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13、焚火の歌
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寛いだ様子で世間話に興じたり、のんびりと手綱を握る面々を眺めながら、馬の歩みに揺られる。
森の中の王都に生まれ、多くの時間をそこで過ごしてきた己にとって、木々の屋根は馴染み深いものだ。それでも、こうして遮るもののない空がどこまでも広がる景色は、何度見ても不思議に胸が躍る。
隊のしんがりに着いて馬を並べる、隣のアギレオをふと振り返れば、よく寝ただろうに、否、だからなのか大欠伸している。その口から長い牙がのぞいているのを眺め。
「野営すると言っていたな。場所の見当がついているのか?」
アガ、と欠伸を噛み殺し、アギレオが頷く。
「ビーネンドルフに向けて真っ直ぐ行きゃ、夕方の前には森の端にぶつかる。森でも端なら深過ぎもしねえし、薪も水もあっからな。そこで飯食って雑魚寝して、また夜明けに出りゃ昼前には着くって算段だ」
なるほど、と今度はこちらで頷いて返す。また前に向き直そうとして、ふと、隊列を見守るアギレオの横顔に目を留めた。
眼差しは柔らかく、上げるとまではいかなくも、口角は緩い。
ああ、と。己も彼らへと目を戻しながら、腹に隠すように息をつく。
「いけ好かない」「柄の悪い」「猛獣」同然の悪党といえばそうかもしれない。
けれど、この男はいつも、砦とそこに住む彼らの暮らしを第一にしているように見える。眦を和らげるその胸中は一体、どんなものなのか。
いつか尋ねてみようと考えながら、楽しげな彼らの様子に己も口元を緩めた。
アギレオの目算通り、日の傾く頃に木々の間へと入り、ここにしようと程良い場所を見つけて馬を留める。手分けして薪を拾ったり、水を汲んだりする声があちこちに散り、ようやく自らの足で地を踏む心地に、自然と身体も軽く感じる。
「ハルー、なあハルー」
今行く、と呼ぶ声に声を返し、馬が歩き回って迷わぬための簡易柵を組み終えて、皆が集まり始めている輪へと足を急がせた。
「火ィつけてくれよぉエルフゥゥ」
「魔術見せて! 魔術!」
要領良く積まれた薪を前にわくわくとばかりに要望され、グッと詰まる。
「…魔術は…あまり得意ではないんだ……」
唸るように言いながら火打ち石を借り、枯れ草に火の粉を移してから、その前に膝を着いて詠唱する。時と恵みを運ぶ風に祈り、呼びかけ、力添えを乞う。
チカチカと明滅する枯れ草に手を翳せば、己の周りから駆け寄るような風がいくつも吹いて、小さな火種をまたたく間に煽る。
ボゥ、と音すら立てて大きくなった炎に人間達の歓声が上がり、胸を撫で下ろしかけるところに、ええ~と声を上げるのは獣人達だ。
「火打ち石使った! ズルだ!」
「火球じゃねえのかよぉぉ」
「エルフがズルしていいのかよ」
上がる火に細い薪をくべながら、逆の手で額を擦る。
「…全てのエルフが魔術師になれるわけではないんだ…。…ケレブシアのような有能な魔術師は少数だぞ…」
ククッと喉に転がすように笑う音が聞こえて振り返り、さもおかしいというようにこちらを見ているアギレオに、肩を竦めてみせ。
「ほらお前ら、遊んでたらあッつう間に夜だぜ。魔術の苦手なエルフがわざわざつけてくれたんだ、火ィ絶やすんじゃねえぞ」
追い打ちのように皮肉をしっかりと足すアギレオに口角を下げ。やれやれと頭を振りながら、調理の手伝いへと向かった。
