親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

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第一章

22.ピンクのガーベラ

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 交流会から一ヶ月が過ぎて、私はいつも通りの日々を取り戻していた。

 交流会は終わり、お茶会に参加する頻度も落ち着いた。王子妃教育はやはりそれなりに忙しいが、それにも最近慣れてきた。これが将来役に立つことはないだろうとは思うが、それでも婚約者である限り、その務めはしっかりと果たしたい。
 ……ライル様にはお世話になり過ぎてるしね。

 ソフィアとは交流会直後に一度手紙のやりとりをした。そこには、ジョシュア様から口煩く他の令嬢との交流を止めるよう言われなくなった、と書いてあり、無事に目的が達成されたことが確認できた。

 でも…私の気持ちは晴れていなかった。
 ソフィアのために調査を始めたこととは言え、ここまで首を突っ込んでしまえば、ティナ達のことが気になって仕方なかった。

 ライル様からは「本人たちの問題だから、これ以上アンナが口を出すべきじゃない」と止められてしまったが、あのジョシュア様が自ら動いて解決できるとは思えなかった。

 ……だからと言って、平民街には行けないのだが。

 私が大きく溜息を吐くと、オルヒが不思議そうな顔をした。

 「本日はソフィア様とのお茶会ですよね?そんな日に溜息なんて珍しいですわね。」

 そう。今日は急遽ソフィアから申し出があり、二人きりでお茶会をすることになったのだ。

 「うん…。ソフィアに会えるのは嬉しいんだけど、気になることがあって。」

 「そうですか…。私めで良ければ、お話を伺いますので、あまり無茶をなさらないで下さいね。」

 オルヒが優しく微笑んでくれる。それだけで心がじんわりと暖かくなる。

 「うん、ありがとう。」


   ◆ ◇ ◆


 庭園で花を見ながら、ソフィアの到着を待つ。
 オルヒから私の背中に声が掛かる。

 「お嬢様、ソフィア様がいらっしゃいましたがー」

 「ソフィア!………と、ジョシュア、様?」

 オルヒの言葉を待たずに振り返った私の目の前にいたのは、ソフィアとその隣で恥ずかしそうに目を逸らしながら花束を抱えるジョシュア様だった。

 唖然とする私を見て、ソフィアはクスクスと笑う。

 「アンナったら驚きすぎよ。
 口が開けっぱなし。早く閉じなさい。」

 ソフィアに指摘され、慌てて口を閉じる。

 「えっと……オルヒ、席を用意して。」

 オルヒ達が慌ただしくもう一人分の準備を始める。

 ゴホンっと大きく咳払いをしてから、ジョシュア様が話し出した。

 「突然押し掛けて、申し訳ない。
 ……実はアンナ嬢に謝罪と、感謝を伝えたくて、ソフィアに無理を言って、ついて来たんだ。」

 そう話すジョシュア様の目は柔らかい。一ヶ月前に私を憎らしく睨み付けていた人だとは思えない。でも、何がどうなってこうなったんだ?

 「感謝……ですか?」

 「えぇ。まずはこの花束を。」

 「綺麗……。ガーベラですね。」

 私は花束を受け取った。ピンクのガーベラが主役のとても元気で可愛らしい印象の花束だ。

 「感謝を伝えたかったので、ピンクのガーベラを。あとは、君のイメージを伝えて、トマスに作ってもらったんだ」

 「え……。トマス、さん?」

 ジョシュア様は私の問いにコクリと頷いた。

 「そう。私の……親友のトマス、に。」

 「すごい…。ジョシュア様が…会いに……。」

 私が感動に震えていると、オルヒがセッティングが終わったことを教えてくれた。私は一旦落ち着き、二人を席に促す。オルヒに花束を渡し、すぐに私室に飾ってくれるようお願いした。

 「取り乱し、失礼しました。」

 「いや、アンナ嬢が驚くのも無理はない。君がティナを連れてきてくれたあの日、私は何も決断することができなかったから。」

 ジョシュア様は唇をぐっと噛み締める。

 「…はい。ティナから聞きました。
 考える時間が必要だったんですよね。」

 「……怖かったんだ。

 また裏切られるんじゃないか、傷付くんじゃないか、と……でも、一番怖いのはトマスに憎まれているかもしれないってことだった。」

 それを怖いと思うのは、トマスさんのことがやっぱり大事だからなんだろう。

 「もうどうしたらいいのか分からなかったー」

 「そうしたらね、お兄様ったら、私に聞いてきたのよ。

 『親友にもし憎まれていたらどうする?』って。」

 「ソフィアはなんで答えたの?」

 「許してもらえるまで謝るって答えた。でも、私の親友であるアンナが私を憎むなんて想像できなかったから、本当に憎んでるのか先に確認するって言ったわ。」

 「確かに私もソフィアを憎むなんて考えられないかも。」

 ソフィアが微笑む。

 「でしょ?

 でも、それを聞いたらお兄様ったら泣いちゃって。」

 「おい!ソフィア!!」

 ジョシュア様が取り乱している。こんな顔初めて見た。

 「いいじゃない。親友を想って流した涙ですもの、恥ずかしいことなんてないわ。」

 「私もそう思いますわ、ジョシュア様。」

 私もソフィアに同意して、ジョシュア様に微笑みかけると、その顔はほんのり赤くなった。

 照れてるんだわ、可愛らしい一面もあるのね。

 「と、とにかく。
 ソフィアからそう聞いた私は思った。

 ……トマスが私を憎んでるかどうかだけでも確認しに行こうって。トマスが許してくれなくても、一言だけでも、ちゃんと謝ろうって。

 それでついこの間、ようやく……会いに行ったんだ。」

 クスクスとソフィアが笑い、一言付け足す。

 「一人じゃ怖いって言うから、私も一緒に行ったのよ。」

 「ま、また余計なことを…っ!」

 「いいじゃない。私、初めてお兄様に頼られて嬉しかったのよ?それにちゃんとトマスさんやティナさんにも会いたかったし。」

 ゴホンとジョシュア様が咳払いをする。

 「まぁ…とにかく会いに行ったんだが……

 トマスは私を一目見ただけで号泣して、何度も何度も謝ってきた。『傷付けてごめん』『酷いことを言ってごめん』と。
 私のせいで一生ものの怪我までしたのに…トマスは私を憎むどころか、ずっとトマスの言葉で傷付いた私の心配をしていたんだ。」

 「…お優しい方ですね。」

 私がそう言うと、ジョシュア様は今にも泣きそうな顔で笑った。

 「あぁ、本当に…。
 馬鹿がつくほどお人好しなんだ、トマスは…。」

 ジョシュア様が真っ直ぐに私を見つめる。

 「今回、アンナ嬢が行動を起こしてくれなかったら、私は一生この事実を知らず、人を信じられず、生きていくことになっただろうと思う。今すぐそう簡単に自分を変えることは出来ないが……信じられる人間もいるんだと思うことが出来た。
 全て君のおかげだ……。本当にありがとう。」

 私は慌てて否定をする。

 「私は本当に何もー」

 「ううん、アンナ。全て貴女が行動を起こしてくれたからよ。本当にありがとう…やっぱり貴女は私の女神だわ。」

 ソフィアがそう言って、美しく微笑む。

 それにしても、女神だなんて本当に止めてほしい。
 ジョシュア様に笑われる!

