15 / 36
第15話 告白
しおりを挟む「──団長っ!」
締め付けられていたように硬直していた喉が解放され、叫んだのと同時に周囲の景色は一変。本棚と机、そして椅子が置いてある部屋に変わっていた。見覚えのある一室──紛れもなく、アーレンの部屋だ。
「……っ、はぁ……夢……」
酷く乱れる呼吸を整えようと唾を呑み込み、胸元に手を当てる。昨日アーレンに襲われかけて、それからの記憶が曖昧だ。此処のベッドには誰が運んでくれたんだろう……。
「はぁ……」
もう一度横になろうとベッドに上体を倒そうとしたその時、突然腕を掴まれて身体を後方へと引き寄せられた。不意の出来事に短い悲鳴を上げ、瞼を開けると──此方を睨むように見つめるアーレンの顔が目に飛び込んだ。
「あ、アーレ……」
「団長と聞こえたが、それはルネイドのことか」
「え、聞こえ……んっ!」
そのまま強い力で後頭部を掴まれ、唇を塞がれる。抵抗しようと厚い筋肉で覆われたアーレンの胸を押し返したが、びくともせず。もう片方の手で腰も抱き寄せられ、素肌を密着させた状態に。
「ん、も、アーレン……っ」
徐々に滑るように腰から落ちていくアーレンの手。そのまま指が二つの膨らみの隙間へと滑り、身体が小さく跳ねた。
「んっ、や……っ」
身体を捩らせて小さな抵抗を見せるも、アーレンは手を離すどころか更に手付きを厭らしくさせていく。重なった陰部から彼の熱が伝わり、昨日の行為が脳裏に鮮明に甦った。
「アーレン……や、めてっ!」
「っ!」
差し込まれた舌を自らの舌で押し返し、アーレンの下唇に噛み付いた。
「お、まえ……」
小さな呻き声と共に離れる唇。うっすらと血を唇に滲ませながら、アーレンは顔を歪めて私を見下ろした。恐ろしく冷たい目付きに怯みそうになったが、掌を強く握って身体の震えを制する。
「無理矢理するのはやめて! こんなことを続けるなら、アーレンとは二度とそういうことしないから!」
「……」
私の言葉にアーレンは唇を閉じたまま黙り込み──刹那、大きな溜め息を吐き出した。そして私から僅かに距離を取るように身体を離し、顔を横に背ける。
「アーレ……」
「そうか。ならばお前には二度と触れない。口付けは勿論、抱き締めるのも止めとしよう」
「えっ、あっ」
アーレンは淡々と言葉を吐き出すと、戸惑う私を無視して瞼を閉じ、小さな寝息を立て始めた。身体を揺らしても、腕を引っ張っても動かない彼に、心の中に小さな焦りが生まれる。
「あ、アーレン、無理矢理はして欲しくないって言っただけ、触って欲しくないなんて言ってない」
必死に訴えるも、アーレンは言葉を返さず、瞼を閉じたままだった。彼の腕を掴む手が次第に小さく震え始める。
「ねぇ、お願い、触らないなんて言わないで、わ、私、私……」
反応を何も返してくれないアーレンに、目頭が熱くなっていき──瞳から大粒の涙がボロボロと溢れ落ちた。彼を呼ぶ声も震え始め、言葉が言葉とならなくなっていく。
「あ、アーレ、お、願い、アーレンが見てくれな、かったら、触ってくれなかった、ら、誰も、誰も、私を」
溢れ出す悲しみが心の中をかき乱し、流れる涙に拍車をかける。嗚咽を漏らし、顔を両手で覆って子供のように泣きじゃくったその時、身体を温かな感触が包み込んだ。
「リズ、何故そんなに泣く」
頭上から落ちてきた低く穏やかな声。鼻を啜りながら顔を上げると、眉を僅かに顰めるアーレンの顔が霞んだ視界に映った。アーレンは私の身体を再び抱き寄せ、頬を伝う涙を親指でそっと拭う。
「……アーレ、ン。触らないなんて言わないで、お願い、お願い」
「……リズ」
未だ頬を伝う、止まることを知らない涙。アーレンはそれを唇で掬うと、鼻先同士をそっと重ね合わせた。少しでも動けば唇が触れてしまいそうになる距離に、吐息が微かに震える。
「悪かった。二度と言わない。だから泣くな」
優しい音色で言葉を紡がれ、近くにあった唇が更に近付く。
「……ほ、んとう?」
「ああ。何故お前はそんなに不安を感じるんだ」
アーレンはどこか切なさを奥底に秘めたような瞳を向け、私の唇に親指で触れた。そんな彼の頬を両手で包み込み、涙と共に唾を呑み込む。
「私ね……人からこんなに触れて貰えたのは初めてだったの。こんなに真っ直ぐに気持ちを向けられたのは初めてだったの。此れが愛されることだって自惚れていたのかもしれない、けど……」
「……リズ」
アーレンは藍色の瞳を細めると、優しく口付けを落とした。唇から広がる彼の体温に、胸の奥から愛しさという名の感情が溢れ、身体が小さく震える。アーレンは重なった唇をゆっくりと離すと、再び私をじっと見つめた。
「自惚れではない。愛している。お前と言う一人の人間を」
「アーレン……」
彼の口から告げられる言葉に涙を溢し、再び触れるだけのキスを交わす。そして、互いの身体を強く、強く抱き締め合った。
「私も好き。大好きよ。真っ直ぐに愛をぶつけてくれる貴方が好き。愛しているわ」
心に存る気持ちを有りのままに、言葉に乗せて伝える。触れ合ったアーレンの頬が僅かに動き、身体は抱き合ったまま顔だけを離される。
真っ直ぐに向き合うようにして熱の籠った瞳で見つめ合い──どちらからともなく、顔を近付けた。
閉じられた瞼により遮られた視界。
そして、唇から伝わる温もり。
アーレンの体温に身を委ねる中、ふと数日前の記憶──自国の騎士団から偵察に行く前の出来事が、脳裏に甦った。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
2,463
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる