無能聖女の失敗ポーション

矢口愛留

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第四部 婚約編

76. 討伐慰労パーティーです

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 私をまっすぐ見つめる黄金色の瞳に、室内灯の明かりが反射して揺れる。
 誠実な眼差しに浮かんでいるのは、緊張と不安。
 私の手に触れている長い指はかすかに震え、目元には柔らかな朱が差していた。

「ギル様……本当に……?」
「ああ。もちろん本気だ」

 震える声で尋ね返すと、ギル様は間髪入れずに即答する。
 しかし。

「私、その、すごく嬉しいです。でも……」

 私は、正直、信じられなかった。
 ギル様が本気で言ってくれているのは、強く感じとれる。
 だが――、

「……私なんかじゃ……」

 ――彼は王弟殿下で、公爵だ。
 元孤児で、無能聖女の私が、本当に彼の婚約者になれるのだろうか。
 彼の隣にはもっと、身分が高くて、頭が良くて、綺麗な女性が似合うだろう。

「私じゃ、ギル様に釣り合いません。ギル様には、もっと素敵な人が……っ、あ、あれ?」

 そう言葉にした瞬間、なぜだか私のまなじりから、つうと雫が落ちる。喉の奥がきゅっと閉まって、熱くなってゆく。

「ティーナ」

 ギル様が、私の頬を親指で優しく拭った。

「は、い」
「私は、君がいいんだ。他の誰でもない、ティーナでなくては、駄目なんだ」

 ギル様は、切ない声でそう言って、私のおとがいを指でそっと持ち上げる。
 膝に落ちていた視線がゆっくりと持ち上がり、ギル様の視線と交わった。
 彼は、眉尻を下げて、ほろりと甘く微笑んでいる。

「君にしか、触れたくない。君としか、生きたくない。私には、ティーナ――君しかいない」
「ギル様……私」
「――ゆっくりでいい。君の正直な気持ちを、聞かせてくれないか」

 私は頷いて、深呼吸をした。
 ギル様は、私が落ち着くのを、じっと待ってくれている。

「ギル、様」

 喉の奥は、まだ熱くて苦しい。
 けれど、私は、精一杯の掠れ声で彼の名を呼ぶ。
 ギル様の唇が、緩やかに弧を描いた。

「私、も……ギル様が、好きです。心から、お慕い、しています」
「――っ」

 喉を詰めながら、なんとか告げた私の想いを聞いて、ギル様は息を呑んだ。
 黄金色の瞳に、じわじわと喜色が浮かんでいく。

「わた、し。ギル様の、お隣に、いても、いいですか」
「――ああ。嬉しいよ……ありがとう、ティーナ……!」

 ギル様は、再び私を抱き寄せた。
 爽やかな香りと熱に包まれ、私の胸にあたたかなものが広がっていく。

 私も腕を伸ばして、ギル様の背中を抱きしめた。
 大きなその背は、やはり小さく震えていて、私はそっと頬を緩める。
 細まった眦から再び涙が伝ってゆき、ギル様の白いシャツに、静かに吸い込まれていった。





 ギル様がフォレ城の皆を集めたのは、翌々日の夜のことだった。

 場所は、大広間だ。
 昨日は戦えない人たちが集まって、物資の用意や救護、戦闘後には後片付けにと皆が奔走していた大広間だが、今日はすっかり綺麗に整えられ、簡易的なパーティー会場となっている。

 広間の中央には、料理や飲み物がたくさん用意されていて、自分たちで好きなものを取り皿にのせていくスタイルだ。会場の端の方には、休憩用の椅子が並んでいた。

 今回は、討伐に参加した騎士たちのためのパーティーだ。立食形式ではあるが、貴族のパーティーと異なり、ダンスをするスペースは作られていないし、ドレスコードもない。
 料理も豪快な肉料理が中心となっている。私服を持っていないからと騎士服で参加している人も多かった。

 騎士たちが皆集まった頃合いをみて、ギル様は席から立ち上がる。
 広間の奥に、ひとつだけ着席テーブルが用意されており、ギル様と役職持ちの人たち、そして私が、着席テーブルについていた。
 私たちも、ギル様に少し遅れて、椅子から立ち上がった。

 それと同時に、シニストラ卿がぱんぱんと手を打ち鳴らす。
 会場は、水を打ったように一気に静かになった。

「皆、集まったな。此度は、巨大獣ベヒーモスの討伐、ご苦労だった。全員無事にここに揃っていること、心より嬉しく思う。皆、生き延びてくれて、本当にありがとう」

 ギル様はよく通る声でそう言って、深く頭を下げる。
 私も、周りの人たちに合わせて、ギル様にならって頭を下げた。
 パチパチパチ、と大きな拍手が会場中から聞こえてきて、ギル様と私たちは再び頭を上げた。

「今回、巨大獣ベヒーモスを討伐したことで、森の活発化もかなり落ち着いたようだと報告があった。もうしばらくは小さな魔物の侵入もあるだろうが、今季はもう大きな魔物は襲って来ないだろうという見立てだ」

 魔物のボスを討伐したとはいえ、はぐれ魔物や群れの残党が襲って来る可能性はある。
 今も外で見張りに立っている騎士たちがいるが、彼らも後ほど、交代でパーティーに参加できるようにシフトを組んでいるそうだ。
 大きい魔物はもう来ないとギル様に言われて、騎士たちは皆ホッとした顔をしている。

「今回私は、守りに重点をおいて戦うことを指示した。皆が私を信じて従ってくれたことに、改めて感謝する。そして、今回このような指示を出すことを可能にしたのが、私の隣にいる彼女だ」

 ギル様に紹介されて、私は背筋を伸ばして小さく黙礼した。

「彼女は、クリスティーナ嬢。治癒魔法と治癒ポーション精製に長けた優秀な聖女であり、私の大切な、愛しい婚約者だ」

 ギル様は私に優しい目を向けて、肩をそっと抱き寄せ、ふわりと微笑んだ。
 騎士たちの間に、ほんの少しのざわめきが広がる。

 私は、「何も話さなくていい」と事前に言われていたので、ギル様の隣で静かに微笑みを浮かべた。

「彼女の話をする前に――皆には、少しだけ、時間をとって考えてもらいたい」

 ギル様はそう言って笑顔をおさめ、真剣な表情をした。
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