砦の女性達が用意してくれたシチューは、たっぷりの肉や野菜を山羊の乳と香草でまろやかにまとめ、傷まぬようにだろう、普段よりも少し濃いめの味付けがされている。
火を囲み、シチューを取り分け、少しのエールを皆で分け合って賑やかに腹を満たす。
夜の帳が下りて、辺りもすっかり暗くなる頃には口数も少なくなり、あちこちで欠伸が混じり始めているのに頬を緩める。
「眠るといい。私が起きていよう」
ふわあ、と、返る声すら欠伸にかき消されそうなのを聞いて、思わず笑ってしまい。
「お前一人で寝ずの番決め込むこたねえぜ。あっちはあっちで、これからってツラだしな」
半分寝そべって火に薪をくべているアギレオが顎で示すのに、獣人達の方を振り返る。少し離れた場所で肩を寄せ合い、何か相談しながら森の深い方を窺っているのに、瞬いて。
「何かあるんだろうか?」
尋ねる先のアギレオが、さあなと肩を上げるのに、もう一度首を捻って彼らの様子を眺め。
「俺たちにゃ聞こえねえ音が聞こえるそうだからな。獲物の気配でもあんのかもな」
「なるほど。狩りに行くのだろうか」
と、言った途端に獣人達が振り返った。
彼らの声が聞こえないこちらの声が、彼らには聞こえるのか、と、今し方アギレオから聞いたばかりの話に得心する。
含むような笑みを浮かべながらこちらへと戻ってくる獣人達を、おかえり、と火の傍に迎えた。
「行かねえよぉぉ。狩りに行ったら見張りにならねえだろぉぉ」
なにか企むことでもあるよう薄笑いを浮かべているが、黒髪に黒い瞳をした獣人――ナハトは、ほとんどいつもこのような面持ちだ。
確かに。と、瞬くところへ、行かないと言ったナハトに、狐の獣人のフランが頷く。
「なに獲ってきても、さばいて食うにゃ時間もいるし、食わねえで持ち歩くようにするならもっと掛かるし」
道理だなと相槌を打っていれば、グリグリと首を回しながら、ナハトがアギレオににじり寄っている。
「夜に森に入るとそわそわすんだよぉぉ。なんか歌えよ海賊ゥゥ」
「なんでだよ。お前が歌やいいだろ」
寝そべってエールのカップを傾けながら、眦を崩しているアギレオに首を傾げる。
「俺は踊りてえんだよぉぉ」
「そういえば、西の大陸からこちらに渡るのに海賊をやっていたんだったな。歌はお手の物か?」
以前にアギレオ自身から聞いたことがある、と、思い出しているそばでもう、タン!タン!タン!と、ナハトが足を踏み鳴らし、フランとベルが、笑いながらそれに合わせて、腰掛けている倒木をカップの底で叩いている。
「もう少し静かにやるといい」
楽しそうではあるが、つい先ほど眠りについた者もいる。
つられるように頬を緩めながら言えば、獣人達が顔を見合わせ、それ自体を楽しむよう、動きを縮めて小さな音で拍子を取り始める。
「―― Levanta la vela alto! Rema esos remos! hasta que se te caigan los brazos!」
不意にその、眠る者たちを気遣うひそやかなリズムを煽るよう、節のついた耳慣れぬ言葉が飛び込んできて。
声の方を振り返れば、面白がるよう片頬を吊って笑いながら、アギレオが歌っている。
そうか、西の言葉だと思うのと、言葉の意味が聞こえるようになるのが同時。なるほど船乗りの歌なのだろう、帆を上げろ、櫂を漕げと励ます節を繰り返し、間に脅したり、宥めたりすかしたりするのが面白い。
繰り返す同じ単語は真似やすい。随分と適当ながらも、ナハトとベルが両手を組み合わせ、おどけて踊り、フランが手足を伸びやかに動かして不思議なステップを踏んでいる。
