親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

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第三章

34.待っていた

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 あれから三日後。
 国内に衝撃が走った。

 アルファ様が亡くなったのだ。

 当初は他殺の可能性も考慮されたが、陛下とライル様、そして議会宛に直筆の手紙が残されていたことや、長年仕えていた侍従に長い休暇と賞与と称して数ヶ月分の給金を支払っていたこともあり、すんなり自殺と認定された。

 アルファ様は隣国のルルナ姫が亡くなってから、公の場に殆ど顔を出していなかった為に、最愛の婚約者である彼女を失った悲しみに耐えられなかったのだと国民は理解した。隣国からは多くの見舞金が届いた。

 悲しい運命を辿った王太子の死を皆、悲しんだ。

 だが、それは表面上の話で、アルファ様が亡くなったことで、ライル様が王太子…次期国王となることを国民は皆、喜んでいた。その証拠に一ヶ月後に行われる王太子即位式にはアルファ様とは比べ物にならないほどの国民が集まった。

 しかし、王宮で働いていた一部の者は、皆同じことを思っていた。アルファ様が自殺したのは、寵愛していたリィナが処刑され、その後、馬車が谷底に落ちて事故死したからだ、と。

 そう…あの翌日、リィナは馬車の事故で亡くなった。

 私はあれからリィナが最後に言ったアルファルートとはどういうことなのか、ずっと考えていた。きっとその言葉からするに、隠しキャラはアルファ様だったんだろう。
 そして、アルファ様のルートの最後では、馬車が転落して事故死してしまう……それがハッピーエンドなはずないから、バッドエンドなのだろう。

 でも、ライル様は『良かったな、愛されたかったんだろ?』って言っていた。そう考えると、リィナの物語はまだ終わってないような気がした。私は次に会った時にライル様にその言葉の意味を聞いてみようと思っていた。

 しかし、アルファ様が亡くなり、ライル様が王太子になったことで、より忙しさに拍車がかかることとなり、即位式までの一ヶ月、私がライル様に会うことは叶わなかった。

 即位式でも、ライル様の周りには常に人だかりが出来ていて、短い挨拶を交わすので精一杯だった。その短い挨拶でさえ、あまりの人だかりに諦めていた私にライル様から挨拶に来てくれたのだが。

 それを周りで見ていた人達は好き勝手に噂をしていた。
 婚約者に戻る日も近い、とか…私との婚約を解消したのもリィナから守るためだ、とか…。

 そんなんだから、皆、私が王太子妃になると思っているらしく、私のところにも当日は多くの人が詰めかけて、非常に疲れたのだった。

 でも、実際どうなるのか分からない。ライル様からは婚約者に戻って欲しいとは言われていないから…。

 私はライル様が好きだし、きっとライル様も私を好いてくれていると思う。だけど、ライル様は王太子だもの…国益のためにもっとふさわしい相手がいれば、その方とご結婚されるはず…。
 そう頭では理解しているものの、その場面を想像するだけで胸が張り裂けそうだった。

 結局、私がライル様にちゃんと会えたのは即位式から二週間が経った頃だった。


   ◆ ◇ ◆


 「こんなことになって、すまなかったね。」

 「いえ、天候は読めないですもの。仕方ないですわ。」

 目的地に着いた時には私たちは二人してびしょ濡れだった。

 今日はライル様とのデートだ。ライル様からお誘いがあり、お父様からも了承されて、昼から夕方にかけて二人で遠乗りしに来たのだった。

 朝からすごく良い天気で、オルヒにも「素敵なデートをして来てくださいね!」と、笑顔で送り出してもらったのだ。ライル様が愛馬に乗って迎えに来てくれて、ライル様に支えてもらいながらも風を感じて走るのはすごく楽しかった。

