無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

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第三部 フォレ領編

45. 初めて馬車に乗ります

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 ギルバート様、改め、ギル様のお屋敷を出発した私たちは、馬車の待つ城門前広場へ向かった。

 私の服装は、いつものワンピースに、厚手のタイツと革のブーツ。その上にベージュ色のローブを羽織り、ボストンバッグを持った、ごく一般的な旅姿だ。
 私の薄桃色の髪は少々目立つため、つばの広い帽子で髪を隠している。

 ちなみに、帽子とローブはギル様からの頂き物で、質素に見えるが、非常に良い生地である。
 私は恐縮してしまったのだが、「一緒に行けないから、守護のまじないを掛けておいた。気休め程度だが、身につけてくれると私も安心できる」と言われて、素直に受け取った。

 ジェーンさんは、いつものお仕着せの上に黒いローブを羽織っている。
 腰はもう本当に痛くないらしい。私の鞄よりも大きなトランクを持っているにもかかわらず、しっかりとした足取りで歩いている。

 城門前広場に到着するまで、ジェーンさんは私にぴったりと寄り添って、背中に手を添えながら林道を歩いた。ジェーンさんの隠蔽スキルを利用し、追っ手を撒くためである。
 そのおかげで、無事誰からも見つかることなく、城門前広場に到着することができた。あとは、馬車に乗って城門を出てしまえば、一安心だ。


 城門前広場には、馬車がいくつか停車していた。
 ジェーンさんは、私の背から手を離すと、迷わずそのうちの一つに向かう。少し大きめの馬車だ。
 馬車の横に立っている御者にジェーンさんが貨幣を渡すと、御者はそれを受け取り、懐にしまう。彼は私とジェーンさんの荷物を先に馬車に乗せると、再び外に下りてきて、私たちに手を差し出した。

「お先にどうぞ。後方の席が空いているようでございますよ」

 ジェーンさんは一度馬車の中を確認すると、私に先に乗車するよう促してくれる。私は御者の手を借りて、馬車に乗り込んだ。そのすぐ後に、ジェーンさんも乗車する。
 馬車には、他の人も乗車していた。乗合馬車のようだ。

「――例の事件がなければ、本当は、個人用の貸馬車を手配し、向かう予定だったのですが。今はむしろ、乗合馬車の方が目立たず王都を出られるため、安全なのでございます」

 席に座ったところで、ジェーンさんは手荷物で口元を隠しながら、私にそう耳打ちしてくれた。
 乗合馬車とは言っても、乗っているのは老夫婦と、母子連れだ。王都で買い物をした帰りなのだろう。食料や日用品の入った袋を抱えている。
 この馬車は隣町と王都を往復する定期便で、この時間は比較的空いているのだそうだ。

「隣町に到着しましたら、馬車を乗り継ぎ、別の町に向かいます。馬車には慣れておられないでしょうが、しばしご辛抱ください」

 ジェーンさんに微笑んで頷き返したところで、馬車の扉が閉まった。定刻となったようだ。
 しばらくして、馬車はゆっくりと発進したのだった。

「あれ、護衛の方はつかないんですか?」

 馬車が止められることなくスムーズに関所を通り抜けたことに気づき、私はジェーンさんに尋ねた。
 確か、以前市街地に行くときに通りがかった際には、外へ出る人たちや馬車が行列をなしていたはずだ。
 城壁外へ出ると魔物が出現するので、行き先や冒険者のレベルなどをチェックしているのだと聞いた記憶がある。

「この馬車は定期便で、目的地もはっきりしておりますから」

 ジェーンさんから返ってきたのは、端的な回答だった。私が全然ピンとこなくて首を傾げていると、ジェーンさんは詳しく話してくれる。

「隣町までは、街道沿いに向かうことができます。街道は通行量が多く、警備の騎士や冒険者が巡回しておりますので、魔物や野盗に襲われる心配も少ないのですよ」
「ということは……街道沿いだったら、冒険者を雇わなくても自由に出られるんですか?」
「ある程度は。ただし、日没までに目的地に着かないと予想される場合や、悪天候の日、魔物注意報が発令されている際などは、余程の理由がなければ難しいかと」
「へえ……」

 私は納得して、窓の外を眺めた。
 確かに、すれ違っていく馬車にも、歩いている人々にも、護衛らしき人が必ずしも随伴しているわけではない。
 一定の間隔で、鎧の上に白いマントを羽織った騎士たちが、馬に乗って巡回しているのが見受けられる。
 また、時折、道端で騎士と話をしている冒険者たちの姿も見えることがあった。騎士は地図を手にし、指で方角を示しながら、冒険者に指示を出しているようだ。

「あれは?」
「おそらく、道路の整備を指示しているのでございましょう。街道の舗装を直したり、障害物をどかしたりするのも、冒険者のお仕事なのでございます」

 街道は大きめの馬車が余裕ですれ違えるほど広く、馬車道も舗装されている。
 しばらく進んだところで、舗装が痛んでいる箇所があった。うまく片側交互通行ができるよう、冒険者が誘導をしている。

「冒険者さんたちのお仕事って、幅広いんですね」
「ええ。街道は、わたくしたち王国民の生活の要。王都から各方面に伸びる街道は長距離に渡りますので、騎士だけでは手が回りません。冒険者は、王国全土で、なくてはならない大切な職業でございます」

 こうして街道が管理されているおかげで、旅をしたり商品を運んだりができるのだ。
 魔物退治だけではなく、こうした作業もとても大切な仕事である。なんでもこなしてくれる冒険者たちには、本当に頭が下がる。

「ところで、体調は問題ございませんか? 乗り物酔いなどなさりませんか?」
「はい、今のところ大丈夫です」

 もっと揺れるかと思ったのだが、道路が舗装されているからか、思っていたよりも快適だ。ただ、座面は固いので、長時間乗っているとお尻が痛くなってしまいそうである。

「それは良うございました。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「はい。ありがとうございます」

 ガタゴトと揺れる一定のリズムを楽しみながら、のんびりと流れていく景色を眺める。

 街道の周囲はなだらかな平原になっていて、広く青々とした草が生い茂っている。時折大きな岩や樹木が地面からにょっきり突き出しているが、基本的に見晴らしは良く、安心感がある道だ。

 遠くには、青い稜線が続いていた。
 山の端には濃く深い雲がかかっていて、高い山は途中から消失しているように見える。頂上が雲にかじられてしまったみたいだ。

 城壁に囲まれた王都にいては、見ることができなかった景色を堪能できて、心が浮き立っていく。

「ふふ。なんだか、ワクワクします」

 車窓から見える景色は、とてものどかだ。いくら見ていても飽きることはない。
 こうして私がゆっくりと移り変わっていく景色を堪能しているうちに、最初の馬車旅は何事もなく終えたのだった。
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