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第三話
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後日。
晴れて王太子となった第一王子殿下が、事情を話してくれた。
現在、私を除いて、この王国には《聖女》が一人もいないらしい。
実際に力を使うことを強要するものではないが、《聖女》の所在が分かっていて、かつ王族と懇意にしていること――それだけで、『王家は奇跡の力を手中に収めている』というアピールになり、求心力となる。
そのため、国王陛下は、第一王子殿下が立太子する条件として、《聖女》を発見することを課した。
「初めは、パメラ嬢がいずれかの……おそらく、黒の《聖女》かと思って近づいた。でなければ、良識ある男共がこんなに大量に骨抜きになるはずがないだろう」
しかし、彼女の口から出るのは、『ひろいん』とか『こうりゃくたいしょう』とか、意味の分からぬ言葉ばかり。
おかしな言動が続くのに、一向に《聖女》の力を見せる気配がなくて、殿下もうんざりていたとのこと。
「だが、これでようやく、胸を張ってアイリスの元に戻れるよ」
殿下はそう言って微笑んだ。
アイリスは口では殿下を信じていると言っていたが、これでやっと心から安心できるだろう。
「しかし、セドリック。君はどうしてパメラ嬢に侍っていたのだ? 今の君とローザ嬢の仲睦まじさを見ていると、どうしても信じられなくてな」
「……他言無用にしていただけますか」
殿下は鷹揚に頷き、人払いを済ませたところで、セドリックは口を開いた。
「私とローザには、一度別の人生を歩み、そして死んだ記憶があるのです。かつて、《魔女》が迫害されていた時代に」
殿下は形良い目を見開き、息を呑んだ。セドリックは、そのまま続ける。
「私は、前世の記憶を引き継ぎ、前世と全く同じ見目に生まれ変わりました。だから、もしかしたらアンジェも――前世の恋人も、同じ見目の女性に生まれ変わっているかもしれないと考えました」
「なるほど。その彼女が、パメラ嬢そっくりだったのだな?」
セドリックは、首肯した。
パメラとは、数年前に貴族子女が集まるパーティーで出会ったらしい。
セドリックは、彼女にアンジェリカだった頃の記憶がないことには早々に気がついていたが、記憶を引き継いだのは自分だけなのだろうと思い、大して気にも留めなかった。
しかし、セドリックの侯爵家と、パメラの男爵家では、身分が違いすぎる。
家同士の接点もなければ、政略上のうまみもない。
結局、婚約を結ぶどころか交流を図ることも叶わず、セドリックは彼女が学園に入学してくる日をずっと心待ちにしていたのだそうだ。
「私が彼女に固執してしまったせいで、真の最愛がこんなに近くにいたことに、気がつかなかった。――見ようとも、しなかった」
セドリックの端正な顔が、悔恨に歪められる。
私は、「いいのよ」と彼の腕を優しくさすった。
「……まあ、最初は『優しかった私のザックが、人の話を聞かずに相手を傷つける、とんでもないクズ男になってしまったわ』と思ってショックだったけど」
「うっ」
「でも、あなたと再会したのが、学園に入学する直前で良かったわ。おかげで、つらい期間が短くて済んだもの」
私も、パメラの顔を一目見て、「ああ、こういうことか」と納得したのだ。
だからこそ、セドリックに蔑ろにされても耐えることができた。
いつか、いつの日か私に気づいてくれる日が来るかもしれない、と。
「パメラ嬢は……親しくなってみれば、アンジェとは全然違っていた。笑い方も、話し方も、仕草も、何もかも……違和感だらけで、気味が悪かったよ。何というか、少し邪悪な、別の生物と話しているような感じだった」
「ふ、邪悪に思えるというところには、同意するよ。……もしかしたら、パメラ嬢は本当に《聖女》、いや、《魔女》なのかもしれないな」
「昔はアンジェに《魔女》の呼称は合わないと思っていましたが、今のあの女にはぴったりの呼称ですね」
結局、パーティーの後、パメラは刃傷沙汰になったことが怖くなって、実家へ帰ってしまったらしい。
殿下から聞いた話によると、「もう少しで逆ハールートに入れると思ったのに」「あんなモブ知らない……刃物なんて聞いてない」「ヒロインなんてやめて、もう普通に穏やかに暮らしたい」などと喚いて、ずっと泣いていたという。
*
それから三年。
私とセドリックは、婚約当初の冷え切った関係が嘘のように、順調に絆を育んだ。
知れば知るほど、話せば話すほど、前世の私以上にどんどん今のセドリックに惹かれていく私がいた。
セドリックも、それは同じだったようだ。
「セドリック。私、見た目はアンジェリカと全然違くなってしまったけど……それでも、私でいいの?」
「ふ、そんなの今更じゃないか?」
純白の婚礼衣装に身を包み、甘く蕩けそうな笑みを浮かべて、愛しい人は私の手の甲に口づけをする。
その手も唇も、火傷しそうなほどに熱くて、私はくすりと笑った。
「中身が君だったら、老婆でも子供でも、犬猫でも植物でも昆虫でも愛せる自信があるよ」
「まあ! 私は、あなたが昆虫だったらちょっと自信がないかも」
「はは」
私が素直にそう返すと、セドリックはおかしそうに笑った。
大好きな赤が、私をじっと見つめている。
「そうだな……俺が昆虫だったら、蜜蜂になって、毎日君に蜂蜜を届けるよ。そして、君が大好きなハニーパイを食べるのを、間近で眺めるんだ」
「ハニーパイ、いいわね! ねえ、私、久しぶりにザックのハニーパイが食べたい」
「もちろんだよ、俺のアンジェ。これからはいつでも作ってあげる」
「ふふ」
幸せに潤んだ赤が細まると同時に、私の唇に、火傷しそうな熱さがそっと触れた。
愛しい人と熱を分け合える喜びに、私の心は甘く震える。
「愛してるよ、ローザ」
「私もよ、セドリック」
リーン、ゴーン、と鐘の音が鳴る。
重厚な扉がゆっくりと開いていき、私たちは、今度こそ約束の道に、一緒に足を踏み出したのだった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
アンジェとザックが生まれ変わった理由は、ご想像にお任せします。
ただ、生まれ変わろうとしたアンジェの『器』に異世界の魂が入り込んでしまったため、アンジェの魂は、セドリックと婚約する可能性が高かった家の令嬢として生まれ変わりました。
癒しの力が異常に強まっていたのは、生まれ変わってからこれまで、一度も力を解放していなかったからです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
晴れて王太子となった第一王子殿下が、事情を話してくれた。
現在、私を除いて、この王国には《聖女》が一人もいないらしい。
実際に力を使うことを強要するものではないが、《聖女》の所在が分かっていて、かつ王族と懇意にしていること――それだけで、『王家は奇跡の力を手中に収めている』というアピールになり、求心力となる。
そのため、国王陛下は、第一王子殿下が立太子する条件として、《聖女》を発見することを課した。
「初めは、パメラ嬢がいずれかの……おそらく、黒の《聖女》かと思って近づいた。でなければ、良識ある男共がこんなに大量に骨抜きになるはずがないだろう」
しかし、彼女の口から出るのは、『ひろいん』とか『こうりゃくたいしょう』とか、意味の分からぬ言葉ばかり。
おかしな言動が続くのに、一向に《聖女》の力を見せる気配がなくて、殿下もうんざりていたとのこと。
「だが、これでようやく、胸を張ってアイリスの元に戻れるよ」
殿下はそう言って微笑んだ。
アイリスは口では殿下を信じていると言っていたが、これでやっと心から安心できるだろう。
「しかし、セドリック。君はどうしてパメラ嬢に侍っていたのだ? 今の君とローザ嬢の仲睦まじさを見ていると、どうしても信じられなくてな」
「……他言無用にしていただけますか」
殿下は鷹揚に頷き、人払いを済ませたところで、セドリックは口を開いた。
「私とローザには、一度別の人生を歩み、そして死んだ記憶があるのです。かつて、《魔女》が迫害されていた時代に」
殿下は形良い目を見開き、息を呑んだ。セドリックは、そのまま続ける。
「私は、前世の記憶を引き継ぎ、前世と全く同じ見目に生まれ変わりました。だから、もしかしたらアンジェも――前世の恋人も、同じ見目の女性に生まれ変わっているかもしれないと考えました」
「なるほど。その彼女が、パメラ嬢そっくりだったのだな?」
セドリックは、首肯した。
パメラとは、数年前に貴族子女が集まるパーティーで出会ったらしい。
セドリックは、彼女にアンジェリカだった頃の記憶がないことには早々に気がついていたが、記憶を引き継いだのは自分だけなのだろうと思い、大して気にも留めなかった。
