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第三章
33.馬車
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リィナが国外追放される日、私は彼女を見送りに来ていた。ライル様には止められたが、どうしても彼女のエンディングを見届けたかったのだ。
用意されている馬車は、エンディングで見た谷底に落ちる馬車と全く同じ物で、またしても脳裏にあの光景が流れる。
あ、れ……?
でも、ライル様ルートで悪役令嬢のソフィアが乗った馬車とは違うみたい…。
ソフィアが乗ったのは、側面に青い薔薇が描かれていた馬車で、最後まで青い薔薇なんてソフィア様にぴったりだなぁ~とゲームをプレイしている時に思ったのを覚えている。でも、この馬車に描かれてるのは…黒薔薇だ。
以前リィナは、ライル様ルートでソフィアが国外追放されるのを死なないルートと言っていた。だから、国外追放されたからと言って、この馬車が事故に遭うとは限らない…。
色々と考えてみるものの、どちらにせよ私に刑の執行に口を出す権限はない。それが条件だもの。私は考えることを放棄した。
ライル様は執行側だから、私とは離れたところに立っている。私のことを心配そうに見つめるライル様に微笑みかけ、腿のあたりをパンパンっと叩いた。少しでも安心してくれるといいな。
騎士に連れられ、建物から出てきたリィナはボロボロだった。
ずっと泣いていたのか…目は腫れていて、髪はボサボサ、目の下には隈があった。
リィナは外に出た瞬間、私の存在に気付くと、こちらに向かって突進しようとしてきた。まるで獣のようだ。鎖がガシャンと鳴って、彼女の動きを止める。騎士が鎖を引くと、リィナはバランスを崩し、そのまま尻餅をついた。
彼女は私を憎らしく見つめて、唾を吐いた。それは私に届く事なく地面を汚しただけだったが。
「あんたが…っ!あんたが追放されるべきなのに!」
ここまで来て、まだ夢を見ているなんて…
随分とおめでたい人だ。
「まだ言ってるの?貴女はヒロインなんかじゃない。
自分の利益のために数多くの人を傷つけた薄汚い悪党よ。
見知らぬ過酷な地で今までの罪を悔い改めるといいわ。」
その時、リィナが僅かに笑った。
「俺のリィナを返せぇー!!」
そう叫びながら、後ろの茂みからターバル男爵家の執事が出てきた。一瞬、あの日の出来事が浮かぶ。
でも、もう大丈夫ー
私は執事の動きをよく見て、後ろからの攻撃を交わした。
そして、その男の裏に回り込みながら、男の膝裏を蹴り、バランスを崩す。頭を地面に叩きつけ、腿のあたりに仕込んでおいた短剣を素早く取り出し、首筋に押し当てた。
「……あんまり動くと手元が狂うわ?
そしたら、貴方……死んじゃうかも。」
そう言うと彼は、震え出し、あっさりと手元の武器を捨てた。
リィナは騎士に捕らわれながらも、唖然としている。
周りもシーンと静まり返っているし……
….誰かこの男を取り押さえてくれないのかしら?
