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第三章
1.リィナと王太子
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二年生が始まり、二ヶ月が経った。
公務が落ち着き始めたのか、ライル様が学園に来れる日も多くなってきた。
しかし、私たちは以前のように学園内で一緒にいることは無くなった。もう手を繋いで歩くこともないし、一緒に食事を摂ることもない。同じ講義を取っていても離れて座り、廊下で話すことも無い。
学園のみんなは、私がライル様に捨てられたとか、飽きられたんだとか、好きなように陰口を叩いている。
ライル様の隣にはよくリィナやウィルガがいる。楽しそうに話しているわけでもなく、ただ隣にいるだけだが。
それでもリィナは満足そうにライル様の隣を歩いていた。
それを見て、寂しく無い…と言ったら、嘘になる。
正直、同じ学園内にいるのにこの遠すぎる距離感は寂しい。
前は近すぎるくらいだったんだもの。
それでも、耐えられるのは理由があった。
「お嬢様、殿下からお手紙が届いておりましたわ。」
「ありがとう…!」
オルヒから受け取ったのは、ライル様からの手紙だった。
◆ ◇ ◆
私は進級する前日にソフィアとお茶会を予定していた。
約束通りの時間にルデンス公爵邸を訪問し、ソフィアの私室に案内された。
今日は庭の薔薇が綺麗に咲いたから見せたいとソフィアに言われていたので、てっきり庭園で二人お茶をすると思っていたのに。
部屋に入ると、ソフィアが笑顔で迎えてくれる。
「アンナ。来てくれてありがとう!」
「こちらこそお招きありがとう。これ、お土産ね。」
作ってきたシフォンケーキを渡すと、フニャとソフィアの顔が緩む。ソフィアってば、本当にこれが好きなのよね。
「いつもありがとう!食べるのが楽しみだわ!」
「それにしても、今日は庭園でお茶をするんじゃなかったの?薔薇が綺麗に咲いたからって…」
私がそう尋ねると、ソフィアは不満そうに唇を突き出した。
「それがね、急にー」
「私が頼んだんだ。」
声がした方に目を向ければ、ジョシュア様が扉に寄りかかり、こちらを見て微笑んでいた。
「ジョシュア様。」
ジョシュア様はこちらに近づくと、私の髪を一房取り、軽く口づけを落とした。
「やぁ、アンナ。今日も可愛いね。
その花の髪飾りがとてもよく似合っているよ。」
「あ…ありがとうございます。」
私達は、うんざりした顔でそのやりとりを見ていたソフィアに促され、席についた。何故か侍女たちも全員出され、部屋には三人だけだ。
「アンナ、今日はね、お兄様から大切な話があるそうなの。」
「大切な話?」
「あぁ。この間のパーティーで抜けた時に、ライルはアンナに事情を話すと言っただろう?」
…いつからライル様のことをライルって呼ぶようになったのか少し気になる。
「え…あ、はい。……でも、なんでジョシュア様がそれを…。」
「頼まれたんだ、アンナに全てを伝えてほしいって。」
確かにライル様は自分の口からは伝えられないだろうけどって話してた。だから、私はてっきり手紙か何かで来るものかと思っていた。ジョシュア様に協力を仰いでいたなんて。
「これから話すことは、ごく一部の人間しか知らない真実だ。そして、この話は外部に漏れてはいけない話でもある。これを知れば、もしかしたらアンナの身にも危険が及ぶかもしれない。」
「構いません。何も知らない方が私には恐ろしいことです。
でも……。」
私はチラッとソフィアを見る。ソフィアを巻き込みたくないのだ。話を聞くだけでも危ない目に遭う可能性があるなら、ソフィアには退室してほしいと思った。
しかし、ソフィアは毅然と私に言い放った。
「アンナ、無理よ。私はアンナが駄目だと言ってもここに居座るわ。私の知らないところでアンナが危険に晒されるなんて我慢できないもの。」
「ソフィア……。」
