冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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王太子と辺境伯

この「お誘い」は断らせない

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 翌日。
 前夜に行われた晩餐会を、ディードリヒはなんとかこなしてみせた。

 今のディードリヒでは、リリーナの周囲に男がいるだけで不安でたまらないだろうに、それを悟られないよううまく立ち回れていたと、リリーナは思う。晩餐会中にもラインハートは声をかけてきたので時折挨拶に来た男性貴族に向けられる視線がやや危うかったりと、少し不安は残っていた。

 そうは言ってもラインハートに対しては、ディードリヒがあからさまな警戒をしたことをリリーナは止めなかったのだが。

 そこから夜が明けて今日は朝早くからの移動となった。
 リリーナたちは先乗りを頼んでいた商人の案内でグレンツェ領内の山の麓にある養蜂家を訪ねている。

 急な訪問であることも含め養蜂家には多めに代金を支払い、無事蜜蝋の取引は終了した。収穫としては充分だったのだが、「払われた代金が多すぎる」と蜜蝋の量を増やしてくれたり、お土産にと蜂蜜までつけてもらってリリーナとしてはありがたいがそういうものなのだろうか…と少し戸惑う結果である。
 しかしこれでアンムートから頼まれていた蜜蝋は多めに手に入れることができた。今後の商品に活かしたいところだ。

 対してディードリヒは、というと。
 今日は関所にもなっているグレンツェ砦を視察してから帰る予定なので共に行動しているのだが、やはりというかピリピリと張り詰めた空気を纏っている。

 リリーナやミソラからすれば無理もない。昨日あのような、事件とも言っていい大きな出来事があって、すぐ翌日に他の男の用事を済まそうなどと、本当に口に出さないのがいっそ恐ろしいくらいだ。

 リリーナについてくる形で共に尋ねた養蜂家の前では仮面の笑顔で対応していたが、リリーナとしては余分な無理をしてないか、いやどう見ても無理をしているからこそ不安でならない。

「リリーナ様、もうすぐ準備できるよ」

 麓から砦に向かうため、休んでいた馬を馬車に繋ぎ直したりなどで準備に多少時間がかかっていたようだが、ファリカの声がけで準備が整いつつあると知ったリリーナはそちらに向かうことにした。

「…?」

 しかし、ふと足を止める。
 少し遠くはあるが馬車の音がしたからだ。

 しかしそれだけならば不思議ではない。まだ養蜂場からはさほど離れていないので森の中ではあるが、人の手の入った森なため開けている。鬱蒼とした森よりかは安全と言えるだろう。

 だが馬車の音はこちらに近づいてくる。自分たち以外に養蜂家に用のある人間だろうかと思いつつ、こちらにくるのであれば無闇に動くのも危ないと馬車の付近で立ち止まっていると、まさかの馬車は自分たちの前で止まった。

 その場にいた全員が目の前で止まった馬車を見る。すると一人の男が降りてきた。ミソラとディードリヒが警戒してリリーナの前に出る。

「待ってください、俺です」

 そう言って両手を挙げながら顔を見せたのはラインハートであった。ミソラたちも一度警戒を緩めリリーナの横に居直る。

「朝早くに出て行かれてしまったと聞いて焦りました…。昨日のお詫びもできずにいたので慌てて追いかけてきたんです」
「詫びだというなら今すぐここから立ち去れ」
「まぁそう仰らずに…」

 そうは言いつつ、ラインハートは視線を少し回してリリーナと目を合わせた。

「あぁ、リリーナ様。本日も麗しい」

 ラインハートは爽やかな笑顔をこちらに向けてくる。こちらに向けられる視線には確かに“会いたかった”という感情が乗っているように見えたが、リリーナは違和感を覚えた。
 リリーナが何も答えないというのをわかっていたかのように、ラインハートは今度はディードリヒに向き直る。

「昨日は無闇に場を荒らしてしまったことをお詫びいたします。殿下の御前でありながら…」
「こちらの婚約者に手を出したことに謝罪をするわけではないのだな」

 ディードリヒに向かって頭を下げるラインハートはやや白々しい。ディードリヒはそんな彼の言葉に被せるように言葉をぶつけながら睨みつけ、珍しく親しくもない人間に感情を露わにした。

「それに関しては…俺も本気ですので」

 ディードリヒの表情がさらに険しくなる。
 それを見たラインハートは挑発するように小さく笑った。
 そしてラインハートはまたリリーナを見る。

「リリーナ様。本日お帰りの際に砦へ視察にいらっしゃると聞いております。俺は生憎顔を出せず申し訳ないのですが、ささやかながら贈り物をご用意しました。喜んでいただけるといいのですが」
「…」

 しかしラインハートの言葉にリリーナは答えない。ただ観察するように彼を眺めるのみだ。

「そう怖い顔をなさらないでください。その射抜くような金の瞳に見つめられてしまうと俺の心臓が高鳴ってしまいます」

 リリーナは再び答えない。
 ディードリヒは今にも噛みつこうと前に出かかったが、ミソラはそれを止め、静かに首を振った。

「今日お召しのドレスは臙脂《えんじ》色なのですね! ピンクブロンドの御髪が映えて美しい。まるでそのドレスは貴方のために作られたか…」
「貴方」

 リリーナは静かに、だがはっきりと相手の言葉に自分の声を被せる。
 場には少しの沈黙が流れた。そしてリリーナはまた静かに口を開く。

「…貴方。私を見ていないでしょう」
「!」

 リリーナの一言に、ラインハートは少し目を見開いた。そして同時に、その場にいた全員に動揺が走る。

「道化のような軽口は結構です。本当に貴方が欲しいのは私かしら? それにしてはあまりにも陳腐で雑な口説き方ですわ」
「…」
「視線すら私を見ていない…。貴方が見ているのは『殿下』でなくて?」

