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極悪チャイルドマーケット殲滅戦!四人四様の催眠術のかかり方!

「キリン幼稚園での護身術教室開催」

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「キリン幼稚園での護身術教室開催」
  2023年9月1日、まだまだ夏の暑さは残り、気温は35度を超える日が続くが、子供たちは長い夏休みが終わり、二学期が始まる最初の登校日の「始業式」を迎えた。久しぶりのクラスの友達との再会を楽しみに子供たちが楽しそうに登校している。
  夏休みの宿題の工作や課題の大きな荷物を持ち、前がよく見えずにふらふらしている子もいるので、交差点で子供たちが横断歩道を渡りきるまで、信号で朝の通勤車や商業車等を四人で黄色い旗を持ち整理して見守っている。
  稀世たち、ニコニコ商店街と大阪ニコニコプロレスのメンバーは、当番制で朝夕の登下校時間の見守り活動をしている。稀世と商店街役員会の会長で「女黄門様」と呼ばれ、七十三歳にして元気はつらつ、合気道の達人の菅野直(かんのなお)と大阪ニコニコプロレスの夏子と陽菜(ひな)が当番だった。「稀世お姉ちゃん、おはよー。」、「直さん、おはようございま―す。「なっちゃん、陽菜ちゃん、おはよーさーん!」幼稚園から中学生までが始業式に出るために、日焼けした顔で元気に挨拶していく。
  朝の元気な子供たちの笑顔を見るのが、稀世は大好きだ。子供たちの屈託のない瞳を見ていると元気をもらえる気がするし、来年、長女のひまわりが幼稚園の制服を着て登園する姿を想像したりするのが楽しい。
「今日は、始業式だけやから、十時半くらいに、帰りの見守りやな。」
  稀世が、直と夏子、陽菜に話していると、スマホが鳴った。時刻は八時二十分、地域情報の臨時メールだった。
「稀世姉さん、なんやったん?」
陽菜が尋ねた。
「うん、隣の町で全裸の男の変質者が出たみたい。逃げられてしもたみたいやから、ここの中学校の校区内も気をつけてくださいってさ。いくら暑いからって、朝から全裸って堪忍してほしいなぁ。はぁ…。」
ため息を落とし、稀世が答えた。
「私は、マッチョなイケメンの全裸男やったらウエルカムやけどな。」
夏子が笑いながら、勝手に想像してモジモジしている。
「夏子、アホなこと言うな。冗談はお前の頭の中だけにしとけ。マッチョなイケメンだろうとハゲデブやろうと子供にしたらすごいトラウマになりかねへんねんぞ!そんなやつはわしの前に出てきたら、二度とそんなことできへんように徹底的に成敗したるでなぁ。今から隣町行ってしばいて来て、市中引き回しにしたろか。かっかっかっか!」
と直が夏子を怒りつつも笑っている。
「もう直さんまで、アホな話せんといてや。じゃぁ、次は「十時半に集合。」なっちゃんと陽菜ちゃんは、遅刻しないように!」
稀世が仕切って、朝の登校時の見守りは終了した。

  午前十時半、下校時間の見守りに稀世は向日葵寿司を出た。地元の幼稚園児で徒歩通園の子が親と同伴だったり、小学生の低学年の子供たちが友達同士手をつないで次々と帰ってくる。みんな笑顔だ。久しぶりのクラスメイトや先生との再会を十分楽しんできたのが想像でき、稀世も自然と笑顔がでて「みんな気を付けて帰りや。」、「寄り道したらあかんで。」、「明日も元気な顔見せてや。」と声をかけると、「稀世ちゃん、次の試合いつ?応援行くで―!」、「今日の子ども食堂の夕ご飯なに?」、「いつも見守りありがとー!」と返してくれる。 
  事件は、十時四十分に起こった。稀世たちの見守り担当の交差点の奥で幼稚園児のグループの悲鳴が上がった。帰宅中の子供たちの前に、朝、地域情報の臨時メールで連絡があった隣町で現れたという全裸男が出現したのであった。門真市駅近くにある同じ市営住宅に住む小学一年生で門真総合病院の看護師「みゆき」を母親に持つ奥村凛(おくむらりん)と五歳の幼稚園児でアメリカ人の父を持つハーフの明日香・ルースに全裸男が抱きつこうとしていたのだった。