次第に卑猥な言葉が混じり、物騒なことを喚くようになるアギレオの歌と、いよいよ軽やかに火の周りを踊る獣人達に、噴き出しそうになるのを堪えながら、頭を振ってみせる。
「こら、大人しくやれと、」
ザッと、音がしたかと思えば。
いつの間に目を覚ましたのか、人間達もめいめいに身体をひねったり、飛んだり跳ねたりしながら歌っている。
ただひとり、どこ吹く風といった体でいびきをかいているベッカーだけが大人しい。
「Levanta la vela alto! Rema esos remos! hasta que se te caigan los brazos!」
帆を上げろ、櫂を漕げと、それだけは何度も繰り返す節に次第に声が揃いはじめ、指揮を執るアギレオが実に絶妙に誘導して、ベッカーのいびきに合いの手を入れさせるのに、皆が腹を抱えて笑う。
いびきの伴奏がついた西の海賊の歌に手拍子を添え、獣人と人間とが歌って踊って楽しげに火の周りを巡るのを眺める。
そうして夜明けまで続くかと思うほど続いた踊りも、疲れてきたのか最初の一人がつまずいて、隣の者を道連れに転がり込むのを皮切りに総崩れとなってしまう。肩で息をし、まだそれぞれにケラケラと笑いながらまた火のそばに腰を下ろすのに、手を叩いて讃え。
「意外だね、お頭、歌上手いんだ!」
「ホントに外国語だったな。西から来たっての、出任せじゃなかったんだなあ」
どういう意味だ、と、気を悪くした風ではなく、眦に皺を寄せてアギレオが笑う。
「ほら、寝とかねえと明日馬から落ちるぜ」
寝ろ寝ろ、と声だけで追い立てられ、はーいとかへーいとか、それでも充分疲れただろう、今にもまた欠伸の混じりそうな声が返っている。
「ねえ、エルフも歌を歌うだろ? なにか歌ってよ」
毛布をかぶりながらカルラから声を掛けられ、思わず眉を上げ。ふむ、と、少し唇を擦る。
「エルフ語の歌しか知らないんだが、それでもよければ」
いいよいいよ、と楽しげに頷かれ、アギレオにまで“やれよ”とばかりに顎をしゃくられ、焚き火の火を小さくしながら歌い始める。
森の奥、その向こう、川に船を浮かべて、と語り始める、馴染んだ旋律を唇に乗せ。
船に乗り込むエルフ達、それを見送る別のエルフ。数千年より尚も前、川から海へ、海から別の場所へと去ってしまった仲間を、見送るエルフが歌った歌。
静かで美しいその景色と、去りゆく者達への祝福。やがて見えなくなってしまった姿を求めるよう、水が流れるばかりの川の美しさを見つめて、また歌う。
海賊の歌とはまた違う、冗長で静謐な調べ。
歌い終えるのに声を潜め、寝息に変わってしまった面々を見渡して、少し吐息を緩め。隣から聞こえた欠伸に、振り返る。来いよ、と腕を回して引き寄せられ、寝そべるアギレオの腹を背もたれにするよう座り直して。
「さすがエルフの歌だ、バッチリ眠くなるわ。…どんな歌だったんだ?」
眠るといい、と、手をやって髪を撫でてやり。
「昔々、エルフにとっても、記憶よりも遠く、記録さえ色褪せ伝承になるほどの昔だ。最初のエルフが船に乗り、エルフのための国へと去ってしまうのを、別のエルフが見送る歌だ」
「なるほどなあ、それでなんとなく、しんみりしてんのか」
声は欠伸混じりに、もう瞼が落ちてしまっている。睡魔を煽るように、頬から瞼を撫で。
「そうだな。とても寂しいと、けれど、行かずに残る理由があると歌っているんだ」
「へえ…」
なんて?と、問いを返しているつもりなのだろう、語尾はもう、寝息に溶けて。
身をひねるようにして背を屈め、歌詞のまま、エルフの言葉で耳元に答えを囁く。
