冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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王太子と辺境伯

一面の景色を貴方と(1)

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 洋梨園を後にしようとした時、ラインハートは急ぎの仕事を理由にして去っていったので、残された二人は今後の予定を決めるために一先ず馬車に乗って、今。
 二人が乗った馬車は何故か森の奥に進んでいる。

 リリーナとしては、ラインハートが去っていったのは関所で何か起きたのかもしれないので納得できるのだが、訳もわからず森の奥に向かっている理由はわからない。
 そもそも次の予定を決めるために馬車に乗ったはずなのに、間髪入れずに走り出すとは思っていなかった。

「あの、ディードリヒ様」

 困惑した様子でリリーナは向かいに座るディードリヒに声をかける。

「大丈夫だよ、安心して」

 しかしディードリヒはそう返すのみで、リリーナはますます困惑した。

「…」

 一度視線を下げたリリーナがちら、と眼前に視線を向けると、ディードリヒは珍しく窓の外を眺めている。何を考えているのか、リリーナは少し興味が湧き彼をじっと観察し始めた。

 実際ディードリヒの考えていることというと、珍しくリリーナのことではない。
 ラインハートについて少しばかり考えていた。

 洋梨園にてラインハートが渡してきた紙を御者に渡し、書かれた場所に向かって今まさに移動している訳だが、そもそもこの行動が自分らしくはない。
 リリーナが喜ぶであろう、との触れ込みだったので受け取ったが、いつもの自分であればつっぱねていたことだろう。

 そもそも自分に利害も関係なく付き纏ってくる輩など見たことがない。試合がしたかった、という意味ではある意味利害かもしれないが、そこに腹の黒いやりとりは存在しなかった。
 おかしなやつだとは思う。あんな人間は初めてだ。

 剣ですら真っ直ぐにあの試合を楽しんで、終始自分の中身を覗き込もうとしてくる。リリーナが自分に対してそう思ってくれるのは嬉しいが、それ以外はお断りだ。
 だから、己の目的としては丁度いいとも思ったのだが。

「ディードリヒ様」
「!」

 不意に聴こえたリリーナの声に、少しばかり考えすぎていたかもしれないと我に帰る。
 リリーナが何度か自分を呼んでいたらどうしたものか、それだけの時間リリーナの声を認識できなかったことになる。もしそうなら死んでしまいたい。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫、何度か呼ばせちゃったかな」
「いいえ、一度で反応してくださいましたわ」

 なんでもないように笑いかけながら、一度で反応できたことに心から安堵した。一秒たりとも彼女のことを逃すわけにはいかない。

「珍しくお静かでしたので、体調に何か…と思いまして」
「心配かけちゃったね、大丈夫だよ」

 声をかけた自分に笑顔を返すディードリヒの言葉に嘘は感じなかったので、リリーナは少し安心する。なんだかんだと少し忙しない旅行なので、要らぬ負担をかけただろうかと少し心配した。
 外が夕暮れに近づきつつあるのに気づいて、もうそんな時間なのだろうかと考えていると、不意に馬車が止まる。

「着きましたよ」

 聴こえてきた御者の言葉に反応して、まずディードリヒが馬車を出た。その彼のエスコートに従って自分も馬車を降りると目の前に広がったのは、

「わぁ…!」

 夕焼けに映える一面のコスモス。

 リリーナは見渡す限り一面の光景に、心から感動した。
 しかしそんなリリーナの後ろ姿を眺めながら、ディードリヒの内心は複雑である。
 下調べをしておくべきだったか、とも思うが、ラインハートが渡してきた情報が本当であったためだ。普通に気に食わない上、自分に喰いついてきたかと思ったら真摯に情報を寄越してきて、やはり腹は黒くない。ディードリヒ的にはつくづく訳のわからないやつである。

「ディードリヒ様、この景色は…?」
「ちょっと伝手があってね」

 ラインハートを伝手と言うのも殊更気に食わないが、リリーナが喜んでいるので目を瞑ることにした。

(だが奴はリリーナが花が好きだと知っていたのか…? 一度話し合う必要があるな…)

 浮かぶ疑惑。相手の返答と場合によっては首を刎ねるしかない。

「綺麗なコスモス…この季節ですものね。ですがこのように広大な景色は初めてですわ」

 リリーナは腰を屈めて、一輪のコスモスを愛でるように眺めながら心を弾ませている。そしてもう一度立ち上がると、また広大に広がる花畑を見渡した。
 その姿を見つめるディードリヒとしては、正直リリーナの方が余程美しいが、彼女の感動に水を差したくないのでその姿を焼き付けるに止める。

「いくらか持ち帰る?」

 声をかけられたリリーナは、そちらに振り向くと静かに首を横に振った。

「いいえ、そのようなことは致しません。人の手で育てられた花は手折られる花になるかもしれませんが、今ここに咲いているのは次へ繋がっていく花ですもの」

 そう言ってまた花畑を眺めるリリーナの視線は慈愛に満ちている。夕焼けは少しずつ暮れに進んでいて、辺りを照らす西陽はより彼女を美しく際立たせていた。

(あぁ…勿体無いな)

 ディードリヒは素直にそう考えながらリリーナを眺めている。
 この強い西陽では、写真機を使ったところで上手く写らないだろう。光で白くはけてしまうか、逆光で影になってしまうか、どちらかだ。

 こんなに、言葉にできないほど綺麗なのに。

「…そっか」

 短く彼女に同意して、自分もまた広がる景色を見渡す。
 夕日に照らされるコスモスは確かに美しいと思えて、とてもいつか枯れてしまうとは思えない。

 このまま枯れなければいいのにと、ふと考えた。
 時間が止まってしまえばいい。そうすれば花は枯れず、美しいままで。
 自分たちもまた、変わらずにいられるのに。
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