星に牙、魔に祈り

種田遠雷

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24、砦の闘い

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 まだ遠い。もう少し。近付くにつれて音の方向が絞られてくる。十中八九あの樹の辺りだ。来る、来い、来い、来い――!
 予想した場所より樹一本分離れた場所から、最初のオークが現れ、姿を見せた途端に己の矢が眉間を貫き、足でも掬われたように勢いよく後方へ倒れる。
「えッ!?」
 ダイナの声だ。何が起きたか見えている、彼女は目がいい。と、思っていることすら、集中する意識の外にある。続いて現れた二体目を射ち倒し、三体目に射かけながら声を張る。
「次々来るぞ! ためらわず射てッ! 狙いは常にやつらの中心! 的と同じだ、真ん中だけを射ち抜け!」
 ギリ…、ギシ…、と目をやらぬ彼らの方から弓を引く音が聞こえ始め、また安堵を意識の外に置きながら、飛び始める矢が外したオークを狙って倒していく。
 森から次々に現れ、思いがけず見つけた集落に喜びの声を上げるオークどもが、思ったより少ない。弓隊の矢が予想よりも当たってオーク達の足を遅れさせ、まだ二矢三矢の余裕が取れる。
「当たってるぞ! いい腕だ! 構わず射ち続けろッ!」
 だが、その声を上げたのと同時。ワッと、木々の色を黒く染め変えるかに、無数のオークが姿を現す。
 人間よりやや大きく、エルフよりは背が低い。肌は灰色を帯び、濁った目を血走らせている。
 彼ら自身で作り、あるいは奪ったのだろう、歪み、血錆をまとう防具や武器をそれぞれに身に着けている。
 倒れた仲間の身体をためらいなく踏みつけ、ひび割れたような声で威嚇を怒鳴りながら、数の少ない浴びせ矢を呑んで駆け込んでくる。
 それを追って獣たちがオークへ取り付きながら姿を現し、ヒトから獣、またヒトへと姿を変えながら軍勢を削っているのも見える。
「射ったら下がれ! 弓隊は後方へ! 射ったら下がれッ! 武器を持ち替え次に備えろ!」
 すぐに矢を放つのをやめ、走って後退していく彼らから、ひとつも悲鳴が上がらないのに感心しながら、己も後退りし。
 槍を上げろッ!と、ルーの声がするのを聞きながら、振り返らず後方こうほう摺足すりあしのままで、休まずまだ矢を放つ。
 防御柵に遮られれば急所ばかりを狙うことはできず、構えた槍の間に身が入ったところで、弓を下げて別の方向へと駆ける。
 誘い込むような形で築いた防御柵の後ろ、建物の間を抜け、獲物を見つけたとばかり人間達へと群がるオーク軍の脇腹、少し開けた場所に抜け出て。
「どうした魔物どもッ! お前達の敵はここだぞッ!」
 張り上げる声に振り返る、オーク達の灰色の顔色が憎悪によってみるみるドス黒く変わる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」
「エ゛ルふゥゥゥッッ!!」
「ゴロスゴロスゴロスゴロジデヤルァァァッッ!!」
 人間達に殺到する列から離れ、集落を襲おうと散開し始めたオーク達の流れが、己一人に向かってまた流れ込み始める。
 距離の詰まるものから順に射抜いて倒し、また、散らばらずにまとまっていくのを機とばかり、次々に獣人達の餌食になっていく。
 天敵を見つけたオークの流れは次第にこちらに向けて大きくなり、人間達へ向く数が減るのを目端に確かめ。
 引き離すため建物から距離を取っていくさなかに、空を引き裂くような高い悲鳴が聞こえ、振り返る。扉を叩きつけるような音が続いて、家々の隙間に、赤子を抱いた女が走るのが見えた。
「ミーナッ!!」
 何故だ、と、思った途端に頭では答えが出ている。最初から列を離れ、まず集落を荒らしに行ったオークがいたのだ。女の駆ける後を、扉の内から飛び出し、追い掛けるオークが二体。
「ゼンガーッ!! ゼンガアァァッ!! お前の家だ! 走れッ!」
 叫びながら、彼がどこにいるのか分からない、と思った途端、駆け出した者が、だが赤子を抱いて逃げるミーナからは遠いのが見える。
 矢を放ち続ける掌に、汗が溢れて一体射ち逃す。すぐに取り直すが、たかるオークとの距離がまた詰まる。
 それでも構わぬ、と。身を振り向いて、ミーナを追うオークの一体へと矢を放ち。崩れ落ちた向こうへ、次を射るはずだった、もう一体が同じように倒れて目を剥く。
 倒れたオークの向こうで、髪を振り乱し、左腕に赤子を抱えたまま、ミーナの右手に掲げたすきが血を滴らせているのを見た。
「誰が…ッ、やられるか、クソッタレ…!」
 歯を食い縛って罵り、けれどそのまま崩れ落ちていくのを、駆けつけたゼンガーが抱き留めているのを見届け。
 振り返り、あと僅かの距離を詰めようとオーク達が次第に近付いてくるのに、再び矢を放つ。
 近すぎる。
 無理を覚悟で剣を抜き、獣人達と共闘して乱戦に持ち込むかと。考えかけた頭の脇を、ヒュッ、ヒュッ、といくつも風を切る音が後ろから過ぎり、バタバタと数体のオークが倒れる。
「陽動すんなら先に言えよ…!」
 怒りというよりは慄きの残る、我らが魔術師レビの声は、二重になっている。不平のようにそう述べながら、魔術的な第二の舌である詠唱舌えいしょうじたが、休まず魔術の刃を放ち。
