冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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王太子と辺境伯

私の知らない貴方(2)

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「…その」
「うん」
「今しがた貴方が、剣術が得意だと聞いて」
「得意ってほどでもないけどね」
「それで」

 リリーナは視線を落とす。

「私は、貴方のことをあまりにも知らないと」
「えっ」

 考えていなかった言葉にディードリヒは少し固まる。嫌な理由ではない。ただ、自分にその視線が向くと思っていなかっただけ。

「貴方の一片だけをみて、わかったような気になっていたのだと、自覚して」
「リリーナ…」

 なるべく優しく。そう声音を意識しても、彼は口元が上がらないようにするので必死だ。こんなに嬉しいことはないと、自分の感情でいっぱいになりそうになる。

(リリーナはこんなに悩んでくれてるのに、可愛い。嬉しい。どうしよう)

 それでもリリーナを優先しようとなんとか自分を落ち着ける。それでもこのくらいなら口に出していいだろうか。

「僕のこと、知りたいって思ってくれたの?」

 その言葉に、リリーナは必死な表情で相手を見て、そして言葉を返す。

「そうもなるでしょう。お付き合いしている相手のことを知らないなど、恥ずかしいまでありますわ」
「そんなに必死にならなくても大丈夫。嬉しかったんだ」

 ディードリヒの言葉にリリーナは熱くなっていると気づいたのか、少ししおらしくなった。そんなリリーナに向けて彼は両腕を広げる。

「じゃあリリーナの訊きたいことになんでも答えるよ! 何が訊きたい?」

 リリーナは彼の提案にはっとして少し考え始めた。確かに知りたいと言ったのは自分だが、急に言われても質問が予め用意されているわけでもない。

「そうですわね…私以外で好きなものはありまして?」
「リリーナだよ!」

 帰ってきた返答にリリーナは眉を顰める。

「…私以外で、と申したはずですが?」
「あはは」
「笑って誤魔化すのはやめてくださいませ!」
「あはは…ごめんね?」

 怒るリリーナに対してディードリヒはやや気の抜けた、いつもの調子だ。

「そうだな…生き物に触れ合うのが好きだよ。だから乗馬が好きなんだ。あとはリリーナも知ってるけど読書とかね」

 以前新聞記事として記載された王族の公式プロフィールに書かれたディードリヒの趣味は乗馬である。

「剣術ではないんですの?」
「あれは別に興味のあることじゃないよ。やらなきゃいけないことだっただけ」
「では、とてもお強かったというのは…」
「それは…」

 ディードリヒは小さく笑う。

「君を守れるようにと思って」
「それって…」
「パーティ会場とかさ、いくら警備がいても万が一がないって言えないでしょ? そういう時に君を守れるようにと思って」
「…」

 リリーナは少しの間言葉を失った。
 “そんなことのために?”、と思わないでいられない。
 パーティ会場で事件など、そう簡単に起きるものではない。その為の警備でもある。
 そもそもそんなこと、人生で一回あればいい方だろう。とても努力に見合わない。

 そういう過剰な愛情が、底知れないのだと思い出すほどには———

「他にはある?」
「え。あ…そうですわね、お好きな食べ物や何かはありますか? なければお嫌いなものでもいいですが…」
「好きなのはスコッチエッグ、嫌いなのはグレープフルーツ…でも恥ずかしいな、嫌いなものを知られるのって」
「渋皮のところですか?」
「そう、どうしても慣れなくて」
「まぁ、わからなくもないですわね」

 ここまでのやりとりで少し緊張がほぐれたのか、リリーナはくすくすと小さく笑う。

「あぁでも」
「?」
「苦手といえば、リリーナって生のトマト苦手だよね?」
「!」
「わからないようにしてるみたいだけど、僕にはわかるよ」
「ど、どうしてそう思うんですの?」

 確かにリリーナは生のトマトが苦手だ。食べられないわけではないのだが、好んで食べるものでもない。
 しかしあからさまな態度などとったことはないはずだ。どうして急にそんな話をし始めたのか。

「一回だけ、一瞬だけど眉を顰めたのを見たことがあって。あぁ、苦手なのかなって」
「お、思い過ごしではありませんこと?」
「まさか、なんでもないならリリーナが一瞬でも表情に出るわけないじゃない」
「…み、見間違いでは?」
「僕が見間違うと思うの?」
「…っ」