できれば触れるのだって嫌なんだけど。
そう思って、キョロキョロすると、周りの騎士達が「おぉー!!」と急に盛り上がった。
「さすが団長のご息女だ!」
「素晴らしい身のこなしだった!」
「無駄のない動きとはまさにこのことだ!」
「未来の国母のこの強さ、なんと頼もしいことか!」
いや…褒め言葉はいいから、早く誰かこいつをー
そう思ったところで、その場をビリッとさせるような声が出て響いた。
「黙れ!さっさとそいつを捕らえろ!」
私のところにその声の主であるお父様が来る。
お父様の声に慌てて、騎士が男を受け取りに来た。
「お前ら騎士であるのに、侵入者をゆるして、何盛り上がっている。ふざけるな。本来護衛すべき者に剣を抜かせるなど言語道断。あとで、全員に罰を課すから、そのつもりで。」
騎士達の顔がサーッと青くなる。
……なんか、申し訳ないことをしたな。
気付くと、ライル様が私の近くまで歩み寄っていた。
お父様はライル様に膝をつき、謝罪をする。
「殿下、お騒がせして、申し訳ございませんでした。」
「いや、アンナが無事ならそれで。それにそいつを引き入れたのは、おそらく王宮の衛兵だろう。魔宝に関係なく、リィナの美貌に心酔してたやつも多かったからな。全員解雇したつもりだったんだが、こちらのチェックも甘かったようだ。またアンナを危険な目に合わせてしまった。」
「いや…多分私が何もしなくても、無事だったと思いますけど…。」
そう、男が現れた瞬間、お父様が私の方に駆けて来たのは分かったし、木の蔓が男を拘束しようとしていたのにも気付いていた。ただ私も自然に体が動いたから、あぁしてしまった。ずっと護身術と短剣の訓練をしていた成果かもしれない。
私はライル様に身を寄せ、こそっと呟く。
「というか、ライル様って土属性の魔力もあったんですね。」
「そう、実は聖属性以外は全て使えるんだ。
でも、それはアンナと僕だけの秘密だよ?」
ライル様はそう耳打ちするが、みんなの前でちょこちょこ使っている。親しい人にはもうバレてるんじゃなかろうか。
「それにしても、見事だったね。」
「あぁ、それはー」
身を隠してる間に訓練してて…と話そうとしたが、リィナの声に阻まれる。
「なんでなの……
…なんで、あんたは全部持ってんの……?」
リィナが急に慟哭し始めた。
「お金もあって、頭も良くて、魔力もあるのに、おまけに剣まで使えるの?!それにいつもヘラヘラしてるだけなのに、みんなに愛されて…!!私も……私も、愛されたかっただけなのに…っ!!」
ポロポロと涙を流すが、誰も同情なんてしていない。
だが、本人は悲劇のヒロインのつもりなんだろう。
ライル様はそんな彼女を侮蔑の表情で見た後、騎士に指示を出す。
「おい、さっさとこいつを馬車に乗せろ。耳が腐る。」
リィナは、ライル様の指し示した馬車を見る。
すると、彼女はガタガタと震え出した。
「な、なんで…この馬車…っ!」
「なんだ、嫌か?この馬車は。
乗り心地は悪くないはずだが?」
ライル様はニヤッと笑う。
「嫌…いやよっ!!なんで、なんでこの馬車なの?!
私は確かにアルファルートは回避したはずなのに!!」
……アルファルート?
「ははっ。ゲームにもこの馬車は出てくるのか。
なら、話が早い。良かったな、愛されたかったんだろ?」
「いや…無理よ…。絶対に…嫌…っ!!」
「乗せろ。」
「いやっ、いやよっ!ライル、ライルっ!
私が愛しているのはあなたなのっ!!」
ライル様はそれを無視して、冷たい目でリィナを一瞥した。
リィナは馬車に乗るのを必死に抵抗している。
手と足で扉にしがみつく姿は、なんとも惨めだった。
ライル様が反応しない事が分かると、今度はリィナはあろうことか私に向かって、声を上げた。
「お願い、助けて!!アンナ…アンナ様、助けて下さい!優しいあなたなら、私を見捨てたりはしないわよね?!元は同じところ来た仲間でしょ?!お願い、お願いだからっ!!」
人のことは殺そうとしておいて、自分だけ助けて欲しいなんて……本当にどんな神経をしているのだろうか。それを私に頼むなんて、おかしいとしか思えない。
唖然とする私より先に我慢できなくなったのは、ライル様だった。
「あれだけのことをしておいて…よくそんな事が言えるな…っ!
もうその煩い口を閉じろ。お前の声など金輪際一言たりとも聞きたくない。」
ライル様はそう言って指先を振る。
次の瞬間、リィナの口周りに氷が張り、彼女の口は開かなくなった。
「ん゛ー!ゔー!」
「さっさと閉めて、行け。」
扉から最後に見えたリィナは、顔が涙でまみれ、恐怖に満ちた顔をしていた。その姿は、ゲームの悪役令嬢ソフィアの最後より、ひどいものだった。
馬車は中でドタドタと暴れるリィナをそのままに淡々と走り去っって行く。これで全て終わったんだ。……胸のつかえがスゥーと取り払われるような気がした。
でも、気になる事が一つ出来てしまった。
「……アルファルートって…どういうこと…?」
用意されている馬車は、エンディングで見た谷底に落ちる馬車と全く同じ物で、またしても脳裏にあの光景が流れる。
あ、れ……?