「一応、ライルからはソフィアにも話して良いと言われている。あとは二人の気持ち次第だ。」
私とソフィアは視線を合わせた。
ソフィアの瞳には確固たる意思が見えた。
きっと私が何を言っても、ソフィアの気持ちは変わらないだろう…。私はソフィアと二人頷き、ジョシュア様に向かった。
「ジョシュア様、宜しくお願いします。」
「分かった。」
ジョシュア様は手元のお茶を一口飲むと、話し始めた。
「事の始まりは、アルファ様の婚約者である隣国のルルナ姫が亡くなったことだ。姫が亡くなり、アルファ様はほとんど部屋から出て来なくなった。二人も知っている通り、それによりライルが負担する公務が増え、学園にも通えなくなった。それでも、ライルは今は姫を失った悲しみを癒してほしいとアルファ様の仕事を一手に引き受けた。」
ライル様は木の下で膝枕をした時にも話していたっけ。アルファ様が気落ちしているから、自分が頑張らないと…って。
「しかし、ある日、ようやくアルファ様が部屋から出て来たと思ったら、信じられないことを要求した。」
「信じられないこと?」
「あぁ、『リィナ・ターバル男爵令嬢を王宮に招待し、自分の部屋へ連れて来い』と。」
「なんで、そこでリィナの名前が出てくるのよ?!」
ソフィアは目を丸くして、ジョシュア様に尋ねる。
私も平静ではいられなかった。嫌な汗が出てくる。
リィナが王太子に関わっているなんて思いもしなかった。だって、王太子は攻略対象じゃないのにー
ジョシュア様は淡々と話す。
「それはライルにも分からないんだそうだ。
本当に突然の要求だったらしい。リィナとの関係性を聞いても、とにかく呼べ、の一点張りだったと。」
「そ、それで呼んだんですか?」
動揺して、自分の声が震えているのが分かる。
「あぁ。陛下が許可したらしい。
そして、リィナが王宮に来たその日からアルファ様は頻繁にリィナを自室に呼び、二人きりで多くの時間を過ごした。」
ソフィアが嫌悪感を隠しもせず、眉を顰める。
「何というか…爛れてるわね。」
「あぁ。何をしているかは知らないが、若い男女が二人、部屋の中に閉じこもっているんだ。そのような想像を巡らせる者が殆どだろう。」
前にリィナは『朝まで帰してくれない』と話していたことがあったけど…あれはアルファ様のことだったの?
「最初、ライルはアルファ様がリィナを呼ぶのも数回だろうと思っていたが、アルファ様はどんどんとリィナにのめり込んだ。それにライルは危機感を覚えた。」
ソフィアが口を開く。
「隣国ね?」
ジョシュア様が深く頷いた。
「そうだ。あんなにルルナ姫と仲が良かったにも関わらず、そう時間も経たないうちに、別の令嬢を寵愛していると隣国が聞けば…。」
「隣国は勘繰るでしょうね。他に愛する女性が出来たアルファ様がルルナ姫を邪魔に思って、殺したんじゃないか、と。しかも、事故は我が国からの帰り道で起きてる。馬車に細工をしたと思われてもおかしくないわ。」
ソフィアの言った恐ろしい推測に愕然とする。
「そ、そんなことになったら……!」
ジョシュア様も厳しい表情で答える。
「あぁ、国交強化どころか…国交断絶。
一歩間違えば戦争の可能性もある。
ライルは、アルファ様に訴えた。まだ他の令嬢を側に置くべき時じゃない、と。国交に関わる問題だと何度も伝えたそうだ。
しかし、アルファ様はリィナを手放そうとはしなかった。それどころか、リィナに手を出せば、陛下に言ってお前を追放する、罪状なんていくらでも作れる、とまで言い放ったそうだ。」
信じられない…国を思うライル様にそんな言葉を浴びせるなんて…。私は拳をキュッと握りしめた。
「……酷い。」
「本当だ。これが将来、我が命を託す主君だとはゾッとする。
結局ライルはアルファ様を説得するのを諦めた。そして、隣国とのトラブルを避けるために、自らを隠れ蓑として使うことを提案したのだ。対外的にリィナは自分が執心している令嬢にする、と。」
……ライル様はアルファ様とリィナの自分勝手な関係に利用されただけだったんだ。しかも、自分を犠牲にして、国を守ろうとしていたなんてー。