  ニコニコ見守り隊の四人は、偶然通りがかった、こども食堂の顔なじみで凛の兄あるで小学五年生になる奥村武雄に、交通整理用の黄色い旗を預けた。
「武雄君、しばらくここの交通整理任すで!」
と言い残すと、稀世は、凛と明日香の悲鳴が聞こえた方向に駆けだした。直、夏子、陽菜もそれに続いた。
 約50メートル先の児童公園では、全裸男の前で、明日香が尻もちをつき、震えていた。凛は、ひるむことなく縦笛を男に突き出し、明日香と男の間でにらみ合っている。
「きさまー、凛ちゃんと明日香ちゃんに何をした!ゆるさーん!」
公園のフェンスをサイドフリップで飛び越え、稀世が現れた。
「稀世お姉ちゃん!この裸の男の人がいきなり明日香ちゃんに抱きついてきてん!」
凛が叫んだ。明日香は、よほど驚いたのか泣きじゃくっている。
 全裸男は、稀世と後ろを走ってくる直、夏子、陽菜を見て逃げる体勢に入った。さっと踵を返し、稀世と反対側の公園のフェンスをよじ登って逃げ出した。
「おい!やすやすと逃がすかい!」
稀世がフェンスを半分上った全裸男の背後から腹に腕を回した。
「稀世お姉ちゃん、ジャーマンスープレックス決めたれ!」
凛の声と同時に、きれいな円弧を描いて稀世の体と全裸男は後ろに反り返り、男の後頭部から肩にかけて公園の芝生の上に叩きつけた。
「稀世お姉ちゃん、次はムーンサルトドロップや!」
「おっしゃ!任せとけ!」
仰向けに倒れた全裸男に、空中でくるっと前方に半回転した稀世の体が背中から男の上に落ち、男は「があっ!」っとうめき声をあげる。
「稀世お姉ちゃん、次はトップロープからのフライングダブルニ―ドロップで決めたって!」
「おうよ!」
稀世は、一気にフェンスの上段のふちに二歩で駆け上がると、振り向きざまに男の腹の上に両膝を落とした。男は、口から泡を吹き、動かなくなった。
「なんや、稀世ちゃんひとりで片付けてしもたんかいな。ちょっとはわしにも残しといてくれなあかんやないか。年寄り走らすだけ走らせてなんも無しはきついでなぁ…。」
と直は、倒れた男の頭を蹴り飛ばした。直の蹴りで一瞬男が意識を取り戻したのを陽菜が見て、
「あっ、まだ動いてる!ラッキー!」
と言って全裸の男の股間に蹴りを入れた。男は、股間を押さえもんどりうった。
「陽菜ちゃん、あかんやん、余計に動き出したで!最後の締めは私から!それ、とどめの「十万ボルトー!」ビリビリーっ!」
すっかり縮み上がった男の股間にスタンガンを何度も当てた。その度、「ビクビク」と男が痙攣するのを見て、「ケラケラ」と笑っていた。稀世は、泣いている明日香を抱きしめ慰め、明日香のことを体を張って守った凛には、「えらかったね!凛ちゃんもニコニコ商店街の守り神に認定やな。」と頭を撫でた。
 直が110番するとすぐにパトカーがやってきた。稀世たちと顔なじみの刑事の坂井三郎が降りてきて、倒れた男を確認した。股間のスタンガンにより赤く腫れあがったみみず腫れと男が片手でさする肋骨を坂井が押すと男が呻いたのを確認して、
「軽いやけどに…、たぶん肋骨はひびが入ってますね。いくら、犯罪者相手とは言え、ちょっとやりすぎですよ。次から、注意してくださいね。下手すりゃ、「過剰防衛」になってしまいますよ。直さんがまでついてて…。今回は、良しなに処理しておきますけど、もう堪忍してくださいよ。」
 救急車が来るまで、坂井から稀世と夏子と陽菜は説教を受けた。
「稀世ちゃん、坂井さんはああ言ったけど、気にせんでええで。わしらは子供らを守ったんや。これに懲りたらあいつも二度とこの町ではあんなあほなことせえへんやろ。まぁ、わしの足が稀世ちゃんより早かったら、三人の出番はなかったわけやしなぁ…。さあ、もう十一時や。ランチタイム始まるから、戻ろうか。旗振り任せた武雄と明日香を守った凛のお昼は、わしが奢ったるから、一緒に向日葵寿司行こか。」
直は、凛の手を引き歩き出した。凛に「ほんまはわしが一番強いんやで。」と愚痴っていた。

 午後一時半、十二時過ぎからの突然の大雨で客足は完全に止まった向日葵寿司で稀世が暖簾を片付けようとしていると、直が駆け込んできた。
