親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

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第一章

23.花束とお菓子

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 あれから、ジョシュア様は時々平民街に遊びに行くようになったようだった。

 何故そんなことを私が知っているのかと言うと、ジョシュア様はその帰りに何かと理由を付けて、私に花束を持ってきてくれるのだ。

 「ソフィアがいつも世話になってるから」とか、
 「ティナが渡して欲しいと言っていたから」とか、
 「トマスの花屋の売上に貢献したいから」とか。

 ソフィアにでもあげたらいいのに、私のところに届けに来るのは、以前のことを申し訳なく思っているんだろう。気にしなくていいと何回も言っているのに、律儀な人だ。最初はあんなに私を毛嫌いしていたとは思えない。兄弟揃ってツンデレなのかしら?

 その日もジョシュア様が私に花束を持ってきてくれていた。流石に毎回花束だけ受け取って帰すわけにはいかないので、オルヒにお茶を淹れてもらい、少しだけ二人でお茶を飲む。

 「これもアンナが作ったのか?」

 「そうなんです。ジョシュア様は甘いのが苦手でしょう?だから、そろそろ来る頃かと思って作っておいたんです。」

 私がジョシュア様に作ったのは、野菜チップスだ。野菜の甘味と、少しの塩気でいい感じに出来たと思う。

 パリッと良い音を立てて、ジョシュア様が食べる。

 「…うん、美味い。」

 「よかったぁ!ジョシュア様は何なら食べてくれるかな~って考えて作ったんですよ!」

 「……私のために。」

 なんだか感慨深そうに野菜チップスを見つめている。

 ……そんなに気に入ったのかしら?
 やっぱり甘くないお菓子が好きなんだなぁ。

 「また何か考えておきますね!」

 「…ありがとう。」

 ジョシュア様はフッと嬉しそうに笑った。

 その時、廊下の方が何やら騒がしいのに気付いた。
 使用人たちが焦っている声が聞こえる。

 次の瞬間、扉がバンっと押し開かれた。

 「あ、ライル様。」

 私とジョシュア様は立ち上がり、ライル様に礼を取る。

 どうしたんだろう?
 今日は特に訪問の予定はなかったはずだけど。

 「今日は突然どうしたのですか?」

 私が問うと、ライル様はぶっきらぼうに答える。

 「近くまで来たから、アンナの顔を見ようと寄っただけだ。」

 何故かライル様はすこぶる機嫌が悪かった。

 「ジョシュア。これは一体どういうことだ?」

 ライル様はジョシュア様を睨みつける。

 「どういうこと、と申しますと?」

 ジョシュア様は表情を崩さず、平然としている。私なんてライル様のこのピリピリとした雰囲気に体を縮こませているというのに。

 「何故、私の婚約者と二人でゆっくりお茶など飲んでいるんだ?」

 「別に友人としてお茶を楽しんでいただけです。今日はティナにアンナ様へ花束を届けるようお願いされましたので、その帰りに立ち寄らせていただきました。」

 どこか冷たい微笑みを浮かべるジョシュア様を尚もライル様は睨みつけている。一体どうしたというのだろう?

 「…今回が初めてじゃないだろう?もう何回も来ていると、先ほどアンナの侍女から聞いたぞ。」

 「えぇ。何回か花束を届けに来ております。それにアンナ様には非常にお世話になりましたので、その感謝の気持ちを表すためにも花束を贈らせて頂いてますが、何か問題でも?」

