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王太子と辺境伯
期待
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「貴方が辺境伯如きに負けると?」
時刻は十七時。リリーナとディードリヒが毎日行っている恒例のお茶会の時間である。
リリーナ自身はまだ城に軟禁中であり、彼女がディードリヒのことを知らなすぎると自覚して三日と経っていないが、それとこれは別、といった雰囲気で涼しく紅茶を飲み下す彼女は言う。
「そうじゃなくて、あんな奴の勝負を受ける必要はないと思うんだ」
「ありますわよ」
「どこに?」
この話し合いそのものはリリーナが切り出したものだ。ラインハートとディードリヒの勝負を預かる、と自分で言った以上責任もあるため日付をいつにするか、と言ったところから始まっている。
「売られた勝負を買うことで威厳が保たれるというのもありますが…何より私が期待をしているからです」
リリーナは強気に笑う。
「期待?」
「えぇ、私はお強いと噂の貴方の剣を見たことがありません。これでも楽しみにしていますの。ぜひ拝見したいですわ」
「リリーナが…!?」
「あら、興味がないとでも? これでも何度かリヒター王子の参加されている剣術大会は見に行っていますのよ」
「え!? それって」
若干顔を青くするディードリヒにリリーナは今度は眉を顰める。
「何やら邪推なさっているようですが、招待されたので顔を出しただけですわ。ですので、多少観戦の心得があるというだけです」
「よかった…」
ディードリヒは安堵のため息をついて、リリーナは内心でやれやれとは思いつつも、表情は強気な笑顔に戻した。
「ですが貴方なら違います。お強いと噂のそのお手前は見てみたいですし、貴方だから応援したくもなるのですわ!」
「う…そういうもの?」
「そういうものですわよ。期待していると言ったでしょう」
そこからディードリヒは腕を組みやや悩むような間をとってから答えを口に出す。
「…わかった、出るよ」
「本当ですの!?」
ディードリヒ自身は渋々、といった様子ではあったが、リリーナは期待に胸を膨らませ表情を明るくした。
喜ぶリリーナの姿にやや苦笑気味のディードリヒだが、“そんなに楽しみにしてくれるなら”と思うと悪い気はしない。
「やるならいいとこ見せるね」
「勿論です! 楽しみにしていますわ!」
珍しくリリーナが自分のことではしゃいでいると思うと嬉しいが、ディードリヒ自身普段から剣を振るう方ではない。
そうなるとある人物を頼らざるを得なくなり、そこに気の重たさを感じ少し視線を落とす。
「如何しまして?」
「あぁ、いや。なんでもないんだけど」
「含みのある言い方ですわね」
「ちょっとだけ、気が重いことがあって…」
“ちょっとだけ”という割には暗い顔をしているディードリヒ。そんなリアクションをされてしまっては、ますます気になってしまう。
「勿体ぶらないで話してくださいませ」
「うーん、なんて言ったらいいかな」
ディードリヒは少し悩むような姿を見せる。
「…フレーメンだと王族の剣技は代々騎士団長が直接指導する仕組みなんだけど」
「パンドラでもそうでしたわ」
「それでね、その騎士団長が…僕は苦手なんだよ」
「あら珍しい。苦手な方がいますのね」
しかしそういった人間は誰にでもいるだろう、とも思う。リリーナにもそういった類の人間はいた。
ただ、リリーナ以外を“どうでもいい”と言わんばかりの視線で見ているディードリヒが“苦手”と意識する相手がいるということが意外なだけで。
「まぁ僕も人間だからね」
「どのような方なんですの?」
「性格が悪いわけじゃない。気持ちいいくらい突き抜けてて明るくて、若干ガサツな人なんだけど」
「一見良い方に聞こえますわね」
「良い人だよ。なんていうか、底知れない人なだけで」
はぁ、とディードリヒはため息をつく。
「?」
「…多分、僕がリリーナが好きなことを子供の頃からわかって…というか見抜いてたような素振りがあって」
「あら、貴方のことだから誰から見てもあからさまなのだと思いましたけど」
「流石に勝算のない勝負はしないよ。だから表向きはなんでもないフリをしてたんだ」
「…」
その言葉を聞いて、リリーナの疑念は更に深まった。今言うことでもないので口にはしないが、やはりいつか明るみにしなければ自分は納得できないだろう。
「僕がリリーナのことを好きなのを知っているのはミソラだけのはずで、やりとりだって慎重に行ってたんだ。両親に恥を塗りたいわけでもなかったしね」
「…思ったより常識的に頭が回りますのね」
「ひどくない? リリーナ」
「素直な所感ですわ」
ディードリヒは寂しげに表情を曇らせた。
「まぁいいや。それで、いやそれなのに。彼は僕の思いに気づいてるようなことばかり言う人だったんだよ」
「具体的にお聞きしても?」
「『そんなことでは守れない』とか『まだまだ遠い』とか…はっきり言ったことこそないけど、どう見ても意味深なことばかり言ってきて」
「まぁ…当てずっぽうでもなさそう、ということですの?」
「僕にはそう見えたよ。それまで親しみやすい人だと思ってたのに、一気に底知れないと思って苦手な人になったんだ」
「なんといいますか…反応に困りますわね…」
「同情してほしいわけでもないからいいよ…気にしないで」
ディードリヒは苦虫を噛み潰したような顔で紅茶に手を付ける。
「で、その方を頼らざるを得ないというのは?」
「僕も毎日剣を扱ってるわけじゃないから」
その一言にリリーナは納得した。
確かにディードリヒが執務をしているイメージはあるが、剣を振るうイメージはない。王族である以上、有事の際などを含め必要な教育ではあるのだが。
「体は覚えてると思うけど、鈍った勘は取り戻さないと…そうなると、指南役が必要でね」
「なんだが申し訳ないことをしてしまった気持ちになりますわ…」
「そんなことないよ。リリーナが僕に期待をかけてくれるなんて早々ないし」
先ほどと違ってややディードリヒはや張り切っているように見える。やはりリリーナの言葉は彼に強い影響を与えるようだ。
「失礼ですわね。これでもいくつか期待は…」
「え?」
そこまで言ってリリーナははっとする。これは言うつもりがなかったというのに。
「僕に期待って言った!?」
「い、言いましたけれど中身は言いませんわ!」
「なんで!?」
「言わないおまじないです!」
「リリーナっておまじない信じてるよね。可愛いけど。で、中身は?」
「一気に色々言い過ぎて何が言いたいかわからなくなっていましてよ」
「中身は?」
「言いません」
珍しくこの二人で若干の睨み合い。両者譲れない思いがあるようだ。
「言ってくれないなら僕秘蔵の写真を今ここで出すしか」
「何を言っていますの!? 恥ずかしい写真ではありませんわよね!?」
「さぁ…?」
「含みを持たせないでくださる!?」
「だってリリーナが素直になってくれないから…」
「貴方のそれは卑怯でしてよ!」
「僕の知らないリリーナは許せないから仕方ないね」
「貴方のわがままではありませんの!」
二人の攻防は続く。
しかし決着がつくまでには時間がかかりそうだ。
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