また身を戻せば、眠っている者達が危なくないように火を小さくまとめて。予想外に短い時間でスッキリと起きてくる獣人達に交代での休息を勧められるまで、薪の火に爆ぜる音を相手にしばしの時を過ごした。
森の中の王都に生まれ、多くの時間をそこで過ごしてきた己にとって、木々の屋根は馴染み深いものだ。それでも、こうして遮るもののない空がどこまでも広がる景色は、何度見ても不思議に胸が躍る。
隊のしんがりに着いて馬を並べる、隣のアギレオをふと振り返れば、よく寝ただろうに、否、だからなのか大欠伸している。その口から長い牙がのぞいているのを眺め。
「野営すると言っていたな。場所の見当がついているのか?」
アガ、と欠伸を噛み殺し、アギレオが頷く。
「ビーネンドルフに向けて真っ直ぐ行きゃ、夕方の前には森の端にぶつかる。森でも端なら深過ぎもしねえし、薪も水もあっからな。そこで飯食って雑魚寝して、また夜明けに出りゃ昼前には着くって算段だ」
なるほど、と今度はこちらで頷いて返す。また前に向き直そうとして、ふと、隊列を見守るアギレオの横顔に目を留めた。
眼差しは柔らかく、上げるとまではいかなくも、口角は緩い。
ああ、と。己も彼らへと目を戻しながら、腹に隠すように息をつく。
「いけ好かない」「柄の悪い」「猛獣」同然の悪党といえばそうかもしれない。
けれど、この男はいつも、砦とそこに住む彼らの暮らしを第一にしているように見える。眦を和らげるその胸中は一体、どんなものなのか。
いつか尋ねてみようと考えながら、楽しげな彼らの様子に己も口元を緩めた。
アギレオの目算通り、日の傾く頃に木々の間へと入り、ここにしようと程良い場所を見つけて馬を留める。手分けして薪を拾ったり、水を汲んだりする声があちこちに散り、ようやく自らの足で地を踏む心地に、自然と身体も軽く感じる。
「ハルー、なあハルー」
今行く、と呼ぶ声に声を返し、馬が歩き回って迷わぬための簡易柵を組み終えて、皆が集まり始めている輪へと足を急がせた。
「火ィつけてくれよぉエルフゥゥ」
「魔術見せて! 魔術!」
要領良く積まれた薪を前にわくわくとばかりに要望され、グッと詰まる。
「…魔術は…あまり得意ではないんだ……」
唸るように言いながら火打ち石を借り、枯れ草に火の粉を移してから、その前に膝を着いて詠唱する。時と恵みを運ぶ風に祈り、呼びかけ、力添えを乞う。
チカチカと明滅する枯れ草に手を翳せば、己の周りから駆け寄るような風がいくつも吹いて、小さな火種をまたたく間に煽る。
ボゥ、と音すら立てて大きくなった炎に人間達の歓声が上がり、胸を撫で下ろしかけるところに、ええ~と声を上げるのは獣人達だ。
「火打ち石使った! ズルだ!」
「火球じゃねえのかよぉぉ」
「エルフがズルしていいのかよ」
上がる火に細い薪をくべながら、逆の手で額を擦る。
「…全てのエルフが魔術師になれるわけではないんだ…。…ケレブシアのような有能な魔術師は少数だぞ…」
ククッと喉に転がすように笑う音が聞こえて振り返り、さもおかしいというようにこちらを見ているアギレオに、肩を竦めてみせ。
「ほらお前ら、遊んでたらあッつう間に夜だぜ。魔術の苦手なエルフがわざわざつけてくれたんだ、火ィ絶やすんじゃねえぞ」
追い打ちのように皮肉をしっかりと足すアギレオに口角を下げ。やれやれと頭を振りながら、調理の手伝いへと向かった。
砦の女性達が用意してくれたシチューは、たっぷりの肉や野菜を山羊の乳と香草でまろやかにまとめ、傷まぬようにだろう、普段よりも少し濃いめの味付けがされている。
火を囲み、シチューを取り分け、少しのエールを皆で分け合って賑やかに腹を満たす。
