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第二章 

12.魔力

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 結局、次の授業までに魔力探知が出来るようにならなかった私は補習を受けることになった。

 そして、補習を受けることになったのがもう一人。

 「リ、リィナさん…一緒に頑張りましょうね。」

 ユーリは補習前日になって出来る様になったのだ。
 ……置いてきぼりを食らったようで寂しかった。

 というわけで、今日は女子二人。

 私は、隣の席で不機嫌な顔を隠しもしない彼女に話しかける。リィナはこちらを一瞥しただけで返事を返してくれることはなかった。

 今日の補習は先生の研究室隣の準備室で行うため、私たちはそこで先生が来るのを待っている。
 ……いつもの場所まで行くのが面倒だし、少人数だから大丈夫だろ、だって。

 ルフト先生が来る間、私たちの間には沈黙が流れる。

 リィナの行動からして、彼女はほぼ確実にこのゲームのことを知っている。前世持ちなのだろう。そして、このゲームのいわばバグである私とユーリは彼女に非常に嫌われていた。

 存在自体を無視されるのはしょっちゅうだし、ユーリの調査によると私に虐められていると攻略対象者たちに話しているらしい。きっと私を悪役令嬢にしたいのだろう。それが功を奏してる感じはしないが。

 ライル様には近付けないし、ジョシュア様からは話す度に怒られ、ウィルガは戸惑いながらリィナを宥め、ルフト先生は聞き流しているらしい。

 別に私は彼女の恋路を邪魔するつもりはないのだ。私とソフィアを無事に卒業させてくれるのならば、誰と結ばれたって構わない。

 リィナは美しい容姿と類稀なる魔力を持っているのだから、悪役令嬢などという恋を盛り上げるスパイスなどなくても、十分に攻略対象者たちと恋仲になることは可能だろうに……そんなに悪役令嬢は必要なのだろうか。

 確かに私たちはゲーム設定と同じ世界を生きている。しかし、私たちからしてみれば、この世界はプレイヤーのために作られたものではない。ヒロインでもなければ、攻略対象者でもない私たちもみんな一生懸命生きているのだ。リィナはそれを理解してくれてるのだろうか。

 …私のために作られた世界とか思ってないといいけど。

 チラッと横目でリィナを伺い見る。

 ゲームで見ていたまんまの可愛らしい姿。
 ……けれど、その横顔は不満そうで、醸し出す雰囲気はどこか怖い。今のソフィアとリィナなら、リィナの方が悪役令嬢っぽい。

 すると、その時ルフト先生が欠伸をしながら、教室に入ってきた。

 その瞬間、リィナのモードが変わる。不満そうな顔は完全に隠し、ゲームのリィナに戻る。

 「よーし、補習を始めるぞ~。」

 「はいっ!」

 リィナはガッツポーズを作り、気合を入れている。

 ……なんか見れば見るほど、ゲームのヒロインから遠ざかっていくな、この子。

 「はい…。」

 リィナと対照的に意気消沈する私をルフト先生が気にかけてくれる。

 「アンナは元気ないな。自信無くしちゃった感じ?」

 「あ、え…っと、はい。
 いくらやっても出来ないので……。」

 それは咄嗟に感情を誤魔化すためについた嘘でもあり、本音でもあった。

 ……だって、本当にうまくいかないんだもの。

 先生はそんな私の頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと髪を乱した。

 「あ、ちょっと…!」

 さすがに私は抗議の声を上げるが、ルフト先生には笑い飛ばされただけだった。

 「気にしすぎだ。魔力を持ってるってだけですごいことなんだ。焦らなくてもいい。」

 「だって、先生も早くできるようになれってー」

 「まぁな。
 でも、アンナならいくらでも付き合ってやるよ。」

 「はぁ…。」

 「お前の魔力は心地いいからな。」

 ルフト先生は私にウインクを送る。
 …なんかチャラい。

 それにしても魔力が心地いいとはどういうことかと思ったが、リィナの戸惑った声が教室に響いた。

 「あのぅ……先生?」

 可愛く上目遣いでルフト先生を見つめるが、先生はそれを一瞥しただけだった。

 「あ、悪りぃな。じゃ、始めるぞ~。」

 「「お願いします。」」

 私たちは声を揃えて、ルフト先生に頭を下げた。

 「さて、今日までお前たちには自分で魔力を感知できるように繰り返し訓練をしてもらったわけだが……まだ出来ない、と。

 そこでだ…今日は俺が一旦体内を巡るその魔力を止める。」

 「止める…。」

 「あぁ。止めて、一気に魔力を流せば、嫌でも魔力の通り道を感じることができる。

 ただこのやり方は、体への負担も大きい。頭や心臓に酷い痛みを感じたり、気を失ったりすることもある。数日間目を覚さない奴もいたな。まぁ、死ぬことはないから、安心して欲しい。

 ついでに既に魔力探知が出来る奴がこれをやると、感知できている分だけ強い痛みを感じることになる。」

 先生はあっけらかんと言うが、死ぬことはないからって……かなり安心できないが、大丈夫なんだろうか。

 「それでも…いいんだよな?」

 そう尋ねられても、無理矢理にでもやってもらわないと魔力探知が出来る気がしない。確かに痛いのは怖いが、それしか方法がないのならば、仕方ない。ここで授業を投げ出すわけには行かないし。

 私は意を決して、「はい」と答えた。

 一方でリィナは何故か俯き、言葉を発さない。
 一体どうしたというのだろう。怖いのかな?