 リリーナは真っ直ぐに相手を見つめるも、その相手から回答が返ってはこない。

「リリーナ、急にどうしたの?」

 ディードリヒが動揺した声を出す。その声をよそに、リリーナはラインハートへの言葉を畳み掛けた。

「グレンツェ辺境伯、昨日も今日も貴方は殿下が感情を表した時にわずかに笑います。視線もまた殿下を見てばかり…貴方がしたいのは、私を口説くのではなく殿下を煽りたいのではくて?」

 リリーナを最初から名前で呼んだのは確かに無礼だが、それは情熱的なアプローチであったと捉えられなくもない。
 しかし、彼はつどディードリヒが怒りを表すたびに不敵に微笑む。まるでその瞬間を待っていたかのように。そのためのリリーナへのアプローチなのだと、リリーナから見れば明け透けであった。

 少なくとも、数多の視線にさらされてきたリリーナが感じた中で、ラインハートの送る視線に愛はない。
 あの視線はこちらを利用しようとするのみのものだ。リリーナ本人にはなんの感慨も持っていない。

 それに対してラインハートがディードリヒを見る時の視線は確かに熱を帯びている。それは愛ではない、獣のような、今にも殴りかかろうという視線。
 その違いがわからないリリーナではない。

 リリーナの言葉からほんの少し沈黙があって、今度はラインハートの肩が震え出した。よく見なくても、明らかに彼は静かに笑っている。

「…くく、はは…っ、さすがリリーナ様だ。鋭い視点をお持ちでいらっしゃる」
「…」
「確かに俺の真なる願いは、殿下とお手合わせ願うことです」
「…僕と?」
「そうです。ただ…そのままお申し込みしましても難しいと思いまして、是非リリーナ様からお取次ぎ願おうかと」

 白々しい態度に拍車がかかっている。ディードリヒはそんな彼を真っ向から否定した。

「お断りだ。貴様のような無礼な輩に割く時間など持ち合わせていない」

 そこでラインハートは、あからさまにニヤリと笑う。

「そうでしょう。では…」

 次の瞬間ミソラがリリーナの前に出た。そのまま目の前に飛んできた何かをはたき落とすと、リリーナの左にいたファリカがリリーナの手を強く握って後ろに退かせる。いつでも逃げられるようにと。
 ディードリヒもまた、ミソラと同じタイミングでリリーナを庇い、ラインハートを強く睨みつけた。

「貴様!」

 感情のままに声を上げるディードリヒの姿を見たラインハートはまたくつくつと笑う。

「…これで断る理由はないはずだ」

 ミソラがはたき落としたのはなんでもない小石だ。ラインハートは手元に隠し持っていたそれを指で弾きリリーナの、瞳を狙ったのである。ミソラの反応が間に合わなかったら、確実にリリーナは負傷していただろう。

「やっていることの意味をわかっているのだろうな!」
「えぇ、勿論。殿下への“お誘い”ですとも」

 ラインハートはディードリヒを煽るようにニタニタと笑っている。その姿はとても楽しげに、そうリリーナには見えた。余程ディードリヒの神経を逆撫でしたいのだろう。

「…いいだろう。ここで切り落としてやる」

 ディードリヒは険しい表情のまま腰についた護身用のサーベルに手をかけた。しかし———

「お待ちなさい!」

 そこにリリーナの強い声が響く。
 リリーナはミソラとファリカの制止を払ってラインハートとディードリヒの間に立つと、ラインハートに顔を向けた。

「グレンツェ辺境伯。この勝負は私が預かりますわ」
「…その御心は」
「このような場で手合わせをしても貴方の望みは叶えられないのではなくて?」
「…」
「でしたら、改めて場を設けましょう」

 しかしラインハートは腰に提げたサーベルに手をかける。

「リリーナ様にお気遣い頂かずとも、俺は今この場で構いません」

 不敵に笑うラインハートにディードリヒがやや構える。しかしそれを見てリリーナはつまらなそうにラインハートを見た。

「あら、貴方ほどの方が今この場の殿下と戦って愉しめるのかしら?」
「!」
「私にはとてもそんな方には見えないですけれど」

 “お前の愉しみなどわかっている”と言わんばかりのリリーナの言葉に、ラインハートは獣のような笑みを浮かべながらサーベルから手を離す。
 そしてゆっくりと頭を下げた。

「…かしこまりました」

 リリーナはそれをしっかりと見つめ、ディードリヒに振り返る。

「改めた日時は追って連絡します。行きましょう、殿下」

 それだけ残したリリーナは何事もなかったかのような様子で静かに馬車へ乗り込む。
 ディードリヒは頭を下げ続ける彼を最後まで睨みつけていた。
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