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12、明日の旅路
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夜も明けぬ内から起き出した。
睦み合った後でも何のかんのと面倒を見てくれたせいだろう、まだ寝息を立てているアギレオをよそに、衣服を着けて家を出る。
軋む足腰を叱咤するよう泉へ向かいながら、甘い夜を過ごしたせいでぼうっとする頭をブルリと振る。
これでは、もう少し慎むべきかもしれないと考えながらも、明日はビーネンドルフへと向かう日だと思えばひとりでに胸が躍る。
包帯を濡らすわけにはいかず、腹から下と顔と手指を清め、馬たちの面倒を見てやって。
レビの家へ顔を出し、自分でも寛解を感じる胸と肩に湿布と包帯を巻き直され、今日一日着けておればよしとの言葉をいただいて、予想の範囲とはいえ安堵の心持ちで砦の中央へと歩き戻った。
陽の差す砦の中、人間達はめいめいに働き始めており、どこかのどかな労働の音があちこちから聞こえる。
買い付けのために確認しておこうと武器庫へ向ける足を、ハル!と、掛けられる声に止めて振り返る。近頃新米の父親となった、ゼンガーという男だ。
「ハル、色々考えててさ、ミーナとも話し合ったんだけど、俺も弓矢を覚えたいんだ」
毎日が喜びと驚きに満ちているのだろう、ごく真剣な顔にも輝きが見出せるように思え、頬を緩める。
「そうか。今日は、弓を射ってみたいという者らに基本を教えるつもりでいたから丁度いいな。手が空けば顔を出してくれ」
ああ、と、堅く頷く顔に、頷いて返し。
「絶対に家族を守らなくちゃな。けど、俺自身も絶対に死にたくない。剣よりも弓矢がいいかもしれないと思って」
「名案だな。思いはとても大事なものだ、期待している」
もう一度力強く頷き、後で!と、また意気揚々と去っていくゼンガーの背を見送り、頬が綻ぶのを感じながら己も再び踵を返す。
途中、人家の傍に土が積み上げられているのを横目に見ながら、歩き過ぎる。
築かれてまだ日の浅い砦の用水を充実させるため、アギレオと男達の何人かが、熱心にあちこち井戸を作っているのだ。
全てが未来へと向かう、幼子のような砦の昼に胸を和ませながら、己は己の役を果たそうと、身を引き締める思いで扉を開いた。
人間達と協力して、食堂の傍ながら開けた場所に的を掲げ、弓矢の練習場を作る。どうしても、これだけは他の者が行き来しない場所へ設けるのが無難だ。
経験のある者もそうでないものも、なかなか思うようには的を射られずに、失意の声を上げるのを見守る。思いがけぬ方へ飛ぶ矢が当然あり、その先で誰かが剣でも振るっていたら目も当てられない。
「難しい…!」
「ああクソッ」
幾人かの射手を見守りながら、一人ひとりの傍に順に立つ。
「全ての武器に共通することだが、握った手は最小限の力だけだ。全ては全身の力をバランス良く使う。そう、手先を力まず、身のこちら側すべてで弓を保ち、こちら側の全てで弦を引く」
当たり前に力んで力の伝わりを悪くしている身体を直してやり、根気強く励まして、彼らが自分を“上手くなっている”と感じられるように丁寧に導く。
「そう、保つには足腰だ。力を発揮するのが最も得意なのは背と腰、腕や手先は繊細な操作を受け持つ。そう、」
タン!と、端ながら的を射た矢に、やった!とゼンガーが声を上げ。やったな、と頷いて次の者の様子を見る。
諦めや失意の色が失せ、代わりに、上達へと夢中の空気が満ちていくのに言葉を控えて少し後ろに下がっておく。
まだ弓の数が足らず、交代で練習する間に、射場を離れたダイナが隣へ来るのに、顔を向ける。
「ねえ、ハルが射るのを見てみたいね。…肩が治ってからで構わないからさ」
ああ、と、声を返しながら、右手で左肩を押さえ。腕を上げてみて、頷く。
「弱い弓なら問題ないだろう、的を外しても今日は肩のせいにできるだろうしな」
眉を上げてみせるのに、ひとつ瞬いてから、期待してるよと笑ってくれるダイナから離れ、練習中の一人に声を掛けて弓を借りる。
矢のないまま弦を引いて弓の具合を確かめてから、改めて矢を番え、的に向く。