悔しかった。
リィナの手からライル様を守れなかったことが……。
公務が落ち着き始めたのか、ライル様が学園に来れる日も多くなってきた。
しかし、私たちは以前のように学園内で一緒にいることは無くなった。もう手を繋いで歩くこともないし、一緒に食事を摂ることもない。同じ講義を取っていても離れて座り、廊下で話すことも無い。
学園のみんなは、私がライル様に捨てられたとか、飽きられたんだとか、好きなように陰口を叩いている。
ライル様の隣にはよくリィナやウィルガがいる。楽しそうに話しているわけでもなく、ただ隣にいるだけだが。
それでもリィナは満足そうにライル様の隣を歩いていた。
それを見て、寂しく無い…と言ったら、嘘になる。
正直、同じ学園内にいるのにこの遠すぎる距離感は寂しい。
前は近すぎるくらいだったんだもの。
それでも、耐えられるのは理由があった。
「お嬢様、殿下からお手紙が届いておりましたわ。」
「ありがとう…!」
オルヒから受け取ったのは、ライル様からの手紙だった。
◆ ◇ ◆
私は進級する前日にソフィアとお茶会を予定していた。
約束通りの時間にルデンス公爵邸を訪問し、ソフィアの私室に案内された。
今日は庭の薔薇が綺麗に咲いたから見せたいとソフィアに言われていたので、てっきり庭園で二人お茶をすると思っていたのに。
部屋に入ると、ソフィアが笑顔で迎えてくれる。
「アンナ。来てくれてありがとう!」
「こちらこそお招きありがとう。これ、お土産ね。」
作ってきたシフォンケーキを渡すと、フニャとソフィアの顔が緩む。ソフィアってば、本当にこれが好きなのよね。
「いつもありがとう!食べるのが楽しみだわ!」
「それにしても、今日は庭園でお茶をするんじゃなかったの?薔薇が綺麗に咲いたからって…」
私がそう尋ねると、ソフィアは不満そうに唇を突き出した。
「それがね、急にー」
「私が頼んだんだ。」
声がした方に目を向ければ、ジョシュア様が扉に寄りかかり、こちらを見て微笑んでいた。
「ジョシュア様。」
ジョシュア様はこちらに近づくと、私の髪を一房取り、軽く口づけを落とした。
「やぁ、アンナ。今日も可愛いね。
その花の髪飾りがとてもよく似合っているよ。」
「あ…ありがとうございます。」
私達は、うんざりした顔でそのやりとりを見ていたソフィアに促され、席についた。何故か侍女たちも全員出され、部屋には三人だけだ。
「アンナ、今日はね、お兄様から大切な話があるそうなの。」
「大切な話?」
「あぁ。この間のパーティーで抜けた時に、ライルはアンナに事情を話すと言っただろう?」
…いつからライル様のことをライルって呼ぶようになったのか少し気になる。
「え…あ、はい。……でも、なんでジョシュア様がそれを…。」
「頼まれたんだ、アンナに全てを伝えてほしいって。」
確かにライル様は自分の口からは伝えられないだろうけどって話してた。だから、私はてっきり手紙か何かで来るものかと思っていた。ジョシュア様に協力を仰いでいたなんて。
「これから話すことは、ごく一部の人間しか知らない真実だ。そして、この話は外部に漏れてはいけない話でもある。これを知れば、もしかしたらアンナの身にも危険が及ぶかもしれない。」
「構いません。何も知らない方が私には恐ろしいことです。
でも……。」
私はチラッとソフィアを見る。ソフィアを巻き込みたくないのだ。話を聞くだけでも危ない目に遭う可能性があるなら、ソフィアには退室してほしいと思った。
しかし、ソフィアは毅然と私に言い放った。
「アンナ、無理よ。私はアンナが駄目だと言ってもここに居座るわ。私の知らないところでアンナが危険に晒されるなんて我慢できないもの。」
「ソフィア……。」
「一応、ライルからはソフィアにも話して良いと言われている。あとは二人の気持ち次第だ。」
私とソフィアは視線を合わせた。
ソフィアの瞳には確固たる意思が見えた。
