星に牙、魔に祈り

種田遠雷

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23、防衛戦

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 買い付けてきた武具を砦の面々へと渡し、それぞれに仲間内へと戻っていくのを見守る。
 留守にした五日の間にも、弓術の習得を希望した者達は自ら訓練を重ね、意気も高い。弓矢を配り、今の内に的を射って弓と身体を慣らしておくように勧めれば、例外なく全員が射場いばへと向かうのを見送った。
 アギレオとリーとルー、それからレビで、斥候せっこうから戻った獣人の報告を元に、配置と作戦を詰め直している輪へ加わり。獣人達と先遣せんけんに出るよりも、砦に残って人間達を守る役を請け負う。
 リーとアギレオで獣人達を指揮して、森の向こう、まさに今進軍しているオーク達に当たり、被害を避けつつ進行の向きを逸らすよう、脇腹から敵軍を削る。
 それでも恐らく、目的のある進軍は目的を目指し、森へと踏み込む向きを大きくは変えない。そのままでいけば砦へと突き抜けるところを、また森の中で可能な限り減らしていく。
 そこで削りきって殲滅せんめつしてしまえたら、と、願うところではあるが、願うに留まらず期待しては甘い。
 獣人達に追われ、また追いながら森から現れるオーク軍を、人数が多くとも総戦力では劣るだろう人間達で食い止め、今度こそ全て潰してしまわなければならない。
 オークは、ヒトの扱う武器であれば同じように扱う。弓を持つものも珍しくない。
 こちらが射られぬよう、屈めば隠れられる防御柵を築いて、その後ろに立ち、可能な限り浴びせ矢に遭わせる。
 ――だが、その先は乱戦になる。
 息をひとつついて。興奮して渦中に飛び込まぬよう馬たちを小屋に入れ、建物の配置を詳しく確認しながら、人間達と協力して防御柵を築いていく。
 距離を取って打撃を与えられるもの、弓、槍、剣の順でオークを減らし、あとは必ず固まって徹底防戦でこらえ、獣人達を中心に最後を仕留める。
 そのイメージが湧くよう、出会う一人ひとりに声を掛け、己の思い知る彼らの強さを語り励まして歩いた。

