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第3章 二人の選択
13話 sideテオ
しおりを挟むいつまでも幸せな時間は続かない。
二人を乗せた汽車は鉄槌を打ち付けるような音を響かせて動きを止める。最終駅に辿り着いたことを理解したクリスタは、別れを察したのか、今にも泣きそうな顔をしていた。こんな状態では一人駅に置いていくことなんてできやしない。
「クリスタ。おいで」
テオはクリスタの手を握り、コール方面の乗降場へと向かう。
軍用列車には一般人は乗ることができない。彼女に見送られるくらいなら、自分がクリスタを駅まで見送ろう。そう思ったテオは、途中停車した汽車にクリスタを乗せようとしたが、彼女はとうとう泣き出してテオから離れようとしなくなってしまった。
(やはり、こうなってしまった)
ほとんど人がいないホームのベンチへ腰を下ろし、腕にしがみついたまま離れないクリスタを抱き寄せて頭を撫でる。
優しくしてしまえば、後々辛い想いをさせてしまうことは分かっていたのに。最後の最後で辛うじて保てていた張りぼての情けない意地が崩れてしまった。
こうならないようにと、クリスタにとってただの冷たく酷い人間で終わらせるはずだった。なにも話さないまま戦地へと旅立って、二度と会わないようにするつもりだったのに。
一層のこと、クリスタを連れて遠くへ逃げてしまおうか。いや、今更だ。自分がここで逃亡すれば、代わりに誰かが犠牲になる。それに国に見つかってしまえば、自分だけではなくクリスタにも危害が及ぶかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。
もっと早く、クリスタへの気持ちを自覚していればこうならなかったのだろうか。父の死を省みず、母の血の滲むような願望を踏み躙り、クリスタと幸せになる道を選べていたのだろうか。
──いや、この期に及んで、何を自分の中で言い訳しているのだろう。
クリスタを最後まで抱かなかったあの瞬間から、覚悟は決めていた。
「……あっ……」
真っ黒な獣のような不気味な汽車が、灰色の煙を撒き散らしながら目の前で止まる。他の車体より一際大きなそれは、終わりの時を知らせるように汽笛を鳴らした。
迎えの汽車が来てしまった。
クリスタと別れる時間だ。
「っ、あっ」
テオはクリスタから手を離し、覚悟を決めたように立ち上がる。背後から必死に呼び掛けるクリスタの声が聞こえたが、振り返らずに汽車の入り口まで向かった。
「……すいません。あの金髪の女の子、後でコール方面の駅まで送っていってくれませんか。一人で帰らせないでください」
「え?」
「よろしくお願いします」
テオは側にいた駅員に金を握らせる。一瞬だけ視線を後方へ向けると、別の駅員に止められながらも必死にテオへと手を伸ばすクリスタの姿が見えてしまった。わぁわぁと泣きながら汽車に乗ろうとするその姿に、テオは目を伏せてその場から逃げるように車内の窓際へと逃げ込む。
「──て、お……!」
ドンドンと硝子を叩く音と共に、窓に遮られたか細い声が聞こえる。それが誰なのか見なくても分かってしまう。心臓を抉られるような痛みに耐えながら視線を逸らしていたが、張り裂けそうなクリスタの声に堪らず窓をガラリと開けてしまった。
「クリスタ」
両腕を伸ばすクリスタを窓越しに抱き締め、頬に唇を強く押し付ける。クリスタは「いかないで」と何度も口にし、陽の光に煌めく瞳から大粒の涙をこぼした。
「クリスタ、ごめん。俺、行かなくちゃ」
「いや、いや。テオ、おねがい、いかないで」
「ごめん」
どうか、他の人と幸せになってほしい。最後の最後でその言葉が出せず、泣きじゃくるクリスタを抱き締めることしかできなかった。
「テオ、好き、あなたのことが、好き」
「……クリスタ」
「なにがあっても、この先ずっとずっと待ってる」
「……クリスタ、俺は」
テオの返答は鼓膜を突き抜けるような発車のベルの音に遮られる。
死刑宣告を受けたように絶望的な表情を浮かべるクリスタを更に抱き寄せ、涙に濡れた唇を奪った。
こんなときでさえ、自分はクリスタに愛していると言えない。
いつか消え失せてしまうかもしれない愛を彼女に誓うことができない。
「テオ……」
触れ合わせた唇から温もりとか細い声がこぼれ落ちていく。
好きだった。健気で一途に想いを伝えてくれるクリスタを愛してやまなかった。話しかけたときはいつでも嬉しそうに笑みを綻ばせ、会えなかった日は泣いてしまうほどに落ち込んで、そのまた次の日に会えたときはいつも以上に喜んで。素直に感情を見せるクリスタが愛おしくて堪らなかった。
「うっ、っ、テオ……」
行かせたくないと訴えるようにクリスタは必死にテオの首にしがみついていたが、汽車の振動の弾みで滑るように離れていく。唇から最後の温もりも消えていく。
「テオ、あっ、あぁっ、まって」
動き出す汽車に合わせて走り出すクリスタ。なんとか離れないようにとテオは彼女の小さな手を握り締めていたが、無情にも汽車は速度を増していく。クリスタは嗚咽と共にはっはっと息を吐き出し、朝は寒いからとテオが着せた外套の裏側に空いた手を滑らせた。
「テオ、これ、こ、れ」
握り締められた白い手から冷気を纏った小さな箱を手渡される。テオが箱を掴み取ったのと同時に、クリスタの行き先が鉄の柵に阻まれる。二人の距離は一気に突き放された。
「クリスタ……っ」
あっという間に遠ざかっていくクリスタの姿。涙で霞む視界の中、クリスタを最後まで瞳に捉えようとテオは窓から上体を乗り出す。彼女が完全に見えなくなってしまってからも、テオは目を凝らし続けた。
「うっ……」
しばらくの時を経て、クリスタは目元を手で覆いながら床に崩れ落ちた。人々が眉を顰めて凝視してきたものの、構わず涙を流す。
子供のように吃逆を上げては声に出して泣いて、藍色の瞳から伝う雫を何度も手で拭った。
「クリスタ……クリス……タ……愛している……」
誰よりも大切だった彼女の名を繰り返す。今になって愛の言葉を呟く。ぽつりと涙の雨が降りそそぐ中、クリスタから手渡された包み箱から小さな音が聞こえた。
──小さい頃から聞いてきた懐かしい音楽が。
「……っ?」
テオは息を呑んで箱を見つめる。音の邪魔にならないように丁寧にゆっくりと包み箱を開く。テオの瞳に映し出されたのは、星屑を鏤めたような輝きを放つ自鳴琴。繭に覆われたように籠っていた音が一粒ずつ流れ、古城の夜会で奏でられた曲となって紡がれた。
おそらく手作りなのであろう括り付けられた紐をテオは震える手で握り締め、クリスタからの贈り物を口づけるように口元にあてがう。貨物が詰め込まれた空間に消えかける一人の青年が啜り泣く声とそれを包み込む旋律。
薄灰色の煙を漂わせた汽車は、二つの声と音を隠すようにして遥か遠方の地へと消えていった。
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