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第三章
35.最期
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私は夏休みが終わり、叔母さんの家から帰ってきた後、順調にゲームを進めた。残っていたウィルガルートだけではなく、隠しキャラであるアルファルートまでしっかりクリアした。
『Magical Flower~運命の君と~』というゲームは、すっかり私のお気に入りとなって、その後も繰り返しプレイした。
でも、私が十四歳の誕生日を迎えて、冬になった頃、そんな平和な日常は突然終わりを告げた。
大好きなおばあちゃんが、亡くなったのだ。
薬は手放せなかったし、持病を患ってたのは知っていた。だけど、普通に家事をしていたし、いつもハキハキして元気そうだったから、こんなに早くお別れが来るとは思ってなかった。私は呆然として、おばあちゃんが亡くなってから火葬されるまで、ずっと…本当にずっとおばあちゃんのそばに座っていた。
しかし、嫌な話というのは聞こえてきてしまうものなんだろう。
呆然とする私の耳に信じられない話が飛び込んできた。
「あの他人の子供はこれからどうするのかしら?」
「やっぱ施設じゃないの?」
「仲良くしてたらしいし、娘さんが引き取るんじゃない?」
「血縁でもないのに、引き取るわけないわよ。」
……どういうこと…?私の頭は真っ白になった。
……血縁、じゃ…ない?
だって、私はおばあちゃんの孫で、叔母さんの姪っ子で、真里お姉ちゃんの従姉妹で……。
「今の話…どういうことですか…?」
私は気付いたら、その人たちに話しかけてた。最初は面倒そうに話を濁していたが、私があまりにもしつこかったせいか、最後には知っていることを教えてくれた。
私は、おばあちゃんの孫ではなく、おばあちゃんが娘のように可愛がっていた女性の子供である、と。本当の親は、「すぐ迎えに来るから」とおばあちゃんに私を押し付けると、その後、尋ねてくることは無かった、と。
叔母さんはもっと詳しい事情を知っていたかもしれないが、私はおばあちゃんの孫じゃないの?と聞くことも怖くて出来なかった。血縁じゃないと分かってしまえば、叔母さん達のそばにいることさえ許されない気がした。
それからは、どうお葬式を過ごしたのか、記憶がない。
叔母さんは、こっちで一緒に住もうと言ってくれたが、他人と分かった今、そこまで迷惑をかけるわけにはいかないと思った。
私は気持ちを整理するため、今年度いっぱいはこっちで暮らしたい、と我儘を言った。叔母さんは最後まで心配してくれたが、私は無理矢理明るく振る舞って、笑顔で「大丈夫だから!」と答えた。侑李のお父さんが私も時々様子を見にきますよ、と口添えしてくれたこともあり、それならほんの数ヶ月だし…と叔母さんはそれを許してくれた。
おばあちゃんと住んでた小さな家に一人きり。あとは毎日侑李が訪ねて来てくれるだけ。侑李には全部話した。侑李は心配しているのか、毎日遅くまで私と一緒にいてくれた。
でも、侑李も時間になれば自分の家に帰っていく。
私は、一人。
蝋燭の炎がゆらゆら揺れる仏壇の前に座り、線香に火を灯し、毎日夜遅くまでおばあちゃんに語りかける。写真の中のおばあちゃんは笑顔で…元気そうで。……なのに、笑い声の一つも返してくれない。
ところどころ擦り切れた古い畳の上に突っ伏した。
…私はどこに帰れば良いんだろう…。
おばあちゃんが死んだだけでも悲しいのにー
「私は親に捨てられた子で…おばあちゃんの孫でもない…。」
自分で言って、胸がつまる。
泣いているつもりなんてないのに、目を閉じれば、頬が濡れる。
「おばあちゃん……会いたい……。」
ずっと寝れていなかったせいか、私はそのまま寝入ってしまった。
気付いた時には、炎に囲まれていた。蝋燭が倒れて引火したのか、ストーブの火が何かに引火してしまったのか…原因はよく分からない。
でも、これでいいんだ……と思った。
このまま炎に飲まれれば、おばあちゃんのところへ行ける。
こっちにいても、私は一人だもの。きっと心配したおばあちゃんが迎えに来てくれたんだ。
でも、やっぱり熱くて、苦しくて、寂しくて…怖くて。
なのに、身体は動かなくて…。
「怖い…怖いよ…っ。」
私はグスグスと泣いた。
すると、その時、全身に水を被った侑李が燃える扉を蹴破って、部屋に入ってきた。
「……ゆう、り……?」
侑李は畳の上で丸くなる私を抱きしめた。
「杏奈!逃げるぞ。」
……嬉しかった。誰にも気付かれず、私は死んでいくのかと思ってたから。でも…侑李が私に気付いてくれた。
「ごめん、なさい…。ありがと…。
でも……もうー」
「杏奈、大丈夫。俺がついてる。
このタオルを口にあてて。煙は吸わないように。」
そう言って、侑李は口にタオルを押し当ててくれる。
でも、限界が近かった。
私は侑李の手を制して、言った。
「ごめん…、ゆう、り。…に、げて……。」
話したいのに、上手く声が出ない。目も霞んできた。
このまま死ぬんだ……と思った。
「駄目だ!杏奈を置いていくなんて出来ない!」
「いいの……わた、しは…生きてても、ひとり…だから。」
すると、侑李は急に怖い顔をして言った。
「杏奈は一人じゃない!俺がいる!