 ライル様は低い声で答える。

 「もう十分だ。なぁ、アンナ?」

 まさか私に話が振られるとは思わなくて慌てる。

 「そっ……そうですね!
 花束を頂いてばかりで、申し訳ないですし……。」

 私の答えに気を悪くした様子もなく、ジョシュア様は優しく微笑んでくれる。

 「したくてやっていることですから。それにお茶を出してもてなしてくださるので、その御礼も兼ねております。

 それにー」

 ジョシュア様はこちらに向き直る。私をしっかりと見つめて、微笑む。それを見て、ライル様は眉間の皺を深くした。

 ……あれ?ちょっと待って…嫌な予感がする。

 「今日なんてわざわざ私のために新しい菓子まで用意をしてくれたんだよね、アンナ?」

 「……アンナ?」

 ライル様の声が一段と低くなる。

 「あ、失礼しました。アンナと呼んで欲しいと言われているものですから。つい。」

 「…それに新しい菓子とはなんだ?」

 「こちらでございます。甘いのが苦手な私のためにわざわざ作ってくれたんです。」

 ライル様が舌打ちをする。

 「じゃあ、これを持って、さっさと帰れ。
 これから僕はアンナに話がある。」

 「かしこまりました。」

 私はオルヒに野菜チップスを入れ物に入れて渡すように言った。ジョシュア様はそれを大事にそう抱えて、私に微笑む。

 「じゃあ、また、アンナ。

 殿下、失礼致します。」

 ジョシュア様は部屋を出て行った。

 部屋の中には沈黙が流れる。

 ……ど、どうしよう。またしても、なんだかとても怒らせてしまったみたい。

 思わず視界が滲む。ライル様にとうとう嫌われちゃったのかもしれない。きっと私が令嬢らしくない趣味をジョシュア様に言っちゃったからだ…。

 ライル様がはぁ~と大きな溜息を吐き、ドサっとソファに座る。私も手を引かれて、ライル様の隣に座る形になる。

 ライル様は眉間に皺を寄せたまま目を瞑って、ソファにもたれかかっている。私はグスッと鼻を鳴らした。

 「…あの……、ライル様…ごめんなさい。」

 「何が?」

 ライル様が視線だけこちらに寄越す。

 「……私がジョシュア様にお菓子作りが趣味だってバラしたから怒ってるんですよね。婚約者として恥ずかしいですよね……。私、そこまで考えてなくて…ほんと、毎回ごめんなさい。」

 「はぁ~。」

 またライル様が溜息を吐いた。
 姿勢を正し、私の方を向いて、手を取ってくれる。

 「そんなことで怒るはずないでしょ?大体アンナには怒ってないよ。僕の婚約者と言えども、男性の友人を作っちゃいけないわけではないし、別に部屋の中に侍女を置けば二人でお茶をしちゃいけないわけでもない。

 ただ困ったことになったと思っただけ。」

 私はライル様が怒っているわけではないと分かり、安心する。でも、何が困ったんだろう?

 私が首を傾げていると、ライル様は微笑み、頭を撫でてくれた。

 「いいよ、アンナは気にしなくて。

 ふふっ。目に涙が溜まってる。
 ……ごめんね。怖かった?」

 私は首を横に振った。

 「……ライル様にとうとう嫌われちゃったかと思って。」

 ライル様は驚いたように目をパチクリとさせる。

 「僕に嫌われたら、泣いちゃうの?」

 …確かに。ライル様に嫌われたら、泣いちゃうくらい悲しいんだ、私。

 「え……あ、はい。」

 私が肯定すると、ライル様は嬉しそうに頬を緩めた。

 「……そう、なんだ。
 へぇ……僕ばっかりかと思ってたけど、それなりに伝わってはいるのかなぁ。」

 「伝わる?」

 ライル様は何を言っているんだろう。

 「自覚は全くないみたいだけど。

 ま、いっか!
 他の奴らよりは一歩リードしてるみたいだし!」

 さっきまで怒っているようだったのに、今はとても嬉しそうにニコニコしている。今日のライル様は少し変だ。

 私が不思議そうな顔をしているのに気づいたらしい、ライル様は私の顎をそっと指でなぞった。

 「婚約者と言えども、ちゃんと気持ちも手に入れたいって話だよ。」

 そう言って、ウインクを投げてくる。

 ……本当に顔が良くて困る。

 私はおそらく真っ赤になっているであろう顔を隠そうと俯くのだった。
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