夜の帳が下りて、辺りもすっかり暗くなる頃には口数も少なくなり、あちこちで欠伸が混じり始めているのに頬を緩める。
「眠るといい。私が起きていよう」
ふわあ、と、返る声すら欠伸にかき消されそうなのを聞いて、思わず笑ってしまい。
「お前一人で寝ずの番決め込むこたねえぜ。あっちはあっちで、これからってツラだしな」
半分寝そべって火に薪をくべているアギレオが顎で示すのに、獣人達の方を振り返る。少し離れた場所で肩を寄せ合い、何か相談しながら森の深い方を窺っているのに、瞬いて。
「何かあるんだろうか?」
尋ねる先のアギレオが、さあなと肩を上げるのに、もう一度首を捻って彼らの様子を眺め。
「俺たちにゃ聞こえねえ音が聞こえるそうだからな。獲物の気配でもあんのかもな」
「なるほど。狩りに行くのだろうか」
と、言った途端に獣人達が振り返った。
彼らの声が聞こえないこちらの声が、彼らには聞こえるのか、と、今し方アギレオから聞いたばかりの話に得心する。
含むような笑みを浮かべながらこちらへと戻ってくる獣人達を、おかえり、と火の傍に迎えた。
「行かねえよぉぉ。狩りに行ったら見張りにならねえだろぉぉ」
なにか企むことでもあるよう薄笑いを浮かべているが、黒髪に黒い瞳をした獣人――ナハトは、ほとんどいつもこのような面持ちだ。
確かに。と、瞬くところへ、行かないと言ったナハトに、狐の獣人のフランが頷く。
「なに獲ってきても、さばいて食うにゃ時間もいるし、食わねえで持ち歩くようにするならもっと掛かるし」
道理だなと相槌を打っていれば、グリグリと首を回しながら、ナハトがアギレオににじり寄っている。
「夜に森に入るとそわそわすんだよぉぉ。なんか歌えよ海賊ゥゥ」
「なんでだよ。お前が歌やいいだろ」
寝そべってエールのカップを傾けながら、眦を崩しているアギレオに首を傾げる。
「俺は踊りてえんだよぉぉ」
「そういえば、西の大陸からこちらに渡るのに海賊をやっていたんだったな。歌はお手の物か?」
以前にアギレオ自身から聞いたことがある、と、思い出しているそばでもう、タン!タン!タン!と、ナハトが足を踏み鳴らし、フランとベルが、笑いながらそれに合わせて、腰掛けている倒木をカップの底で叩いている。
「もう少し静かにやるといい」
楽しそうではあるが、つい先ほど眠りについた者もいる。
つられるように頬を緩めながら言えば、獣人達が顔を見合わせ、それ自体を楽しむよう、動きを縮めて小さな音で拍子を取り始める。
「―― Levanta la vela alto! Rema esos remos! hasta que se te caigan los brazos!」
不意にその、眠る者たちを気遣うひそやかなリズムを煽るよう、節のついた耳慣れぬ言葉が飛び込んできて。
声の方を振り返れば、面白がるよう片頬を吊って笑いながら、アギレオが歌っている。
そうか、西の言葉だと思うのと、言葉の意味が聞こえるようになるのが同時。なるほど船乗りの歌なのだろう、帆を上げろ、櫂を漕げと励ます節を繰り返し、間に脅したり、宥めたりすかしたりするのが面白い。
繰り返す同じ単語は真似やすい。随分と適当ながらも、ナハトとベルが両手を組み合わせ、おどけて踊り、フランが手足を伸びやかに動かして不思議なステップを踏んでいる。
次第に卑猥な言葉が混じり、物騒なことを喚くようになるアギレオの歌と、いよいよ軽やかに火の周りを踊る獣人達に、噴き出しそうになるのを堪えながら、頭を振ってみせる。
「こら、大人しくやれと、」
ザッと、音がしたかと思えば。
いつの間に目を覚ましたのか、人間達もめいめいに身体をひねったり、飛んだり跳ねたりしながら歌っている。