遠さを変えてある的の一番遠いものに、タン!と違いなく中央に矢が立ち、一瞬の沈黙の後、声が上がる。
「うそぉ!?」
「すげえ!」
「構えたか今!? いきなり射たなかったか!?」
「あの早さであそこにド真ん中!?」
弓を下ろして振り返り、一旦皆で矢を回収しようと声を掛け、ぞろぞろと歩いて休憩がてら矢を拾い歩く。
「弓から矢を放つのは、案外道理でしかない。真っ直ぐ放てば真っ直ぐ飛ぶものだ。ただ、自らの身体の方が、考えているよりも思い通りに動かすのが難しい。身体と技を、どうしたらいいか、こうしたらいいかと難しく考えることはない、どうするのが“真っ直ぐな射方”なのかと、丁寧に整えていく」
矢を拾いながら、ええ~と声が上がり、真っ直ぐ射ってるって!と抗議する者があるのが予想通りで、こちらも声を立てて笑ってしまう。
上達の早い者も遅い者もあり、それぞれの仕事へと行き戻りして交代する人間達を見守る中、また別の者に剣の稽古を見て欲しいと頼まれて場を空けたりしながら、一日を過ごすことになった。
日が傾き空の色が変わり始めるにつれ、明日を思って、胸の内が少し騒がしくなる。
今日は食事は摂らずエールだけにしておこうかと考えながら、向こうから来るアギレオが、予想よりも泥だらけなのに瞬いて足を止める。
「風呂か?」
「風呂!」
すれ違いに短い声を交わして、そのまま行き過ぎるアギレオを横目で見るのにも、身が騒ぐようで。
早く寝てしまおうかと大きく息をつく、頭の後ろの方でアギレオの名を呼ぶリーの声が聞こえて振り返る。
「ルーと話してたんだが、ああ、ハル、いいところに」
うん?と、振り返ったそのまま、己にも用があるらしいのに二人の方へと足を向けた。
「明日から出掛けるだろう? 俺とルーでまず問題ないだろうし、今回はレビも残るから、万が一って程度なんだが」
ここから離れたビーネンドルフへ、行って戻るとなれば数日の間アギレオが砦にいないことになる。緊急の場合の連絡を考えておきたいのだと説明するリーに、アギレオと二人で頷く。
「誰かが報せに行くにしても、できれば速い馬がいいだろうってことでな。それを踏まえて、乗っていく馬を選んで欲しいんだ」
もっともだな、と頷き、唇を擦った。
「一番速いのはスリオンだろう」
生まれた時からエルフの軍馬として育てられ、長く軍務についた王都から共にしてきた己の馬だ。愛馬の名を挙げるのに、リーとアギレオが揃ってこちらを見つめ、一瞬の沈黙がある。
「置いてって構わねえか?」
「…というか、ハル以外が乗っても嫌がったりしないか?」
二人から向けられる思いがけない疑問に、瞬く。それから、なるほどと頬を緩め。
「もちろんだ。あれは賢い馬だから、乗る者に悪意でもなければ立派に仕事をするだろう」
そうか、と胸を撫で下ろすリーとは裏腹に、アギレオが少し面白そうに眉を上げる。
「正直言うと、お前らの馬は、お前らから引き離した時ちょっと面倒臭くてな。それで…なんとなく分かったぜ」
そういうことか、と片頬を歪めて言うのに、今度はこちらで眉を上げ。
「全くそういうことだな。馬たちは、敵味方の区別すらつく」
なるほどなあと感心するリーと、やれやれと笑っているアギレオに肩を竦めた。
スリオンも含め、軍馬たちは、己がアギレオ達に敗れた際に一度奪われた。どうやらその時に手を焼かせたらしいと知り、顔に出さぬままながら、少なからず痛快な思いに胸が軽くなる。
少しだけ口元が緩みながら、それでいいだろうか、と二人に確かめ、そうしよう、頼む、と応が返って話が決まる。浮ついた心地が整ったような、けれどほんの少し古傷の痛むような胸を抱えて、アギレオと別れてリーと共に食堂へと足を向けた。
家に戻って短い旅の支度をし、あれはどうか、これはどうかと起こる事態を想定しながら荷をまとめる。後から戻ったアギレオの顔を見て思い出し、今度はアギレオが荷造りをしている間に、湯を沸かして薬草茶を煎れる。
食卓で二人カップを傾けながら、必要なことと取り留めもないようなことを幾らか話し合って。
互いに衣服を脱いで寝台に上がり、脚を絡ませ唇を交わし、けれど、脇腹へと滑り降りる手を捕らえて握る。
ン?と眉を上げる混色の瞳を見つめ。