「稀世ちゃん、明日香の通う「キリン幼稚園」から今日の事件を受けて明日、全園で「防犯教室」をやるらしいねん。それに合わせて「護身術教室」やってくれへんかって依頼があったんや。もちろんやるやろ?来年には、稀世ちゃんとこの、ひまちゃんもキリン幼稚園行くことやし、幼稚園自体にそういう防犯意識持たすのはええと思うねんな。」
「えっ、なにそれ?直さんが子供に合気道教えはるの?」
「いや、それは、幼稚園児にはちょっと厳しいから、一般的な護身術をニコニコプロレスで教えてやってほしいねん。ちょっと、まりあちゃん、呼んでくれへんか?」
 カウンター席で直がビールを飲んでいると、まりあがやってきた。
「三朗、ランチ三人前や。まりあちゃんに二人前な。あとグラスをもうひとつくれるか。」
と注文をすると、大阪府警作成の、「いかのおすし」と大きく書かれた幼児向けの防犯啓蒙チラシをカウンターに開いた。三朗が出したグラスをまりあに渡し、ビールを注いだ。
「まりあちゃん、昨日、わしらが登下校の見守りで変質者逮捕した話を聞いてると思うねんけどな。明日香が襲われてんけど、まぁ、凛が頑張ったおかげで大事にはなれへんかったんや。凛は、わしのとこの教室にも通ってるし、稀世にも懐いてええ根性しとるからな。今回は、明日香の通ってる「キリン幼稚園」から、簡単な幼稚園児でもいざというとき身を護る護身術教えたって欲しいっていう依頼なんや。
 ちょっと力貸してくれへんかなぁ。幼稚園児でもつかえる効果的な技とか考えたってくれへんか?夏子と陽菜にミニスカポリスの格好で幼稚園で教室でも開けたらなぁって思ってな。」
「えぇ、それは、全然かまいませんけど。そりゃ、幼稚園児相手やったら、ニコニコプロレスのジャージで行くよりミニスカポリスの方がええと思います。さすがに私は、もうよう着んけど、あの子らやったらボランティアで行かせますよ。」
「さよか、そりゃ助かるわ。そこで、まりあちゃんの意見聞きたいねんけど、どんな技がええのかなぁ?」
 そこから、白熱した直とまりあの格闘談義が始まった。「あーでもない」、「こーでもない」と幼稚園児が大人に襲われる状況を想像し、それに対抗する幼稚園児でもできる防護技をいくつか挙げて行った。大雨のせいで店がすいていることもあり、三朗が暴漢役で何度も直に襲いかかる役をやらされ、まりあが考えた技で痛い目を見た。
「まりあさん、これ、直さん相手やないといかんのですか?もう、直さんに抱きついたり、羽交い絞めにしてお返しに痛い目にみるのは堪忍してくださいよ。稀世さん相手に代えてもらえませんか?」
三朗の泣きが入った。
「なんじゃい、わし相手じゃ嫌なんかい!ほれ、三朗、特別にわしの元Dカップのおっぱい触らしたろなぁ。当時は、ニコニコ商店街一の看板娘で、アグネスラムと張り合う巨乳やったんやぞ!」
と三朗の両手を自分の胸に無理やり触らせた直に三朗がキレた。
「アグネスラムって…。直さん、もう七十三歳やないですか。気持ち悪いもの触らせんとってくださいよ!」
と言った瞬間に、三朗の体は、直の小手返しで一回転し店の床に叩きつけられた。
「おい、三朗!「気持ち悪いもの」ってなんやねん!お前しばくぞ!」
と言われた。
「直さん…、それ、逆セクハラですよ…。」
力なく半泣きで言う三朗の姿を見て稀世は笑った。(サブちゃん、頑張れ!後で私がサブちゃん襲う役で、いっぱいいいことしてあげるからな!)心の中で三朗を励ました。まりあと直と三朗の実地試験は小一時間続き、あらかたのプログラムが決まった。直がキリン幼稚園に電話すると、「善は急げ」とばかりに防犯教室と護身術教室は、明日の昼からに開催されることとなった。

 9月2日午後一時半、ミニスカポリス姿の夏子、陽菜と直でキリン幼稚園で防犯教室が開かれた。
  陽菜がノリノリで大阪府警の幼児向けパンフレットを使い「いかのおすし」教えた。
「さあ、みんな「いかのおすし」のチラシを見てねー!ニコニコ商店街のミニスカポリス陽菜お姉ちゃんと一緒に読み上げるよー!
