無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

文字の大きさ
4 / 91
第一部 無能聖女編

3. 依頼の場所は不気味な洋館でした

しおりを挟む


「で、ティーナは、冒険者になるの? スキルとか特技とかはある?」

 アンディは緑色の瞳をキラキラさせて、親しみやすい笑顔で尋ねてきた。私は少し考えながら答える。

「えっと、冒険者になるのは考えてないかな。仕事と住む場所が見つかったらいいなって思ってるんだけど」
「もしかして、街の外の出身?」
「うーん……一応、この街の出身、なのかな? でも、今まで住んでた場所を出て行かなきゃいけなくなって。頼れる知り合いもいないし、お金もあんまり持ってないの」
「うわ……大変だな」

 素直に自分の境遇を話すと、アンディに同情されてしまった。

「住むとこぐらい助けてあげたいんだけど、オレも王都出身じゃないんだよな……。うーん、そうなると、ティーナが探してるのは、住み込みの仕事?」
「そうだね、それが一番いいかな。掃除、洗濯、炊事……家事全般は得意よ」
「なるほどな。ちなみに、住む場所にこだわりはある? 商業地区に近い方がいいとか、綺麗な場所がいいとか」
「ううん、ないよ。屋根と寝床さえあれば、郊外でもクモの巣が張ってても全然平気」
「よしきた。だったら、あれなんてどうだ?」

 アンディが指さしたのは、掲示板の一番上に張られている依頼書だった。

『急募。城壁近く、林の中の一軒家。家事全般こなしてくれる方。通い、住み込み、どちらでも可。ただし送迎および馬での通勤は不可。給与、勤務時間、期間、待遇等は要相談』

「これ、三日前に持ち込まれた依頼なんだけどさ。条件が全部要相談な上に、場所がちょっと悪いだろ? しかも送迎も馬も不可っていうし。その上、依頼人が匿名希望。普段なら、家事系統の依頼ってわりと人気ですぐ埋まるんだけど、珍しく売れ残ってるんだよ」
「確かに、ちょっと怪しいね……」
「でも、他にめぼしい依頼はないんだよなー。特に住み込みとなると」

 私は頬に手を当て、ううむ、と悩んだ。
 けれど、確かにアンディの言うとおり、他に出ている依頼は力仕事や危険な仕事、技能が必要なものばかりで、私にできそうなものはほとんどない。

「わかった、これにする」

 私がそう言うと、アンディは手を伸ばして、依頼書を剥がしてくれた。私がそれを受け取ろうとすると、アンディは首を横に振って、依頼書を持ったまま受注カウンターの方へ歩いて行く。

「えっと、アンディ?」
「あのさ、ティーナ。話を聞きに行くなら、オレも一緒に行くよ。何か危ないことがあるといけないし」
「え、でも、悪いよ。アンディには報酬出ないんだし」
「ほら、よく見て。募集人数が書かれてないだろ? ってことは、オレとティーナ、二人とも採用される可能性もあるってことだ」

 確かに、依頼書には募集人数は書かれていなかった。
 私も城壁の林までは行ったことがないから、アンディがいてくれると心強いのも事実である。

「じゃあ、お言葉に甘えよっかな」
「ああ、任せてくれ!」

 そう言ってにかっと笑うアンディが何だか頼もしくて、私はにこりと微笑む。アンディは再び耳を赤くして、そっぽを向いてしまったのだった。



「……ねえアンディ。私のイメージする一軒家と、ちょっと違うんだけど」
「……ああ。オレのイメージとも違うな」

 ギルドを通して依頼主に連絡してもらった私たちは、依頼主の待つ、『城壁近く、林の中の一軒家』へ向かった。そして、目的地に到着したわけなのだが――。

「地図、ちゃんと見たんだよね? 間違ってないよね?」
「ああ、間違いなくここのはずだけど……でも、これって、一軒家じゃなくて……」
「お屋敷、だよね」

 林の中にひっそりと佇む洋館は、広大な敷地を占有していた。一軒家というより、お屋敷と呼んだ方が正しいだろう。
 レンガの塀で周りを囲まれ、門には黒く尖った鉄柵がついている。鉄柵の横側には、ガーゴイルという魔物を模した魔除けの像が置かれていた。

 鉄柵の向こう側には、荒れ放題になった庭と、レンガ造りの立派な建物が見える。手入れが行き届いていれば美しい館なのだろうが、今は不死アンデッド系の魔物か何かが出てきそうな雰囲気があった。

 なんだか、誰もいないのにどこからか視線が注がれているような、そんな不気味な感覚に襲われる。

「……やめるか?」

 アンディは、小声で私に尋ねる。
 しかし、私には他にできそうな仕事もない。ここでやめたら、今日の宿にも困ってしまうことになる。
 外観がちょっぴり不気味なぐらいで、逃げるわけにはいかないのだ。

「やめないよ。すみませーん、ごめんくださーい」
「ちょっ……!」

 怯えるアンディを無視して、私は声を張り上げる。
 ややあって、返事の代わりに、鉄柵がギギギ、と音を立てて内側に開いていった。

 鉄柵が開いた、ということは、先に進めということなのだろう。私は躊躇なく、建物に向かって伸びている石畳を歩いていく。
 石畳の隙間からは、雑草がはみ出している。左右に広がる庭も、背の高い雑草に覆われていた。

「手入れが全然行き届いてないね」
「……ほ、本当に人が住んでんのか?」
「うーん、声をかけたら鉄柵が開いたってことは、住んでるんじゃない?」

 ちなみにその鉄柵は、私たちが通り抜けると、再びギギギと音を立てて閉まっていった。アンディは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げていたが、きっと魔道具か何かの類いだろう。私は特に気にすることもなく、案外長い小道を進む。

「ティーナ、本当に大丈夫なのか……?」
「そうねぇ、確かに大変そうだけど、その分お掃除のしがいがありそうだね」
「まじかよ……」

 アンディは、あまりにも酷い状態の庭を見て、尻込みしてしまっているようだ。
 だが、建物の外観を見る限り、普通の一軒家よりは広いが、神殿よりもずっと小さい屋敷である。洗濯や食事の用意はこれまでより少なく済むだろうし、モップをかける範囲も狭いはず。高窓の掃除にしたって、ステンドグラスを磨くより断然楽そうだ。

「それに、よく見て。この庭、雑草だらけと思いきや、ほら……あちこちに食べられそうな野菜とか、果樹とかが植えられてる」
「え? あ……本当だ、枯れかけてるのも多いけど。反対の方には薬草や解毒草、魔除けのハーブもあるな」
「ね? だから、ちゃんと人は住んでると思うよ」
「うーん……確かに……」

 私の言葉に、アンディの不安は少しだけ解消されたようだ。だが、まだ眉尻を下げて、緊張したような表情でそろりそろりと歩いている。

「アンディ、やめてもいいんだよ?」
「……やめないさ。ここで逃げたら男が廃る」

 先ほどとは真逆のやり取りと、気合いを入れ直すアンディに、私は思わずくすりと笑ってしまった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

【完結】隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
※最終話に、3/11加筆した分をアップしました。 ※番外編書きたい気持ちがあるのですが、一旦、恋愛小説大賞の締め切りに合わせて、完結とさせて頂きます。🌱 ※最後、急ぎ足で駆け抜けたので、説明不足や誤字脱字多くなっているかもしれません。都度見つけ次第、修正させて頂きます。申し訳ありません。💦 ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

処理中です...