……俺が…俺が、杏奈の家族になるから…っ!!」
もう苦しくて何も答えられなかったけれど、胸がキュッとした。
侑李はボロボロと涙を溢している。侑李が泣いてるところなんて、久しぶりに見たな……。小さい頃は私より身体が小さくて、泣き虫で、甘えん坊だったのに……今は私をすっぽり抱きしめられるほど大きくなったんだ…。
ずっと側にいてくれたのに……私には侑李がいたのに…
おばあちゃんのところにいきたいなんて…私は馬鹿だ……。
少しクセの強い真っ黒な髪も…
人に怖がられる目力の強すぎるその目も…
不器用で寡黙なのに、優しいところも…
…好きだったな。
…侑李……ありがとう、ごめんね……。
私はそれを微かな笑みに乗せてー
そのまま記憶を失った。
◆ ◇ ◆
「ううっ…うぅ~……!!」
突然泣き出した私の頭をライル様は、ポンポンと撫でてくれる。
「全くアンナ、泣き過ぎー」
私の顔を見ようと、身体を離したライル様の動きが止まる。
「……アンナ?ど、どうしたんだ?そんなに悲しい顔をして。」
「ごめん…ごめんなさい…っ。ふっ…ぅ、グスッ…。」
「アンナ…?」
「……ぜんぶ。
…全部思い出したんです、桜庭杏奈だった時のこと。」
「……まさか…。」
「…ライル様……。
きっと…貴方は、侑李ー
杏奈の幼馴染の、木原侑李、なんでしょう?」
ライル様は、目を見開き、言葉を失っている。
「思い出したんです…。ライル様の言葉を聞いて。
侑李も…『杏奈の家族になるから』って言ってました。
……私が杏奈として、最後に聞いた言葉…。」
ライル様は…グッと唇を噛んで、答えない。
「ごめんなさい……侑李。私ー」
「いや…謝る必要なんてない。
……それより、アンナ…大丈夫か?」
私はなんとか頷いた。
「ごめん…ごめんなさい…。」
侑李に酷いことをしてしまった。
巻き込んで、死なせてしまった。
そればかりが頭をぐるぐると回る。
言いようのない不安に、私はぎゅうーっとライル様を強く強く抱きしめた。ライル様はそれを受け入れて、「大丈夫だよ」と優しく頭を撫でてくれる。
私が落ち着いてくると、…ライル様はポツポツと話し出した。
「……お祖母さんが亡くなった時、杏奈はひどく落ち込んだんだ。いつもどこか虚な眼差しで、笑みも貼り付けたような不自然なものだった。でも、杏奈はみんなに心配かけまいと、学校では明るく振る舞ってた。けど…ずっと小さい頃から一緒にいたから、侑李には分かった。
杏奈はとても辛そうで……日に日にやつれていって…
見ていられないほどだった。」
そう話すライル様の声が震えていた。
「だから……記憶を思い出して欲しく無かったんだ。
アンナが、杏奈とは違うと分かっていても、またあんな風に落ち込んだらと思うと心配で…。
それに火に囲まれて怖くて、苦しかっただろうし…
思い出しても良いことなんてないとー」
私は身体を離して、ライル様の顔を見つめた。
今にも泣き出しそうな顔をしている…。
私よりライル様の方が辛そう……。
「それは違います…。私、思い出せて良かった…。
どれだけ侑李に想われてたか…どれだけ侑李が好きだったか…思い出せたから。最期の瞬間も…侑李がいてくれたから、怖くなかった。でも……杏奈の死に侑李も巻き込んでしまったことがー」
俯く私の顔を覗き込み、ライル様は首を横に振った。
「いや……あの時、侑李は死んでないんだ。
杏奈が意識を失った後、侑李は杏奈を担いでなんとか外に出た。侑李は火傷だけで済んだが、もう杏奈は間に合わなかった…助けに行く前に煙を吸い過ぎてたんだ。」
「じゃあ、侑李はー」
「あの時点では生きてた。
侑李は杏奈を助けて死んだわけじゃないんだ。」
良かった…!侑李はまだ死んでなかったんだ。
しかし、ライル様は顔を曇らせた。
「……でも、侑李にとって…杏奈のいない世界を生きることはあまりにも辛いものだった。幼い頃に自分を捨てて家を出た母親に、一緒に住んでいても、まるで自分に興味のない父親。そんな中で杏奈だけが侑李にとっての光だった。杏奈と杏奈のお祖母さんがいたから、侑李は人生を諦めずに生きていくことが出来ていたんだ……。
だから、杏奈を失ってから侑李の世界は色を失ったようだった。死んでしまいたいと何度も思った…でも、杏奈のお祖母さんが幼い頃に言ってたんだ…『何があっても自分の命を粗末しちゃいかん。地獄に行くぞ。』って…。その言葉が妙に忘れられなくて…地獄に行って杏奈に会えないかも、と思ったら、死ぬことも出来ないでいた。」
