冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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帰省と誕生日

養子は予想外の人物(1)

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 ********
 
 
「ルーエ・フルベアードと申します。まだ籍を移せていないので実家の姓で申し訳ないのですが、本日はお越しいただき感謝します」
「ディードリヒ・シュタイト・フレーメンだ。こちらこそ会えて嬉しいよ、丁寧な挨拶をありがとう」

 所用から帰還した養子…ルーエと挨拶を交わすディードリヒ。綺麗な彼の表情は相変わらず仮面の笑顔だ。

 ルーエは優しい印象の垂れ目と雰囲気を持った人物で、背はリリーナより少し大きい程度。年齢は自分たちより少し低めだろうか、まだ少年のような幼さも持っているように見える。

 ディードリヒの感じた第一印象はそんな程度であった。挨拶を終え二人が握手していた手を離すと、ルーエの視線がリリーナに移る。

「リリーナ姉様!」

 するとルーエは迷わずリリーナのところに向かい、

「!?」
「お久しぶりですリリーナ姉様! お元気でしたか?」

 迷わずリリーナの手を取って太陽のように笑った。

「久しぶりですねルーエ、私は変わりありませんが、まさか貴方がこの家に上がってくるとは思いませんでしたわ」

 そしてリリーナもまたそれを当然のように受け入れている。ディードリヒは驚きのあまり言葉を失うも、二人の会話が尽きる様子はない。

「母様が叔父様と一番近いですから。うちは兄が継ぎますし、自分で言うのもなんですが妥当ではないかと」
「確かに言われてみれば納得できますわ。ご家族はお元気ですか?」
「はい。妹は姉様に会いたがっていますよ!」
「それは嬉しいですわ。また機会があればいいのですけれど」

 リリーナがルーエに向けているのは、いつもの貴族としての表情だ。親戚に心を開いていない、というわけではないようだが、どうにもこの態度は板についたものらしい。
 しかしそんなことより。

「えっと…二人は従兄弟、だよね?」

 表情に出さないようにはしているが、それでも青ざめたディードリヒがそっと二人を引き剥がす。

「えぇ、ルーエが十五ですから…弟のようなものです」
「リリーナ姉様は兄様と同い年なんですよ」
「そう、なんだ…仲がいいんだね…」

 必死に平静を装ってルーエに笑いかけるディードリヒ。
 リリーナはその姿を見て“しまった”と己の行いを振り返った。そして我ながら大きなミスをしたと内心でため息をつく。

「姉様はいつも僕たちによくしてくださるので、僕の憧れなんです!」

 そう自慢げに話すルーエの笑顔はあまりにも純粋で屈託がない。純朴を絵に描いたようなその笑顔を見せる相手に、ディードリヒは今抱えている感情とは別に直感的な苦手意識を確信した。

「これからは殿下も僕の義兄様《にいさま》になってくださるんですよね、よろしくお願いします!」

 相手を疑うでもなく警戒するでもなく純粋な感情でこちらに笑いかけるルーエ。その笑顔に嘘も裏もないのはあまりに明らかだ。

「あぁ、うん…よろしく…」

 ディードリヒは悪気のない相手の輝かしさに気押され、激しい胃の痛みを抱えながらもそう返すので精一杯である。
 
 ***
 
 夕食前ということもあり、ディードリヒが客室に案内されて行ったためリリーナもまた自室に来ていた。

 家を出てから何も変わっていない自室を見て安堵しつつも、持ち出した私物も少なくないので少し部屋が広く感じる。
 ただクローゼットにしまったドレスに変わりはない。持っていくにも限度があるのでいくつかこの家に残っているのだが、それを踏まえて着替えは少なめに用意してあるので久しぶりに袖を通す機会にも恵まれるだろう。

「それにしても、忘れていましたわね…」

 だが自室だというのに落ち着かない。そわそわと歩き回ってしまう。
 ルーエがどういう人物で、人に何をする人間なのか、リリーナは事前に意識できていなかった。

 彼は見た目の通り優しく、人懐っこく、素直な人物で、人や動物と文字通り“触れ合う”のが好きである。
 普段は見知らぬ人間にまでやたらと触りに行かないよう言われているようだが、本来家族はその限りではない。だからルーエはあの時迷わずリリーナの手を取り、リリーナもまたルーエが“そういう人物だ”と認識していたため抵抗をしなかった。それだけなのだが…。

(そもそもあの勢いでしたらハグでもおかしくなかったですわ。そこばかりは不幸中の幸いだったのでしょうか)

