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第二章 闇魔法と魔族、そして『魔女』

3-7 聖魔法の源

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 昨日と打って変わって、ウィル様は早めの時間に帰ってきた。
 それはいいのだが、今日はウィル様の馬の後ろから、一台の馬車が随伴してきている。

 客人がいるなら、ウィル様を出迎えることはできない。私は、来客が帰宅するのを部屋で待つことにした。

 少しして、ウィル様からの伝言を受け、私は昨日も利用した宿泊客用のサロンへと向かった。
 呼ばれたのが予想外に早くて驚いたが、待っていた客人の姿を見て、納得がいく。

「こんばんはー」

「……お邪魔してます……」

「まあ、アラザン様にビスケ様! こんばんは」

 あの馬車に乗っていたのは、魔道具研究室の室長と副室長の夫妻だったようだ。

 アラザン様は椅子に座ったまま軽く頭を下げる。
 ビスケ様は立ち上がって私の手を取り、簡単な挨拶を交わした。

「ミア嬢、こないだはありがとうね」

「いえ、お役に立てたようで何よりですわ」

 ビスケ様は、華やかな笑顔を浮かべてお礼を言った。私も笑顔で応対する。

「あれから忙しくて連絡できなくて、ごめんね」

「いいえ。眼鏡の開発は、目処が立ったのですか?」

「うん、おかげさまで」

 私とビスケ様がテーブルの横に立ったまま話していると、すぐにウィル様がサロンに入ってきた。

「ミア、ただいま」

「おかえりなさいませ」

 ウィル様は、私を見てキラキラの笑顔を浮かべる。
 彼は昨日と同じように私を抱きしめようとしたけれど、私は首を振ってやんわりと阻止した。さすがに客人の前で失礼である。

「……残念。でも、仕方ないか。その分、あとでね」

 ウィル様は私の目の前でそう囁いて、あっさりと引き下がる。
 だが、すぐ近くにいたビスケ様には、ウィル様の言葉が聞こえていたようだ。

「あらあらまあまあ、相変わらず仲良しねえ」

「……っ」

 ビスケ様は、頬に手を当てて、楽しそうにくすくすと笑う。
 ウィル様は平然としているが、私は恥ずかしくて顔が熱くなった。

「アラザン室長。父の準備が整ったようなので、呼びに来ました」

「……わかった……」

「ミア、俺たちは少し外すよ。ビスケがミアの話を聞きたいみたいだから、二人で待っていてくれる?」

 ウィル様の表情は、すでにお仕事モードに切り替わっている。この切り替えの早さは見習いたい。
 私は気持ちを落ち着かせて、頷いた。

「わかりましたわ。行ってらっしゃいませ」

「うん。では、室長」

「……行ってくる……」

 アラザン様は椅子から立ち上がり、ウィル様と一緒にサロンから出て行く。

「さ、座りましょうか。ミア嬢も座って」

「はい。失礼します」

 私がビスケ様の前に座ると、給仕係が古い紅茶を下げ、新しい紅茶とお茶請けを手早く用意してくれる。
 一通りの用意が済むと、呼び鈴の魔道具をテーブルに置いて、給仕係はサロンから出て行った。

「ミア嬢、あれから何か気づいたこととか、あった? 魔石に関してでも、聖魔法に関してでも、何でもいいの」

「気づいたこと、ですか」

 ビスケ様にそう問われ、私はアラザン様の呪いを解いた時のことを思い出した。
 あの時、アラザン室長はデータを見て、私の聖魔法の力が以前より増していたことを見抜いたのだ。
 その原因を尋ねられて、心当たりはあったものの、その時は言いづらくて、誤魔化してしまった。

「あの……以前、アラザン室長にも聞かれたのですが……聖魔法の威力が強くなったり、弱くなったりすることについて」

「ああ、室長にデータ見せてもらったわ。私も気になってたのよね……もしかして、何か思い当たることがあるの?」

「はい。以前から、何となくそうかなと思ってはいたのですが、母の残した日記を読んで、確信しました」


 私は、ステラ様の手記――その最後の部分に記されていたことを、思い返す。



 手記の最後の部分には、教会や聖女への疑問が記されていた。

 聖女たちは、生まれた時からほぼ一生を教会の中で過ごす。母親は同じ聖女たち。父親も、妻や娘と絆を結ぶことなく、ただ通りかかって通り過ぎていくだけ。
 ――誰も、教会に疑問を持たない。

