冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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王家の別荘と彼女の中身(前編)

彼女は探究心で本を読み、好奇心でページを捲る(2)

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「そういえば、ファ姉様が言っていました、リリーナさんも学術書を読まれると。どういった分野のものがお好きですか?」
「そうですわね、読むだけでしたら幅は比較的広いかと思いますが…好きな分野でしたら生物学でしょうか。生き物の多様性に人間における文化の多様さに似たものを感じ、人間という一つの種類でさえ広く多様なのだから、他の生き物はどうなのだろう…と想像を膨らませるのが楽しいのです」
「生物学…私も好きです。私が普段よく読んでいるのは医学書や生物学の本が多くて、生き物の体の作りや共生についてよく考えます。最近は寄生虫の論文に面白いものが…」

 そこからメリセントは近頃読んだという論文について話し始めた。
 リリーナはその話を聴きながら、寄生虫という身近でない生き物に目を向ける珍しさに感心しつつ相槌を打つ。

 だが寄生虫と言うとグロテスクなイメージが拭えない生き物なので普通人に話すというのは躊躇いそうなものだが、なぜ自分はこの話を聴いているのだろう…とも思いつつ、リリーナは改めてメリセントに視線を向けた。

 話し方に強い活気があるわけではない。むしろ落ち着いて少し冷たいような印象すらあるというのに、今の彼女は確かに興奮していることがわかりやすく伝わってくる。
 昨日彼女を見た印象としては、正直ここまで長い話をするような少女には思えず、むしろこちらを警戒しているように見えていたと言うのに。

「…で、その寄生虫は宿主の脳構造を変化させることで…って、あっ」
「?」

 五分ほど熱弁を続けたメリセントは、突如何かに気づいたようにピタリと話をやめてしまった。リリーナがその様子を不思議そうに見ていると、メリセントは眉間に皺を寄せ申し訳なさそうに目を閉じる。

「ごめんなさい…今、気持ち悪い話をしましたよね」
「気持ち悪いとは思いませんでしたわ。珍しいお話だとは思いましたけれど…」
「気を遣わないでください。周りに同じような分野の学術書を読んでいる人を初めて見たので興奮してしまって…寄生虫どころか虫の話は外でしないよう、お母様から言われていたのに」

 メリセントはすっかり意気消沈していまっているので、リリーナは少し思考を巡らせた。
 この少女に今自分が言っていい言葉とはなんだろうか。そうは言っても、素直な感想程度しか思い浮かばないのも事実…。

「言葉を選ばずに言うのであれば、確かに人を選ぶお話であることは事実であると思いますわ。ですが私としましては、大変興味深いお話でございました」

 なので、いっそそのまま言ってみることにした。
 自分程度の言葉でなにか彼女の心を動かせるといいのだが。

「…本当ですか?」
「えぇ、私が好きなのは生物の多様性についてではございますが、寄生虫もまた一つの生物でございます。その生き物がどういった生態なのか、というのはそれを捕食する生き物や次の環境…つまり新しい多様性へと広がっていくものですから」
「…!」

 リリーナの言葉にメリセントは強く驚いた様子を見せる。
 その驚きを表情で表し、目を見開いたまま自分より背の高い女性を見上げるメリセントは、すっかり言葉というものを忘れてしまっていた。

「私はメリセント様のように生物の生態や構造について深くお話できるわけではございませんが、理解できる部分や発見は多くございました。聴いていて楽しいお話でしたわ」

 できうる限り明確に所感を述べるリリーナ。そんな彼女をメリセントは相変わらず凝視しており、その視線に気づいたリリーナは驚きのあまり体を一瞬跳ねさせる。

「な、何かお気に触ることをいたしまして…?」

 恐る恐る視線に向かって問うリリーナの声に我を取り戻したメリセントは「あ、いえ…」と気まずく言葉を返しながら視線を逸らす。

「なんか…うまく言えないんですけど“変な人”だなって思って」
「…」

 その言葉とほとんど似たような言葉を、つい昨日聞いたばかりのような。

「あっごめんなさい! 否定的な意味ではないんです! ただ私の言うことを頭から否定しない人って、やっぱり少ないから…」
「そうですわね…ご令嬢で生物学に深く足を踏み入れようと思われる方は実際少ないと思われますわ」

 人間という生き物は、基本的に自分が理解できないものに対して恐怖を覚えたり拒絶をする生き物だ。そしてそれを他人に対して頭ごなしに行う者は少なくない。
 実際メリセントと同じ年頃で同じだけ深く物事を学ぶ者を探すのは難しいだろう。

「特に寄生生物の話はやっぱり気持ち悪いので…まともに聴いてもらえること自体が珍しいというか…」
「そ、それに関しましては私もこの目で見られるとは限らない生き物ばかりですので、お話を聴くだけで精一杯な部分は大きいですわ。申し訳ございません…」
「いいんです、気にしないで下さい。ルアナ姉様は虫に触れるので大丈夫かと思って話したことがあるんですけど、気持ち悪いって…今考えたら、本当にどうしてリリーナさんにこの話をしたんでしょう…?」
「それは、メリセント様以外にはわかりかねますわ…?」