 「ソフィア!恥ずかしいから止めてよぉ!」

 ソフィアが揶揄い、私が慌てるその姿を見て、ジョシュア様が笑い出す。

 「くくっ…。
 アンナ嬢はこんなに可愛らしい方だったのだな。」

 か、可愛らしいって……!
 さすが攻略対象…可愛いとかすぐ言えちゃうんだな。
 それにしても、ジョシュア様も笑ったりするのね。

 すると、突然ジョシュア様がテーブルに手をついて、深く頭を下げた。

 「……今まで散々酷いことを言ってすまなかった。君が望むなら、どんな罰でも受けよう。私は君を傷付けてしまった。」

 「気にしてませんよ。
 あ…でも、ひとつお願いしてもいいですか?」

 「なんだ?」

 「お友達になってください。」

 「…君と、私が?」

 ジョシュア様は目を丸くしている。

 「えぇ。駄目です?」

 「駄目ではないがー」

 ジョシュア様はまだどこか呆然としている。
 その顔がなんだか面白くて、私は微笑んだ。

 「じゃあ、決まりですね。
 私のことはアンナ、とお呼び下さい!」

 「で、では、私のことはジョシュア、と。」

 嬉しい申し出ではあったが、私の頭には金髪碧眼の麗しい顔が浮かぶ。……どこか怖い微笑み。

 「あー……。それは止めておきます。」

 「何故?」

 「お兄様ったら分かってないんだから。

 殿下が嫉妬するからに決まってるでしょ!」

 「嫉妬をするかどうかは分かんないけど……。
 少し不機嫌になるから。」

 「それが嫉妬でしょう。
 本当に仲良しなんだから。」

 ソフィアは嬉しそうに笑う。

 …仲良し、なのかな?

 「仲良しだなんて、私はそんな…。」

 それを否定するような仕草を見せた私に、ジョシュア様は首を傾げる。

 「……アンナは、この婚約に乗り気じゃないのか?」

 「お兄様。アンナは最初、私が婚約者になりたくないのを知って、なら私が!って婚約者になってくれたのよ。」

 「……まさか!」

 どうしても殿下のパートナーになりたい御令嬢がいっぱいいるのに、私がそんな理由で婚約者に立候補したのにジョシュア様は驚いているようだった。

 ソフィアは眉を下げて、笑った。

 「本当なの。本当にアンナは優しいのよ。」

 「で、でも、今は殿下の婚約者で良かったな、と思ってるんです!殿下はお優しいし…。」

 ジョシュア様は少し考えるような仕草をして、私をじっと見つめる。

 ……ジョシュア様も顔が良すぎるから、あんまり見つめないでほしい。無駄にドキドキしてしまう。

 「……アンナは殿下が好きではないのか?」

 「好き?……好き、ですよ?」

 多分。婚約者として、尊敬もしてるし、感謝もしてる。

 「それは異性として、か?」

 「……え、あ……。
 異性としてとか…ちょっとよく分かんないです。」

 杏奈の時も、アンナになってからも、誰かを恋愛対象として好きと感じたことはないような気がする。それがどういうものか分かっていないだけなのかもしれないけど。

 「そうか…。」

 またしても、ジョシュア様が難しそうな顔をして、何かを考えている。そう思ったら、急に名前を呼ばれた。

 「アンナ。」

 な、なんだか、圧がすごい。
 お願いだから、そんなに見つめないでほしい。

 「困ったことがあったら、何でも言ってくれ。
 ……君の、力になりたい。」

 「は、はい……。」

 そんなに熱心な瞳でお願いされたら、肯定しかできない。

 その時、ソフィアが笑い始める。

 「ふふっ。
 お兄様ったら無謀な戦いに参加しようとしてー」

 「ソフィア!」

 …急に声を荒げて、どうしたんだろう?

 「無謀な戦い?」

 ソフィアは笑いを堪えるように話す。

 「いいのよ、アンナは気にしなくて。

 貴女は何も知らずに可愛いままでいてね。」

 「う、うん……。」

 よくわからないが、何も知らないでいいなら、いっか。あんまり首を突っ込み過ぎるのは良くないよね!…今更だけど。

 すると、ソフィアが姿勢を正し、キリッとした顔で私を見つめた。

 「じゃあ、話が一段落ついたところで…。

 アンナ。私、絶対に危険なことをしないでって言ったわよね?」

 …嫌な予感がする。

 「……はい。」

 「ティナさんから聞いたわ。

 貴女…平民街に行ったそうね?」

 …ここで答えたら、怒られる。

 「それは危険なこと、よね?」

 私はソフィアの眼圧に耐えられず、ガクッと項垂れるように頷いた。

 「…………はい。」

 私はその後、ソフィアから二回も平民街に行ったことをこってり叱られることになったのだった。
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