  せーの「しらないひとにはついて「いか」ない!こえをかけられても、くるまには「の」らない!しらないひとにつれていかれそうになったら「お」おごえをだす!こえをかけられたりおいかけられたら「す」ぐににげる!怖いことにあったり見たりしたら、すぐにおとなに「し」らせる!」やでー。みんな覚えたかなー!」
「はーい!」
 たくさんの幼稚園児を前にして、いつもと違った顔を見せる陽菜を見て、直は(陽菜、なかなかやるやないか。こいつ、舩阪君との結婚を前にして、なんか「夢」見とんな。それに比べて夏子は、スマホばっか見やがって…。)と思った。夏子は、幼稚園に入るなり、「若いイケメンの先生でも居ったらと思ってついてきたけど、女の先生とおじいさんの先生しかおれへんやんか…。いくらイケメンでも五歳児ではなぁ…。」と愚痴をこぼしていたのを直は聞いていた。
 夏子がすっかりやる気を失っていたので、直は、仕方なく急遽、稀世に「「犬阪(いぬさか)警察」の制服に着替えて、キリン幼稚園に来るように。」と呼び出した。園長先生から、「この間、明日香ちゃんを悪者から助けてくれた、「ニコニコ商店街最強の不死身のお姉さん」こと「稀世お姉さん」が来てくれましたよー!みんな拍手―!」と大げさにコールされ、園児たちの前に立った。日頃、子ども食堂に来てくれている園児たちから「稀世お姉ちゃーん!」、「カッコいいー!」とエールがかかった。
 稀世は、大阪府警のパンフレットに沿って、「ホイッスル&大声」の講習を行った。園児もノリノリで楽しく防犯教室のプログラムは進んでいった。
「さあ、みんな大きな声で「きゃーっ」って言ってみようね!」
「はーい!」
「大きな声を出すにはイメージが必要でーす。さあ、想像してねー。はい、お母さんやと思って思いっきり抱きついたら「ハリネズミ」やったー!」
「きゃーっ!」
「はーい、大きい声が出ましたね。次いくよーっ!しっかり想像してねー!はい、あまーい野菜ジュースやと思って飲んだら、「激辛のタバスコ」やったーっ!」
「きゃーっ!」
と大いに盛り上がった。(稀世ちゃんの例えって幼児相手になんか一本も二本もズレてんなぁ…。あれで、ひまちゃんはまともに育つんか?やっぱりひまちゃんは、わしが育てなあかんな…。)直は思った。
  そして「こども110番」の商店街の店を紹介し、最後に園児たちに、「悪い大人に捕まったらこうするんだよー!」とまりあが幼児でもできる効果的な技として「指折り」と「噛みつき」を教えた。やる気ゼロの夏子を直が指名し、悪者をやらせた。夏子は、人差し指を抜いた厚手の手袋で園児たちを後ろから羽交い絞めにし、園児が人差し指を両手で持って思いっきり手の甲の方に倒し、指を折った後、親指付近に噛みつくというシミュレーションを明日香が代表して行った。
 陽菜が出しゃばって、「金蹴り」を教えようとしたが、園長先生から顰蹙(ひんしゅく)を買い、速攻、実演「不可」の意見が出て、教室は無事に終了した。

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