手筈てはず通りであれば、南の端、あの辺りからオークが現れる」
 一通りの準備を終え、防御柵の内側へと集まる人間達に、その方向を指し示した。
「まずは弓隊だ。向こうの数が多いから、矢が多少逸れてもどれかに当たる。落ち着いて、自分の矢がどこに飛んだかしっかり見守り、逸れた方向とは逆を狙えば、今度は狙い通りいくだろう」
「夜の連中が戦いながら来るんだろ? 味方に当たっちまわねえかな」
 矢のない弓を構え、さきほど示した方向を睨みながら首を捻る射手いてに、頷く。
「獣人が自分でかわす方が確かだ。もちろん“オークを”射ってもらうが、まずは他のことまで気にせずいこう」
 ああ…、と、納得したような、していないような声に、振り返って今度は笑みを見せ。
「弓を射っていられる時間は短い。早い者でも三度射てるかどうかだ。練習通りやって、上手くいかなければ諦めてくれ」
 ドッと、控えめながら笑いが起こるのにまた頷く。
「弓隊は、オークとの距離が縮んだらすぐに後ろに下がって、普段の武器に持ち替える。次は槍手だ」
 槍を扱うのは、他の武器よりも普段の修練が必要だ。人数も少ない。
 彼らが頷くのを見てから、もう一度防御柵の向こうを視線で示す。
「オークは動きが荒い。大抵は柵の隙間を抜けるか、破壊を試みるだろうが、乗り越えてくるものが必ずいる。こちらからは動かず待ち構え、目についたものをどれでもいい、貫いてくれ。だが、そこまでくればもう、向こうもたやすく近づける距離だ」
 今度は彼ら全員を振り返り、一人ひとりの顔を確かめ、見つめる。
「身を守ることに専念して欲しい。生き残る以上の戦果はない」
 わかった!おう!と、力強い声が返されるのに、頷いて返して。
「おっしゃあ、行くぜものどもォ」
 どこか気の抜けそうな明るい声が聞こえて、柵の向こうへと進んでいく先遣隊を振り返る。
 緊張を解させるためであろう、声を上げたアギレオを見れば、けれどもちろん、表情に緩みは欠片もない。リーと二人並んで獣人達を率い、彼らには動きやすさが何よりの鎧なのだろう、みなが簡素な防具をつけ、それぞれに武装している。
 固唾を呑んで見守る人間達と並んで、陣形について、森を指さしながら最後の確認をしている彼らを見つめ。
 すぐに伝達も一段落したのだろう、少し息を吸い込んでから、「よし!」と活を入れるリーの声が響く。
「さあ獣人ども! 森に入る前に後ろを振り返れ! これが俺達の群れだ!」
 その声に、みなが森の方を向いていた獣人達が振り返る。16人だとリーが言ってた、今では己ですらその全員の名を言える。
 ジリ、ザリ、と近くで地をにじる音がいくつか聞こえる。目を向けずとも、それが後退りではなく、戦いに出る仲間達に向け、駆け寄ろうとする足を堪えているのだと、分かる。
 続くリーの声に風のような音が混じり始め、それが次第に大きくなり、獣の唸り声に似る。
「魔物にやるものなどひとつもないッ!! 我らの群れの何ひとつ、傷つけさせんッ!!」
 行くぞ!と、声を合図に、昼の面々を振り返る獣人達が、その姿や顔を確かめるように目を寄越して。それから、ある者は笑みを浮かべ、ある者は頷き、また別の者は隣の獣人と顔を見合わせ、笑い合って。行ってくる、とでも言うよう、手を振る者もある。
 そうして、次々に森へと駆け込んでいき、名残惜しさも追い着かぬよう、その姿はまたたく間に見えなくなる。
 獣人達の最後に、灰色の毛並みをした大きな狼が、森へと踏み込みかけて、もう一度振り返り。こちらを見渡すと、また身を翻し、やはりあっという間に見えなくなる。
「ルー、ダイナ、」
 腰の鞘から幅広の曲刀をそれぞれ両手で抜きながら、アギレオがお得意の片笑いを浮かべている。
「今日の晩飯は豪華にしようぜ」
 その声にみなが振り返る先に。弓を握り締めたダイナがうんうんと大きく頷き、歴戦の風情で腰の短刀に手を預けるリーが、ふふと吐息で笑う。
「ちょうど買い出しも戻ったところだしね。食べきれないほどのご馳走を作りましょ」
 ニィ、とひとつ笑えば、もう次の句はなく。土を蹴って駆け出すアギレオの足は、本当に獣人達に負けず劣らすの速さで。
 すぐに、生い茂る木々の向こうへと、見えなくなった。
「さあ!」
 声を上げたのは、リーの妻で、二人目の人狼であるルーだ。
「みんな武器を取って。男も女も、若くても年でもみんなよ。まずは自分の身を、自分の命を守ってちょうだい」
 夜行性の獣人でありながら、夜となく昼となく獣人達と人間達の間を取り持ち、気を配るルーの、心強さ。みながそう感じているのが、あちこちから聞こえる応や吐息で分かる。
「余裕のある者は家族を、仲間を守りましょう! 奪われてはならない!」
 彼女の声が、昼の面々の緊張を和らげ、意気を上げていく。
 先のリーとそっくりに、彼女自身の昂揚にしたがい、声は風のうなりを孕み。
「ここは我らの家ッ!! 我らの家は我らが守るッ!!」
 オオッ!!と、声が上がり、皆が自然と拳を振り上げる。
 さあ持ち場へ、と、揚々たる意気を削がぬよう促し、時が来るまで声を掛け合い、自分の隣には誰がいるのかよく見ておくようにと伝え。
 己は己で、防御柵の前に並ぶ弓隊一人ひとりの顔がいつでも見られるよう、柵の端辺りに陣取った。
「なあハル、オークはすぐにも来るのかな?」
 隣で落ち着かなく、クルクルと弓を回してしまっているゼンガーに、うん?と振り返り、また森の方を見る。
「いや、すぐではない。思いがけぬ襲撃を受け、混乱もし、対処に手も取られ、進軍は格段に遅くなる。…用を足す時間くらいは、充分にあるぞ」
 ええっ、と、途中までは引き結ばれていたゼンガーの口が思わず開き、それから苦笑いして、少し顔を赤くしながら弓を回すのをやめる。
 俺、行っとこ、と本当に用を足しに離れていく者があって笑いが起こり、最前列を守る弓隊にも少し余裕のような気配が満ちる。
「手強い獣人達に襲われ、おろおろと逃げ惑いながら現れる。離れた距離からも、近付く声が聞こえるはずだ」
 現れる前に予兆があるだろうと言うのに、そうか、と、それぞれに頷き合う。
 もちろん、オークの襲撃はそう生ぬるくない。だがまだ、昼の面々にとっては、気の緩みよりも張り詰めすぎる方が多く、それが足枷になろうことも想像にかたくない。
 安心できる材料があるなら、少しでも与えておきたい。
 用の済んだ者が戻り、また笑いが起こって、それから静まり返る。
 その集中を邪魔せぬように声を低くしながら、留守の間の鍛錬の様子を尋ねてみる。こうして、そうして、何ができるようになって、何が難しく、と、最初はぽつぽつであったのが、次第にそれぞれが熱心に語り、自然と腕を上げて弓を構え、調子を確かめる様子になって。
 後方、あるいは身を隠した別の場所で、最前列の弓隊のほぐれた熱気が伝播でんぱするよう、各々の武装や修練について囁き合うのが聞こえてくる。
 女性達にいたっては、しまいに豪華な夕飯についての会議まで混じっているようで、声にせず笑ってしまう。
 だが。
「――来るぞ。聞け」
 ルーは少し後ろだ。すでに聞こえているかもしれないが、己の声が真っ先になる。
「武器を構え、物音を聞くんだ。左前方、交戦の音が多数。まだ遠い、だが、こちらへ向かっている」
 聞こえた通りを伝え、構えろ、と後ろを振り返り頷いてみせる。頷きが返され、音のする方へと向き直って、矢を番え弓を構える。
 はじめは木々のざわめきや、葉擦れの音に紛れそうだったそれが、次第に近く、大きくなってくる。
 そうして、近付いてくれば分かる、激しい戦闘の音と、喉でも破れたような、オークのけたたましいわめき声に、背にした味方達の慄く気配を感じる。
 構わず、弦を引き絞り、待つ。
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