【R18】悪女と冴えない夫

みちょこ

文字の大きさ
9 / 16
第2章 悪女らしい妻

9話 sideエイヴァ

しおりを挟む

 その瞬間は不意打ちであった。

 貴婦人達の窮屈な話し合いから脱しようと、エイヴァが廊下へ出ようとしたそのとき。大広間の奥から歩いてくるアルフィーの姿が見えたのだ。

 その日は狙ってアルフィーに会いに行こうとしていた訳ではなかったので、エイヴァは焦りに焦った。手に握ったハンカチは滲み出た脂汗でびっしょりだ。
 エイヴァは幼少期から器用な人間だと称賛されてきてはいたが、想定外の出来事にはめっぽう弱い。

 普段はアルフィーに毎日でも会いたいと願っていたにもかかわらず、エイヴァは逃げるように中庭へと走った。

 (ど、どどどどどどうしよう……)

 エイヴァはドレスの裾を掴んで小走りし、周囲を見渡す。目についたのはアイビーに囲まれた四阿。ひっそりとした無人の空間にエイヴァは迷わず駆け込んだ。

『ここまで、くれば……』

 大丈夫。と思ったが、エイヴァの考えは甘かった。奥から聞こえてくるのはザッザッと土を踏む足音。明らかに誰かがこちらに近寄ってきている。
 エイヴァはあたふたとベンチの影に隠れたりしゃがんだりしたが、どう足掻いても不審者にしか見えないので大人しくベンチに座ることにした。

 緊張で吐きそうになるのを堪え、エイヴァは俯いたまま拳をきゅっと握り締める。

『あっ、あ、あのっ、これ……』

 声が、聞こえた。
 聞き間違うはずがない。顔を見なくてもすぐに分かる。これはアルフィーの声だ。

 エイヴァは取り澄ました顔を装い、ゆっくりと顔を上げた。

 (なっ)

 ──何と、可愛らしい………!!

 と男性に対して抱く印象としては不適切な言葉をエイヴァは心の中で叫んだ。背は伸びてはいるが、真正面からよくよく見てみると顔はまだ幼さが残っている。少年と青年の間を彷徨う神の愛し子、もしくは天使なのだろうか。誇張表現はしていない、決して。

 エイヴァは心の中で天使のアルフィーを褒め称えつつ、うっかり落としていたらしいハンカチを受け取る。

『……ありがとうございます』

 こうして出会えたことに感動が込み上げ、涙さえ出てくる。声も分かりやすく震えてしまった。
 一方のアルフィーは困ったように目を逸らしたりと、挙動不審な動きをしている。

 どうしよう。ストーカー行為を働いていたのがバレているのかもしれない。これ以上付き纏うななんて言われたら泣いてしまう、きっと。

 内心怯えたエイヴァだったが、アルフィーが取った行動は想定外のものであった。

『こ、これ、よかったら食べてください!』

 突然差し出された小袋に包まれた焼き菓子らしき食べ物。
 どうしていきなり、とエイヴァは戸惑ったが、アルフィーはそのまま『失礼します』と一言だけ残してその場を去ってしまった。

 (一生、大切にしよう)

 エイヴァは高価な宝石に触れるように、焼き菓子を両手で包み込む。ついでに受け取ったハンカチの匂いを入念に嗅ぎ、二度と洗わないことを誓った。

 そんなこんなで初恋を拗らせに拗らせてしまったエイヴァだったが、アルフィーと再会するまでの道程は険しく。彼が他の家の娘との縁談が来ていると耳にした日はショックで食べ物が喉を通らなくなり、また縁談が水に流れたと聞いた日には不躾ながらも小躍りするほど喜んでいた。

 勿論、エイヴァも結婚の話は少なからずあったが、すべて丁重にお断りしていた。
 彼女を溺愛する父は『一度婚約破棄されたことで心に深い傷を負ったんだな』と違う方向に勘違いしていたようだが、おかげで事が詰まることはなく。エイヴァの裏工作が功を奏したのか、三年後にはアルフィーと婚約するにまで至ることができた。

 ちなみに結婚式は大変だった。
 アルフィーに対する想いを押し殺すことで必死だったのだ。

 燕尾服を纏ったアルフィーはすっかり大人の身体になっていたが、それでも可愛いことには違いない。緊張している顔も可愛い。焦って挙動不審になるところも可愛い。間違えて誓いの口づけを先にしようとした時には、心臓発作を起こして死ぬかと思ったものだ。

 もちろん、初めての口づけをした後は二度と唇は洗わないことを(以下省略)。

 初夜に関してはアルフィーは緊張していたのが一目瞭然。自分の一物を上下に擦りながら泣きそうになっている姿を前に、思わずぎゅっと大きな身体を抱き締めてあげたくなったが、片思いの期間が長引き過ぎたせいもあり、ついエイヴァは素っ気ない態度を取ってしまった。 

 その後も『笑った顔が見たい』と可愛い顔で言われたり、不意打ちで夜に誘われたり、いきなりキスしてきたりと、想定外の行動を測るアルフィーに翻弄されてきたが、興奮して鼻血が出てしまった件を除いては大人の女性として上手く対応できていたつもりだ。
 ──と、エイヴァはこっそりと使用人に扮して騎士団本部でアルフィーを見守りながら、自分に言い聞かせていた。




 
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...