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第二話
しおりを挟むそれからしばらくの時が経ち。
学園で主催されるパーティーで、事件が起こった。
なんと、パメラに想いを寄せる令息の一人が、刃傷沙汰を起こしてしまったのだ。
犯人は、私の友人たちの婚約者ではなく、いつも彼女を取り巻く輪の、少し外側にいた令息である。
私は彼の名前も知らなかったが、後で聞いた話によると、彼は婚約者も恋人もいない令息で、婚約者がいるのにパメラと懇意にしている者たちが許せなかったそうだ。
そして。
刺されたのは、彼の手近にいたらしい、セドリックだった。
犯人に刺されたところから赤が広がって――、
「いやあああ!」
その叫び声が、私から発せられたものだったと気がついたのは、騎士団長の令息に犯人が取り押さえられた後のことだった。
私は無我夢中で、くずおれるセドリックの元に駆け寄る。
「セドリック様! 大変、血がたくさん――」
「ぐっ……、ああ、今度は……、守れた……」
「だめ、喋らないで!」
セドリックを抱き起こして、話しかけているのは私なのに――こんな時にも、セドリックの視線はパメラに向いていた。
そのパメラはというと、間近で刃傷沙汰に巻き込まれたのがショックだったのか、顔を青ざめさせて腰を抜かし、令息たちに介抱されている。
「セドリック様……どうしよう……!」
私は、必死に彼の傷口を押さえる。
けれど、赤が……恐ろしいほどの赤が、私の指の隙間からどんどん溢れてゆく。
「……俺の、天使……、でも、約束……は、かはっ」
「だめ、だめよ! 逝かないで、お願い!」
私は必死に、婚約者に――前世からただ一人愛し続けている人に、声をかける。
いくら冷たくされても、結局彼への想いを諦めることができなかったのだ、私は。
「いやよ、だって、生きるって、一緒に生きるって約束したじゃない! お願いよ、ザック!」
――あまりにも必死で、周りの音も景色も、何もかも意識に入らなくなっていた。
だから、私は、気がつかなかった。
自分が何をしているのかも。
誰に呼びかけ、何を話しているのかも――。
「……もういい。もういいよ、ローザ嬢」
「ひぐっ、よ、良くない……っ、ザックが、いないと、私、生きられな……っ、ザック、を、助け……っ」
愛しい人を腕に抱いて泣きじゃくる私の背に、誰かの手がそっと触れた。
温かくて、力強くて――ひどく鉄臭いけれど、とても懐かしい触れ方で。
「――もう、いいんだよ。助かったんだよ。ローザ……大切な、俺の、アンジェ」
「たす、かった……?」
ようやく顔を上げた私の目の前にあったのは、端正な顔を歪めて泣き笑いをしている、懐かしくて愛おしい人の、かんばせだった。
この世界で唯一大好きな赤色――甘く柔らかに細められた彼の目には、泣きはらした私の顔が映っている。
「ああ……こんなに近くにいたなんて。俺の唯一、俺の最愛……。それなのに、俺は、君を遠ざけようとして、傷つけて……俺は……っ」
「ううん、いいのよ。私、分かってるから――」
「――ローザ嬢。君が、そうだったのか」
二人きりの世界に入り込んでいた私たちを現実に引き戻したのは、第一王子殿下の声だった。
「殿下……?」
「傷は内臓にまで達していただろう? そのような重傷まで一瞬で治してしまうとは、途轍もない力だな」
「……っ!」
殿下のその言葉で、私はようやく、自分が何をしてしまったのかに気がついた。
――私は、瀕死のセドリックに、癒しの力を使ってしまったのだ。それも、公衆の面前で。
「ローザ嬢。それほどの強力な癒しの力、ずっと隠していたのか? セドリック、君はローザ嬢の力のことを、知っていたのか?」
冷たいその声色に、セドリックが私を抱き込む力が強くなる。
私も、怖くなって震えながら、彼にぎゅっとしがみついた。
――私も、知らなかったのだ。
アンジェリカだった頃は本当に些少な力しか持っていなかったのだが、ローザに生まれ変わってから、癒しの力がこんなに強くなっていたとは。
私は、再び不思議な力を持って生まれてきたことに気がづいてから、これまで一切力を使ったことがなかった。
自身の力が露見するのが怖くて、たとえ自分や家族が怪我をしても、ぎゅっと目をつぶり見て見ぬ振りをして、やり過ごしてきたのだ。
「わ、わた、私は……申し訳……っ」
「殿下……どうか、どうかお見逃しを……」
「見逃すわけがないだろう」
殿下はぴしゃりと言い放ち、突然、ふうと息を吐き出して相好を崩した。
私とセドリックは、その「安心した」と言わんばかりの表情を見て、混乱する。
「ようやく見つけたよ、白の《聖女》。ああ、これでやっと、父上も私の立太子をお認め下さるだろう」
「え……《聖女》? え?」
「立太子……?」
殿下は、完璧な笑顔を浮かべて頷いた。
どうやら、《聖女》を見つけることが、国王陛下から課せられた課題だったらしい。
「幸い、目撃者も多数いる。ローザ嬢の力は、ここにいる皆が証明してくれるだろう。君たちは、身を清め、着替えて、ゆっくり休むといい」
周りを見渡すと、皆が目を輝かせて、私に拍手を送っていた。
理解が及んでいないのは、輪の中心でいまだ凄惨な赤色に染まっている、私とセドリックだけだ。
「あ、あの……皆さん、私が……《魔女》が怖くはないのですか?」
「はは、かつて《魔女》が迫害されていた時代ならともかく、今は《魔女》は崇められ、敬われる時代ではないか。特に、癒しの力を持つ《魔女》は白の《聖女》と呼ばれ、赤、青、黒の《聖女》と並び、非常に希少な人材だ」
その言葉に、私とセドリックは顔を見合わせた。
私は《魔女》の現状を知るのが怖くて、ずっとその話題を避けていたのだが、それはセドリックも同じだったらしい。
「事情は、後で必ず説明する。今は、湯浴みをしてくると良い」
私とセドリックは、盛大な拍手に見送られ、困惑しながら、パーティー会場を後にしたのだった。
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