 心底不思議そうに小首を傾げるメリセントに、リリーナも同じポーズで返す。こういった問題は本人が答えに行き着けないのでは、周りはどうしようもない。
 だが、そこからメリセントは視線を落とす。

「周りの子は教養以外で知識を深めようとはしません。みんな小説を読んでいるか、そもそも本に触れないか…そういった子ばっかりです」

 そういった子供は珍しくないだろう。自分の周りの同年代も、そういった令嬢や子息は多かった。
 リリーナ自身、目標のある人生でなければ同じようになっていたかもしれないと、少しばかり考える。

「私はマディ姉様みたいに恋愛小説を読んだりはしないし、ルアナ姉様みたいに体を動かすことが好きなわけでもない…だからだんだん、他人と話すのが面倒になってしまって」
「面倒になってしまったんですの?」
「はい。自分を理解してもらうことってすごくエネルギーを使うし、見合った成果が出るとは限らないですから…もう本を読んでいられればいいかなって」
「…」

 “なんて勿体無い”。
 メリセントの言葉にリリーナがまず感じたのはその一言だった。

 この部屋に置かれた本の数と、ほんの一つの話題ですら多く語れるほどの情報が詰め込まれた脳…この二つの可能性にはいくらでも活かせる場所が存在するというのに。

 まだメリセントは十二歳だ。学者になることもできるし、ファリカと法律について話ができるのであればその分野を深めて弁護士になることもできる。
 本の扱いに詳しいのであれば司書の資格を取ることも、広い知識を活かして教師になることもできるだろう。

 長子でない以上家名を継ぐかどうかの問題にも巻き込まれづらい。
 つまりメリセントの可能性は、枝葉が広がるようにいくらでも育てていくことができる。それなのにこんなところで閉塞的な未来を辿らせるなど、なんと勿体無いことだろう。

 何か自分が助けになれることはないだろうか。
 本当ならば彼女をこちらで引き取るか預かるかをすることで首都にある学術院に向かわせることが、最も彼女の可能性を伸ばしていけるのではないかと思う。しかし今の自分にその選択肢を取る権利はなく、あまりにも無力すぎる。

 学術院に通うことで同好の士と巡り合い、関係を築くことができればメリセントの人に関わることの億劫さにも変化が現れるかもしれない。
 なにか、何かないだろうか。

「…リリーナさん?」
「! 申し訳ございません、メリセント様。少し考え事をしてしまいまして、無礼でございました。お許し下さい」

 慌てて頭を下げるリリーナにメリセントも驚いたのか、動揺した声で頭を上げるよう伝える。顔を上げたリリーナに対して少し安堵したような表情を見せた後、メリセントはリリーナに問いかけた。

「リリーナさんは“学術院”について考えてくれたんですか?」
「それは…」

 “ゼルトザーム学術院”。通称“学術院”。
 科学系三学科、文学、数学、考古学、哲学の学科に分かれ勉学に対して高みを目指す者たちが集まる場所。

 基本的にフレーメンで勉学を深める方法は、貴族であれば家庭教師を雇い、平民であれば有志の民が開いた場所に通うのが一般的だ。
 だが家庭教師はもちろん有志の教室でも月謝が発生する場合が多く、平民は愚か貧民や農民に至っては文字を読むことはできても書ける者は極端に少ない。

 その中で、困難な入学試験を突破しさらに勉学や知識に身を捧げ、最終的に再び困難な卒業資格を獲得する。その特異的な場所がゼルトザーム学術院だ。

 ただし在学できれば会計士や弁護士、司書などをはじめとした国家資格の試験を受けることができ、自分が伸ばしていく分野の学者になることもできる。
 正にフレーメン王国を代表する学術の場であり、数多の領から入学希望者の絶えない“学校”なのだ。

 同時に平民や貧民の中にも独学から入学、卒業した者が存在する上、入学時の年齢は問わないという間口の広さを持ち、製本されていない論文などの書簡は全てこの場所に保管されている。

 だがメリセントの言葉さら察するに、彼女を学問の高みへ向かわせようと考えている人間はリリーナだけではないようだ。

「やはりそうだったんですね。正直私に会った人はみんな似たようなことを言うので…。ですが、あまり行こうとは考えていないんです」
「そうなので…ございますか?」
「あそこは確かに入学年齢を問いませんが、いるのは大人ばかりだと聞きます。話の合う人が見つかるとは限りませんし、叔父様たちに迷惑をかけるのも嫌なので…」
 そこまで言ったメリセントは、少し俯く。
「女である以上、やれることなんて限られていますし」

 俯いた彼女の言葉は酷く自虐的で、心の中の可能性の多くを諦めているように見える。

 確かにドレスで学者が行うフィールドワークというものはできないだろう。フレーメンに女性の自立をやっかむ者がいないわけでもない。
 メリセントが本当に心配しているのは、自分の頭脳ではなく計り知れない人間関係ややりたいことに対するハードルなのではないだろうか。

「メリセント様には、夢はございますか?」
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