「じゃあ、侑李はそのまま大人に?」
私の知らない侑李を想像して…少しドキッとする。
「いや、杏奈が亡くなったちょうど一年後に死んだよ。
増水した川で溺れた子供を助けようとして、そのまま。」
「そう…だったの。
すごいわね…侑李は。
二度も人を助けるために危険に飛び込むなんて……。」
人を助けるために危険に飛び込むところは、ライル様と一緒だ。
「いいや…すごくなんかないんだ。杏奈がいなくなってから、侑李はずっと死に場所を求めてたんだと思う。
子供を見つけた時に身体が勝手に動いてたから…。」
「違う……!侑李に勇気があるから出来たことよ!
そんなの誰にだって出来るわけじゃない。やっぱり侑李はすごいし…かっこいいよ…。」
「ふふっ。ありがとう。でも、そんなに侑李ばかり褒められると複雑な気分だな。今の僕は侑李ではなく、ライルだから。」
「……そう、ですね。
私も桜庭杏奈ではなく、アンナ…ですもんね。」
「フッ……僕の心配は杞憂だったようだね。良かった…。」
そうだった。
確かにおばあちゃんが杏奈の実の祖母で無かったことはショックだったが、記憶を取り戻した時、侑李を巻き込んでしまったことのほうが辛かった。
それに…今の私は血の繋がりだけが全てじゃないと知っている。
「……血が繋がってなくても、杏奈のおばあちゃんには変わりないって今は思えます。私たちは紛れもなく家族だった。
それに、オルヒが……私が久しぶりに家に帰った日に片腕で私を抱きしめて、ワンワン泣いて…『本物の、私の可愛い娘だわ』って言ってくれたんです。私もずっとオルヒのことを母のように慕っていたから嬉しくて……。血の繋がりなんて関係ないな、って思ったんです。」
「あぁ…そうだな。」
ライル様は微笑んでくれるが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「それに…」
「それに?」
キョトンと首を傾げるこの人が…可愛くて、愛しくて仕方ない。
「………家族に…なって、くれるんでしょう…?」
「………あ…。」
「私が…ライル様の本当の家族になります。
……もう、寂しい思いなんてさせませんから。」
ライル様の瞳から一筋の涙が零れる。
……侑李も、ライル様も、ずっと親の愛情をまともに受けて来なかった。きっと私以上に寂しい思いをしてきたんだろう。
ライル様の頬に手を伸ばし、涙を拭う。
「ライル様、愛しております。
侑李の記憶も含めて…全てを。」
私は、ライル様の唇にゆっくりと自らの唇を重ねた。
少しすると、ライル様の手が私の頭に添えられ、よりキスが深く与えられる。
「ん…、ライルさま…。」
上手く回らない舌で、ライル様を呼べば、彼は私の肩に頭をもたれた。
「……アンナ、ありがとう…。」
私はライル様が愛しくて再びその背中に手を回す。片手でサラサラした金色の髪に指を通し、頭を撫でた。
「ライル様…好き。大好きです。」
「……僕も…アンナが好きだ。…ずっと。」
これからはいっぱい伝えていこう。
ライル様が寂しいと思う暇もないくらいに。
「大好き」って。
『Magical Flower~運命の君と~』というゲームは、すっかり私のお気に入りとなって、その後も繰り返しプレイした。
でも、私が十四歳の誕生日を迎えて、冬になった頃、そんな平和な日常は突然終わりを告げた。
大好きなおばあちゃんが、亡くなったのだ。
薬は手放せなかったし、持病を患ってたのは知っていた。だけど、普通に家事をしていたし、いつもハキハキして元気そうだったから、こんなに早くお別れが来るとは思ってなかった。私は呆然として、おばあちゃんが亡くなってから火葬されるまで、ずっと…本当にずっとおばあちゃんのそばに座っていた。
しかし、嫌な話というのは聞こえてきてしまうものなんだろう。
呆然とする私の耳に信じられない話が飛び込んできた。
「あの他人の子供はこれからどうするのかしら?」
「やっぱ施設じゃないの?」
「仲良くしてたらしいし、娘さんが引き取るんじゃない?」
「血縁でもないのに、引き取るわけないわよ。」
……どういうこと…?私の頭は真っ白になった。
……血縁、じゃ…ない?