 どうしてこうも言い当ててくるのだろう。
 リリーナは普段好きなものが出ようが表情に出たりはしない。会話の中で笑うことはあっても食事そのものは本来粛々と行うものだからだ。ましてや嫌いなものを表情に出すのはもってのほかだと思っていることでさえ、この男は知っているのだろう。

 これこそストーキングの成果としか言いようがない。しかし食事時にミソラはいないので知らないはずなのに、ここにきてからの観察でそんな一瞬を見つけるとは恐ろしいほど見られている。

「どこが苦手なの? タネのところ?」
「っ…その、皮が…少し苦手で」

 こういうことを言うのは苦手だ。自分に弱点があることもそうだが、それを人に知られると言うのは恥ずかしさがある。先ほど同じようなことを言ったディードリヒを少しばかりとはいえ笑ってしまったばかりだというのに。

「じゃあ明日からは剥いてもらおうか」
「いけません! 苦手は克服しなければ」
「無理しなくていいんじゃない?」
「無理ではありません。逃げるのも正しくないというだけです」

 ディードリヒは「そっか」と返しつつ内心で苦笑いをしている。そういった凝り性がリリーナらしいとは思うのだが、だから肩の力が抜けないのだろう。

「他には?」

 そう訊かれたとき、剣術の話をふと思い出して、一つの疑問が湧いた。

(…いいえ、違いますわ)

 これは今気づいたことではない。きっとずっと自分では気になっていて、訊かなければいけないとわかっていて、気づかないふりをしてきた疑問。
 それならば、きっと今こそ訊くべき時だ。

 そう、口を開きかけて、

「殿下ー、側近さんきましたよー」

 水を差すようにドアが開いた。

「「!」」

 元々侍女であるファリカがなんのアクションもなしにドアを開けること自体は、大して不思議なことではない。自分がそう許していることだ。
 しかし今来られてしまうのは、正直タイミングが悪い。

「げ、もうそんな時間か」
「そうですよ。早く行ってください殿下、そして私にリリーナ様を返してください」
「アンベル貴様な…」

 しばし睨み合う二人だが、今回はディードリヒが先に視線を逸らした。そして寂しげな表情でリリーナと向き合うと「ごめんね」と言って頬に軽いキスをする。

「もう行かなきゃ」
「そうみたいですわね、会いにきてくださって嬉しかったですわ」
「本当!? また来ていい!?」
「いつでもいらしてください」
「やった! リリーナからそう言ってもらえるなら仕事も頑張れるよ!」

 はしゃぐディードリヒにリリーナは少しばかり苦笑する。そんなに喜ぶならばもっと早く言うべきであったと。

「そんなに嬉しいものでしょうか?」
「うん、とっても!」

 そう返すとディードリヒはリリーナをぎゅっと強く抱きしめ、もう一度頬にキスをしてから立ち上がる。ドアに向かっていくディードリヒについていくような形でリリーナもソファを立ちドアに向かった。

「じゃあねリリーナ、ディナーで会おう」
「えぇ、執務も大変だとは思いますが応援しています」
「ありがとう、愛してるよ」
「なっ…はい、私も、です」

 急な言葉に顔を赤くするリリーナ。そんな彼女を抱きしめたい、いや部屋に持ち帰りたい衝動を必死に堪えたディードリヒは「またね」と残し去っていった。
 そこからドアを閉め、ソファに座り直して一息。

「どうしたの? リリーナ様」

 ファリカの言葉に疑問と少しの驚きを覚える。この少し翳った感情が、ディードリヒ以外の人間にも伝わるほど外に出ていたのだろうかと。
 そうであるならば、とリリーナはすぐ背筋を正し直して感情を整える。翳った思いがなくなるわけではないが、周りに余計な心配もかけたくはない。

「いえ、なんでもありません」
「? そっか。紅茶でも飲む?」
「それはお願いできるかしら」
「はーい、じゃあ淹れてくるね」

 そう言って部屋を出るファリカを見送って、やっと改めて一息ついた。珍しく大きなため息を添えて。

 今自分には二つの感情がある。
 一つは、好いた相手の好きなものさえ知らなかったという事実にショックを受けていること。
 もう一つは、気づいてしまったあの疑問からはきっと逃げられないということだ。

 どこかでわかっていた。あの日、あの時、彼の過去を聞いた時から。

「…どうして彼の方は、あんなに」

 そこまで言いかけて、やめた。
 邪推ならいくらでもできる。でも本人の言葉で聞かなければ意味がないのだろうとも、思う。
 この思いはきっと、きっと大事なものだと思うから。
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