でも、ライル様ルートで悪役令嬢のソフィアが乗った馬車とは違うみたい…。
ソフィアが乗ったのは、側面に青い薔薇が描かれていた馬車で、最後まで青い薔薇なんてソフィア様にぴったりだなぁ~とゲームをプレイしている時に思ったのを覚えている。でも、この馬車に描かれてるのは…黒薔薇だ。
以前リィナは、ライル様ルートでソフィアが国外追放されるのを死なないルートと言っていた。だから、国外追放されたからと言って、この馬車が事故に遭うとは限らない…。
色々と考えてみるものの、どちらにせよ私に刑の執行に口を出す権限はない。それが条件だもの。私は考えることを放棄した。
ライル様は執行側だから、私とは離れたところに立っている。私のことを心配そうに見つめるライル様に微笑みかけ、腿のあたりをパンパンっと叩いた。少しでも安心してくれるといいな。
騎士に連れられ、建物から出てきたリィナはボロボロだった。
ずっと泣いていたのか…目は腫れていて、髪はボサボサ、目の下には隈があった。
リィナは外に出た瞬間、私の存在に気付くと、こちらに向かって突進しようとしてきた。まるで獣のようだ。鎖がガシャンと鳴って、彼女の動きを止める。騎士が鎖を引くと、リィナはバランスを崩し、そのまま尻餅をついた。
彼女は私を憎らしく見つめて、唾を吐いた。それは私に届く事なく地面を汚しただけだったが。
「あんたが…っ!あんたが追放されるべきなのに!」
ここまで来て、まだ夢を見ているなんて…
随分とおめでたい人だ。
「まだ言ってるの?貴女はヒロインなんかじゃない。
自分の利益のために数多くの人を傷つけた薄汚い悪党よ。
見知らぬ過酷な地で今までの罪を悔い改めるといいわ。」
その時、リィナが僅かに笑った。
「俺のリィナを返せぇー!!」
そう叫びながら、後ろの茂みからターバル男爵家の執事が出てきた。一瞬、あの日の出来事が浮かぶ。
でも、もう大丈夫ー
私は執事の動きをよく見て、後ろからの攻撃を交わした。
そして、その男の裏に回り込みながら、男の膝裏を蹴り、バランスを崩す。頭を地面に叩きつけ、腿のあたりに仕込んでおいた短剣を素早く取り出し、首筋に押し当てた。
「……あんまり動くと手元が狂うわ?
そしたら、貴方……死んじゃうかも。」
そう言うと彼は、震え出し、あっさりと手元の武器を捨てた。
リィナは騎士に捕らわれながらも、唖然としている。
周りもシーンと静まり返っているし……
….誰かこの男を取り押さえてくれないのかしら?