だって、私はおばあちゃんの孫で、叔母さんの姪っ子で、真里お姉ちゃんの従姉妹で……。
「今の話…どういうことですか…?」
私は気付いたら、その人たちに話しかけてた。最初は面倒そうに話を濁していたが、私があまりにもしつこかったせいか、最後には知っていることを教えてくれた。
私は、おばあちゃんの孫ではなく、おばあちゃんが娘のように可愛がっていた女性の子供である、と。本当の親は、「すぐ迎えに来るから」とおばあちゃんに私を押し付けると、その後、尋ねてくることは無かった、と。
叔母さんはもっと詳しい事情を知っていたかもしれないが、私はおばあちゃんの孫じゃないの?と聞くことも怖くて出来なかった。血縁じゃないと分かってしまえば、叔母さん達のそばにいることさえ許されない気がした。
それからは、どうお葬式を過ごしたのか、記憶がない。
叔母さんは、こっちで一緒に住もうと言ってくれたが、他人と分かった今、そこまで迷惑をかけるわけにはいかないと思った。
私は気持ちを整理するため、今年度いっぱいはこっちで暮らしたい、と我儘を言った。叔母さんは最後まで心配してくれたが、私は無理矢理明るく振る舞って、笑顔で「大丈夫だから!」と答えた。侑李のお父さんが私も時々様子を見にきますよ、と口添えしてくれたこともあり、それならほんの数ヶ月だし…と叔母さんはそれを許してくれた。
おばあちゃんと住んでた小さな家に一人きり。あとは毎日侑李が訪ねて来てくれるだけ。侑李には全部話した。侑李は心配しているのか、毎日遅くまで私と一緒にいてくれた。
でも、侑李も時間になれば自分の家に帰っていく。
私は、一人。
蝋燭の炎がゆらゆら揺れる仏壇の前に座り、線香に火を灯し、毎日夜遅くまでおばあちゃんに語りかける。写真の中のおばあちゃんは笑顔で…元気そうで。……なのに、笑い声の一つも返してくれない。
ところどころ擦り切れた古い畳の上に突っ伏した。
…私はどこに帰れば良いんだろう…。
おばあちゃんが死んだだけでも悲しいのにー
「私は親に捨てられた子で…おばあちゃんの孫でもない…。」
自分で言って、胸がつまる。
泣いているつもりなんてないのに、目を閉じれば、頬が濡れる。
「おばあちゃん……会いたい……。」
ずっと寝れていなかったせいか、私はそのまま寝入ってしまった。
気付いた時には、炎に囲まれていた。蝋燭が倒れて引火したのか、ストーブの火が何かに引火してしまったのか…原因はよく分からない。
でも、これでいいんだ……と思った。
このまま炎に飲まれれば、おばあちゃんのところへ行ける。
こっちにいても、私は一人だもの。きっと心配したおばあちゃんが迎えに来てくれたんだ。
でも、やっぱり熱くて、苦しくて、寂しくて…怖くて。
なのに、身体は動かなくて…。
「怖い…怖いよ…っ。」
私はグスグスと泣いた。
すると、その時、全身に水を被った侑李が燃える扉を蹴破って、部屋に入ってきた。
「……ゆう、り……?」
侑李は畳の上で丸くなる私を抱きしめた。
「杏奈!逃げるぞ。」
……嬉しかった。誰にも気付かれず、私は死んでいくのかと思ってたから。でも…侑李が私に気付いてくれた。
「ごめん、なさい…。ありがと…。
でも……もうー」
「杏奈、大丈夫。俺がついてる。
このタオルを口にあてて。煙は吸わないように。」
そう言って、侑李は口にタオルを押し当ててくれる。
でも、限界が近かった。
私は侑李の手を制して、言った。
「ごめん…、ゆう、り。…に、げて……。」
話したいのに、上手く声が出ない。目も霞んできた。
このまま死ぬんだ……と思った。
「駄目だ!杏奈を置いていくなんて出来ない!」
「いいの……わた、しは…生きてても、ひとり…だから。」
すると、侑李は急に怖い顔をして言った。
「杏奈は一人じゃない!俺がいる!