「すまない。作戦が多すぎると混乱の元になると考えた」
 レビの魔術が稼いだ距離をまた保つよう射放つ弓の間、レビがフンと鼻を鳴らす。そうして空けられた肉体の舌が、詠唱舌とは別の魔術を造り始めているのを聞きながら、今度は別の懸念に汗が出る。
 背から矢を抜く矢筒の、残りが少ない。
 オークの数は随分減っている。だが、倒れた獣人の幾人かを、殺されぬようにと仲間がすかさず引きずっていくのも何度か見た。
 レビの用意している魔術は大きい。詠唱にももう少しの時間が必要になる。
 足りるか、尽きるか、と、唾を飲むところに、思いがけぬ声を聞く。
「ハル! そんなスピードで射ってちゃ足りないだろ!」
 矢ァ持ってきたよ!と、ダイナの声が後ろから聞こえるのに、青ざめ。
「ダイナ! ここは危険だ! 来てはいけないッ!」
 もう来ちまってんだよ!と、怒鳴り返す声が近付き、休まず矢を継ぐ己の腕が離れる機を見計らい、矢を放り込まれる矢筒がすぐに重さを取り戻す。
 助かった!ありがとう!と、振り向かず声を掛け、すぐに離れるようにと、礼に声を続け。
 矢を放ちながら、目の前の一団とは別に、忌々しくも砦の中を駆け回っているオークがいるのを目端に確かめる。
 残りは30もいない。砦のオーク達はルーとアギレオが潰してまわり、数を減らした獣人達も、赤い血や肉すら撒き散らしながら最後のオークに取り付いている。
 もう少し。レビの詠唱が終わる。
 気づいていないのはオークだけだ。レビが用意しているものに、獣人達も気づいている。
 あと少し――!
「離れろッ!! 距離を取れッ!!」
 レビの声を合図に獣人達がいっせいにオークから離れ、解放された途端に己とレビへ詰め寄らんと飛びかかる、ひとかたまりのオーク達。その頭上にうっすらと影が差して。
 ズン…!と、地響きを立て、家一軒分はあろうかというような、巨大な氷塊が残りのオーク達を全て押し潰した。
 魔術の冷気の精度が高いのだろう、氷塊は限りなく透明で、オーク達の頭上でその体積を大きくする間、僅かの影しか作らず敵を欺いた。
 魔術師に腕を振るわせる心強さと、同時に、その力の強大さに少なからず身が引き締まる。
 げええ…、などと声を上げながら集まって氷塊を観察する獣人達の声をよそに、踵を返して駆け出す。砦の方はどうなっただろうか。
 足元に気配がして、並び走る狼に目を落とすや、それが見る間に立ち上がり、リーがヒトの姿で隣を駆けるのに、まだ少し目を瞠ってしまう。
 声を掛けようとした目先、けれど血刀ちがたなを両肩に担いでいるアギレオが建物同士の辻にいるを目にして、リーと二人で駆け寄って。
「アギレオ!」
「おう、お前らか」
「こっちは片付いた。昼の連中は無事か?」
 食いつきそうにリーが問うのに、間を置かずアギレオが頷きを重ね、大きく胸を撫で下ろす。
「ルーの力はデケエが、連中、思ったより全然よくやったよ。怪我人のほとんどは夜の連中で、そいつらの手当やら、隠れてるやつがいねえか見回らせてるとこだ」
 そうか…と、隣でリーも大きく息を抜くのに、眦が緩んでしまう。
 獣人の方はどうだ、と、アギレオが問い返し、ひとまず死者はいない、とリーが答えているのに耳を傾けながら、息をつく。
 隠しから襤褸ぼろ布を引き出して、アギレオが血を拭う刀の柄尻つかじりに、ふと目が留まった。
 いつの間にそうしたのか、考えられるとしたら、ビーネンドルフでか。握りの邪魔にならぬ柄の末辺りに、金属の装飾を巻きつけるようにして、見覚えのある、緑の魔石がめ込まれている。
 思いがけないせいで赤面しそうになる顔を伏せ。ながら、お守りだといった魔石を着ける場所に、身体ではなく刀を選ぶのがアギレオらしいと思うのと、素直に光栄で、隠した面に笑みがこぼれてしまう。
 息を整え直している間に、アギレオとリーでもう一通り見回りに巡り、己は怪我人の様子を見ようと決めたところで、二人の男が飛び込んできた。
「お頭!」
「お頭ァッ!」
 一人は人間のゼンガーで、もう一人は山犬の獣人、ベルだ。
「どうした」
 そのどちらも、良い知らせを運んできたという顔ではない。途端にアギレオの表情が鋭くなり、先を促す。
「逃げたオークを見たやつがいたんだ!」
「…も、森の北西、谷のエルフがいる…!」
 同時に声を上げた二人の言葉は、けれど、充分に聞き取れ。
 短い間、全員が言葉を失う。
「あ゛ッ、ああアア~~ッッ!」
 低く唸るアギレオに、声は上げずとも同じ思いしかなく、ただ、大きく息を吸って吐く。
 角の頭をガシガシと掻き回すアギレオを目端に見止めながら、せめて谷のエルフを回避する手立てはないかと、眉間を詰めながら頭を巡らせる。
「…谷のエルフの方は、何人くらいだ?」
 己の問いにベルが振り向き、眉を寄せ、記憶を辿るようにグルリと目線を巡らせる。
「見えた範囲ではせいぜい20人。けど、ガチガチに武装してた。ちょっと散歩がてらって雰囲気じゃない」
「それは……そうだろうな……」
 いっそ気を変えて“ちょっと散歩”に行って欲しいほどだ。できれば、この国の外に。
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