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1話
しおりを挟む群れに馴染むのは苦手だ。
誰かの命令で動くのはもっと苦手だ。大嫌いだ。どこかの群れに属せば、窮屈な安全が得られる代わりにリーダーの言いなりにならなければならない。他人のために餌を確保し、縄張り争いを繰り返す。
俺には無理だ。たとえ孤立しようとも、早死しようとも、一人自由に生きたい。自分が食いたいものを腹いっぱい食って、自分が寝たいところでのんびりと寝る。
誰かのために生きるだなんて、真っ平御免だ。
***
いつものように食い物を手に入れようと訪れた裏市場。群外れの黒豹獣人と人間の混血種でも堂々と歩けるこの無法地帯は、俺にとっては生命線を繋ぐ重要な場所だ。ここは政府から承認されていない依頼──闇取引で大金を手にすることができる。
くそ面倒くせえ保護団体が騒ぐからと駆除することが認められていない害獣を秘密裏に始末したり、時には仕事上で目障りな人間を消してほしいと依頼されることもある。本来であれば取り引き相手は人間を対象としていることがほとんどだが、限りなく人間の姿に近い俺であれば、尻尾と耳を隠せば上手いこと事を運べる。
今日は気紛れに訪れた砂漠地帯の魔獣を討伐して賞金を手に入れた。群がっていたハイエナ達を追っ払ってやったこともあり、依頼主が色もつけてくれている。
久し振りに手に入れた大金。
今日はたらふく飯が食える。
自然とニヤける口元を抑えながら路地裏を歩いていると、側にあった塵箱が独りでに倒れた。
カランカランと円盤の蓋が転がっていき、雪崩れるように溢れ出す食い物の残骸。そのまま横切ってしまえと思ったが、屑物に紛れてぴょっこりと顔を出した一際でかい物体が行く先を阻んだ。
「くぅん」
ゴミが情けない声を漏らした。犬みてぇに鳴いた。思わず顔を顰める。背中をみっともなく震わせて、足をよじ登ろうとする小汚い物体。何だ。何なんだ、こいつは。
俺は無理やり物体を剥がし取った。
「くぅんくぅん」
ガラス玉みてえに透き通った瞳。なにかを嗅ぎ取るようにヒクヒクと痙攣する小せえ鼻。全身を覆う灰黒色の体毛。丸みを帯びた俺の耳とは違う三角耳。
こいつ、まさかとは思ったが、狼の子供か。
「はっ、捨て犬か」
あらかた、面倒を見きれなくなった親に捨てられたのだろう。貧困の差が激しいこの国では別に珍しいことじゃない。そして、俺がこの子供に同情してやるほどの心の広さもない。
手首にしがみついてひっきりなしに鳴く子狼を容赦なく塵箱に放り込んだ。
「きゃうんきゃうん」
一度は遠ざかった子狼の声がまた近付いてくる。小走りしても道を逸れても後をついてくる。冗談じゃない。今日は飯のついでに女も買っていく予定だったのに、こんな糞犬に付き纏われたら思うように行動もできねぇ。
「ついてくんな、クソガキ!」
しつこい狼を蹴り飛ばしてやろうと思うや否や、振り返ったと同時に右肩に衝撃が走った。呆気にとられたのも一瞬、右手にしっかりと握り締めていたはずのあれがないことに気が付く。
「よう、スザク! この金は返してもらうぜ!」
「っ!」
この声は、もしかして。
そう思ったときには遅かった。昼間に鉢合わせたハイエナ獣人共が屋根上で下品に嗤っている。奴等の手には俺が持っていた金が握られていた。
「ちっ、面倒くせえ……」
ハイエナの相手をしていたら正直切りがない。無駄に体力を消費するし、万が一金を奪い返せても、執念の塊である奴等はしつこく迫ってくる。
仕方ないが、今日は諦めて──
「きゃんきゃん! うぅー!」
俺の真後ろにいたはずの子狼が突如としてハイエナ達に唸り始めた。全く以て迫力はないが、鼻筋に皺を寄せて威嚇をしている。
届くはずもない距離にいるハイエナ達に向かって吠えては何度も飛び跳ねて。終始その光景を見ていたものの、子狼が足を見事に踏み外して側溝に落ちたところで重い腰を上げざるを得なかった。
「ぶははは! なんだよスザク! 一人が寂しいからってとうとう薄汚い子犬まで拾ったのか!」
「いやいや、もしかしたら隠し子かもしれないよぉ?」
「狼と黒豹もどきの異種交配かよぉ! 相手は選べって……ぶふっ!」
とりあえず煩わしいハイエナ達に塵箱を投げつけて黙らせた。このまま住処に戻ってもよかったが、さすがに溝に嵌まったまま死なれたら目覚めが悪い。
さっきまで威勢よく吠えていた子狼を口に咥え、獣へと身体の形を変える。いくらしつこいハイエナでも黒豹の脚では追いつけないだろう。
この子狼は適当にどこかで捨てて、家に帰ってさっさと寝よう。
今日は厄日だ。
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