冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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帰省と誕生日

待ちに待ったこの日(1)

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「もう、無理を言う方ですわ…」

 自分しかいない自室で、ソファに座り読みかけだった本を閉じたリリーナは時計を見ながら一人ぼやく。
 時刻は二十三時五十分。もう間もなく日も変わろうという今、いつものリリーナであればとっくに眠っている時間なのだが…。

「『自分が来るまで起きていろ』などと…また何をしたいのかわからないことを言うのですから」

 そう、彼女はディードリヒからの言伝で無理やり起こされ続けている。
 そして寝支度をした状態でいつ来るかもわからないディードリヒを待たされているのだ。読みかけ“だった”本が終わってしまうほどには。

 リリーナの普段の就寝時間は二十二時頃である。夜会などで遅くなるならばともかく、なんの予定もない日に夜更かしなど美容に悪い。
 それなのに無茶を言いつけてくるのだから正直困っている。とは言いつつ、結局ディードリヒを待っている自分にも呆れはするのだが。

「待つのも疲れてきましたわね…」

 本を閉じてからここまで三つぼやいて、部屋の時計が零時を告げる音楽を奏でる。するとその機を見計らっていたかのように、強めのノックが聞こえてきた。

「…」

 “あぁ、やっと来たか”、そう思いながらソファを立ったリリーナは、そこでドアを眺めたまま足を止める。
 そのまま僅かに上体を引き、誰が見ているわけでもないのにドアを開けることを明らかに敬遠する仕草を見せた。

(大丈夫…大丈夫ですわリリーナ…)

 自分の中で暗示を唱えつつじりじりとドアに近づいていくリリーナ。だが彼女は決して“ドアを開けること”そのものが怖いのではない。

 “夜中に訪問者の対応をする”のが怖いのだ。

 子供の頃、リリーナは眠る前に本を読むのが習慣だったのだが…その中の一冊、あるミステリー小説にことは起因する。
 その小説では被害者の死因が刃物による刺殺だったのだが、その描写がちょうど“真夜中の訪問者に対応しようとドアを開けたら訪問者に刺される”…というものだったのだ。

 それ以来リリーナは真夜中の訪問者に異様に警戒するようになったのである。そうは言ったところでそもそも真夜中に訪問者など早々来るものでもないが。

「…ふぅ」

 リリーナは一つ深呼吸をしてドアの前に立つ。それから少し震える唇を動かした。

「…ど、どなたですの?」

 恐る恐るドアの向こうに声をかけると「え? 僕だけど…」と自身のなさそうな情けない声が返ってくる。
 その声に安心感を覚えたリリーナは意を決してそっとドアを開けた。

「どうしたのリリーナ…今日は予め『来る』って言ってあったのに」

 目の前にいるディードリヒはなんとも不思議そうにしているが、リリーナはその反応に内心で安堵のため息をつく。
 ドアの向こうにいたのが不審者ではなくディードリヒであったことも勿論そうだが、何より自分が“夜中の来訪者の対応が苦手”ということが彼に知られていないことに安堵した。

 狡いと言われるかもしれないが自分のこういった…苦手なものというのはあまり知られたくない。他人のものをわざわざ知りたいとも思わないが、とにかく恥ずかしいので知られたくないのである。

 ディードリヒは下手に喜びこそすれ揶揄ってきたりはない…と信じたいが案外意地の悪い男なので二人きりの時は話の種にしてくるかもしれない。正直それはまた辱められるだけなので絶対に嫌だ。

 そういう意味では、偶然だったとはいえミソラも知らないような寝る間際に読んでいたことと、翌日以降も顔に出さないようにしていたのが効果的だったのだろう、多分。

「よ、夜中の訪問者は警戒すべきだとミソラが言っていましたので」

 これは嘘ではない。
 本当にミソラはやや過保護なほどリリーナの周囲を気にかける。なのでミソラ自身がカバーできない夜中やお手洗いなどは特に警戒するよう、口酸っぱく聞かされながらリリーナは普段生活しているのだ。

