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第二部 聖女覚醒編
41. ポーション精製実験はじめました
しおりを挟む翌日から、私の仕事は少しだけ様変わりした。
豊穣の日を除き、毎朝琥珀珈琲をギルバート様に用意することから仕事が始まるのは変わらない。
琥珀珈琲を用意したら、洗濯と掃除をして、お昼休憩に入る。
そして、お昼休憩の後には、中級ポーション精製の研究をする時間が新たに設けられた。
その分減った仕事は、母屋の清掃補修だ。とはいえ、神殿を出てから今までの勤務で、ほとんどの場所が綺麗になっている。
手つかずで残っている場所はもうなくて、細かい部分の補修や磨き上げが終われば、屋敷は完全復活だ。あとは空いた時間にちょっとずつ作業を進めれば良いだろう。
中級ポーションの精製だが、こちらは掃除と違って、亀の歩みだ。今もポーション不足で苦しんでいる人がいると思うと、焦燥感がわいてくる。
それでも、私はこれまで一度も、初級以上のポーションを作れたことがなかったのだ。
中級ポーション精製のステージに立てたことを、まずは誇って良いと――私の魔力のことは嬉しい誤算なのだからと、ギルバート様はそう言ってくれた。
中級ポーションの成分に関しては、これはもう薬草だけとみて間違いないのだそうだ。
ギルバート様が、フォレ領内の教会に納入されている素材と、流通したポーションの種類や個数の記録を照合して、計算をしてくれたらしい。
しかも、その記録から、中級ポーション一個あたりに使われている薬草の概算量まで割り出してくれた。想像しただけで、気が遠くなるような計算である。
解毒ポーションや気付けポーションなどの状態異常回復ポーションは、フォレ領内では手が回らず、ほとんど精製されていないようだ。
それらに関しては、神殿の過去の取引記録――ザビニ商会の手が完全に回りきる前のもの――を引っ張り出してきて、計算中とのことである。
ただ、こちらは種類も多く、流通も煩雑、さらに王都で神殿と取引を持っていた商会も一つではなかったため、難航しているようだ。
状態異常回復ポーションについては、私の中級ポーションが辺境騎士団に行き渡れば、その分冒険者からの買い付け枠を増やすことができる。なので、そう急ぐこともないらしい。
「――ご提案の通り、同じ条件を保って、中に入れる薬草の刻み方をそれぞれ変えてみました。詳しい経過は上記の通りです……と、これでよし」
私は、業務日誌を記し終えて、冊子を閉じる。
業務日誌の隣には、蓋付きの箱を置いてあった。その中には、異なる条件で精製したポーションが入っている。瓶にはラベルを貼ってあり、どれがどの条件のポーションか、一目で分かるようになっていた。
「あとはこれを、ギルバート様のお部屋に届けたら、今日のポーション精製は終わりね」
ギルバート様は本来忙しい方なのだ。毎回、精製実験に付き合わせることはできない。
けれど、こうして実験ノートを書いておけば、ギルバート様も時間のあるときに確認して、アドバイスなどを書き込んでくれる。
――まるで、一時期神殿の聖女見習いたちに流行っていた交換日記のようだ。
私はその流行に乗れなくて、誰とも日記を交換できず寂しい気持ちがあったので、中身は業務連絡ではあるけれど、少し嬉しく思っているのは秘密である。
ちなみに、ポーション精製の実験を行っているのは、離れの大部屋だ。
薬草を刻んだり、すりつぶしたり、器具を洗ったりする必要があるため、こうしてキッチンで行うのが最も都合が良い。
「さ、届けにいこ」
私は箱と日誌を籠に入れて布を掛けると、母屋に届けるため、離れの扉を開けた。
「よお、ティーナ」
「あれ、アンディ、今来たところ?」
庭に出たところでアンディと遭遇し、私は首を傾げた。
アンディが出勤の日、普段だったら彼は午前中に屋敷に来ているのに、今日は午前中は見かけなかったので、不思議に思ったのだ。
「ああ、そうなんだよ。昨日、午後からリアや他の冒険者たちと一緒に、依頼で街の外に出てたんだけどさ。思ったより時間掛かっちゃって、夜までに王都に戻れなかったんだよな」
「そっか。リアさんとはうまくやってる?」
「ああ、まあ、一応。実際は、リアはもっと良い依頼も受けられるんだけど……ここの仕事がない日は、あいつ、オレに合わせて依頼を選んでくれてるんだよな」
アンディはそう言って、ぽりぽりと指先で頬を掻く。
幼馴染みのリアさんは、アンディのことが大好きなのだ。依頼のランクを下げているのは、できるだけ彼と一緒に過ごしたいからだろう。
「そういえば、こないだこっちに来た日、ティーナは具合が悪くて寝てたって聞いたぞ? もう平気なのか?」
「あ……うん。心配掛けてごめんね」
「いや、ティーナが平気ならいいんだ。でもさ、ティーナは頑張りすぎるところがあるから、無理すんなよ?」
「えへへ、気をつける。ありがと……ん?」
私がアンディと話していたら、途中で出現した『視線さん』が、何故だか少し不快そうな雰囲気を発していた。仕事をさぼっていると思われてしまったかもしれない。
「私、もう行かないと」
「あ、悪りぃ。引き留めちゃったな」
「じゃあ、また後で……っと、あ、いけない! 私、アンディにひとつ言わなきゃいけないことがあったんだ!」
私は申し訳ない、という気持ちを込めて『視線さん』に軽く頭を下げてから、アンディに急いで用件を話す。
「前に渡した初級ポーションだけど、あれ、あんまり日持ちしないみたいないの。もう仕送りに回しちゃった?」
「あー……ごめん。その件でオレ、謝ろうと思ってたんだ」
アンディはばつが悪そうな顔をして、思いっきり頭を下げた。
「本っ当にごめん、ティーナ! あの初級ポーション、盗まれちまったんだ」
「え……盗まれた?」
ぽかんとする私の目の前で、アンディは頭を下げ続けている。
空中で私たちを注視していた『視線さん』の気配も、緊張感を増して大きく揺らいだ。
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