できれば触れるのだって嫌なんだけど。
そう思って、キョロキョロすると、周りの騎士達が「おぉー!!」と急に盛り上がった。
「さすが団長のご息女だ!」
「素晴らしい身のこなしだった!」
「無駄のない動きとはまさにこのことだ!」
「未来の国母のこの強さ、なんと頼もしいことか!」
いや…褒め言葉はいいから、早く誰かこいつをー
そう思ったところで、その場をビリッとさせるような声が出て響いた。
「黙れ!さっさとそいつを捕らえろ!」
私のところにその声の主であるお父様が来る。
お父様の声に慌てて、騎士が男を受け取りに来た。
「お前ら騎士であるのに、侵入者をゆるして、何盛り上がっている。ふざけるな。本来護衛すべき者に剣を抜かせるなど言語道断。あとで、全員に罰を課すから、そのつもりで。」
騎士達の顔がサーッと青くなる。
……なんか、申し訳ないことをしたな。
気付くと、ライル様が私の近くまで歩み寄っていた。
お父様はライル様に膝をつき、謝罪をする。
「殿下、お騒がせして、申し訳ございませんでした。」
「いや、アンナが無事ならそれで。それにそいつを引き入れたのは、おそらく王宮の衛兵だろう。魔宝に関係なく、リィナの美貌に心酔してたやつも多かったからな。全員解雇したつもりだったんだが、こちらのチェックも甘かったようだ。またアンナを危険な目に合わせてしまった。」
「いや…多分私が何もしなくても、無事だったと思いますけど…。」
そう、男が現れた瞬間、お父様が私の方に駆けて来たのは分かったし、木の蔓が男を拘束しようとしていたのにも気付いていた。ただ私も自然に体が動いたから、あぁしてしまった。ずっと護身術と短剣の訓練をしていた成果かもしれない。
私はライル様に身を寄せ、こそっと呟く。
「というか、ライル様って土属性の魔力もあったんですね。」
「そう、実は聖属性以外は全て使えるんだ。
でも、それはアンナと僕だけの秘密だよ?」
ライル様はそう耳打ちするが、みんなの前でちょこちょこ使っている。親しい人にはもうバレてるんじゃなかろうか。
「それにしても、見事だったね。」
「あぁ、それはー」
身を隠してる間に訓練してて…と話そうとしたが、リィナの声に阻まれる。
「なんでなの……
…なんで、あんたは全部持ってんの……?」
リィナが急に慟哭し始めた。
「お金もあって、頭も良くて、魔力もあるのに、おまけに剣まで使えるの?!それにいつもヘラヘラしてるだけなのに、みんなに愛されて…!!私も……私も、愛されたかっただけなのに…っ!!」
ポロポロと涙を流すが、誰も同情なんてしていない。
だが、本人は悲劇のヒロインのつもりなんだろう。
ライル様はそんな彼女を侮蔑の表情で見た後、騎士に指示を出す。
「おい、さっさとこいつを馬車に乗せろ。耳が腐る。」
リィナは、ライル様の指し示した馬車を見る。
すると、彼女はガタガタと震え出した。
「な、なんで…この馬車…っ!」
「なんだ、嫌か?この馬車は。
乗り心地は悪くないはずだが?」
ライル様はニヤッと笑う。
「嫌…いやよっ!!なんで、なんでこの馬車なの?!
私は確かにアルファルートは回避したはずなのに!!」
……アルファルート?
「ははっ。ゲームにもこの馬車は出てくるのか。
なら、話が早い。良かったな、愛されたかったんだろ?」
「いや…無理よ…。絶対に…嫌…っ!!」
「乗せろ。」
「いやっ、いやよっ!ライル、ライルっ!
私が愛しているのはあなたなのっ!!」
ライル様はそれを無視して、冷たい目でリィナを一瞥した。
リィナは馬車に乗るのを必死に抵抗している。
手と足で扉にしがみつく姿は、なんとも惨めだった。
ライル様が反応しない事が分かると、今度はリィナはあろうことか私に向かって、声を上げた。
「お願い、助けて!!アンナ…アンナ様、助けて下さい!優しいあなたなら、私を見捨てたりはしないわよね?!元は同じところ来た仲間でしょ?!お願い、お願いだからっ!!」
人のことは殺そうとしておいて、自分だけ助けて欲しいなんて……本当にどんな神経をしているのだろうか。それを私に頼むなんて、おかしいとしか思えない。
唖然とする私より先に我慢できなくなったのは、ライル様だった。
「あれだけのことをしておいて…よくそんな事が言えるな…っ!
もうその煩い口を閉じろ。お前の声など金輪際一言たりとも聞きたくない。」
ライル様はそう言って指先を振る。
次の瞬間、リィナの口周りに氷が張り、彼女の口は開かなくなった。
「ん゛ー!ゔー!」
「さっさと閉めて、行け。」
扉から最後に見えたリィナは、顔が涙でまみれ、恐怖に満ちた顔をしていた。その姿は、ゲームの悪役令嬢ソフィアの最後より、ひどいものだった。
馬車は中でドタドタと暴れるリィナをそのままに淡々と走り去っって行く。これで全て終わったんだ。……胸のつかえがスゥーと取り払われるような気がした。
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