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最終章 あなたに愛は誓えない
15話
しおりを挟む──テオに会わせてやる。
その言葉にクリスタの視界がぐらりと大きく揺れる。同時に脳裏に焼き付いていたテオとの別れ際の記憶が心臓を握り潰す。
(テオが生きている。生きて、いる……)
クリスタの潤んだ瞳の奥に、幻想のテオの姿が映る。父親はテオが屋敷を経った日と同じ笑顔でを浮かべて、クリスタの白い手を引く。後ろから必死に呼び止めようとするシエナの声は、クリスタには届かなかった。
❈ ❈ ❈ ❈ ❈ ❈ ❈❈❈❈❈❈❈
父親に連れて行かされた先は、街の郊外にある森林に囲まれた白い建物だった。淀んだ空気を伝うように醸し出される薄気味悪い雰囲気に、クリスタはごくりと息を呑み込む。
こんな場所にテオが本当にいるのだろうか。
「クリスタ。こっちだよ」
父親は戸惑うクリスタの腕を引き、建物の中へ踏み入る。白で統一された外衣を纏った人間が廊下を忙しく歩く中、父親は無数に並んだ部屋の一つの前へ一直線に向かった。
「さぁ、おいで」
ガラリと音を立てて扉が開く。家具や小物、余計な物は何一つ置かれていないあまりにも殺風景過ぎる部屋。その中央の寝台に、人の形をした何かが規則的に動いていた。膨らんでは萎んで、必死に呼吸をしているように見える。
クリスタは一瞬だけその場に立ち止まり、そしてすぐに父親の手を振りほどいて走った。
「──テオ!」
両腕を広げて、全身を白い包帯が巻かれた彼に抱きつく。唯一肌が晒された顔も片眼は被覆材で覆われ、もう片方の瞼も伏せられている。クリスタはテオの頬を両手で包み、涙を流しながら呼び掛けた。
「テオ! お願い、起きて! 起きて……」
瞳からこぼれ落ちた涙がテオの鼻先を濡らしていく。
わずかに呼吸の漏れる唇に口づけても、テオは名前を呼び返してくれない。目の下の陰りを擦っても、瞼を痙攣一つさせない。
眠りの世界に取り残されたまま意識を手放してしまったテオを抱き締め、一枚の薄い布越しに顔を擦り寄せた。
そんなクリスタを背後から見ていた父親は、悲しみに震える彼女の肩に両手をそっと乗せる。
「あぁ、可哀想なクリスタ。テオは憎き敵国の人間に片目を短剣で斬られて、右足を散弾銃で数発浴びせられてしまってね。戦地から戻ってきて以来、意識がないんだ。もしかしたら歩くことも儘ならないかもしれない。綺麗な顔も傷がついてしまったよ。あぁ、本当に残念だねクリスタ」
なにかに反応するように、クリスタの肩がかすかに揺れる。
クリスタは逸る動悸を抑え込むように息を呑み、ゆっくりと立ち上がる。振り返った彼女の瞳の奥には哀情に紛れて猜疑心が滲み出ていた。
「……お父さま」
「ん?」
「……テオは本当にずっと意識を失っていたの?」
「ああ」
「……なら、どうしてテオが短剣や散弾銃で怪我を負わされたと分かるの?」
クリスタの問い掛けに、クリスタと父親とテオの三人だけがいる空間が殺伐とした雰囲気へと様変わりする。
他の人からそう聞いたんだ。クリスタはそう返答が戻ってくることを心のどこかで期待していた。けれども、違った。
父親は口角を吊り上げたまま瞳を細め、クリスタへと一歩近づき、そして。
「──クリスタ。昔と違って察しが良くなったな。お前は」
今までに聞いたことのない身体の芯まで凍るような声が、頭上からクリスタを捉える。クリスタが顔を上げようとするや否や、抉るようにみぞおちに衝撃が走り──ずるりと彼女は床に崩れ落ちる。
霞んだ視界に最後に映ったのは、歪な笑顔を浮かべる父親の姿だった。
「おやすみ、クリスタ。お前の二度目の花嫁姿、楽しみにしているよ」
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