126 / 159
帰省と誕生日
特別な日だから、あなたと(2)
しおりを挟む「リリーナ」
ディアナの器量の大きさに感心していると、後ろから声をかけられた。声の方に振り向くと、そこにはヒルドの姿がある。
「ヒルド、先ほどの挨拶回り以来ですわね」
「やだ、あれはお父様が殿下にしただけでしょう? 私はおまけよ」
「あれだけ気品のある佇まいでよく言いますこと」
「そう? 貴方からしたら当たり前の範疇だと思うけれど」
「“当たり前”であるからこそ、その価値がわかるというものです」
そう言って少し得意げに笑うリリーナに、ヒルドもくすりと小さく笑う。
「今日も変わらないわね、リリーナ」
「そうでしょうか?」
「えぇ、大事なところは変わってないわ」
それからヒルドは少し辺りを見回すと、一人の使用人を呼んだ。その使用人はトレーの上にいくつかシャンパンの入ったグラスを乗せて配り歩くのが役割だったようで、ヒルドはその使用人からシャンパンを二つ受け取り、片方をリリーナに差し出す。
「誕生日おめでとう、リリーナ。乾杯しましょう」
「ありがとうヒルド。喜んで」
リリーナがシャンパンを受け取ると、二つのグラスは小さくぶつかり合った。よく磨かれた薄いシャンパングラスからは、高く品のいい独特の音が聞こえる。
「殿下からは何か受け取った?」
「えぇ、わざわざ日付が変わるまで起こされ続けましたわ」
「相変わらずの溺愛っぷりね」
「溺愛といいますか…そうなのでしょうか」
「それ以外に見えないわよ。天然なのも大概にした方がいいわ」
リリーナの言葉にヒルドは目元をじと…と沈め相手を見た。少し怒っているようにも見えるヒルドにリリーナは少し気まずいと思いつつ言葉を返す。
「愛していただいているのは、わかるのですが」
「度を超えて愛されてるわね」
「度は…超えていますわね」
ヒルドの言葉に実家であった一件を思い出した。
他人がリリーナに…恋人に触れるのを嫌がるのは普通かもしれないが、それにしてもやり方や感情の限度というものがある。
リリーナを神聖視するのもあまり変化がみられないように感じてしまうので、ほどほどに抑えてほしいところなのだが。
「…殿下が愛想を尽かされないことを祈るわ。私も友人は失いたくないもの」
「多分…大丈夫ですわ」
基本的には大丈夫なはずだ。基本的には。
これ以上彼の行動が常軌を逸したものでさえなければ大丈夫だろう。
「まあいいわ。私は貴女に贈ったプレゼントが喜んでもらえることを祈りつつ料理でも取りに行くことにする」
「わかりました。ではまた後で」
「えぇ…。あぁ、でも、少し気になるのだけれど」
「なんですの?」
「殿下って煙草を嗜まれるのかしら? 吸っているところを見かけたことがないの」
言われてみれば、とリリーナも感じた。
煙草や葉巻は酒やカードゲーム、ビリヤードに並んで上流階級男性の嗜みの一つだ。
夜会では貴族男性が集まって煙草を吸いに行く時間が設けられるほどで、それこそ男性の社交場と言える。
対して女性は煙草を嗜むことがないので、別所にて集まり話に花を咲かせるのだ。
「確かに嗜まれているところは私も見かけたことがありません」
「煙草は嗜みの一つでしょう? 珍しいのね」
「確かにそうは思いますが…同時に彼の方が煙草や葉巻を扱われているところは想像しづらいですわね」
ふふ、とリリーナは小さく笑う。
ヒルドもまた納得したように微笑んだ。
「言われればそうね。煙草は体に害だという話も出ているそうよ」
「本当に害なのであればこれからも吸わないでいただきたいものです。早死にされても困ってしまいますから」
「リリーナらしいわ。じゃあ私は行くから、今度こそまた後でね」
「はい、また後で」
リリーナは優雅な歩みで去っていくヒルドの背中を見送ると、会場の中を見まわし始める。彼女には今探している人物がいるのだ。
広く人の多い会場の中でその人物を見つけるのはやや難しいが、この場にいないということだけはあり得ないと確信を持ちつつ五分ほど歩き回り、ついにその背中をとらえる。
「ごきげんよう、ファリカ」
「!」
リリーナが声をかけた背中は大きく肩を跳ねさせ、そこから少し固まった後、ぎこちない動きで振り向いた。
「り、リリーナ様…」
「何をこのようなところで壁の花になる必要が? 貴女は私の侍女ですのに」
「いやぁ…それは、なんといいますか…ほら私って地味ですし」