「明日は早いだろう。お前も私も、ゆっくり眠った方がいい」
閨事を、断るにも断られるにも少し緊張がある。相手を思い、気を悪くさせたくないなら尚のこと。
掴んだ手を解かれ、鼓動が少し速くなる。
離された手を握り返され、逆の手で前髪を退けて額に唇を捺され、瞬く。
「相変わらず真面目なこったな。道中で「やっぱ足りなくなった」なんて、……、言ってもいいぜ」
優しげに受け入れるかの様子に和みかけたのが、それこそ相変わらずな言い様に呆れる。
まったく、と笑いながら、心地良い寝場所を探して身を寄せ直し。
「昼から3人、夜からの3人と共にするんだろう。言ったらどうしようというんだ」
己を抱き寄せながら、同じようにもぞもぞと身を動かすアギレオの邪魔にならぬよう待ち、二人で具合を合わせ。
「さてな。なんとかしてやろうじゃねえか」
「やめてくれ。考えただけで恐ろしい」
なにが“なんとか”だと笑い。着くまでにどのくらい掛かるのかとか、どんなところなのだろうとか、明日からの短い旅路について二人で話している内に、いつの間にか眠りに落ちていた。
出発の朝は早く、暇があれば馬の面倒を見ている己が8頭を選んだ。
それぞれが荷物を括りつけ、見送る者達と言葉を交わしている間に、厩舎に戻って愛馬のスリオンに声を掛けてやる。ここでは話すことのないエルフの言葉で、留守の理由を話し、ここへ残る彼の役割――いざという時には砦の者を乗せて駆けつけて欲しいとよく頼んでおく。
ブルルッと穏やかな嘶きは頷くようで、軽く蹄を鳴らしてみせるのは、きっと了承と意気込みなのだろう。
鼻筋と首をよく撫でてやって、額を合わせて短い別れを告げる。
ハル!と、アギレオの呼ぶ声に、厩舎を後にした。
それぞれに支度を整え鼻先を揃える馬の一頭に跨がり、旅の仲間としては紅一点、カルラという人間の女性と、リーの妻のルーと、ダイナが旅路の食事と水を用意し、説明しているのに頬を和ませる。
旅といえば行軍ばかりだった己からすれば、旅の食料は手軽で軽量で日持ちのする糧食と水だが、あれやこれやと細やかに気を配る女性がいると、ずいぶん様子が違う。
道行きが単なる過程ではなく、まさしく旅路となる楽しげな予感に大いに胸を弾ませる中、アギレオの合図で馬たちが順良く歩き始めた。
睦み合った後でも何のかんのと面倒を見てくれたせいだろう、まだ寝息を立てているアギレオをよそに、衣服を着けて家を出る。
軋む足腰を叱咤するよう泉へ向かいながら、甘い夜を過ごしたせいでぼうっとする頭をブルリと振る。
これでは、もう少し慎むべきかもしれないと考えながらも、明日はビーネンドルフへと向かう日だと思えばひとりでに胸が躍る。
包帯を濡らすわけにはいかず、腹から下と顔と手指を清め、馬たちの面倒を見てやって。
レビの家へ顔を出し、自分でも寛解を感じる胸と肩に湿布と包帯を巻き直され、今日一日着けておればよしとの言葉をいただいて、予想の範囲とはいえ安堵の心持ちで砦の中央へと歩き戻った。
陽の差す砦の中、人間達はめいめいに働き始めており、どこかのどかな労働の音があちこちから聞こえる。
買い付けのために確認しておこうと武器庫へ向ける足を、ハル!と、掛けられる声に止めて振り返る。近頃新米の父親となった、ゼンガーという男だ。
「ハル、色々考えててさ、ミーナとも話し合ったんだけど、俺も弓矢を覚えたいんだ」
毎日が喜びと驚きに満ちているのだろう、ごく真剣な顔にも輝きが見出せるように思え、頬を緩める。
「そうか。今日は、弓を射ってみたいという者らに基本を教えるつもりでいたから丁度いいな。手が空けば顔を出してくれ」
ああ、と、堅く頷く顔に、頷いて返し。
「絶対に家族を守らなくちゃな。けど、俺自身も絶対に死にたくない。剣よりも弓矢がいいかもしれないと思って」
「名案だな。思いはとても大事なものだ、期待している」
もう一度力強く頷き、後で!と、また意気揚々と去っていくゼンガーの背を見送り、頬が綻ぶのを感じながら己も再び踵を返す。
途中、人家の傍に土が積み上げられているのを横目に見ながら、歩き過ぎる。
築かれてまだ日の浅い砦の用水を充実させるため、アギレオと男達の何人かが、熱心にあちこち井戸を作っているのだ。