しかし、セドリックの侯爵家と、パメラの男爵家では、身分が違いすぎる。
家同士の接点もなければ、政略上のうまみもない。
結局、婚約を結ぶどころか交流を図ることも叶わず、セドリックは彼女が学園に入学してくる日をずっと心待ちにしていたのだそうだ。
「私が彼女に固執してしまったせいで、真の最愛がこんなに近くにいたことに、気がつかなかった。――見ようとも、しなかった」
セドリックの端正な顔が、悔恨に歪められる。
私は、「いいのよ」と彼の腕を優しくさすった。
「……まあ、最初は『優しかった私のザックが、人の話を聞かずに相手を傷つける、とんでもないクズ男になってしまったわ』と思ってショックだったけど」
「うっ」
「でも、あなたと再会したのが、学園に入学する直前で良かったわ。おかげで、つらい期間が短くて済んだもの」
私も、パメラの顔を一目見て、「ああ、こういうことか」と納得したのだ。
だからこそ、セドリックに蔑ろにされても耐えることができた。
いつか、いつの日か私に気づいてくれる日が来るかもしれない、と。
「パメラ嬢は……親しくなってみれば、アンジェとは全然違っていた。笑い方も、話し方も、仕草も、何もかも……違和感だらけで、気味が悪かったよ。何というか、少し邪悪な、別の生物と話しているような感じだった」
「ふ、邪悪に思えるというところには、同意するよ。……もしかしたら、パメラ嬢は本当に《聖女》、いや、《魔女》なのかもしれないな」
「昔はアンジェに《魔女》の呼称は合わないと思っていましたが、今のあの女にはぴったりの呼称ですね」
結局、パーティーの後、パメラは刃傷沙汰になったことが怖くなって、実家へ帰ってしまったらしい。
殿下から聞いた話によると、「もう少しで逆ハールートに入れると思ったのに」「あんなモブ知らない……刃物なんて聞いてない」「ヒロインなんてやめて、もう普通に穏やかに暮らしたい」などと喚いて、ずっと泣いていたという。
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それから三年。
私とセドリックは、婚約当初の冷え切った関係が嘘のように、順調に絆を育んだ。
知れば知るほど、話せば話すほど、前世の私以上にどんどん今のセドリックに惹かれていく私がいた。
セドリックも、それは同じだったようだ。
「セドリック。私、見た目はアンジェリカと全然違くなってしまったけど……それでも、私でいいの?」
「ふ、そんなの今更じゃないか?」
純白の婚礼衣装に身を包み、甘く蕩けそうな笑みを浮かべて、愛しい人は私の手の甲に口づけをする。
その手も唇も、火傷しそうなほどに熱くて、私はくすりと笑った。
「中身が君だったら、老婆でも子供でも、犬猫でも植物でも昆虫でも愛せる自信があるよ」
「まあ! 私は、あなたが昆虫だったらちょっと自信がないかも」
「はは」
私が素直にそう返すと、セドリックはおかしそうに笑った。
大好きな赤が、私をじっと見つめている。
「そうだな……俺が昆虫だったら、蜜蜂になって、毎日君に蜂蜜を届けるよ。そして、君が大好きなハニーパイを食べるのを、間近で眺めるんだ」
「ハニーパイ、いいわね! ねえ、私、久しぶりにザックのハニーパイが食べたい」
「もちろんだよ、俺のアンジェ。これからはいつでも作ってあげる」
「ふふ」
幸せに潤んだ赤が細まると同時に、私の唇に、火傷しそうな熱さがそっと触れた。
愛しい人と熱を分け合える喜びに、私の心は甘く震える。
「愛してるよ、ローザ」
「私もよ、セドリック」
リーン、ゴーン、と鐘の音が鳴る。
重厚な扉がゆっくりと開いていき、私たちは、今度こそ約束の道に、一緒に足を踏み出したのだった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
アンジェとザックが生まれ変わった理由は、ご想像にお任せします。
ただ、生まれ変わろうとしたアンジェの『器』に異世界の魂が入り込んでしまったため、アンジェの魂は、セドリックと婚約する可能性が高かった家の令嬢として生まれ変わりました。
癒しの力が異常に強まっていたのは、生まれ変わってからこれまで、一度も力を解放していなかったからです。
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