きっと私が何を言っても、ソフィアの気持ちは変わらないだろう…。私はソフィアと二人頷き、ジョシュア様に向かった。
「ジョシュア様、宜しくお願いします。」
「分かった。」
ジョシュア様は手元のお茶を一口飲むと、話し始めた。
「事の始まりは、アルファ様の婚約者である隣国のルルナ姫が亡くなったことだ。姫が亡くなり、アルファ様はほとんど部屋から出て来なくなった。二人も知っている通り、それによりライルが負担する公務が増え、学園にも通えなくなった。それでも、ライルは今は姫を失った悲しみを癒してほしいとアルファ様の仕事を一手に引き受けた。」
ライル様は木の下で膝枕をした時にも話していたっけ。アルファ様が気落ちしているから、自分が頑張らないと…って。
「しかし、ある日、ようやくアルファ様が部屋から出て来たと思ったら、信じられないことを要求した。」
「信じられないこと?」
「あぁ、『リィナ・ターバル男爵令嬢を王宮に招待し、自分の部屋へ連れて来い』と。」
「なんで、そこでリィナの名前が出てくるのよ?!」
ソフィアは目を丸くして、ジョシュア様に尋ねる。
私も平静ではいられなかった。嫌な汗が出てくる。
リィナが王太子に関わっているなんて思いもしなかった。だって、王太子は攻略対象じゃないのにー
ジョシュア様は淡々と話す。
「それはライルにも分からないんだそうだ。
本当に突然の要求だったらしい。リィナとの関係性を聞いても、とにかく呼べ、の一点張りだったと。」
「そ、それで呼んだんですか?」
動揺して、自分の声が震えているのが分かる。
「あぁ。陛下が許可したらしい。
そして、リィナが王宮に来たその日からアルファ様は頻繁にリィナを自室に呼び、二人きりで多くの時間を過ごした。」
ソフィアが嫌悪感を隠しもせず、眉を顰める。
「何というか…爛れてるわね。」
「あぁ。何をしているかは知らないが、若い男女が二人、部屋の中に閉じこもっているんだ。そのような想像を巡らせる者が殆どだろう。」
前にリィナは『朝まで帰してくれない』と話していたことがあったけど…あれはアルファ様のことだったの?
「最初、ライルはアルファ様がリィナを呼ぶのも数回だろうと思っていたが、アルファ様はどんどんとリィナにのめり込んだ。それにライルは危機感を覚えた。」
ソフィアが口を開く。
「隣国ね?」
ジョシュア様が深く頷いた。
「そうだ。あんなにルルナ姫と仲が良かったにも関わらず、そう時間も経たないうちに、別の令嬢を寵愛していると隣国が聞けば…。」
「隣国は勘繰るでしょうね。他に愛する女性が出来たアルファ様がルルナ姫を邪魔に思って、殺したんじゃないか、と。しかも、事故は我が国からの帰り道で起きてる。馬車に細工をしたと思われてもおかしくないわ。」
ソフィアの言った恐ろしい推測に愕然とする。
「そ、そんなことになったら……!」
ジョシュア様も厳しい表情で答える。
「あぁ、国交強化どころか…国交断絶。
一歩間違えば戦争の可能性もある。
ライルは、アルファ様に訴えた。まだ他の令嬢を側に置くべき時じゃない、と。国交に関わる問題だと何度も伝えたそうだ。
しかし、アルファ様はリィナを手放そうとはしなかった。それどころか、リィナに手を出せば、陛下に言ってお前を追放する、罪状なんていくらでも作れる、とまで言い放ったそうだ。」
信じられない…国を思うライル様にそんな言葉を浴びせるなんて…。私は拳をキュッと握りしめた。
「……酷い。」
「本当だ。これが将来、我が命を託す主君だとはゾッとする。
結局ライルはアルファ様を説得するのを諦めた。そして、隣国とのトラブルを避けるために、自らを隠れ蓑として使うことを提案したのだ。対外的にリィナは自分が執心している令嬢にする、と。」
……ライル様はアルファ様とリィナの自分勝手な関係に利用されただけだったんだ。しかも、自分を犠牲にして、国を守ろうとしていたなんてー。
悔しかった。
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