ただひとり、どこ吹く風といった体でいびきをかいているベッカーだけが大人しい。
「Levanta la vela alto! Rema esos remos! hasta que se te caigan los brazos!」
帆を上げろ、櫂を漕げと、それだけは何度も繰り返す節に次第に声が揃いはじめ、指揮を執るアギレオが実に絶妙に誘導して、ベッカーのいびきに合いの手を入れさせるのに、皆が腹を抱えて笑う。
いびきの伴奏がついた西の海賊の歌に手拍子を添え、獣人と人間とが歌って踊って楽しげに火の周りを巡るのを眺める。
そうして夜明けまで続くかと思うほど続いた踊りも、疲れてきたのか最初の一人がつまずいて、隣の者を道連れに転がり込むのを皮切りに総崩れとなってしまう。肩で息をし、まだそれぞれにケラケラと笑いながらまた火のそばに腰を下ろすのに、手を叩いて讃え。
「意外だね、お頭、歌上手いんだ!」
「ホントに外国語だったな。西から来たっての、出任せじゃなかったんだなあ」
どういう意味だ、と、気を悪くした風ではなく、眦に皺を寄せてアギレオが笑う。
「ほら、寝とかねえと明日馬から落ちるぜ」
寝ろ寝ろ、と声だけで追い立てられ、はーいとかへーいとか、それでも充分疲れただろう、今にもまた欠伸の混じりそうな声が返っている。
「ねえ、エルフも歌を歌うだろ? なにか歌ってよ」
毛布をかぶりながらカルラから声を掛けられ、思わず眉を上げ。ふむ、と、少し唇を擦る。
「エルフ語の歌しか知らないんだが、それでもよければ」
いいよいいよ、と楽しげに頷かれ、アギレオにまで“やれよ”とばかりに顎をしゃくられ、焚き火の火を小さくしながら歌い始める。
森の奥、その向こう、川に船を浮かべて、と語り始める、馴染んだ旋律を唇に乗せ。
船に乗り込むエルフ達、それを見送る別のエルフ。数千年より尚も前、川から海へ、海から別の場所へと去ってしまった仲間を、見送るエルフが歌った歌。
静かで美しいその景色と、去りゆく者達への祝福。やがて見えなくなってしまった姿を求めるよう、水が流れるばかりの川の美しさを見つめて、また歌う。
海賊の歌とはまた違う、冗長で静謐な調べ。
歌い終えるのに声を潜め、寝息に変わってしまった面々を見渡して、少し吐息を緩め。隣から聞こえた欠伸に、振り返る。来いよ、と腕を回して引き寄せられ、寝そべるアギレオの腹を背もたれにするよう座り直して。
「さすがエルフの歌だ、バッチリ眠くなるわ。…どんな歌だったんだ?」
眠るといい、と、手をやって髪を撫でてやり。
「昔々、エルフにとっても、記憶よりも遠く、記録さえ色褪せ伝承になるほどの昔だ。最初のエルフが船に乗り、エルフのための国へと去ってしまうのを、別のエルフが見送る歌だ」
「なるほどなあ、それでなんとなく、しんみりしてんのか」
声は欠伸混じりに、もう瞼が落ちてしまっている。睡魔を煽るように、頬から瞼を撫で。
「そうだな。とても寂しいと、けれど、行かずに残る理由があると歌っているんだ」
「へえ…」
なんて?と、問いを返しているつもりなのだろう、語尾はもう、寝息に溶けて。
身をひねるようにして背を屈め、歌詞のまま、エルフの言葉で耳元に答えを囁く。
また身を戻せば、眠っている者達が危なくないように火を小さくまとめて。予想外に短い時間でスッキリと起きてくる獣人達に交代での休息を勧められるまで、薪の火に爆ぜる音を相手にしばしの時を過ごした。
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