冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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帰省と誕生日

ルーベンシュタイン邸にて(3)

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「…話が、変わるのですが」

 静かな空気の中で、不意にそう言ったのはエルーシア。

「なんでしょう?」

 それはそれで少し驚くディードリヒに、エルーシアは背中に隠していた一冊の分厚い冊子を取り出すと、ソファ前のローテーブルに置いて差し出した。

「失礼ながら、今のお話を聞きまして“見せてもいい”と判断したのですが…これはリリーナの成長アルバムでございまして、よろしければご覧になりませんか?」
「…! いいん、ですか…?」

 まさかの事態にディードリヒは戦慄する。
 自分が見ていないどころか…自分が見た以前のリリーナを知れるチャンスとは…思ってもいない。

「是非…! リリーナが帰ってくる前に!」
「わかりました…っ、見せてください!」

 リリーナの秘密は、ディードリヒにとって国家機密より機密である。覚悟を決めてローテーブルに向き合うと、エルーシアがそっとアルバムの表紙を捲った。

「こ、これは…!」

 一枚ずつ、ゆっくりと捲られていくページにはそれこそリリーナが産まれたての頃から撮られたであろう写真の数々が貼られている。
 目に入れても痛くない赤子の頃から、少しずつ成長していくリリーナの姿。成長と共に伸びていくピンクブロンドの髪、少しずつあの強い光を帯びていく金の瞳。

「可愛い…可愛すぎる…」
「そうでしょう…二冊目もございます…」
「是非見せてください…」

 裏表紙まで行き着いたアルバムは二冊目に移行した。マルクスは二人が打ち解けたのだと和みつつ紅茶を楽しんでいる。
 そしてゆっくりと進んでいく二冊目のアルバムの、ある一ページに目が止まった。

「これは…」

 それはいつか見たリリーナの姿。
 初めて会った、あの時の。

「それは初めて大きなパーティに行った時のリリーナです。途中で会った子と託児室を抜け出して大変だったんですから」
「…初めて」

 あの凛々しい姿で、あの気高い振る舞いで、初めてのパーティだったとは思わなかった。
 このドレスだけは忘れない。あの差し伸べられた手を忘れるものか。
 確かに自分を救ってくれた唯一無二の女神の姿を。
 彼女と自分が初めて出会ったあの思い出を、どこか遠くになんて行かせない。

「よろしければそのお写真、お持ち帰りなさいますか?」
「いい、んですか?」
「えぇ、同じドレスの写真でしたら、ここに貼っていないだけでまだありますから」

 エルーシアの言葉に、ディードリヒはそっとページを撫でる。あくまで写真には触れないように。

「でしたら…お願いします。とても気に入ったので」

 これはかけがえのない。唯一無二の一枚になる。絶対誰にも渡さないよう大切に保管して、この旅の間は肌身離さず持ち歩こう。

「では、後で用意しておきますね」

 エルーシアは優しく微笑んだ。
 そこへ、ガチャリとドアの開く音が入ってくる。

「遅くなりましたわ。お話はどうなって…」

 と、そう言いながら談話室のソファを見たリリーナはその場で固まった。同時にエルーシアはそっとアルバムを背中に隠し、ディードリヒがほくほくとしたご機嫌な笑顔で「おかえり」とリリーナを迎える。

「…」
「どうしたのリリーナ、棒立ちなんかして」
「…今、何をしていたか伺っても?」
「何って…エルーシアさんがリリーナの成長アルバムを見せてくれていたんだ」

 ディードリヒは屈託のない笑顔で質問に答えた。するとリリーナはわなわなと震え、眉間に深い皺を寄せた目をカッとディードリヒに向ける。

「な、にをしていんですの!?」
「何って何!? おかしいことした!?」
「恥ずかしいに決まっているでしょう! お母様も誰にでもアルバムを見せるのはやめてくださいと言ったではありませんか!」
「だってぇ、リリーナが可愛いんだもの」
「え…? そのアルバム他に誰が見たんですか…?」

 真っ赤な顔をして激怒しているリリーナに対してディードリヒはすっと表情が消えた。
 今の今まで浮かれていた気分が一気に落ち込んでいる。一体何人の記憶を消したら自分だけの記憶になるだろうか。

「どうしてディードリヒ様が怒っているんですの!? 怒りたいのは私でしてよ!」
「だって! 何人の記憶を消したらいいかわかんないんだよ!?」
「何を言っていますの!? 私は貴方の記憶も消したいですわ!」
「それはやだ!」
「やだじゃありませんわよ!」

 完全に痴話喧嘩が勃発している。
 しかしリリーナが大声で誰かと喧嘩をするところなど見るのは初めてなマルクスは、衝撃のあまり完全に呆然としてしまった。

「こんっなにリリーナが可愛いんだよ!? 焼き付けるのはあっても消すなんてもっての外だよ!」
「でしたら、私は今度ケーニッヒ騎士団長に貴方の幼少期のお話を伺いに行きますわ!」
「そっ…それはだめだよ。そもそも話すようなことなんてないし」
「あら、わかりませんわよ? たくさんお聞きできることがあると思いますわ」

 痴話喧嘩は止まる気配を見せない。しかしその姿を見ながらくすくすと笑うエルーシアに、マルクスは再び衝撃を覚えた。だが笑うエルーシアは、どこか安心しているようにも見える。

「この光景は素敵だとは思いませんか? マルクス様」
「そうだろうか…リリーナが、あんな…」
「それだけ気兼ねのないお相手ということでしょう? あんなに年頃の女の子らしいリリーナを、私は初めて見ました」

 エルーシアの言葉に何か気づいた様子のマルクスは、未だ言い合っている二人をもう一度見て、妻に向き直すと最後に苦笑した。

「…そうだな」

 それからマルクスはやれやれといった様子でソファから立つと、二人の仲裁に入り始める。
 エルーシアは紅茶を新しいものに換えようと席を立った。
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