「あぁ…まぁわかるけど」

 ディードリヒはリリーナの言葉に納得がいったのか、軽く彼女の頭を撫でて「偉いね」と褒めて懐からあるものを差し出してくる。

「はい、これ」

 そう言って彼が差し出してきたのは一つの包み。

「誕生日おめでとう、リリーナ」

 さらについてきたのはいつもよりよほど嬉しそうな彼の笑顔。
 その笑顔に、リリーナは呆れたため息を大きくついて、呆れた感情を含んだまま笑い返す。

「…まさかとは思いますが、貴方こんなことのために私に起きているよう言ったんですの?」
「そうだよ。初めて直にお祝いできる誕生日だったのに、ご家族に先を越されちゃったからね」
「またなんと言いますか…変なところで張り合いますこと」
「そりゃそうだよ。今年はやっと写真相手じゃなくて本人をお祝いできるんだから。僕が一番が良かったのに」
「…」

 今何か聞いてはいけない言葉が聴こえたような。
 リリーナは一瞬気のせいだと思いたかったが、この男相手にむしろそれはありえない。

「写真相手に誕生日を祝う…?」
「うん。最初はリリーナの誕生日パーティに忍び込もうとして調べてみたんだけど難しそうだったから…毎年ちゃんと写真更新して、ケーキも用意して陰ながらお祝いしてたんだよ。まぁ最後にケーキ食べるの自分だから、そこだけちょっと虚しかったけど」
「気持ち悪いですわ…」

 もう感情を隠すだけ無駄なのだと自覚してからどれだけ経っただろう。
 少なくとも誕生日になって一時間と経たず聞きたいような話ではない。

「ひどいよリリーナ、僕だってお祝いしてあげたかっただけなのに…。毎年プレゼントを買っては溜め込んだりしてなかっただけまともだと思って欲しいな」
「その発想がすでに気持ち悪いというのは、言わなければわからないんですの?」
「うん。僕も今思いついてやっとけばよかったなって思ってるんだ。ドレスも靴もアクセサリーも香水も本も景色もリリーナの好きなものなんでも用意したのに」
「…」

 話が通じる気配はないようだ。
 それにしても服飾品を溜め込まれると成長に応じてサイズやデザインの合う合わないが発生しかねないのだが、本当にプレゼントを溜め込んでいたとしたらその齟齬を彼はどうするつもりだったのだろうか。

「まぁそれも大事だけど、今はこれを受け取って欲しいな」
「…怪しいものではないですわよね?」
「やだなぁ、怪しいものを堂々と渡しつけて欲しいの?」
「嫌に決まっているでしょう! 貴方のそれは想像もつきませんわ!」
「大丈夫だよ。君が不快に思うものは絶対に入れてないから」
「…信じますわよ」
「その信用のなさは流石に傷ついていい?」

 怪訝な顔で相手を見つめつつ、プレゼントはきちんと受け取るリリーナ。
 彼女の中のディードリヒに対する信用に関しては、己の行動を見返した方が早いのではないかと思われる。

「今開けてもいいし、後で開けてもいいよ」
「…では今開けましょう」

 本人の言葉を信じてリリーナは包みを解いていく。丁寧に開かれた包みの中には、少し古びた一冊の本。

「本、ですか?」
「そう、僕が子供の頃に気に入ってたやつ」
「ディードリヒ様が…」
「少し前にリリーナが『僕のことを知りたい』って言ってくれたでしょ? だからその一環として、僕の思い出をプレゼントしようと思って」
「…!」

 絶対に予想できないプレゼントだと、リリーナは思った。
 予想外で、それでいて確かに嬉しい。うまく言葉にできるとも言えないのだが、それでも貴方を知る一歩一歩が嬉しいと思う。

「嫌じゃない? 大丈夫?」
「少し驚きましたが…とても嬉しいです。ありがとうございます、ディードリヒ様」

 リリーナの笑顔は確かに嘘のない、例えるならば優しく咲くガーベラのようで、ディードリヒもまた安堵の笑みを見せた。

「よかった…ドレスやアクセサリーだとありきたりだし、香水は誰かと絶対被ると思ったら悩んじゃって…本当はリリーナの写真集も捨てがたいと思ったんだけど」
「写真集は必要ありません」
「うーん、そう言うとも思ったし…結構苦肉の策だったから安心した」
「写真集より貴方の思い出の方がよほど素敵ですわ。本当にありがとうございます」
「自分の思い出なんて押し付けがましいかなとも思ってたから…喜んでくれたならなによりだよ」

 安心と同時にディードリヒは満足そうに見える。
 だがその時、リリーナは素朴な疑問を抱いた。
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