冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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帰省と誕生日

お祝いにワインを開けよう

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「では、本日はぼくより姉様へ向けて一曲お送りしたいと思います」

 ルーエはその言葉と共に一礼すると、ダイニングルームに運び込まれたピアノに備えられた椅子に腰掛ける。
 ダイニングルームの広い食卓を囲むのはルーベンシュタイン一家とディードリヒ。彼らはピアノの前で待機するルーエへ軽い拍手を送る。

 森の空き地を後にした一行はその後数カ所リリーナの希望に沿った場所を巡り、最後にリリーナが贔屓にしている香水の工房を訪問した。
 リリーナと工房の主がある程度見知った仲であるため、改めて彼女がフレーメンへ向かうことを挨拶するために。

 工房の主は久しぶりの再会を喜び、温かく一行を迎え入れ最後には全員に土産まで持たせてくれた。
 長い工房故か香水以外にも多様な商品を扱っているらしく、渡されたお土産はシルクのハンカチ。香水の香りを乗せる関連品としてどうかと提案しつつ持たせてくれたので、商機も狙っているのだろう。リリーナはこの工房の商品もヴァイスリリィで取り扱っている。

 無事帰ってきた一行を待っていたのは、ルーベンシュタイン邸でのディナー。その華を添えるため、ルーエが今ピアノを奏でようとしている。

「ではリリーナ姉様へ、家族としての愛を込めて」

 その一言と共に鍵盤に触れたのは、あの優しい顔つきや雰囲気からは少し意外さを感じさせるふしくれだった細く長い指。その指が、語りかけるように白い鍵盤に指を弾ませると流れるように旋律が踊り始めた。

 繊細な情感の込められた旋律は聴くものの心に寄り添い、感情を包み込んでいく。弾き手であるルーエの穏やかで優しい人柄がそのまま現れたような調べに耳を傾けるのは心地いいものだ。
 だが一曲、というだけあって演奏は十分も続かず、最後の一音まで奏できったルーエはそっと立ち上がると改めて一礼し、一同はまた拍手を送る。

「姉様、お誕生日おめでとうございます」

 ルーエは頭を上げると、リリーナにそう語りかけた。しかしリリーナは彼の言葉に驚いた様子でぱちくりと瞬きをし、辿々しく唇を動かす。

「…たん、じょうび」

 ぽん、と状況に置いて行かれたようなリリーナにエルーシアがさらに言葉をかける。

「まだ少し早いけど、ここにはそう簡単に来られないでしょう? だから今日お祝いしようってお父様やルーエと話し合っていたの!」
「十八歳おめでとう、リリーナ」

 両親と義弟の言葉は温かい。しかしリリーナは呆然としたまま軽く周囲を見回すほど動揺している。確かに言われてみると、あと二週間もすれば自分は誕生日を迎えるのだが。

「もしかして、忘れていたの?」
「えぇ…その、なんと言いますか、一人では祝うこともありませんので…」

 去年の今頃はどうしていた頃だっただろうか、まだ牢の中に居たような気もするし、もうディードリヒに攫われた後だったような気もしてしまう。

「今年は忙しかったですから、殊更頭から抜け落ちていましたわ…ありがとうございます」

 ゆっくりと話す中で落ち着きを取り戻したのか、リリーナはようやく緊張の解れた柔らかい笑顔を綻ばせる。その笑顔の感情の弾み方から見るに、両親が用意したサプライズは成功したようだ。

「リリーナ…今年は祝ってあげられた」
「リリーナももう成人ね。お祝いにワインを開けましょう、とっておきがあるの。少し早いけど今日は特別だもの」

 エルーシアがワインを用意するために席を立つと、ディードリヒが反応する。

「あぁ、そうか。パンドラの成人年齢は十八でしたね」
「そうです。フレーメンでは十六でしたか、ただ飲酒は認められていないとか」
「飲酒は十八からです。議会の中に権威のある学者がいまして、健康的側面を意識した議題から十年ほど前に法改正となりました」
「そうでしたか。成人年齢と飲酒の解禁の時期がズレるとなると成人したての若者に対する規制が問題となってくるのでは?」
「毎年逮捕者が出ています。身分証を改竄してワインを買っている者もいるそうで…今後の議題にも上がってくるでしょう」

 二人がしているのは何気ない世間話だ。特筆して意見を挟む必要はない。
 …そう、“普段であれば”。

「「…」」

 しかし今日ばかりは、そんないつでもできるような世間話に時間を使うのは勿体無いと訴える視線が二つある。

「…あなた」

 最初にそう旦那に釘を刺したのはエルーシア。

「義兄様、今日の主役は姉様ですよ」

 その正面に座るルーエはじと…とディードリヒを見ている。
 二人はそれ以上なにも言わなかったものの、無言の圧力が止まらない。その視線にマルクスは狼狽え、ディードリヒに至ってはやや青ざめはじめた。

「る、ルーエもお母様もあまりお気になさらないでくださいませ。私は気にしていませんから」

 気まずい空気にリリーナがすかさずフォローを入れる。
 だがリリーナとしては少し安心できる面もあった。ディードリヒが父親と世間話をしているのを見ると、他国の宰相としっかりパイプを繋いでいるのだと思える。そういった人脈は持っていおいて損などしない。

「すまないリリーナ…職業病のようなものでいかんな」
「ごめんリリーナ…リリーナが主役だってわかってたのに…」
「あぁほら、ディードリヒ様がこうなるので嫌だったのですわ。今日の主役が私だというのならば、今は食事にしましょう」

 意気消沈しかかっているディードリヒにリリーナは困った顔を見せた。ここでしょげられてしまっては楽しいものも楽しく無くなってしまう。

 しかしエルーシアはディードリヒになにか感じたのか彼をじっと見つめ始めた。ディードリヒはそれに気づくといつもの愛想笑いで返す。
 エルーシアが何を思って彼を見ていたのかはわからないが、やはりディードリヒが繊細な態度を取るのはリリーナが相手の時のみで、それ以外の人間には肝が太いらしい。
 
 ***
 
 食事を終え、リビングルームで軽い食休みをしている最中、紅茶を一口飲み下したリリーナはルーエに視線を向けた。

「ルーエ、今日はありがとうございました。食事前の一曲、素晴らしい演奏でしたわ」

 今リビングルームにいるのはリリーナとルーエ、そしてディードリヒのみ。
 ルーエはリリーナの言葉に少し顔を赤くして笑顔を返す。

「ありがとうございます姉様。そう言って貰えるなら練習を頑張った甲斐があります」
「確かに素晴らしい演奏だった。この国音楽団の実力は確かなものだと伝わるくらいに」
「義兄様まで…嬉しいです」

 ルーエは照れ笑いといった表情で二人に感謝を返した。三人が腰掛けるソファを中心に微笑ましい、和やかな空気が流れる。
 すると不意にリビングルームのドアが開いた。中に入ってきたのはエルーシアとマルクス。マルクスは背中に何か隠しているように見える。

「リリーナ、ちょっといいかい?」
「はい、お父様」

 父に呼ばれたリリーナがソファを立ちすぐ後ろの両親の元に行くと、マルクスが背中に隠していたものを彼女へ差し出した。

「改めて、誕生日おめでとう。リリーナ」
「これは…」
「誕生日プレゼントよ。去年は祝ってあげられなかったから、今年はその分も気持ちを込めたわ」
「お父様、お母様…」

 リリーナは恐る恐る差し出されたものを受け取ると、独特な形をしたそれの正体に気づく。

「これは…バイオリン、ですか?」

 包装紙に包まれているが、今手に持っているものはどう見てもバイオリンのケースだ。しかしリリーナは長く愛用している品を一つ持っているので、同時に“なぜ今”と疑問が湧く。

「貴女に昔買ったバイオリンはもう長く経っているものだから、新しいものをと思って」
「ただ楽器というものは長く使い込んだもののほうが扱いやすいとルーエが言っていた。リリーナもそう思うなら、インテリアにするといい」
「本当は中身がわからないようにしたかったのだけれど…持つのが大変になってしまうからってお父様に止められてしまったの」

 エルーシアの表情は心底残念そうだ。
 だがリリーナにとって大事なのはなにも驚きがあることだけではない。

「いいえ、中身が何であろうとお二人から贈っていただけるものが嬉しいのですわ。ありがとうございます。お父様、お母様」
「リリーナ…」
「そう言ってもらえるなら嬉しいわ…!」

 リリーナの素直な言葉に両親は安心と喜びを併せた反応を返すので精一杯になってしまう。娘の言葉が何より喜ばしいというのに、うまく感情を返すことができないというのがもどかしい。

 そこへひょっこりと顔を出すルーエの姿がリリーナの視界に入った。ルーエはマルクスを軽く呼び視線を合わせると「水を差すようで申し訳ないのですが…」と前置きをして発言する。

「マルクス様、エルーシア様、明日はリリーナ姉様がお帰りになりますから、お早めにお休みしていただかないといけないのではないかと…」
「あぁ、そうだな…全く時間が惜しい」

 ルーエの提案に同意はしつつも、マルクスの言葉は酷く寂しげだ。“仕方ない”と感情を整理しようとしているリリーナの両親に向かってある提案を持ちかけたのはディードリヒ。

「よろしければ写真を撮るというのはどうでしょうか? こちらに写真機がありますのでよろしければ僕がお撮りします。写真そのものは、現像したものを後日お送りする形にはなってしまうのですが…」
「殿下、私共めへのお気遣い心から感謝いたします。しかし殿下自らというわけには…」
「では私の侍女に詳しい者がいますので撮影はその者に任せましょう。その代わりディードリヒ様とルーエもお入りになって」

 リリーナの言葉にディードリヒとルーエはきょとんとした表情を見せ、予想外の驚きを形にして言葉を返す。

「いいのかい? ルーエはともかく僕は…」
「いえそんな、義兄様こそ姉様とご結婚なさるわけですから…」

 二人して少し動揺しているのを眺めてから、リリーナは両親を見た。

「お父様、お母様」
「どうしたんだい、リリーナ」
「私たちは全員揃って“家族”になるのではないか…そうは思いませんこと?」

 娘の言葉に、マルクスはまず妻を見る。そして妻エルーシアは静かに頷き、マルクスがルーエとディードリヒを見た。

「二人さえ良ければ、我々は喜んで歓迎しますとも」

 マルクスは実に自然な動きでディードリヒとルーエを誘導する。そしてリリーナは二人が入れるだけのスペースを空け、得意げに笑った。

「私たちの意見は一つですが、お二人は如何なさいますか?」

 “これでどうだ”と言わんばかりに笑うリリーナに、いや自分たちをあっさりと受け入れるルーベンシュタイン一家に二人はここまでずっと驚いていて、しかしそこから二人が出した答えは、柔らかい笑顔。

「ルーベンシュタインの皆さんがいいのなら、是非喜んで」
「ぼくもです!」

 そうして全員がリビングルームに飾られたリリーナの祖父の肖像画の前に集まり、どう並ぶかと賑やかに話し合いながら写真は取られた。

 シャッターに指をかけるミソラの目には温かな家族の景色が映っていて、この思い出が長く続くよう祈りながらシャッターを切る指に力を込める。
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