 ステラは、ジュードと出会い、信頼のおける騎士と出会い、親切な街や村の人たちと出会い、エヴァンズ子爵夫妻と出会い――そして私と出会って、ようやく気がついた。

 心の絆こそ、聖魔法の源だと。
 心の強さこそ、聖力の器だと。

 ステラは、こう書き残している。

“――教会で聖女として治療をしていた時は、『この人・・・を助けたい』という思いではなく、『自分に課せられた務めだから』という思いで治療にあたっていた。
 もちろん、患者を救うこと自体に変わりはない。目の前の人に集中するというのも一緒だ。

 けれど、教会にいた頃は、真の意味でその人の心に寄り添っていたか?
 本当に、心の底の底から、その人を助けたいと願っていたか?

 それこそが、教会の聖女たちに足りない力なのだ。
 受け取ることを知らない者は、与えることを知らないのである。”



「――聖魔法の力の源は、心の絆、心の強さなんです。以前、聖魔法の力が弱まったのは、ウィル様の悪い噂を聞いた時。それから――ビスケ様たちと初めて顔合わせをした時です」

「あの時は、ウィル君とギクシャクしていたのよね、そういえば」

「はい。聖魔法が弱まった時には、心の中に疑念や不信感があってもやもやしていたり、悩んでいたりしました。逆に、聖魔法の力が強くなったのは……その」

 私は、一旦言葉を切ってから、告げた。

「……ウィル様を救いたいって。そばで守りたい、痛みを癒してあげたい、って気持ちが溢れた時で……」

「うんうん。それが心の絆であり、強さってわけね。つまり、聖魔法の源はウィル君への愛情ってこと――」

「あ、あの! 愛情って、恋愛感情だけではないですから!」

 私は誤解を誘う言い方になっていたことに気づき、慌てて補足した。

「オスカーお兄様の傷を癒した時も、普段より強い『治癒ヒール』が発動していたと思います。ですから、家族愛とか、そういう愛情も含めて……っ」

 私は、しどろもどろになった。
 ウィル様に抱いている想いは確かに特別なものかもしれないが、愛情の形はそれだけではない。
 ステラ様も記していたが、『その人に寄り添う』『その人を助けたいと心から願う』ことが大切なのである。
 それはつまり、相手に対してどれだけ思いやりを持てるのかとか、自分の心がいかにクリアになっていて、相手に集中することができるかとか――そういうことなのだ。

「とにかく、聖魔法には自分の心の安定が必要になるっていうことなんだと思います」

「そのための土台が、愛情ってわけね。家族愛、友愛、恋愛――確かに愛情や信頼は心を強くするからね」

「はい」

 自分の待遇を良くするために、つとめとして治療にあたる聖女たち――彼女たちの心を強くさせる源は、一体どこにあるのだろうか。
 ステラ様の手記を読んだ限りでは、私に、その答えを見つけることはできそうになかった。



 その後、私はビスケ様に、ステラ様の手記に書かれていた内容について、簡単に伝えた。
 ビスケ様は、真剣な表情で相槌を打ち、時折質問を挟みながら、最後まで私の話を聞いてくれた。

「……なるほどね。それは大変だったね」

「ええ。結局、母は父の身柄を人質に取られて、自ら教会へ向かったようです。その後、母がどうなったのかは、わかりません」

「そっか。お父様もお母様も、生きているといいね」

「……はい」

 話が終わったところで、ちょうど、サロンの扉が叩かれた。ウィル様とアラザン様が戻ってきたようだ。
 オースティン伯爵とのお話が終わったのだろう。

「お待たせ、こちらは終わったよ。そっちは?」

「ええ、おかげさまで、たくさんお話しできたわ。……あ、でも、帰る前にひとつお願いがあるんだった」

 ウィル様にそう言ってから、ビスケ様は、私とウィル様を交互に見た。

「ミア嬢にまた魔石の浄化を頼みたいのだけど、魔石は危険物に指定されているから、そのままでは外に持ち出せないのよ。申し訳ないのだけれど、また、魔道具研究室まで来てもらうことはできないかしら?」

「ええ、構いませんわ。いいですよね、ウィル様」

「そうだね……なら、俺が非番の日に、一緒に行くよ」

「ありがと、助かるわ」

 そうして、次に魔道具研究室に行く日付を決めると、ビスケ様とアラザン様は帰って行ったのだった。
 教会の動きは気になるが、じっとしていても何も変わらないし、落ち着かない。
 私も誰かの役に立つことができるのなら、それに向き合いたかった。ウィル様たちのように――。
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