「そう思うのであれば多少は変わる努力をなさい。いかにフレーメンが女性の独立に寛容であっても、独り身が許される世の中ではないんですのよ」
「うっ…」
ファリカと顔を合わせて早々に説教をしてしまっているリリーナだが、彼女がファリカを探していた理由は別にある。
「そしてそんなことより、どうしてディードリヒ様の誕生日について黙っていたんですの? 親戚であれば今日のようにパーティに出席しなければいけないのですから、知らなかったわけではないでしょうに」
リリーナの怒りにファリカはできるだけ目を逸らす。実際リリーナの言っていることに齟齬はないからだ。ファリカはディードリヒの誕生日を知っていたが、敢えてそのことをリリーナに言わなかったのには事情がある。
「素直に言うと、殿下に口止めされてたんです…」
「ディードリヒ様に?」
「リリーナ様をびっくりさせたいからだって、本人は言ってましたけど」
流石に大きなパーティなので普段のように崩した言葉を使わないファリカの話を聞きながら、リリーナはとうとう内心のため息が口から出そうになってしまった。公然の場でため息をつくなどお行儀が悪いので意地でもやるわけにはいかない。
ハイマンがそれを行えたのは、彼がこの場で一番権威ある立場である故だ。
「…彼の方は相当私を怒らせたいのだと言うことがわかりましたわ」
「あはは…まぁ黙ってた私も悪いので顔を合わせづらかったのもありまして…」
「そんなところだろうと思いました。ミソラの姿が見えないのも同じような理由でしょう」
ミソラばかりは見つけようと思って見つけられる人物ではない。リリーナはそれを体感している。
なのでわざわざ探そうとも思わないが、ミソラはディードリヒを毛嫌いしているというのに今回の件にどうして乗っかったのかは少し気になる。
「いいですわ。裏も取れたことですし今回は許しましょう」
「リリーナ様…!」
「ただし、これ以上変な隠し事をするのはやめてくださいませ。雑に振り回されるのはごめん被ります」
「うっ」
リリーナの言葉はファリカの心の何かを刺激したようだ。ファリカはすぐリリーナから目を逸らし、気まずそうに顔を青くしていく。
「なんですの? まだ何か隠していますわね?」
「いやぁ…そんなことないですよぉ…」
「ではなぜ目が泳いでいるのです。話すまで許しませんわよ」
「勘弁してください~!」
詰め寄るリリーナに気押されるファリカ。
じりじりと迫り来るリリーナに身を引いて耐えていると、後ろからリリーナを呼ぶ声がする。
「ルーベンシュタイン様」
不意に聞こえた声に、リリーナは即座に反応した。彼女はくるりと振り向くといつもの笑顔で対応する。
「何かご用でして?」
「お話中のところ失礼致します。王妃様がお探しでございますのでお呼びかけに参りました」
「王妃様が…? わかりました。すぐに向かいます」
リリーナは使用人に手短な返事をすると、まず後ろに振り向く。するとそこにファリカの姿はなく、リリーナはこうなるであろうとはどこかで思っていたが、と内心で眉間に皺を寄せた。
かといってもう一度探すわけにもいかない。ディアナの呼ばれているということが本当である可能性は勿論だが、今からまた探していてもキリがないだろう。
一度諦めた方がいいと判断したリリーナは、思考を切り替えディアナの元に向かうことにした。
1
あなたにおすすめの小説
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。
aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。
ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・
4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。
それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、
生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり
どんどんヤンデレ男になっていき・・・・
ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡
何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる