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第二章 

19.膝枕

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 「悪りぃな、驚かせて。」

 唖然とする私にユーリはバツが悪そうだ。
 目を逸らして、頬を掻く。木の上にいたからだろうか、頭には葉っぱがくっついている。

 「木の上で昼寝してたんだよ。で、気付いたら、アンナ達がやって来て話し始めたから、出るタイミングを失って……。」

 「聞いてたんだ…。」

 「ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだ。」

 しゅんとして、俯くユーリはなんだか可愛い。
 私はユーリに微笑んだ。

 「ううん。大丈夫よ。気にしてない。」

 「でも、なんか穏やかじゃない話だったな?
 リィナに何かされたのか?」

 「あぁ……うん。」

 私はユーリに資料室で起きた出来事を話した。

 「はぁ?!あいつ、アンナのことを殴ったのか?」

 「な、殴ったっていうか、少し叩かれただけ。」

 「手当てしたって言ってもよく見りゃ赤くなってんじゃねぇか。こんなの少しだなんて言わねぇ!

 ……くそっ!男だったら二度とこんなこと出来ねぇようにボコボコにしてやんのに…!」

 ユーリがギリっと歯を食いしばる。
 全く血気盛んなんだから。

 「ふふっ。怒ってくれてありがとう。
 でも、そんなことしちゃ駄目よ。」

 「分かってるよ。
 ……でも、随分と急に正体を明かして来たもんだな。」

 「うん……。
 今回の試験で二位になれなかったのが相当腹立たしかったんじゃないかな。

 ゲームの中では二位になったことで、お祝いとしてライル様にお忍びデートに誘われるイベントがあるのよ。そのデートはライル様ルートを攻略するには必須だから…。」

 「そんなこと言ったってライルはリィナのこと嫌ってるじゃねぇか。例え二位になったとしても絶対デートなんか誘わないだろ。」

 「そうだね…。だけど、リィナさんはここが完全に自分のためのゲームの中の世界だと思ってる。上手くいかないのは全部私のせいだって。」

 本当に酷い言い草だった。思い出しただけでも腹が立つ。……リィナにとっては私たちはただのゲームの駒でしかなかった。

 「本当ふざけてやがる。
 頭がおかしいとしか思えないな。」

 ユーリはリィナの嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てるように言った。

 「うん……私の存在だけじゃなくて、ゲームと違うことなんていっぱいあるのに……。」

 大きく肩を落とす私の指先をキュッとユーリが掴む。

 「ライルが付いてるから大丈夫だと思うが…とりあえず絶対に一人になるなよ。リィナが何かをしてくるなら、用心するに越したことはない。俺も出来るだけアンナの目の届くところにいるから。
 それにソフィアが暴走しないよう常に一緒に行動しておけ。ソフィアがリィナにきつく当たるようになったら、思う壺だ。ソフィアと取ってる科目はほとんど一緒なんだろ?」

 「……うん。」

 だけど、先程のことを思い出すと気が重くなる。
 ソフィアは何も話そうとしない私となんか…一緒にいたくないかもしれない。

 視線を落とす私の視界に入るようにユーリは覗き込むように私の瞳を捉えた。

 「気まずいかもしれないけど…頑張れよ。
 守りたいんだろ、ソフィアを。」

 そうだ…。私はソフィアを守りたくて、ここまでやって来たんだ。そう簡単にいかないことは覚悟していたはずなのに、ちょっとリィナに挑発されただけで、弱気になってるんだろう。……あんな人に負ける訳にはいかない。

 私は顔を上げて、真っ直ぐとユーリを見つめた。

 「うん……。そうだね……頑張る!」

 「よっしゃ。その意気だ。」

 ユーリはいつも通りニカッと笑ってくれる。

 「ありがとう……いつも。」

 「おうよ。」

 私達は拳を作って、それをぶつけ合った。


   ◆ ◇ ◆


 リィナと資料室で衝突した日からニヶ月が経った。
 私はソフィアの側にいて、リィナに何かと忠告しようとするのを必死に止めている。しかし、特にリィナが私たちに危害を加えてくることはなかった。

 でも、何もしてこないのが逆に不気味で、私は不安だった。

 「「はぁ…。」」

 隣にいるライル様と溜息が重なる。

 今はライル様と二人で庭園の隅でマットを広げて、ランチタイムだ。普段、ソフィア達と昼食を食べることが多い私だが、週に一度はこうしてライル様ともご飯を食べる。私がお弁当を作ってくることも多いが、今日は気分が乗らず、シェフに任せてしまった。

 「なにか不安なことでも?」

 先ほどからじっと考え込んでいた私にライル様が尋ねる。

 「あ、いえ。少し寝不足で疲れてるだけです。授業の復習をしてたら遅くなっちゃって。」

 「偉いね、アンナは。
 王子妃教育もあって大変なのに。」

 「そんなこと言ったら、ライル様は公務もある中ですから、より大変じゃないですか。最近は以前にも増して忙しくされてますし……。」

 私がそう言うとライル様は微笑んだ。

 「僕はそういう所に望んで生まれて来てしまったんだから、仕方ない。それに今はすっかり兄上が気落ちしてしまっているからね、僕が頑張らないと。」

 そう……今、ライル様が忙しいのは、ライル様のお兄様である王太子のアルファ様が塞ぎ込んでいるからなのだ。

 アルファ様には半年後に婚姻を控えた婚約者がいた。隣国の姫だ。二人は完全な政略結婚でありながらも、互いに惹かれ合い、愛し合っていた。それは国内でも有名で結婚前にも関わらず、姫を連れて、国内各地を案内するほどだった。

 姫はこの国の王太子妃となることを心から楽しみにされていたし、ディバルディ王国ではアルファ様だけではなく、国全体を挙げて、姫の輿入れを心待ちにしていた。

 しかし、悲劇は一ヶ月前に起こった。

 姫が不慮の事故で亡くなったのだ。
 我が国から帰る道中の事故だった。

 アルファ様は深く悲しみ、そのショックから部屋から出なくなった。美しい王太子妃を迎える予定だった我が国全体も大変な騒ぎになり、今もなお寂しげなムードに包まれている。

 しかしながら、公務は溜まる。今はアルファ様が出来ない分の仕事をライル様が負担している。そのせいもあり、最近はライル様が学園に来れない日も多い。顔色も悪いし、ちゃんと寝ているのか心配だ。

 「……まだ少し時間ありますし、ここでお休みになりますか?」

 「んー…そうさせてもらおうかな。
 ごめんね、久しぶりに二人で過ごせる時間なのに。」

 ライル様は大きく欠伸をした。
 きっと昨晩はほとんど寝ていないのだろう。

 「いえ、私は大丈夫です。ライル様が元気でいてくださることの方が大事ですし。」

 「ありがとう。」

 ライル様は目を細めて笑った。
 私は膝の上に広げた弁当箱を片付け、膝を叩いた。

 「では、どうぞ。」

 「へ?」

 ライル様は目を丸くする。

 「え?膝枕いりませんか?」

 嫌だったのかな?でも、枕あった方が寝やすいよね?

 私が不思議に思っていると、ライル様が緊張したような面持ちで尋ねてくる。

 「……い、いいの?」

 その反応にようやくこれは普通の令嬢はやらないことなのだと気付く。

 「……あ…えと、はしたなかったー」

 私が言い終える前にライル様の頭が腿に乗った。

 「ありがとう。最高だよ。」

 「……よ、良かったです。」

 そのままライル様は上を向いて、下から私をじっと見つめている。…ど、どうしたんだろう。

 「寝ないんですか?」

 「アンナをもっと見ていたくて。」

 宝石のような碧眼でライル様に熱く見つめられれば、一気に顔に熱がのぼる。私は思わず左手でライル様の目元を隠した。

 「……恥ずかしいです。見ちゃダメ。」

 「ふふっ。手が冷たいね、気持ちいい……。」

 「じゃあ、寝てるまでこうしてます。」

 「うん……。

 ……ねぇアンナ。
 これからも僕の側にいて…。」

 「急にどうしたんですか?」

 「…………不安なんだ。

 もし姫と同じようにアンナがいなくなったら……
 僕は生きていく自信がない。」

 「ライル様……。」

 「……何よりも怖いんだ。アンナを失うことが。」

 その話す声は少し震えているような気がした。

 「大丈夫です。
 …ライル様の許可なくいなくなったりしませんよ。」

 「…約束、だよ……。」

 少しすると、ライル様から規則正しい寝息が聞こえ始める。ライル様の目元から手を退けると、目元の周りが少し濡れていた。

 ポケットからハンカチを取り出し、目元を拭う。
 さらさらとした金髪に指を通しながら、優しく頭を撫でる。

 ライル様と一緒にいればいるほど、どれだけ私のことを想ってくれているか、伝わってくる。

 学園が始まって、ライル様はリィナさんから何度もアプローチを受けているにも関わらず、全く靡くことはなかった。ライル様がリィナさんを徹底的に避けているため、二人が話しているところなんて、殆ど見たことがないほどだ。

 私をじっと見つめるライル様の瞳もずっと変わらない。二人きりになると、どこか熱っぽい焦がれるような視線をライル様は私に向ける。

 ……王子妃にだってなりたくないわけじゃない。
 ずっと王子妃教育を受けてきて、この国の課題や問題点を知ることもあったが、同時にこの国のことをより深く知って、好きになった。

 そして、何より国のために学び、働くライル様を私は尊敬している。ライル様の妃として、それを隣で支えられたなら……と考えたこともある。

 けれど、婚約者になるはずだった美しく賢いソフィアや、皆に愛される愛らしいリィナこそが王子妃に相応しいのではないかとどうしても考えてしまうのだ。

 以前、ユーリから言われた言葉が頭をよぎる。

 『俺思うんだけど、ライルが側にいれば、破滅なんて恐れる必要ないんじゃね?』

 本当にそうなのだろうか。
 これからもライル様はそばにいてくれるのだろうか?

 だけど、ライル様への情を形成し、私を悪役令嬢に仕立てようとする強制力だと思うと怖くてたまらない。

 一方でそれを理由にライル様のこの真剣な想いを流し続けて、自分の気持ちに気付かないフリをするのも、辛い。

 ……好き、なのかは分からないが、ライル様に人として惹かれているのは確かだった。

 私は寝ているライル様に呟いた。

 「ライル様……。私も……

 一緒にいたいです…。」
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