全てが未来へと向かう、幼子のような砦の昼に胸を和ませながら、己は己の役を果たそうと、身を引き締める思いで扉を開いた。
人間達と協力して、食堂の傍ながら開けた場所に的を掲げ、弓矢の練習場を作る。どうしても、これだけは他の者が行き来しない場所へ設けるのが無難だ。
経験のある者もそうでないものも、なかなか思うようには的を射られずに、失意の声を上げるのを見守る。思いがけぬ方へ飛ぶ矢が当然あり、その先で誰かが剣でも振るっていたら目も当てられない。
「難しい…!」
「ああクソッ」
幾人かの射手を見守りながら、一人ひとりの傍に順に立つ。
「全ての武器に共通することだが、握った手は最小限の力だけだ。全ては全身の力をバランス良く使う。そう、手先を力まず、身のこちら側すべてで弓を保ち、こちら側の全てで弦を引く」
当たり前に力んで力の伝わりを悪くしている身体を直してやり、根気強く励まして、彼らが自分を“上手くなっている”と感じられるように丁寧に導く。
「そう、保つには足腰だ。力を発揮するのが最も得意なのは背と腰、腕や手先は繊細な操作を受け持つ。そう、」
タン!と、端ながら的を射た矢に、やった!とゼンガーが声を上げ。やったな、と頷いて次の者の様子を見る。
諦めや失意の色が失せ、代わりに、上達へと夢中の空気が満ちていくのに言葉を控えて少し後ろに下がっておく。
まだ弓の数が足らず、交代で練習する間に、射場を離れたダイナが隣へ来るのに、顔を向ける。
「ねえ、ハルが射るのを見てみたいね。…肩が治ってからで構わないからさ」
ああ、と、声を返しながら、右手で左肩を押さえ。腕を上げてみて、頷く。
「弱い弓なら問題ないだろう、的を外しても今日は肩のせいにできるだろうしな」
眉を上げてみせるのに、ひとつ瞬いてから、期待してるよと笑ってくれるダイナから離れ、練習中の一人に声を掛けて弓を借りる。
矢のないまま弦を引いて弓の具合を確かめてから、改めて矢を番え、的に向く。
遠さを変えてある的の一番遠いものに、タン!と違いなく中央に矢が立ち、一瞬の沈黙の後、声が上がる。
「うそぉ!?」
「すげえ!」
「構えたか今!? いきなり射たなかったか!?」
「あの早さであそこにド真ん中!?」
弓を下ろして振り返り、一旦皆で矢を回収しようと声を掛け、ぞろぞろと歩いて休憩がてら矢を拾い歩く。
「弓から矢を放つのは、案外道理でしかない。真っ直ぐ放てば真っ直ぐ飛ぶものだ。ただ、自らの身体の方が、考えているよりも思い通りに動かすのが難しい。身体と技を、どうしたらいいか、こうしたらいいかと難しく考えることはない、どうするのが“真っ直ぐな射方”なのかと、丁寧に整えていく」
矢を拾いながら、ええ~と声が上がり、真っ直ぐ射ってるって!と抗議する者があるのが予想通りで、こちらも声を立てて笑ってしまう。
上達の早い者も遅い者もあり、それぞれの仕事へと行き戻りして交代する人間達を見守る中、また別の者に剣の稽古を見て欲しいと頼まれて場を空けたりしながら、一日を過ごすことになった。
日が傾き空の色が変わり始めるにつれ、明日を思って、胸の内が少し騒がしくなる。
今日は食事は摂らずエールだけにしておこうかと考えながら、向こうから来るアギレオが、予想よりも泥だらけなのに瞬いて足を止める。
「風呂か?」
「風呂!」
すれ違いに短い声を交わして、そのまま行き過ぎるアギレオを横目で見るのにも、身が騒ぐようで。
早く寝てしまおうかと大きく息をつく、頭の後ろの方でアギレオの名を呼ぶリーの声が聞こえて振り返る。
「ルーと話してたんだが、ああ、ハル、いいところに」
うん?と、振り返ったそのまま、己にも用があるらしいのに二人の方へと足を向けた。
「明日から出掛けるだろう? 俺とルーでまず問題ないだろうし、今回はレビも残るから、万が一って程度なんだが」
ここから離れたビーネンドルフへ、行って戻るとなれば数日の間アギレオが砦にいないことになる。緊急の場合の連絡を考えておきたいのだと説明するリーに、アギレオと二人で頷く。
「誰かが報せに行くにしても、できれば速い馬がいいだろうってことでな。それを踏まえて、乗っていく馬を選んで欲しいんだ」
もっともだな、と頷き、唇を擦った。
「一番速いのはスリオンだろう」
生まれた時からエルフの軍馬として育てられ、長く軍務についた王都から共にしてきた己の馬だ。愛馬の名を挙げるのに、リーとアギレオが揃ってこちらを見つめ、一瞬の沈黙がある。
「置いてって構わねえか?」
「…というか、ハル以外が乗っても嫌がったりしないか?」
二人から向けられる思いがけない疑問に、瞬く。それから、なるほどと頬を緩め。
「もちろんだ。あれは賢い馬だから、乗る者に悪意でもなければ立派に仕事をするだろう」
そうか、と胸を撫で下ろすリーとは裏腹に、アギレオが少し面白そうに眉を上げる。
「正直言うと、お前らの馬は、お前らから引き離した時ちょっと面倒臭くてな。それで…なんとなく分かったぜ」
そういうことか、と片頬を歪めて言うのに、今度はこちらで眉を上げ。
「全くそういうことだな。馬たちは、敵味方の区別すらつく」
なるほどなあと感心するリーと、やれやれと笑っているアギレオに肩を竦めた。
スリオンも含め、軍馬たちは、己がアギレオ達に敗れた際に一度奪われた。どうやらその時に手を焼かせたらしいと知り、顔に出さぬままながら、少なからず痛快な思いに胸が軽くなる。
少しだけ口元が緩みながら、それでいいだろうか、と二人に確かめ、そうしよう、頼む、と応が返って話が決まる。浮ついた心地が整ったような、けれどほんの少し古傷の痛むような胸を抱えて、アギレオと別れてリーと共に食堂へと足を向けた。
家に戻って短い旅の支度をし、あれはどうか、これはどうかと起こる事態を想定しながら荷をまとめる。後から戻ったアギレオの顔を見て思い出し、今度はアギレオが荷造りをしている間に、湯を沸かして薬草茶を煎れる。
食卓で二人カップを傾けながら、必要なことと取り留めもないようなことを幾らか話し合って。
互いに衣服を脱いで寝台に上がり、脚を絡ませ唇を交わし、けれど、脇腹へと滑り降りる手を捕らえて握る。
ン?と眉を上げる混色の瞳を見つめ。
「明日は早いだろう。お前も私も、ゆっくり眠った方がいい」
閨事を、断るにも断られるにも少し緊張がある。相手を思い、気を悪くさせたくないなら尚のこと。
掴んだ手を解かれ、鼓動が少し速くなる。
離された手を握り返され、逆の手で前髪を退けて額に唇を捺され、瞬く。
「相変わらず真面目なこったな。道中で「やっぱ足りなくなった」なんて、……、言ってもいいぜ」
優しげに受け入れるかの様子に和みかけたのが、それこそ相変わらずな言い様に呆れる。
まったく、と笑いながら、心地良い寝場所を探して身を寄せ直し。
「昼から3人、夜からの3人と共にするんだろう。言ったらどうしようというんだ」
己を抱き寄せながら、同じようにもぞもぞと身を動かすアギレオの邪魔にならぬよう待ち、二人で具合を合わせ。
「さてな。なんとかしてやろうじゃねえか」
「やめてくれ。考えただけで恐ろしい」
なにが“なんとか”だと笑い。着くまでにどのくらい掛かるのかとか、どんなところなのだろうとか、明日からの短い旅路について二人で話している内に、いつの間にか眠りに落ちていた。
出発の朝は早く、暇があれば馬の面倒を見ている己が8頭を選んだ。
それぞれが荷物を括りつけ、見送る者達と言葉を交わしている間に、厩舎に戻って愛馬のスリオンに声を掛けてやる。ここでは話すことのないエルフの言葉で、留守の理由を話し、ここへ残る彼の役割――いざという時には砦の者を乗せて駆けつけて欲しいとよく頼んでおく。
ブルルッと穏やかな嘶きは頷くようで、軽く蹄を鳴らしてみせるのは、きっと了承と意気込みなのだろう。
鼻筋と首をよく撫でてやって、額を合わせて短い別れを告げる。
ハル!と、アギレオの呼ぶ声に、厩舎を後にした。
それぞれに支度を整え鼻先を揃える馬の一頭に跨がり、旅の仲間としては紅一点、カルラという人間の女性と、リーの妻のルーと、ダイナが旅路の食事と水を用意し、説明しているのに頬を和ませる。
旅といえば行軍ばかりだった己からすれば、旅の食料は手軽で軽量で日持ちのする糧食と水だが、あれやこれやと細やかに気を配る女性がいると、ずいぶん様子が違う。
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