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閑話 それは救いではなく運命4
しおりを挟む管轄の店を回り、売上が悪いところの店長を締め上げる部下を煙草をふかしながら眺め、ようやく婚約者がいる定食屋についたのは、夕暮れ時だった。
「あー、しまっちゃってんな。あ、でも、中に人影あるからいるっしょ」
扉をガタガタさせながら部下が楽しそうに言う。
擦りガラスの向こうで、誰かが近づいてくるのが見えた。
おそらく女。
扉の鍵が解除され、無防備に開かれた。
「すみません、もう今日は閉店してて」
次の瞬間、部下は鼻歌で歌いそうなくらいな軽さで女の胸倉をつかんで引きずり出し、すぐわきにある店の壁にその身体を打ちつけた。
相変わらず遊ぶように生き生きと暴力を振るう部下に、呆れる。
「いっ……」
女が小さく声を漏らす。
部下は女の顎をつかみ、無理やり上を向かせた。
「――間違いありません。佐々木芽衣です」
さて、この「ブサイクが大丈夫な女」とやらは、伊吹の顔を見て嘔吐をするのか、失神するのか、それとも叫んで正気を失うのか。
とりあえず顔を確認すれば、部下も納得するだろう。
「いらないから好きにしろ」と言えば、すべて終わる。
近づき、その顔をのぞき込む。
一瞬、息が止まった。
写真で見たとおりの、地味な女だった。
美人なわけでも、特段ブサイクなわけでもない。
だが目が――
その黒い目が――
ためらいも嫌悪もなく、わずかたりともずらすことのない視線が、まっすぐに伊吹を貫く。
地味な女の黒い瞳が、瞳だけが、まるで別の生き物ものみたいに鮮やかだった。
生まれてから一度も使ったことのない「キラキラしている」というバカみたいな表現が頭に浮かぶ。
目が離せない。
そんな自分を持て余しているのに、不思議と口だけが勝手に動いた。
惰性のように女を嘲り、逃げたことをなじり――
どっかの腐ったメスのように「あなたの顔が嫌なわけではない」と上っ面の言葉を言われた瞬間、急に怒りがこみ上げた。
――おまえが、おまえまでもがそんな偽善に満ちたことを言うのか。どこの誰ともわからないブサイクに向けるのと同じ言葉を、この俺に向けるのか。
理不尽ともいえる怒りがこみ上げる。
その他大勢のブサイクに向けているだろう言葉を、自分に向けたことが許せなかった。
怒りに駆られて次々と嘲笑の言葉を吐き出す伊吹に、女は面倒くさそうな顔をして、言った。
「自分が信じたいものだけ信じて、生きていけばいいと思いますよ」
その瞬間、これまで感じたこともないような激情がこみ上げ、気が付くと女を殴っていた。
――この女、俺を切り捨てやがった。
この綺麗な目をした女が、伊吹をこんなにもとらえた女が、今この瞬間、「どうでもいい」に伊吹をカテゴライズしたのだ。
そんなこと許せるわけがなかった。
だが、次の瞬間、伊吹は愉悦で震えることになった。
伊吹に殴られて倒れこんだ女は、ギラギラとした熱に満ちた目を伊吹に向けたのだ。
まるでこの世のすべての憎むような熱い瞳。
綺麗な瞳が、煮えたぎる熱を浮かべて、伊吹を、伊吹だけを見ている。
この女にこんな目を向けられるのは、きっと自分だけだ。
身体に快感が走る。
もっと熱い目が見たくて、伊吹は本能に突き動かされるまま、足を女の顔に向けて振り下ろした。
咄嗟に両腕で防いだ女は転がり、また腕の隙間からより熱い目で見てくる。
その視線に、身体がぞくぞくした。
だが、女の言葉が邪魔だ。この期に及んで、今なお上っ面だけの綺麗ごとを言うのが許せず、手で女の口をふさぐ。
もっとほかのことにその口を使え。
くだらない言葉遊びなんてするな。
もっと熱くて、もっと俺だけに向ける言葉を紡げ。
――その口をよもやキスに使うなんて、想像もしていなかった。
その妙に温かい唇が自分のそれに触れた時、身体中の細胞が震えた。すべての細胞が、女に書き換えられたようだった。
もう一片たりともこの女を誰にも分け与えたくない、と思った。
――その言葉も視線も、当然身体も、全部俺のものだ。
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