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兵長の憂鬱
水門襲撃事件
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「ツァルニ? ツァルニッてば。目薬の時間だよ」
シヴィルの声で顔を上げた。むかしの事を思い出し、書類の字もぼやけて目の焦点が合ってなかった。心配そうにうかがう青年の手にはミナトから渡された目薬が握られてる。見たこともない薬について言及しようとしたら、シヴィルがかすめ取り定期的に執務室をおとずれる。
急かされて眼帯を外しソファへ横になった。矢を受けてケガした右目へ液体を垂らされ、うれしそうな笑顔が映る。
「眼球の傷もなくなったし、そろそろ眼帯を外していいかも。僕のこと見える? 」
「ずいぶんクリアに見えるようになった」
「無理しちゃダメ、ただでさえ働きすぎなんだからね! 」
4つ年下の若者に膝枕で忠告されて苦笑する。
「……さっき、なに考えてた? 」
真顔になったシヴィルは俺の顔を包み、とつぜんの行動に対処しきれなくて呆然と見上げる。接近した唇は重なるまえにノック音にかき消された。
けたたましく入室した部下が来訪者を告げ慌てて身を起こす。頭突きを喰らったシヴィルが顔をおさえてうずくまった。
定例の検分の日、詰め所では港町の監察官が待っていた。
「久しぶりだな、ツァルニ」
「キケロ? 文官になったのか? 」
同期で貴族のキケロは兵士だったが、戦争をきっかけに辞め文官へ転身したらしい。今年は戦争があったうえに例年より気温が低く、農作物が不作だとこぼしながら資料をまとめている。
品種改良した小麦は戦火を逃れた。寒さに強いものを試験的に植え来年の春先には穂がみのる。さらなる改良に必要なぶんを採取して、のこりは出荷することを伝えればキケロは驚嘆した。
「文官になってからツァルニの名前をたびたび聞く、最近はヴァトレーネで働きたいってやつも増えた。もし帰ったら話を聞かせてくれよ。同期とも飲みにいこうぜ! 」
港町へ帰っこないのかと尋ねられて俺は言葉を濁す。心へわずかなしこりを残してキケロを見送った。
「あいつ、誰? 」
ソファへ腰かけ目をつむると耳元でシヴィルの声がした。いつも2重3重にネコをかぶった彼は時どき牙を隠そうともしない。理性に抑圧された性、森のくらやみにひそむ凶暴な息づかいが耳たぶへかかる。
ただの同期だと伝えてもシヴィルは不服そうだ。ため息を吐いた俺が理由を訊いたら年相応の顔にもどっていじいじ呟く。
「だってさ、ツァルニ変だし。あいつに何か言われたのかと思って……」
ほかの誰にも見抜けない俺の表情がどうして判るのだろう、とりあえずキケロが原因で無いことを言いきかせて納得させた――――はずだが、夕食後もシヴィルにまとわりつかれる。
その夜はいつもより激しかった。
ベッドの熱気はまわりの冷気を押しかえす。発達しきっていない未完成な体が覆いかぶさり、アンバランスに大きい手のひらは荒く肌をまさぐる。猛った雄は激しく内奥を突き、のけ反った俺のノドへ痛みがはしった。
「――――っっ!! 」
「どうして話してくれないの? 僕だって守れるよ……」
暗闇に失せるちいさな呟き。
灰色の青年は白い熱情を吐きだし、汗とブドウ酒のにおいに酔った俺も熱を吐きだした。ぼんやりする頭の片すみで体液にまみれた毛布の洗濯のことを考える。明日も早起きして夜の痕跡を消せばいい。
どうせ、朝になれば覚えてもいない。
ひどい悪寒と鈍痛がする。
こんなに体調が最悪なのは戦場で負傷したとき以来、熱っぽい体を起こせばドロドロの毛布とシヴィルは消えていた。憂うつの材料がふえて痛む頭を押さえる。探しにいく気力もないが、その内ひょっこりと現れるはずだ。
食事をすませたころ水道に異常があると報告を受けた。普段ならシヴィルを向かわせるが姿が見えない、イリアスに頼めばよかったけど体調の悪さも相まって判断が鈍った。
水路を確認しにいくだけ、手の空いてる新兵2名を連れて出発した。
人為的に壊された跡を見つけ、ラルフと建てた水門が気になり馬の足を向ける。水門への道にさしかかったとき賊に出くわした。新兵1人をヴァトレーネへ逃がし応戦する。
山賊にしては戦闘に手なれていた。ボロ布のフード姿だが統制と連携のとれた帝国兵と同様の戦いかた、兵くずれの傭兵あるいは貴族の私兵。
矢が刺さり暴れた馬から新兵が落ちた。まわりにいた賊がいっせいに襲いかかってくる。吐きそうなくらい気分は悪いけど訓練してきた体は無意識にうごく、ひとりひとり確実に敵を屠った。
焦燥した賊は、地面にたおれた新兵へ剣を突きつける。
「こいつがどうなってもいいのか!? 」
本来なら帝国兵へ人質など愚問、だが俺は剣を止めてしまった。詰めの甘い俺は袋叩きにされ、縛られて水門の倉庫へ転がされた。いっしょに連れてこられた新兵は無事だったけれど意識はない。
「巡回がきたら知らせろと命令したはずだ! 襲撃して連れてこいなんて言ってない! 」
「見られちまったんだ仕方ねーだろ! 殺して水門ごと川に沈めちまえば証拠は残らねえよ! 」
俺を連れてきた賊と指示役らしき男が揉めている。どうやら水門を壊すことが目的でリスクのたかい帝国兵の殺害はふくまれていないようだ。態度から察するに賊のほうは傭兵だろう。
注意されて舌打ちした男は俺の髪をつかみ、腹いせに殴られて衝撃がはしる。血のからんだ唾を吐いて睨みつけると唇をゆがめてニヤつく。
「……オマエ、いたぶりがいがありそうだなぁ。死ぬまえにオレの楽しみに付き合え」
時間を稼ぐために目的を尋ねたが答えは暴力で返ってきた。殴打で口は切れ、衝撃で頭がグラグラゆれて気分が悪い。
着ていたチュニックを裂かれ、ざらついた手のひらが肌を撫でまわす。ノドの噛み痕を発見した奴は狂喜の笑みをうかべた。
「おやぁ? 見た目によらず中身は爛れてるのかなぁ? 」
衣服を裂いた手はズボンのベルトを外し、足のつけ根をたどって股間のものをさすった。ざらつく手の感触に不快さは増したけど体へ力がはいらない。シヴィルに付けられた痕を見られたくなくて身をよじれば賊は舌なめずりした。
「いい顔するなぁ、薬漬けにして売ってやろうか? お前みたいな”男”を抱きたがる金持ちも結構いるんだぜ。じっくり確認してやるからせいぜいヨガれよ」
「おいっ! 遊んでないで仕事しろっ」
見かねた指示役の男は大声をあげ、いっしゅん目が合って逸らされる。水を差された賊は気だるそうにため息を吐き、水門の支柱へ可燃物を詰めこみはじめた。
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