【R18】あなたに愛は誓えない

みちょこ

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最終章 あなたに愛は誓えない

14話

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 雲一つない澄み切った蒼穹は、いつの間にか憂愁を秘めた茜色の空に変わっていた。柔らかな赤みを帯びた日射しにいざなわれるように、クリスタは線路の先を見据える。汽車の煙の痕すら消えてしまった光景を、ひたすらずっと。

「あの……お嬢さん」

 いつまでも立ち尽くしたままのクリスタを見兼ねたのか、駅員の一人が遠慮がちに声を掛ける。

「あんた、コール方面の汽車に乗らなくちゃいけないんでしょう? 早くしないと最後の一本が発車しちゃいますよ」

「……いえ」

 肌を刺すような風が北の方角から吹き付ける。クリスタはテオの匂いがかすかに残った外套を指先で握り、後ろを振り返った。

 夕陽に色付いたクリスタの髪が、ふと風に浮かぶ。彼女の瞳から、もう涙はこぼれ落ちていなかった。


「──私が帰る道は逆方面です」









 ❈ ❈ ❈  ❈  ❈ ❈ ❈❈❈❈❈❈❈










 クリスタがテオと別れてから五年の月日が流れた。永遠にも感じられた隣国との戦争は終わりを告げ、クリスタの暮らす国にも平和が訪れた。数週間前の戦争終結の号外を手にした人々が未だに街で喜びの声を上げる中、質素な仕事着を纏ったクリスタはぼんやりと窓の外を眺める。

「クリスタ。あんた、またボケっとしているね。仕事は終わったのかい?」

 後頭部にコツンと硬い感触が当たり、クリスタは我に返る。振り向いた先には、片手に箒を握り締める書房の店主であるシエナの姿があった。

「そんなに男が気になるならまた駅に行ってくればいいさ。店番は任せな」

「いえ……昨日も行かせて貰ったので。それになにかあったら、アメリアさんが知らせてくれるはずですから」

「ふん。じゃあさっさと仕事をしな。五年前にあんたを雇ったときから言っているが、働かざる者食うべからずだよ」

 深々と溜め息を吐き出しながら、シエナはクリスタに箒を押し付けた。クリスタはこくりと頷き、曲がった腰を押さえながら店の奥へと向かうシエナを見送る。

 かつて自分が住んでいた屋敷から遠く離れた場所にある街の小さな書房。クリスタは五年前からそこで住み込みで働き、生計を立てていた。二年前にクリスタの居場所を突き止めたアメリアを除いては、彼女の居場所を知らない。もちろん、クリスタの父親も。
 父親の元に帰ってしまえば、テオ以外の男と結婚させられることは分かっていた。

 クリスタは『ずっと待っている』と一方的にテオに誓った約束を守るために、一人で生きる道を選んだのだ。

「……っ?」

 チリンと鈴の鳴る音が響き渡り、クリスタは顔を上げる。まだ開店前なのに、一体誰が扉を開けたのだろう。もしかして、近所に住むモリスがまた顔を見せに来てくれたのだろうか。
 クリスタは足の悪いシエナの代わりに扉まで走り、早朝の来客を確かめようと扉の奥を覗き込んだ。

「──えっ」

 視線の先にあったのは、自分と似た瞳の色の壮年の男の姿だった。

 男はクリスタを目にするなり口角を歪に上げて、唖然とするクリスタを抱き寄せる。昔、クリスタが子供の頃にそうしたように。

「あぁ、私の可愛いクリスタ。会いたかった」

 耳元で囁かれる声に、クリスタは震えた。
 五年ぶりに再会してしまった父親の腕の中で。

「おっ、お父様、どうして……」

「この数年間、必死に探したんだよ。会えて良かった」

 父親の両腕がクリスタの身体に雁字搦がんじがらめの鎖のように巻きつく。どこにも逃がさないと、鷹のように鋭い目が言っている。不意にクリスタの背中が恐ろしさでゾクリと粟立ってしまった。


 父親は瞳を半月のように細めると、クリスタの頬を両手で包み込み、薄い唇をゆっくりと開いた。


「──クリスタ。テオに会いたいだろう? 今から会わせてやる。だから、私と一緒に来なさい」





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