……俺が…俺が、杏奈の家族になるから…っ!!」
もう苦しくて何も答えられなかったけれど、胸がキュッとした。
侑李はボロボロと涙を溢している。侑李が泣いてるところなんて、久しぶりに見たな……。小さい頃は私より身体が小さくて、泣き虫で、甘えん坊だったのに……今は私をすっぽり抱きしめられるほど大きくなったんだ…。
ずっと側にいてくれたのに……私には侑李がいたのに…
おばあちゃんのところにいきたいなんて…私は馬鹿だ……。
少しクセの強い真っ黒な髪も…
人に怖がられる目力の強すぎるその目も…
不器用で寡黙なのに、優しいところも…
…好きだったな。
…侑李……ありがとう、ごめんね……。
私はそれを微かな笑みに乗せてー
そのまま記憶を失った。
◆ ◇ ◆
「ううっ…うぅ~……!!」
突然泣き出した私の頭をライル様は、ポンポンと撫でてくれる。
「全くアンナ、泣き過ぎー」
私の顔を見ようと、身体を離したライル様の動きが止まる。
「……アンナ?ど、どうしたんだ?そんなに悲しい顔をして。」
「ごめん…ごめんなさい…っ。ふっ…ぅ、グスッ…。」
「アンナ…?」
「……ぜんぶ。
…全部思い出したんです、桜庭杏奈だった時のこと。」
「……まさか…。」
「…ライル様……。
きっと…貴方は、侑李ー
杏奈の幼馴染の、木原侑李、なんでしょう?」
ライル様は、目を見開き、言葉を失っている。
「思い出したんです…。ライル様の言葉を聞いて。
侑李も…『杏奈の家族になるから』って言ってました。
……私が杏奈として、最後に聞いた言葉…。」
ライル様は…グッと唇を噛んで、答えない。
「ごめんなさい……侑李。私ー」
「いや…謝る必要なんてない。
……それより、アンナ…大丈夫か?」
私はなんとか頷いた。
「ごめん…ごめんなさい…。」
侑李に酷いことをしてしまった。
巻き込んで、死なせてしまった。
そればかりが頭をぐるぐると回る。
言いようのない不安に、私はぎゅうーっとライル様を強く強く抱きしめた。ライル様はそれを受け入れて、「大丈夫だよ」と優しく頭を撫でてくれる。
私が落ち着いてくると、…ライル様はポツポツと話し出した。
「……お祖母さんが亡くなった時、杏奈はひどく落ち込んだんだ。いつもどこか虚な眼差しで、笑みも貼り付けたような不自然なものだった。でも、杏奈はみんなに心配かけまいと、学校では明るく振る舞ってた。けど…ずっと小さい頃から一緒にいたから、侑李には分かった。
杏奈はとても辛そうで……日に日にやつれていって…
見ていられないほどだった。」
そう話すライル様の声が震えていた。
「だから……記憶を思い出して欲しく無かったんだ。
アンナが、杏奈とは違うと分かっていても、またあんな風に落ち込んだらと思うと心配で…。
それに火に囲まれて怖くて、苦しかっただろうし…
思い出しても良いことなんてないとー」
私は身体を離して、ライル様の顔を見つめた。
今にも泣き出しそうな顔をしている…。
私よりライル様の方が辛そう……。
「それは違います…。私、思い出せて良かった…。
どれだけ侑李に想われてたか…どれだけ侑李が好きだったか…思い出せたから。最期の瞬間も…侑李がいてくれたから、怖くなかった。でも……杏奈の死に侑李も巻き込んでしまったことがー」
俯く私の顔を覗き込み、ライル様は首を横に振った。
「いや……あの時、侑李は死んでないんだ。
杏奈が意識を失った後、侑李は杏奈を担いでなんとか外に出た。侑李は火傷だけで済んだが、もう杏奈は間に合わなかった…助けに行く前に煙を吸い過ぎてたんだ。」
「じゃあ、侑李はー」
「あの時点では生きてた。
侑李は杏奈を助けて死んだわけじゃないんだ。」
良かった…!侑李はまだ死んでなかったんだ。
しかし、ライル様は顔を曇らせた。
「……でも、侑李にとって…杏奈のいない世界を生きることはあまりにも辛いものだった。幼い頃に自分を捨てて家を出た母親に、一緒に住んでいても、まるで自分に興味のない父親。そんな中で杏奈だけが侑李にとっての光だった。杏奈と杏奈のお祖母さんがいたから、侑李は人生を諦めずに生きていくことが出来ていたんだ……。
