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第二部 聖女覚醒編
42. ポーションが盗まれたようです
しおりを挟む衝撃的なことを聞かされ、私は少しの間ぽかんとしていたが、すぐにかぶりを振ってアンディに尋ねる。
「ねえ、アンディ、ポーションが盗まれたって、どういうこと?」
「実はさ……」
そういってアンディは、その日に起きた一部始終を語り始めた。
◇◆◇
アンディはその日、リアと一緒に、冒険者ギルドを訪れていた。地元の村へ仕送りをするためである。
荷運びも冒険者の仕事なので、冒険者ギルドに荷物を渡せば、王国各地に荷物を配送することができるのだ。
急ぎの荷物以外は、方面ごとに分かれた定期便が、ふた月に一度の割合で出ている。その定期便を使えば、アンディたちの村にも割安で仕送りをすることが可能だ。
「おっちゃん、荷物頼むよ! 北方面への定期便な!」
「よう、アンディにセシリアちゃん。規則だ、一応荷物の中身を確かめさせてもらうぞ」
「おうよ」
アンディは頷いて、カウンターの上に荷物を広げる。
「解毒草の粉末に、乾燥マンドラゴラ。銘酒ヒュドラと、酒のあてをいくつか。それから……」
次々とカウンターの上に並べられていく。最後にアンディは、ティーナからもらった初級ポーションを置いた。
「ん? これは初級ポーションか? 珍しい色だな」
「だろ? オレ、こないだ、ポーション精製するとこ、初めて見せてもらったんだ」
ギルド職員の男とアンディの会話に、ピクリと反応した者がいたのを、アンディの隣にいたリアは見逃さなかった。
「ああ、もしかして例の嬢ちゃんが作った物か?」
「おう。すんごい集中力でさ……ただの水からこれを作っちまうんだもんな。すげえよな、聖女様って」
「そりゃあそうだ。女神様に賜った癒しの魔力を持つ聖女様たちは、王国の宝だよ」
長いローブを着てフードを目深にかぶり、聞き耳を立てていた女は、カウンターの上に乗っている琥珀色の瓶を一瞥した。
リアは、全身の感覚を身体強化で引き上げ、注意深く女の様子を探る。
女の眼差しはしばらくの間、まっすぐにその瓶に向けられていたが、その視線はすぐに外れる。
ローブのポケットに左手を突っ込んだまま、女はロビーの奥へ向かって、人混みに姿を紛れさせた。
リアは、無言のまま肩の力を抜き、身体強化をほんの少しだけ緩めた。
「荷物は以上だな。目録も作り終わったぜ。じゃあ、次は配送の手続きに――」
ギルド職員が次の書類を取り出そうとした、その時。
「きゃああああ! やめてーっ!」
女性の叫び声がギルド内に響く。突然、ロビーにいた男が、奇声を発しながら剣を振り回し始めたのだ。
「なんだ! どうした!」
「っ、臭っせえ! この匂い、錯乱玉が破裂したっぽいぜ!」
「おい! 誰か、あいつを取り押さえろ! 戦えない奴は建物の外へ退避!」
ギルド内は大騒ぎになり、ポーションを鑑定していたギルド職員も、手早く鼻と口を覆って事態の収拾に当たり始める。
錯乱玉は主に魔物に投げて使う護身用のアイテムで、錯乱草のエキスと蛍光塗料が使われている。
錯乱草のエキスは酷い刺激臭がするのだが、液に直接触れると幻覚を見せる作用もある。鼻の良い魔物なら気絶、人並み程度の嗅覚の魔物だったら混乱状態に陥り、魔物同士で同士討ちをし始めるという代物だ。
どうやら暴れていた男か、近くにいた誰かが、錯乱玉を落として割ってしまったらしい。男のサンダルと床に、べっとりと蛍光塗料が付着していた。
「っ、鼻が、鼻がぁ!」
「リア!? 大丈夫か、リア!」
アンディは、顔を押さえて気絶してしまったリアを抱えて、他の人たちと一緒に建物の外へ避難した。
「はあ……何なんだよ一体……」
「誰かが錯乱玉を落として割っちまったんだろ。危険なアイテムは街中ではちゃんとしまっとけっての」
「まったくだぜ。いい迷惑だ」
その後、錯乱草のエキスを被ってしまったらしい男は気付けポーションで沈静化させたものの、ギルドの建物は後片付けのため閉館することになった。
――そして翌朝。
置いてあったままだった荷物をアンディが確認しに行ったところ、ギルド職員の男に開口一番、謝罪された。
どうやら、カウンターに置いてあった琥珀色のポーションだけが、無くなっていたらしい。
「ヒュドラ酒とか高価な物も置いてあったのに、なんで初級ポーションだけ盗られたんだろうな。いやあ、不可解だ」
職員の男もそう言って首を傾げていた。
結局お詫びとして、別の聖女が作った中級ポーションを一本、荷物に入れてくれたそうだ。
◇◆◇
「そんなことが……。ねえ、リアさんの具合は? 平気だったの?」
「ああ、うん。その日はずっと辛そうにしてたけど、翌朝にはもうケロッとしてたから問題ナシ」
「そっか……なら、良かった」
「ちなみに、アンディ殿。それはいつの話だ?」
「えっ!?」
私の前方、母屋の方から聞こえてきた声に、アンディは思い切り驚いて振り返る。
いつの間に屋敷から出てきたのか、ギルバート様が母屋の玄関扉に背を預け、腕を組んで立っていた。
「だ、誰?」
「ああ、すまない。まだ直接挨拶をしていなかったな。私は、ギル。この屋敷の主人だ」
「ギルさん? あなたがここのご主人なんすね。改めまして、オレはアンディです」
ギルバート様は身分も本名も明かさず、ものすごく簡易的な自己紹介をする。
アンディは気負うことなく、軽く頭を下げた。
「ジェーンさんから療養中って聞きましたけど、病気はもういいんすか?」
「ああ、問題ない。近く療養を終えることとなった。間もなく領地に戻る予定だ」
「え、そうなんすか? じゃあ、今受けてる、屋敷の整備の依頼は」
「その件については、今後の方針を考えてある。後ほど時間を設けさせてくれ。それよりも今は、ポーションの件を聞きたい」
ギルバート様は、いつもと違ってにこりともせず、その場から動くこともなく、アンディを見据えている。
アンディは少し気圧されたようだったが、すぐに口を開いた。
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