 挨拶程度の抱擁ならともかく、ルーエが行うそれはもっとじゃれつくようなそれだったに違いないと思うと、やられなかったのは運がいいとさえ思ってしまう。
 ルーエにはなんの悪気もないだろうが、ディードリヒの逆鱗に触れることもまた間違いない。手が触れたという事実で顔を青ざめさせるほどなのだから。

「言い訳じみていますが話をしないわけにもいきませんわね…。話を聞いてくださるといいのですけれど」

 今からすでに頭が痛い。
 しかし黙っているというわけにもいかないのでひとまずディードリヒを探そうとドアを開けると、

「あっ」
「!」

 目の前にはディードリヒの姿があった。

「ディードリヒ様…」
「り、リリーナ」

 ちょうど今しがたノックをしようとしたのだろう、利き手が軽く挙げられている。

「お探ししようとしていました。私の部屋でよろしければ入ってくださいませ」

 先に口を開きディードリヒを部屋の中へ招き入れたリリーナ。彼女の部屋は淡いピンクの壁紙に白や小花柄を基調とした家具たちが置かれている。

「ソファに、よろしければお座りください」
「うん」

 促されるままにソファへ腰掛けたディードリヒは、敢えて隣に人が座れる程度の隙間をあけた。そしてそれを見越したようにリリーナがそこに腰掛けるとすかさずルーエが握った両手をとって少し強めに握る。

「びっくりした…」
「ごめんなさい、私もルーエの性格を忘れていましたわ…」
「誰にでも“あぁ”なの?」
「そのようなものです。赤の他人にまで行わないだけで、あの子は人懐こく人や動物と触れ合うのが好きな子ですから」
「動物はわかるけど…誰にでもそう思う人なんている…?」
「目の前で見た通りですわ」

 ディードリヒは若干人間不信の傾向がある故か、リリーナの言葉を信じきれていない様子だ。だが実際彼の身の回りにいた人物が全員善人だったか、と問われれば“それは違う”というのが答えなので無理もないだろう。

「正直に言ってしまいますと手を取る程度でよかったとさえ思っています。ハグをしかねない子ですから…」
「そうしたら流石に殺すしかないな…」
「やめなさい」
「無理」
「実家を事件現場にしないでくださいませ…」

 なんとも呆れる発言だ。仮面の笑顔ももちろんそうだが、こういったところも変わらないというか…果たして変わるのだろうか。

 そしてルーエの一番の問題は悪意がないことだ。本人的にはただ交流している感覚なので頭ごなしに否定するわけにもいかない。

「困りましたわね…貴方に似たようなことをするというのはまだないでしょうが、私に触れられると状況が悪化します」
「嫁入り前なんだから断れるよ、大丈夫」
「確かに言われてみれば、家族であっても他人の見ている場所で婚前の女性に触れるのは無礼ですわ。私としても貴方を優先したいですし、言ってみましょう」

 そも家族でなければ当たり前のような感覚になるようなこともなく最初から断ってはいるのだが、警戒が足らなかったとリリーナは反省する。

「僕を優先したいって言ってくれるのは嬉しいな」
「そういうものではなくて? 私は貴方のものですわ」
「あ、それ」
「?」
「ずっと思ってたけど、僕はリリーナを“もの”だなんて思ったことないよ。僕のリリーナであることに変わりはないけど」
「そうは言っても言葉のあやではありませんか」
「大事なことだよ」

 ディードリヒはリリーナをじっと見つめる。
 薄い水色の瞳が確かに自分の瞳を見ていて、真摯に言葉を投げかけられた後の沈黙の中、最初に目を逸らしたのはリリーナの方。

「…わかりました。私は貴方の私ですわ」

 顔を赤くして押し負けたリリーナに、ディードリヒは満足げに微笑む。

「うん。よくできました」
「! ほ、褒められるようなことでは」
「どんなリリーナも褒めてあげないとね」
「なっ! 私は子供ではなくってよ!」
「僕の方が年上なのに?」
「一つしか違わないでしょう!」
「でも年上は年上でしょ?」
「む…」

 屁理屈ではないだろうか、とリリーナは今感じている。納得できずにむくれていると、ディードリヒがまた笑った。

「可愛いなぁリリーナは」
「言っていることがわかりませんわ」
「そうやって拗ねてむくれてるの、可愛いよ」
「! 拗ねてなどいません!」

 リリーナはよそを向いて相手から目を背ける。どうやら状況に自覚がないようだ。

「あは、ほら可愛い」
「~っ! なんですの! 私は不服でしてよ!」
「リリーナが可愛いから仕方ないよ」
「何が仕方ないと? いいかげんこの手は離してくださいませ!」

 実はずっと両手は握られたままだったのだが、そこでディードリヒの表情が静かに消える。

「それはだめだよ」
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