だから、杏奈を失ってから侑李の世界は色を失ったようだった。死んでしまいたいと何度も思った…でも、杏奈のお祖母さんが幼い頃に言ってたんだ…『何があっても自分の命を粗末しちゃいかん。地獄に行くぞ。』って…。その言葉が妙に忘れられなくて…地獄に行って杏奈に会えないかも、と思ったら、死ぬことも出来ないでいた。」
「じゃあ、侑李はそのまま大人に?」
私の知らない侑李を想像して…少しドキッとする。
「いや、杏奈が亡くなったちょうど一年後に死んだよ。
増水した川で溺れた子供を助けようとして、そのまま。」
「そう…だったの。
すごいわね…侑李は。
二度も人を助けるために危険に飛び込むなんて……。」
人を助けるために危険に飛び込むところは、ライル様と一緒だ。
「いいや…すごくなんかないんだ。杏奈がいなくなってから、侑李はずっと死に場所を求めてたんだと思う。
子供を見つけた時に身体が勝手に動いてたから…。」
「違う……!侑李に勇気があるから出来たことよ!
そんなの誰にだって出来るわけじゃない。やっぱり侑李はすごいし…かっこいいよ…。」
「ふふっ。ありがとう。でも、そんなに侑李ばかり褒められると複雑な気分だな。今の僕は侑李ではなく、ライルだから。」
「……そう、ですね。
私も桜庭杏奈ではなく、アンナ…ですもんね。」
「フッ……僕の心配は杞憂だったようだね。良かった…。」
そうだった。
確かにおばあちゃんが杏奈の実の祖母で無かったことはショックだったが、記憶を取り戻した時、侑李を巻き込んでしまったことのほうが辛かった。
それに…今の私は血の繋がりだけが全てじゃないと知っている。
「……血が繋がってなくても、杏奈のおばあちゃんには変わりないって今は思えます。私たちは紛れもなく家族だった。
それに、オルヒが……私が久しぶりに家に帰った日に片腕で私を抱きしめて、ワンワン泣いて…『本物の、私の可愛い娘だわ』って言ってくれたんです。私もずっとオルヒのことを母のように慕っていたから嬉しくて……。血の繋がりなんて関係ないな、って思ったんです。」
「あぁ…そうだな。」
ライル様は微笑んでくれるが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「それに…」
「それに?」
キョトンと首を傾げるこの人が…可愛くて、愛しくて仕方ない。
「………家族に…なって、くれるんでしょう…?」
「………あ…。」
「私が…ライル様の本当の家族になります。
……もう、寂しい思いなんてさせませんから。」
ライル様の瞳から一筋の涙が零れる。
……侑李も、ライル様も、ずっと親の愛情をまともに受けて来なかった。きっと私以上に寂しい思いをしてきたんだろう。
ライル様の頬に手を伸ばし、涙を拭う。
「ライル様、愛しております。
侑李の記憶も含めて…全てを。」
私は、ライル様の唇にゆっくりと自らの唇を重ねた。
少しすると、ライル様の手が私の頭に添えられ、よりキスが深く与えられる。
「ん…、ライルさま…。」
上手く回らない舌で、ライル様を呼べば、彼は私の肩に頭をもたれた。
「……アンナ、ありがとう…。」
私はライル様が愛しくて再びその背中に手を回す。片手でサラサラした金色の髪に指を通し、頭を撫でた。
「ライル様…好き。大好きです。」
「……僕も…アンナが好きだ。…ずっと。」
これからはいっぱい伝えていこう。
ライル様が寂しいと思う暇もないくらいに。
「大好き」って。
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2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
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