言うだろうというのは予想済みである。

「屋敷にいた時みたいにゆっくりしてみるのはどう?」
「今しているではありませんか」
「そうかもしれないけど…もっと僕といる時くらい自分勝手でいいと思うんだ」
「? 今でも十分にそうだと思いますが」

 リリーナは不思議そうに眉を顰めた。

「貴方が嫌がるのをわかっていて私は自分のことを優先しましたわ。それは甘えであり何よりも自分勝手ではなくて?」

 彼女はわかっていない様子である。ディードリヒは少し言葉を変えようと決めた。

「そうじゃなくてね」
「? 違うのですか?」

 本当にまるでわかっていない様子のリリーナに少しばかり苦笑いをしながら、それでもこうなるような気もしていたので乱れた心を落ち着ける。

「僕と二人の時くらい背筋正すのやめたら?」
「…」

 リリーナはまた目をぱちくり、とした。今度はもっと驚いた様子で。

「僕、リリーナのストイックなところ大好きだよ。でもさ、これからは二人で歩くんだから、背筋を正さないといけないような相手に僕を含めて欲しくないんだ」
「…そんなにリラックスできてないでしょうか?」
「リリーナは“僕の隣に立てる自分”でいてくれようとしてくれるよね。確かに外向きはそれでもいいと思うげど…僕がみたいリリーナは“立場”の向こうなんだって、言ったでしょ?」

 ディードリヒは優しく彼女の頭を撫でる。

「そういう意味でも屋敷に戻りたいよ…また“秘密基地”で膝枕でもしてもらいたい」
「…」

 そこまで話しても、リリーナは少し考えているような様子だ。顎に手を添え視線が合わない。

「どうかした?」
「その、なんと言いますか…殿下の言いたいことは伝わってくるのですが、やはり何をしたらいいのものかと…」
「あ、あとそれ」

 ディードリヒがリリーナの額にこつん、と自分の額をくっつける。リリーナは驚いて顔を赤くするも、動くこともできなくなってしまった。

 あの宝石のような瞳が、あまりにも近い。

「二人の時くらいもっと名前で呼んでよ。寂しいよ」
「あ…その…」

 リリーナは緊張のあまり視線を逸らした。そうすると今度は耳元で声が響く。

「ほらリリーナ、僕の名前は?」
「…っ」

 心臓がうるさくて言葉など出しようがない。痛いほど締め付けられる胸だけが強く主張している。

「言えないの? 僕のこと嫌い?」
「そ、うでは…ないの、ですが」
「ならどうして? 僕の目を見てよ」
「~~~~~っ!!」

 思わずもう目を閉じてしまった。まずいと思ってすぐ目を開けても、やはり顔は見れない。

 おかしいとは思う。自分はディードリヒの中身を好きになったはずで、しかしこう、心臓がうるさくなるのはこういった場面ばかりだ。これでは見た目が好きなようではないかと。
 それでは他の婦女子と変わらないようで申し訳が立たない。確かにディードリヒという個人が好きなのにそれを伝える術がないのだから。

 それでも、すぐに目を合わせるのは無理だ。

「僕はリリーナが好きだよ。大好き、愛してる。リリーナは?」
「さ、最初はそんな話ではなかったような…」
「全部繋がってるよ。好きだからもっと甘えてほしいし、好きだから名前で呼んでほしいし、好きだから好きを返してほしいだけ」
「あう…」
「できるよね? リリーナ」

 求められていると、わかっている。
 ならば期待には応えなければと思うのに、これだけはいつも思うようにいかない。

「なんといいますか、その…っ」
「?」

 もう頭と心臓が弾け飛んでしまいそうだ。
 ディードリヒは香水をつけていないというのに香りがいいし、見目は美しく、声はいつだって耳に残る。

(いつもあれだけふざけてて変態で、こんなことありませんのに…!)

 心の悲鳴が力のない手となって現れた。彼女の両手はディードリヒの胸板に当てられ、なんとか押し返そうと必死になっている。

「か、顔が近いんですのよ…っ! 貴方顔だけは絵に描いたようなのですから少しは自重なさい!」

「!」
「瞳なんて宝石のようで…あぁもう私は何を言っていますの!?」

 混乱しているリリーナに、むしろディードリヒは表情を輝かせた。

「それはもっと近づけないといけないなぁ!」
「やめなさい! 私の心臓を壊したいんですの!?」
「大丈夫だよ僕しか見えないようにしてあげるね!」
「何を言っているんですの!?」

 リリーナはもう半泣きである。
 必死にくっつけられた額を離そうとするが、相手がしつこくついてきてままならない。

「このまま名前呼んでほしいな! ほらリリーナ、こっち見て!」
「お断りですわ!」

 リリーナは再び目をぎゅっと閉じた。今度はもう絶対見ないという意思を込めて。

「なかなか頑固だな…じゃあこうしちゃおう」

 ディードリヒは流れるようにキスをした。しかしすぐ離れると、驚いて目を見開いたリリーナと視線を合わせる。

「あは、やっとこっち見た」

 満足そうに笑うディードリヒに、リリーナは完全に言葉を失う。そのままわなわなと震え始めると、顔を茹蛸のようにしながら目尻に涙を溜めるものだから。

「…リリーナ?」

 少しふざけ過ぎただろうか、とディードリヒが心配していると、

「~~~~~~~っっ!!」

 リリーナは彼の胸板を拳で殴り始めた。しかしその様子は“ぽこぽこ”といった擬音が似合う具合で、まるで力など入っていない。

「あぁっごめん、ごめんねリリーナ! リリーナが可愛くて仕方ないんだ!」
「そんなこと知りませんわ! 本当に私を振り回すのなんて貴方だけでしてよ!」
「あっひどい! 名前で呼んでって言ったのに!」
「この状況で言うことですか! お馬鹿!」

 顔を真っ赤にしたまま怒り散らすリリーナにディードリヒはご機嫌である。
 そう、今ディードリヒは彼女のこういった顔がもっと見たいのだから。

「あと僕の顔好きなんだよね? もっと見てもらえるように頑張らないと」
「おやめなさい!」
「それなら…」

 ディードリヒはそっとリリーナの手を取ると、じっと彼女の目を見る。

「意地悪しないから僕の名前呼んで?」

 そしてにっこりと笑顔を作った。
 対してリリーナは彼を強く睨みつける。

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