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幕間
13.5-1話 侍女は見た※
しおりを挟む「やだ、結局何もいないじゃない。もぉー、無駄に肩凝ったわ」
髪を一つにきっちり纏めた背の低い侍女が、いかにも退屈そうに大きく背伸びをする。一方、新入りの背の高い侍女は顔を真っ青にさせたまま、必死に首を横にぶんぶんと振り続けていた。
「ほ、本当に聞こえたんですって! 絶対に何かいますよっ」
「あんたの気のせいでしょ。心残りがあるならあとは自分一人で探しなさい、ほら」
背の低い侍女は洋燈を新入り侍女に押し付け、振り返ることなく書斎を後にする。取り残された新入り侍女は泣きそうな顔で「ふぇぇ」と情けない声を漏らした。
田舎に妹と弟達を残し、出稼ぎのために王都へと赴いて約ニ年。真面目に仕事に打ち込んできた甲斐もあり、名の知れた家の使用人となるまでには成長できた。
ここで使用人としての仕事を放棄してしまえば、首になってしまう可能性もある。どこか裕福な家の美形子息に見初められ、玉の輿に乗る夢も泡となって消えてしまう。
新入り侍女は妙な正義感と不純な夢への想いに駆られ、書斎の奥の開かずの間の扉に手をかけた。
「ひっ、あんっ」
なんか、聞こえた。
はっきりと耳に聞こえた。
幽霊にしてはやけに色っぽいというか、淫らというか、卑猥な声というか。
「ほら、アルフィー様。頑張って」
「も……もぉ、無理だよ……エイヴァ、許して」
「そんな可愛い顔で言っても許しません。昨日みたいにもっと激しく腰を動かしてください」
「お、俺、初めてみたいなもんなのに……」
「私だって同じです」
この声は明らかに幽霊ではない。
幽霊がこんな会話をするわけがない。するとしたら腹上死した夫婦か恋人の地縛霊くらいだろう。
新入り侍女の心音は別の意味の胸の高鳴りへと変わり、冒険心をそそられていく。新入り侍女は扉のわずかな隙間からその奥の光景を覗き込んでしまった。
「あっ、エイヴァ……だめだ、そこは」
「旦那様。とても可愛いです」
暗闇に近い密室空間にいたのは、二人の男女。床に胡座をかいた男の上にプラチナブロンドの髪の女が跨っている。はっきりとは見えない。見えないけれど、重なった二人の陰部からはぐちゅぐちゅと水音が漏れている。
いくら経験のない侍女でも、二人が何をしているかは明白だ。
「あっ、ああっ」
「アルフィー様……好き。好きです。大好きです。誰よりも深く愛しています。旦那様を誰にも渡したくない」
「エイヴァ……」
快感に呑み込まれていく男に、女は追い打ちを掛けるように耳元で独占欲に満ちた愛を囁く。男は背を向けて顔は見えないが、女はおそらくエイヴァだ。ということは、相手は言わずもがな彼女が呼んでいる名の通り家の主であるアルフィーだろう。
人間ブリザードと使用人達から恐れられているエイヴァのあられもない姿に、侍女は思わず息を呑む。
「あっ」
目が、合った。
青い瞳がこちらを向いた。アルフィーの腰に両脚を絡めたエイヴァは、侍女の姿に驚いている様子は見受けられない。それどころか目を細め、口元を微かに緩めて、そして。
「……っ!」
しっ、とエイヴァは微笑みながら自らの唇に人差し指を充てがった。
侍女は耳の付け根まで顔を真っ赤に染め、コクコクと何度も頷く。ここにいてはまずい。状況を察した侍女は、逃げるようにその場を走り去った。
(びっくりした、びっくりした……!)
侍女は口元を両手で抑えながら、小走りで地下の廊下を駆け抜ける。高揚感に身体が蝕まれ、両手が震えていた。
普段は冷徹なエイヴァのあんな姿を見るのは初めてだ。おそらくこの屋敷の中の使用人であの姿を知っているのは自分だけだろう。
冷めきらぬ興奮に一度落ち着こうと、侍女が深呼吸をしようとしたそのとき、どこか遠くから獣の唸声のような音が聞こえた。
「……ケテ…………タス、ケテ…………」
この声はどこから聞こえるのか。
何も考えずに走っていた矢先、侍女は見知らぬ場所に辿り着いていた。
まるで異空間のようにひっそりとした場所。ぽたぽたと天井から垂れる水音だけが反響している。なんとも言えないほど不気味なところだ。
こんな場所に鉄格子で覆われた部屋などあっただろうか。まるで牢獄みたいだ。侍女がふと頭の中で疑問を浮かべた刹那、鉄格子の奥から突如現れた謎の化け物がガシャンと頑丈な扉を揺らした。
「おいいいい、助けてくれぇぇぇぇ!!」
「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
よくよく見れば化け物ではなく、ただの素っ裸の男なわけだったが、それでも驚かないわけがない。侍女は男の声に負けない金切り声を上げ、死に物狂いで地上へと続く階段を駆け上った。
「おい、待てっ、行かないでくれ! 目が覚めたらどうしてかこの場所にいたんだ! 頼む、頼む、誰が助けてくれぇ!」
誰もいなくなった地下に響き渡る悲痛に満ちた男の叫び声。彼の助けに応じる者は誰一人としていなかった。
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