 しかし、途中から雲行きが怪しくなって行った。草原を走っていたので雨宿り出来るところもなく、結局ライル様の言う目的地まで駆けてきたのだった。

 ライル様が連れてきてくれたのは、草原を走り抜けた先にある小さな森の中の洞窟だった。洞窟の外はもはや土砂降りですぐには帰れそうになかった。

 全身びしょ濡れだったが、ライル様があっという間に風魔法で乾かしてくれた。ただ少しばかり、洞窟の中が寒い。

 私が身体をさすっていることに気付いたライル様が小さな焚き火を作ってくれた。そして、私の肩を抱くように身を寄せる。

 ……ライル様とぶつかっている部分が熱い。

 「あ、ありがとうございます…。」

 「ただ、僕がアンナにくっつきたいだけだよ。」

 「でも…あったかいです。」

 「うん。そうだね。」

 二人で雨音を聞きながら、パチパチと燃える焚き火を見つめる。
 その炎は、優しいオレンジ色で…私の心を安心させた。

 ライル様と一緒にいれば、怖いものなんて無くなるみたい。

 私は、ライル様の肩に頭をもたれた。

 「どうしたの?アンナ。
 今日は珍しく甘えてくれるね。」

 「……なんだか、そういう気分なんです。
 もっとライル様を感じたくて……。」

 ライル様の体温が心地よくて、目を瞑る。
 すると、ライル様が小さく溜息を吐いた。

 「……まずいな。」

 私は重かったのかと思い、慌てて頭を退けようとした。

 「何がです?」

 「こっちの話。」

 そう言うとライル様は私の頭を抱いて、再び肩にもたれかけさせた。……重いわけじゃなかったみたい。

 「ねぇ、ライル様…。
 なんでここに私を連れてきてくれたんですか?」

 「……ここは、僕の隠れ家なんだ。」

 「隠れ家?」

 「あぁ。王子の隠れ家が洞窟なんて笑っちゃうだろ。
 ……でも、誰にも見られないここが幼い頃の僕の隠れ家だったんだ。勉強や訓練で辛くなった時は、決まってここに来ていた。ここにいると、どこか懐かしい気持ちになるんだ。」

 ライル様の気持ちがよく分かった。

 私もこの洞窟に入った時から感じていた、懐かしいな…と。
 きっとその理由は、杏奈の記憶のせいだ。

 杏奈には、秘密基地があった。それは家から三十分、裏にある山を登ったところにある洞窟だ。そこは、侑李と杏奈だけの秘密基地で、二人はその日のおやつや、自分たちの好きなものを持ち寄って、一緒に遊んでいた。
 今になって思えば、まるでキラキラした思い出が詰まった宝箱のような場所だった。

 ライル様は、話を続ける。

 「でも、ずっと寂しかった。この場所は大好きなのに、何かが足りなくて……誰かに一緒にいて欲しかった。なのに、誰にも教えたくなくて……僕はずっとこの洞窟で誰かを待っていた。」

 「誰かを…?」

 「あぁ。そして、アンナに会って、気付いたんだ。
 僕が待っていたのは、君だったんだって。」

 「……私、ですか?」

 「そう……アンナ、君だ。」

 ライル様は私の手に指を絡ませて、こちらを向いて、視線を合わせた。まるで蕩けるようなその視線に、身体が熱くなる。

 「アンナ、愛している。
 ……どうか、再び僕の婚約者に…いやー
 
 …僕の妻になってくれないか?」

 「ライル様…。」

 ……またライル様の婚約者に戻れるなんて…。

 嬉しい…胸がいっぱいで何も言えないくらいに。
 私も好きですって…ライル様の妻にしてくださいって伝えたい…なのに上手く言葉が出てこない。私は下を向いて嬉し涙を拭う。

 すると、ライル様が不安げに尋ねた。

 「……ウィルガや、ジョシュアが好き、か…?」

 「違いますっ!!」

 わたしは慌てて否定した。私の大きな声が洞窟に響いた。

 「……ウィルガやジョシュア様には沢山助けてもらいました。私を大切に思ってくれて…。二人には本当に感謝しています。

 ……でも、私は…ライル様が、好きです。
 ずっと一緒にいたいのも、抱きしめて欲しいと思うのも…
 ライル様…だけ…。」

 ライル様はたどたどしい私の言葉を一つも聞き漏らすことの無いかのように、真っ直ぐに私の瞳を見つめる。ライル様の碧眼は、少し潤んでるように見えた。

 「わ、私を…ライル様の妻に…してくれますか?」

 「アンナ…。もちろん…!」

 ライル様は私を抱きしめた。

 「僕も…僕もだ……。生涯、アンナだけだよ。」

 「ライル様…。」

 私は強くライル様を抱きしめ返した。
 この腕の中はなんてあたたかく心が安らぐんだろう。

 ……ライル様が愛しくておかしくなってしまいそう。

 ライル様が小さく鼻を啜る音がする。

 「ふふっ。ライル様、泣いてるんですか?」

 「泣いてない。でも、嬉しくて泣きそうだ。」

 「ライル様ったら…。」

 そう言う私も涙ぐむ。好きな人が自分を好きって言ってくれて…これからもずっと一緒に居られるなんて、こんなに幸せなことはない。重なった部分からライル様の体温を感じる。

 薪木が燃え落ちて、火花がふわっと上がる。
 パチパチと炎が爆ぜる。

 ライル様が呟いた。

 「今度こそ…。僕が…アンナの家族になる…。」

 ……え?

 その時、私の脳内に一気に情報が流れ込んできた。

 熱い室内、苦しい息、私を抱きしめる誰かの腕、木が燃え落ちる音、私を囲む炎に、火花……

 そしてー

 『俺が……っ、俺がアンナの家族になるから…っ!』

 悲痛な侑李の声…。

 ……私はその時、全てを思い出した。
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