 その様子を見た先生は、リィナに提案した。

 「……分かった、リィナ。
 もう一度、魔力探知をやってみよう。出来るだけ痛い思いはしたくないもんな。」

 「……は、はい。」

 リィナとルフト先生が両手を合わせる。
 十数秒して、ルフト先生がゆっくり手を離す。

 リィナは目を瞑って、集中しているようだ。

 それを見て、ルフト先生が数回頷く。

 暫くしてリィナが目を開く。

 「……出来ました…。」

 …うそ。すごい。今まで出来なかったのに、今日出来るなんて余程本番に強いんだ…。やっぱりヒロインだし、才能があるのかも。

 私が素直に感心していると、ルフト先生はあっさりと言い放った。

 「おめでとう。
 じゃあ、今日は終わりだ。帰っていいぞ。」

 ルフト先生はリィナに向かって、ヒラヒラと手を振る。

 リィナは何故か私を睨みつけると教室を出て行く。
 ……私、何か悪いことした?

 扉が閉まるのを確認して、ルフト先生が舌打ちをした。

 「さっさと出来るって言えっつーの。」

 「え?」

 ルフト先生は顰めっ面で話す。

 「あいつは、最初から出来てたんだよ。
 それを出来ないって言ってただけ。」

 「嘘……な、なんでそんなこと。」

 意味がわからない。
 出来た方がいいに決まってるのに。

 「さぁな。なにか理由があるのかと思って泳がせてたが、大した理由も根性もなさそうだな。ほんと性格わりぃ。あいつの魔力は嫌いだ。」

 「魔力が嫌い?」

 なんだそれは。ルフト先生ともなると魔力の質まで分かるのだろうか。というか、ヒロインなのに性格悪いとか言われてますけど…。

 「あぁ。魔力にも魂の性質が出るからな。リィナのはどろどろと粘着質な魔力だ。見た目とは随分違うが。」

 「魂……。」

 「でも、アンナのは真っ直ぐで、サラサラと流れていく良い魔力だ。俺は人の魔力を自分に流すのなんて嫌いだが、お前のは好きだ。」

 魔力が好きだと言われても、どう反応すれば良いのか分からない。でも、褒められているのは分かる。

 「あ、ありがとうございます?」

 少しルフト先生は不満そうな顔をする。

 「なんだよ。もう少し嬉しそうな顔しろって。

 ま、ソフィアの親友だって噂だから、悪い奴ではないと思ってたよ。」

 先生の口からソフィアの名前が出たことに驚く。

 「先生…ソフィアのこと、隠したりしないんですね。」

 「当たり前だろ。
 ソフィアはもう一人の妹みたいなもんだ。」

 「妹……。もう一人のってことは、先生には妹さんがいるんですか?」

 「あぁ。妹が一人な。…今は病で臥せってるがー」

 そう言って顔を曇らせるルフト先生は兄の顔をしている。本当に妹さんのこと、心配してるんだな……。

 「…早く良くなると良いですね。」

 私がそう告げると、ルフト先生は優しく微笑む。

 「ありがとな。

 ……そうだ!
 アンナ、レミリーの友達になってやってくれよ。」

 「え?」

 「あ、レミリーって俺の妹な。身体が弱いからずっと部屋に篭りきりでさ……こないだ友達が欲しいって寂しそうに呟いてたんだ。アンナなら安心だから。」

 「別に構わないですけど……。

 でも、私よりソフィアの方が適任だと思いますよ?正直、私はそんなに手紙を書くのが得意じゃないのでー」

 これは本当だ。私は手紙を書くのがそんなに得意ではない。ソフィアなど気心の知れた友人に書く手紙は良いのだが、それ以外では筆が止まってしまう。その点、ソフィアはやはり頭が良いからか、スラスラと言葉が出てくるのだ。

 「ソフィアか……。確かにあいつなら俺も安心だけど…。アンナがどんな風に俺のことを言ってるか知らんが、俺からの頼みなんて受けてくれないと思うぞ?」

 え…好きな人だと聞いてますけど。
 断るなんてことある?

 「……そんなことないと思いますけど。

 先日も魔法学が受けられないことが決まって、先生との接点がないと肩を落としていたので、声を掛けたら喜ぶと思います。」

 すると、ルフト先生は信じられないものを見たような眼差しを私に向ける。……そんな変なこと言ったかな?

 「……うそだろ?
 本当にソフィアがそんなことを言ってたのか?」

 ぐいっと顔を寄せられ、私は思わずのけぞった。

 「は、はい。本当ですけど…。」

 ルフト先生は私から離れると、ぽそっと呟く。

 「そ、そうか……。じゃあ、頼んでみるかな……。」

 「はい。いいと思います。」

 「……分かった。ありがとな。」

 「いえ、私は何も。」

 「じゃ、無駄話はこの辺にしてさっさとやるぞ。
 一旦アンナの魔力を止めるからな。」

 「えっ…そ、そんな急にっ!?」

 ルフト先生は、私の胸の前に手を翳す。

 「待ってたって仕方ないだろ。覚悟を決めろ。
 いくぞ。」

 「は、はい!」

 ルフト先生が何かを呟くと、まるで心臓を掴まれたように苦しくなった。

 ……息が、できない…!

 次の瞬間、酷い頭痛に襲われる。

 ……頭が、割れる…っ!!

 すると、目の前が急に真っ白になった。
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